モナコGP通算5勝。“元祖モナコマイスター”として名の知られるグラハム・ヒル。ただ、彼への呼称は“ミスター・モナコ”であり、90年代になって、その記録に迫り、追い抜いたアイルトン・セナにをそう呼び始めたために<日本>では、その呼称が定着した感が強い。
62年、68年の年間チャンピオンという実績を持つが、通算勝利は14勝に留まり、同時代の“天才肌”のジム・クラークに対して“努力肌”とされる。
その中でモナコ5勝(1963-65、68、69)というのは、セナの6勝(通算41勝)に比べても際立っており、いかにモナコに強かったかを示す。
そして、キャリア晩年は自らチームを立ち上げ、レースに参戦、1975年まで戦い続けた。そして最終勝利は1969年のモナコ、引退した最後のレースも、モナコGPだった・・・。
よく知られているようにヒルは、シーズン後、チームメンバーを乗せた軽飛行機で墜落事故を起こし、帰らぬ人となる。
モナコで強いヒルではあったが、そのモナコを含む、インディ500(1966年)、ル・マン24時間レース(1972年)の“世界3大レース”を制した“唯一のドライバー”という名誉も残している。F1、インディの両カテゴリーに参戦するドライバーが減ってきている今、今後、この記録が生まれる可能性は低く、ヒルの記録が“唯一”であり続ける可能性は高い。
息子のデイモンは、モナコで勝つことは出来なかったが(1993、1995年の2位が最高)、2010年、モナコGPのドライバー出身枠レーススチュワード(競技審査委員)に就任している。