ママ、大好き。
お母さん、大好き。
母ちゃん、大好き。



そんなことばを
ストレートに表現する家族たち。
 

 

だけれど

 

 

ーーーわたしからは、なかなか言えない。

 

 

 

そこに

罪悪感を感じているママはいませんか?




 

産後うつ・育児うつ専門

カウンセラーコーチ助産師の

石井ともみです。
 

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家族と同じように
 

好きだよ、愛しているよ


と伝えられないわたしは

 

 

家族に申し訳ない。

 

普通じゃない。

 

薄情だな。

 

 

なんて、言ってました。

 

 

…別に、
ことばは必要ない。よね?



だって、こうしているということは

好きだし愛があるからだよ?


そうも思っていました。

 

 

 

Rieちゃん

コーチングを受けた後、

 

 

振り返りをしていて、

 

 

そういう「好き」とか

「愛しているよ」ということばを


全力で受け取らないといけない

と肩に力を入れて

受け取っていたところから、

 

 

いつか、もらえなくなりそうで怖い

 

 

が出てきたところを

振り返ってみたのでした。

 

 

今は言ってくれているが

彼らが成長すれば、

年を重ねれば、 

いつか言わなくなるだろう。

 

いつかもらえなくなるだろう。

 

 

そんなの寂しすぎるから、

最初から要らない、とした方がいい。

 


もし、
そういうことが起こらなかったとしたら?

 

と問われたとき、

 

 

そんなのあらかじめ
「くれない」なんてことはない、

と分かっていたら、

欲しいなぁと思ったあと、

 

 

絶対、それはない。


という気持ちが残っていて。


そこを振り返ってみると、

もう一つ、思い返すことがあったのでした。


それは祖母の死

 

 

はじめて身内が

亡くなった経験をした時のこと。

 

 

父が泣いている姿をはじめてみました。

 

 

当時2年生だった自分は、
あまりその時の

祖母の姿が記憶に残っていない。

 

 

でも、

父が泣いている姿を見るのは初めてで、

おとなもたくさん泣いていて

 

 

とても大変なことが起きている、

ということは分かった。 


大人がこんなに泣いている。

 

それがすごく衝撃的だった…??

 

 

祖母は腎臓を悪くしていて、

晩年は入院して

何度か透析もしていたようでした。


 

それまでは盆と正月には遊びに行き、

しわしわで細く浅黒い脈打つ腕を
触っていたのを思い出す。

 

 

干しシイタケいっぱいの
そうめんのおつゆを

作って食べさせてくれて

 

しわしわの顔で

にこにこしながら迎えてくれていたっけな。

 


亡くなった時の姿は観ることもなく

 

 

祖母が好きだったコスモスの花が

亡くなった後、一斉に枯れたらしい。



人が亡くなると

こうして大人は泣くくらい悲しい。

 

 

ーーーもう二度と会えないから…?

 

 

年を重ねて、祖父が二人、

わたしが40代になって祖母が亡くなり、

 

 

その時も、両親は泣いていて、
わたしはなぜか

そこまで泣かないようにしていた、

かもしれない。


まともに二度と会えない、

という事実を

受け止めたくなかった、というか。

親を支えないといけない、 

とも思っていたので。


悲しみを

受け止めたくなかった、かもしれない。


そうか…悲しかったのか…

そうだよね、

もう二度と会えない、悲しいよね。

 


共にいる時間が増えれば増えるほど、

思い出は増えていくから

 

嬉しい思い出もある分、

悲しみだって増えるよね。

 

 

そう思ったら、

涙が今さら溢れてきてしまって

 

 

ああ、しまった

これだから感じたくなかった。

 

 

と思った自分がいたのだけれど、

 

 

そのままーーーーー

 

寂しかった、悲しかった、

ああ、そうだよ。悲しかった、

もう会えないなんて

 

あのしわしわの腕にも

しわしわだけれど、つやっとしたような

つるんとした顔にも

 

ちょっとひんやりしたしわしわの手にも

もう触れることができない。

 

 

あの熊本なまりの声ももう聴けない。



ーーーそれは涙が出るよね。


もうその日は、

思い出すと涙があふれて
都度、受け止めてあげました。

 

 

その時、ふと、

 

 

これだけ悲しいなら

確かに味わいたくないけれど

 

 

それだけ愛情があるから、としたら?

 

 

と降ってきました。

 

 

愛情があるから、こんなに悲しいが

こんなに悲しいくらい、愛があるんだ。

 


こんな愛が感じられるのは、

ある意味よろこびかもしれない。

 

 

その時、そんな自分を

ダメだと責めていたことにも気づきました

 

 

こんな愛情がある自分は

引かれる、と思ったんです。

 

 

亡くなってしまったら、

もう愛は受け取れなくなってしまう。

そんなの悲しすぎるから

最初からもらわない方がいい。

 

 

そんなことを思う自分が恥ずかしくて

表に出したくなかった。

 

 

きっと両親だって、

家族だって、

 


いつか離れる時が来ると思う。

 

 

そんな時に、同じように、いやもっと

もしかしたら泣くかもしれない。

 

 

そんな姿は身内に見せたくないし

そんな時に、

大好きだった・愛していた、

なんて言いたくない。



だから、もらわない方がいいし、
差し出さない方がいい。


そんなところまで思うわたしが恥ずかしい。

 

 

こんな愛情を持つわたしは恥ずかしい、

と思っていたのでした。


実際、

好きだよ、愛しているよ、という時は
(練習でも)

胸がきゅうっと締め付けられるような

ずんと重くなったような気持ちになるのです。

 

 

愛情表現をすることで、悲しみが増えた。

 

 

と思っていた。

 

 

でも

 

この人生の中で
人を愛せる気持ちが
増えるのはよろこびでは?

 

 

に気づいた時に、

また涙が止まらなくなってしまって

 

 

ああ、ここ、気づいてしまったか…

 

 

この日はよく泣きました。

 

 




そして、この日はグループコンサルの日で

仲間たちにも、その話をしました。

 

 

そこで決まったはじめのいっぽこそ

 

 

伝えたい人に

ことばで愛情を伝える、ということ。

 

 

 

愛のある自分を恥じていたけれど、

愛があるからこそ感じる感情もあっていい。

 

「その時」が来たら

すごく悲しいし寂しいかもしれないけれど、

 

たくさん泣いてしまうかもしれないけれど

 

 

そんなのを想像するのも怖いのだけれど。

 

 

それだけ愛せる人がいた証拠だとしたら

よろこびなのかもしれない。

 

 

 

薄情だと思っていた自分は、

実は愛情深い人、だったのかもしれない。

 

 

 

それだけ家族に

愛を感じているということ、なんだなぁ。

 

 

 

最期の時だけに、

好きだったよと愛していたよと
冥途のみやげのように言って

相手のためになるのだろうか。

 

 

今、わたしが日々の暮らしの中で

家族に挨拶のように、

 

さらりと

 

母ちゃん、大好き

 

と言われていて、喜びを感じているから

感じられるようになったから

 

 

わたしもことばで伝えてみようと思う。

最初は棒読みでも。

 

 

好きだよ・愛してるよ

 

 

たかが4文字、6文字のことばなのに、

すごく抵抗のあることばは

すごくエネルギーを感じる。

 

 

ああ、もう

喉の奥がツンと痛くなるのだけれど


発するだけでも泣いてしまいそうだけれど


悲しくて出る涙ではなく

喜びの涙もある。

 

 

それだけ愛情深い自分を

いい加減みとめつつ

 

今時分、

感じられる快な感覚も同時に伝えよう。

 

 

今だったら

 

ふわふわの柔らかい髪の毛だったり
大きくなって髪質が固くなってきた
笑顔がまだかわいいふたりの子どもたち

 

なんだかんだと気にかけてくれる夫

 

 

もう、

もうホントに

 

 

いてくれるだけで愛でしかないんだな

 

 

と思えた。

 

 

そんな感情を掻き立てられるあの人は

あの人たちは、いるだけで愛でしかない

 

 

そんな自分は薄情なんかじゃないし

いとおしくも感じられました。

 

 

 

最終着地点は、ここ。

 

 

35年以上の時を超えて、

コスモスの花が

たくさん咲いていた

今くらいの時期に亡くなった

祖母が教えてくれたこと、でした。

 

 

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