シューマッハ兄弟最後の1-2(2004年、日本GP) | 日日不穏日記・アメブロ版

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 2011年の最多オーバーテイクは、ミハエル・シューマッハで116回だった。トップ3に次ぐマシンに乗り、チームメイトのニコ・ロズベルグよりも後方からスタートすることが多かったこともあると思う。もちろん、ドライバーとしてまだまだやれるという証明にもなるわけだけれども、最終的にポイントで上回ったニコは、ベスト10には入っておらず、逆にランキング2位のジェンソン・バトンが85回で、9位に顔を出している。

 ちなみに15回のPPと圧倒的に上位スタートの多かったセバスチャン・ベッテルは、27回と下から4番目で、これは納得。

 さて、42歳のミハエルが2013年も現役を続行すると言われてる中、弟のラルフの動向は、殆ど聞こえてこない。ラルフは、現在36歳。2007年にF1を引退し、DTMに転向してからの活躍は振るわず、その前年にF1を去ったかつてのチームメイトで、NASCARで活躍している同い年のモントーヤとはその点も対照的だ。



 現在、ミハエルとラルフは口も利かない関係ともいう。F1時代のラルフは、何かにつけて兄に遠慮がちな姿ばかり見ているので、ちょっと信じがたい気もするけれども、そうしたF1時代の関係がかなり鬱積していて、その反動が来ているのかもしれない。

 2004年の日本GPは、その2人の最後の1-2フィニッシュ。シューマッハは、すでに7回目のチャンピオンを決めていて、最後の栄光を手にし、チームメイトのモントーヤは、早々にマクラーレン移籍を発表。ラルフ自身も、この年を最後にトヨタへと去る。

 トヨタでの3年間のラルフは、3位表彰台が2005年2回、2006年1回。

 ちなみに翌2005年のハンガリーで、ミハエル2位、ラルフ3位となっていて、2人の表彰台は、この時が最後。その時のポディウムでの2人の関係がどうだったかは、僕は覚えていない。