名前のない猫 | 黄昏に語りて 〜天野滋さんの詩にのせて〜

黄昏に語りて 〜天野滋さんの詩にのせて〜

 
天野滋さんのどこまでも優しく温かい詩をこよなく愛する
人生の秋を迎えた一人の男のつぶやきです。

 この曲は、アルバム収録はなされておらず「はじまりは朝」のB面に収められていた曲なので一般的な認知度は低いかもしれませんが、ありふれた日常を描いた素朴な詩と優しい曲調でとても人気の高い、いわゆる隠れた名曲なのです。特に秀逸で心に残るフレーズが並ぶ二番の歌詞について、ここでは紹介したいと思います。

 

   一緒になって 空気のように ならなければいいんだが

   いつも自然で いつも輝いて 二人で暮らしたい

 

 私がこの曲で最も好きな一節です。この曲を初めて聴いた時、「空気のように」の後には「なりたい」というニュアンスの言葉が続くのかと思ったのです。つまり空気のように気を使う必要のない仲、空気のように一緒にいるのが当たり前のような関係になりたいという思いを綴るのかと思いました。しかしその予想は見事に、そしてとても心地よく裏切られたのです。

 空気のように日々の喜びや感動まで薄れたような関係ではなく、自然でいながら常に新鮮に、いつも輝きを持って過ごして行きたいというこの素敵な一節。初めて聴き胸にストンと落ちた時から、私にとっては忘れられないフレーズになりました。

 

   時に驚く 君の中に 新しい君を 見つけて

   いつか 体を丸くする 君も 猫も

 

 「空気のようにならずに」という言葉は、このフレーズにまで生きてきます。いつも輝いて生きたいという人は、自分が輝くために努力するということだけではなく、感受性を豊かに生きるということもあると思うのですね。人は皆、一日生きることで何か新しいものを見ているはずですし、自ら新しい姿を実は発信しています。しかし、ありふれた日常の中でそれを見つけることができるかできないか、そこに喜びを感じることができるかできないか、人の幸せの量とはそういう所から決まってくるのではないでしょうか。

 

   子猫を抱いた 君は突然 ソファーを立ち上がり

   冷蔵庫から ミルクを出して 三つに分けている

 

 さりげなく彼女の所作を描写しただけの詩から、彼女の持つ心の優しさまでが伝わってくる、そんな天野さんの持つ独特な感性が表れた一節です。二人と一匹の穏やかな生活、そして優しい彼女を幸せそうに見つめる「彼」。印象深い最後の一言を聴くたびに、おそらく天野さんの理想とする日常が、まるでドラマの温かなワンシーンのように私の頭に思い描かれるのです。