個性的なルックスが印象深いフェブリツィオ・バルバッツア | 日日不穏日記・アメブロ版

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 アマティはF1の中では、B級どころか、C級以下の実績しか残せなかったけれども、そのあまりな遅さとゴシップで名を残した(笑)。というか、当時のF1ファンでも印象に残っていたらしく、「懐かしい」という声も聞いた。

 女性F1ドライバーというのが、極めて珍しく、また1992年という時代は、まだF1ブームが下降気味とはいえ、マンセル、セナが健在(プロストは一年休養)、シューマッハがフル参戦初年度と話題性があり、F1への注目度が高かったとも言えるだろう。

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 別にB級F1ドライバーにこだわりがあるわけではないのだけれど、この頃の忘れえぬドライバーの一人にミナルディから出走したファブリツィオ・バルバッツアがいる。

 “忘れえぬ”というのは、一目でわかるその個性的なルックスゆえだ。当時のF1中継でも話題になっていたと思うのだけど、何と呼ばれていたかはわからない。1991年にAGSから参戦。予備予選落ちを繰り返し、93年のミナルディで再度F1参戦。



 チームパートナーは、端正なマスクのクリスチャン・フィッティバルディというところがまた好対照だったが、当時のミナルディは、資金不足に悩まされており、戦えたのはシーズン前半のみ。開幕戦の南アフリカでフィッティバルディが4位入賞を果たしたのがチーム最高成績。

 一方のバルバッツアは、6位入賞2回。特に雨のドニントン(ヨーロッパGP)での入賞が特に光る。次のサンマリノGPで連続入賞。ただ、資金不足のため、シーズン途中で解雇されている。

 下位チームの入賞2回で解雇は、いささか酷ではあるけれども、予選でフィッティバルディに全敗という結果では仕方がない面もある。93年のみの“活躍”ではあったものの、フィッティバルディとのコントラスト、ドニントンの走りで成績の割に今でも印象に残ってるドライバーだ。