日米トップの決断
21日の日曜日、11月のアメリカ大統領選挙で再選を目指すとしていたバイデン大統領(81歳)が、SNSでついに大統領選から撤退すると発表した。バイデン氏は「大統領をつとめられたことは人生最大の名誉です。再選を目指す意向でしたが、残りの任期は大統領としての職務を全うすることにのみ専念することが我が党と国にとって最善の利益であると信じている」と述べ、ハリス副大統領を後任の大統領候補に指名した上で、「今こそ団結してトランプ氏を倒す時だ」と訴えた。
バイデン氏は、先月27日に行われたトランプ前大統領とのテレビ討論会で、何度も言葉に詰まるなど精彩を欠き、高齢への不安が高まっていた。またその後も、ウクライナのゼレンスキー大統領を紹介するはずが、ロシアのプーチン大統領と言い間違えたり、ハリス米副大統領とトランプ前大統領を言い間違えたりと、言い間違いや失言が後を絶たなかった。さらに、体力面でもつまずいたり、よろけたりと心身ともに年齢的衰えが指摘された。そのため、記憶力などを評価する認知検査を求める声が上がったが、バイデン氏は「医師らは必要ないと言っている」と検査を拒み続けてた。そして、飽くまでも11月のアメリカ大統領選挙で再選を目指すと強調した。
こうした中、米議会上院民主党トップのシューマー院内総務やペロシ元下院議長ら党重鎮がバイデン大統領に選挙戦撤退を求める圧力を強めた。シューマー氏はバイデン氏との13日の会談で、選挙戦から撤退した方が国と党のためになると進言した。また、民主党下院トップのジェフリーズ院内総務も同様の見解をバイデン氏に直接伝えた。さらに、ペロシ氏はバイデン氏に電話をし、世論調査では11月の大統領選でトランプ前大統領に勝利できず、民主党が下院の多数派を奪還するチャンスをつぶしかねないと話したとのこと。これらに加え、オバマ元大統領も「バイデン大統領の再選への道は狭まっている」と話すなど、民主党の議員が公然と選挙戦からの撤退を求め、さらには民主党支持者の中には各地で撤退デモを起したりなど、バイデン氏への撤退圧力が日増しに強まっていった。
こうして、バイデン氏の大統領選からの撤退が時間の問題となって来た時に、バイデン氏はコロナに感染し、自宅療養をしながら公務を遂行していたが、最後は家族会議によりついに撤退することを決断し、21日の撤退表明に至った。このバイデン氏の撤退表明は、民主党にとっては遅きに失した感があったが、それでも1ヶ月後に控えた民主党大会(8月19日)には何とか間に合った。ただ、相手のトランプ共和党大統領候補は、7月13日に発生した狙撃事件から辛くも死を免れて、ますます共和党の結束を強固なものとし、選挙戦を有利なものとした。今後、バイデン氏を引き継ぐことになるハリス後継者が、どこまで民主党を結束できるかどうか、それにより大統領選の行方が決まることになる。
ところで、このバイデン大統領の大統領選撤退表明は、突然で全米に衝撃が走ったとのことだが、米国ではバイデン氏の決断に理解を示し、これまでの功績に感謝の意を示す人がいた一方、土壇場になって身を引くことに批判の声も上がった。6月下旬のテレビ討論会後2度にわたり社説で撤退を要請していたニューヨークタイムズは、21日の社説で「勇気ある選択」と称賛し、さらに「トランプ前大統領の返り咲きという危険から、民主党が米国を救うチャンスを高めた」「バイデン氏は自分のプライドと野心より国益を優先した。トランプ氏が決してやらないことだ」と評価した。
一方、トランプ前大統領はSNSに「いんちきジョー・バイデンは我が国の歴史上、群を抜いて最悪の大統領だ。左派が誰を擁立しても同じことの繰り返しだ」「バイデン氏は大統領としても大統領候補としてもふさわしくなかった」とバイデン氏をひどく罵った。そして「ハリス副大統領の方がバイデン氏よりも簡単に勝てる」と述べた。各国首脳については、スターマー英首相は「決断を尊重する。米国民にとり最善だとの信念に基づいて決めたのだろう」と述べ、ドイツのショルツ首相は「バイデン氏は国のため、欧州のため、世界のために多くのことを成し遂げた」と称賛し「再出馬しないという決断は尊敬に値する」と述べた。ポーランドのトゥスク首相も「多くの困難な決断を下し、世界を安全に、民主主義を強固にしてきた」と称賛した。
バイデン氏の大統領選からの撤退表明に、日本の岸田首相は「アメリカの国内政治に関わることなので、直接コメントすることは控えるが、バイデン大統領として『政治的に最善の判断をする』という思いでの判断だと認識する」「日米同盟は言うまでもなくわが国の外交・安全保障の基軸であり、今後の動きを注視していきたい」と、特に賞賛するのでもなく淡々と話したが、岸田首相もまた9月に自民党総裁選挙を控えており、自民党や日本国民にとってその去就に注目が集まっている。岸田首相もまた、バイデン氏と同様に総裁選不出馬を求める身内の圧力にさらされているからだ。
岸田首相とバイデン氏の置かれた政治状況は非常に類似している。バイデン氏には身内の米連邦議会民主党から撤退を求める声が続出、大統領選と同時に投開票される上下両院選で道連れになりかねないとの懸念があった。日本でも来年夏に参院選、来年10月に衆院議員の任期満了が迫り、内閣支持率の低迷に危機感を強める自民内に首相への退陣要求が渦巻いている。こうした中で、一足先にバイデン氏が大統領選撤退を決断したから、岸田首相もその胸の内は当然ながら穏やかではない。しかも、昨年末からの自民党による「裏金疑惑」により、世論調査による内閣支持率や自民党支持率も崩壊最低ラインをずっと継続し続け、いつ崩壊してもおかしくない状況だ。
岸田首相は今のところ総裁選を辞退する気持ちは毛頭ないようだが、自民では国会内だけでなく地方組織にも退陣論が広がっているのが実情のようだ。公明党関係者も「うちで首相続投を望む声はゼロだ」と言い切る。バイデン氏の撤退決断に対して、首相周辺は「日米は文化も違う。両者を並べるのはおかしい」と強がっているが、果していつまでその強気が継続するであろうか。ひょっとして、例の岸田首相の「特技」である、突然の撤退表明が飛び出すかもしれない。