80歳のバーニー・エクレストンがついに引退?再読、『F1影の支配者』から | 日日不穏日記・アメブロ版

日日不穏日記・アメブロ版

gooで公開している同名のブログ(主に身辺雑記)とは別にモータースポーツに特化して立ち上げたブログ。現在はNASCAR推し。YouTubeで全36戦を追いかけます。オフシーズンは、他のモータースポーツの記事も書きます。

 2002年に出版された檜垣和夫『F1影の支配者 ホンダ・トヨタは勝てるのか』(講談社+α新書)を本棚に見つけ、パラパラとめくっているうちに面白くなって、最後まで読んでしまった。2002年と言えば、フェラーリの全盛期。シューマッハが3年連続5回目のタイトルを決めてわが世の春を迎えていて、ホンダはF1復帰3年目でBARにエンジンを供給。

 一方のトヨタはフルワークスで参戦した初年度。ルノー、フォード(チーム名はジャガー)、BMW、メルセデスと自動車メーカーが、次々と参戦した時期だから、F1に関する“ビジネス戦争”に関する本が出されたのも時期を得ていたんだとは思う。

 ただ、著者が書きたかったのは、F1の支配者であるバーニー・エクレストンという人物に関してだという。本書の第一章のタイトルは、“バーニーズ・ゲーム”。

 バーニー・エクレストンという人物がいかにしてF1を支配するに至ったのかという内容で実に面白い。F1チームの互助会のようなものだったF1CAを、FOCAに改組し、会長に収まって、F1全体のビジネスやレギュレーションにまで影響を行使する存在にまで巨大化させていくエクレストン。

<第3期ホンダF1唯一の優勝 2006年ハンガリーGP、ジェンソン・バトン>



 その中でFISAのトップとして、F1の主導権を取り返そうとするジャン・マリー・バレストルとの激しい戦い。日本でF1ブームが始まったころは、まだバレストルがトップだったから、行政面を統括するバレストルと商業面を握るエクレストンの小競り合いは続いてた。

 ファン目線では、セナ・プロ対決の“影の主役”は、<独裁者>バレストルであって、さらに“影”の存在だったエクレストンについては、知らなかったファンが殆どじゃなかったろうか。もちろん、僕もそうだったのだけれども。

 その“二人の独裁者”のバランスが崩れたのが、91年のFISAの会長選挙で、バレストルが、エクレストンの法律顧問であるマックス・モズレーに敗れ、F1の表舞台から追いやられて、エクレストンの一人勝ちの時代が始まる。

<トヨタF1最終レース 2009年アブダビGP 小林可夢偉VSバトン>



 2011年の今、バレストルはすでに亡く、ホンダもトヨタもブリジストンもF1を去り、モズレーもスキャンダルでその地位を追われ(任期切れで、FISAを吸収したFIA会長を退く)、タバコマネーが退場した後も、エクレストンは、新たなスポンサーを得、新興国のGP開催を取りつけて、支配者であり続けている・・・

 と書いたところで、ロイター通信がエクレストンが引退を示唆したと報じている(F1ボス、引退の可能性を示唆 「もう働く必要はない」)。

 ブラフかもしれない。ただ、絶大な権力を握り続けたエクレストンの退場が目前に迫っているのは間違いない。著者の言葉を借りよう。「おそらくは、エクレストン一人に集中している権力は分散され、ある意味、F1は現在よりは民主的に運営されることになるだろう。しかし、そのような多数による運営で、これまでのような成長が維持できるかどうかはまた別の話である」(P.216)