あの夜と同じように | 黄昏に語りて 〜天野滋さんの詩にのせて〜

黄昏に語りて 〜天野滋さんの詩にのせて〜

 
天野滋さんのどこまでも優しく温かい詩をこよなく愛する
人生の秋を迎えた一人の男のつぶやきです。

 優しく素朴な曲調でいつまでもファンの心に残り続けているこの曲は、NSPがまさに絶頂期を迎えていた頃の素敵なアルバム「黄昏に背を向けて」のオープニングを飾る曲でもあります。冬を迎え、愛した人との記憶をたどる心情をせつなく描いた、私にとっては「NSP冬の曲」の代表曲とも言える大好きな一曲です。

 

   鏡に向かって 口紅一つ 似合うでしょ 良く似合うでしょ

   泣きながら 口紅を塗る 子どものような 君でした

 

 この曲は一番から三番まで全て、曲の前半が過去の回想であり、後半に雪を見つめる現実へと場面が変わっていきます。過去をたどるということには、いつも何かせつなく心に刺さるものがついて回ります。この一節も単に子どものようにはしゃいでいる君を描写しているのではなく、これから先の二人を悲しく思う彼の心情を示している、そんな気配が漂ってきます。

 

   君を愛した 冬が来る 冬は一人じゃ 淋しいと

   センチになって 泣いていた 君はどうして いるかしら

 

 「君を愛した冬が来る」の表現が胸に強く響いてきます。昔の記憶を呼び覚ましてくれるものには様々なものがあります。それは決して、目に見える物だけではありません。昔よく聴いていた音楽も、どこか懐かしい香りも、そして毎年変わらずめぐってくる季節もまた、せつない記憶をたぐりよせるのです。

 

   今年最初の 雪が降る ホッとひと息 入れましょう あの夜と 同じように

   今年最初の 雪が降る 今年最初の 雪が降る あの夜と 同じように 

   あの夜と 同じように

 

 「あの夜」がどのような日であったのか、この曲の詩の内容からだけでははっきりとはしません。忘れることの出来ない思い出の日であったのか、それとも悲しい別れを決定づける何かがあった日なのか。いずれにしても幻想的に降る初雪が、「あの夜」の記憶を呼び覚ます強力なアイテムとなっていることは疑いありません。

 愛した人と過ごした冬はもう、帰らない日々になってしまいました。でも北国に雪の降らない冬はなく、それは残酷にも毎年確実に、美しくも悲しい思い出を運んで来ます。そのせつない思い出をたどるようにして、あの日と同じ振る舞いを繰り返そうとしてしまう男の心情を天野さんは独特の表現で詩にしてくれた、そんな曲だと思うのです。

 今年もまた当たり前のように冬が来て、雪が降ります。あの日と、あの夜と同じように。