子規随筆の中の俳句・短歌(11) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

仰臥漫録(2)

 

このシリーズでは脊椎カリエスにより寝たきりの人生を送った時代に書かれた4大随筆(「松羅玉液」「墨汁一滴」「仰臥漫録」「病牀六尺」)の中の俳句や短歌に加え、人力車で短時間外出した際に詠んだ短歌(「亀戸まで」)についても紹介している。前回は、2番目の随筆「墨汁一滴」の中の俳句87句(子規;30句、他;57句)と短歌130首(子規;66首、平賀元義;53首、他;11首)を紹介したが、今回は3番目の随筆「仰臥漫録」の中の俳句485句(子規;457句、他;28句)と短歌45首(子規;45首、他;0首)を紹介することとする。

 

「仰臥漫録」は、「墨汁一滴」の新聞「日本」への掲載を終えた明治34年(1901年)7月2日からちょうど2ヶ月後の同年9月2日から、翌明治35年(1902年)9月の子規が死去する直前まで、約1年間にわたり折々に書かれた日記(子規34~35歳)であり、ここではその中の俳句485句と短歌45首を8回に分けて紹介している。前回(1回目)は明治34年9月2日から9月9日までの俳句60句を紹介したが、今回(2回目)は同年9月10日から9月21日までの俳句59句と歌4首を紹介する。

 

◎明治34年(1901年)9月10日

〇前日の9月9日子規の病床に川崎(原)安民が訪れ、自ら鋳造した蛙の置物を渡したが、翌日(10日)に子規がこの蛙の置物の絵を描き、それに添えた2句

 無花果に 手足生えたと 御覧ぜよ

 蛙鳴蝉噪 彼も一時と 蚯蚓鳴く

 

◎9月11日

〇午後、ツクツクボウシが鳴くのを聞いて詠んだ5句

 つくつくぼーし つくつくぼーし ばかりなり

 つくつくぼーし 明日なきやうに 鳴きにけり

 つくつくぼーし 雨の日和の きらひなし

 家を巡りて つくつくぼーし 樫林

 夕飯や つくつくぼーし やかましき

 

◎9月12日

〇午後沼津から岡麓の手紙が来て、鰻の蒲焼が贈られて来た。また、麓から小包便で桃の缶詰が贈られてきたが、そんな昼に詠んだ句

 病閑に 糸瓜の花の 落つる昼

 

〇夜、病室の庇に岐阜提灯を点した際に詠んだ句

 消えんとして ともし火青し きりぎりす

 

〇昨日床屋が持って来てくれた盆栽の絵を描き、それに添えた句

 草花の 鉢並べたる 床屋かな

 

◎9月13日

〇朝顔の絵を描き、それに添えた4句

 朝顔や 絵の具にじんで 絵を成さず

 朝顔や 絵にかくうちに 萎れけり

 朝顔の しぼまぬ秋と なりにけり

 蕣の 一輪ざしに 萎れけり

 

〇庭の三本の松を伐ると家主が怒り、伐らないと緑がはびこる。上の枝は日影を遮り、下の枝は露の雫が垂れ、美しい花も育たず木も枯れる。家主が怒ろうが庭の三本の松の上の枝も下の枝も伐ろうと思い詠んだ歌3首

 さ庭べに はびこる松の 枝伐らば 家主怒らん さもあらばあれ

 下蔭の 草花惜み 日を蔽ふ 松が枝伐らん 家主怒るとも

 我庭の 三もと松伐り あはれ深き 千草の花に 日の照るを見ん

 

〇虫や枝豆を題として詠んだ18句(「夜涼如水」は「やりょう水の如し」と読む、「曹士建」は三国志の魏の曹操の3男「曹植」のことで文才があった)

 夜涼如水 書灯に迫る 虫の声

 夜涼如水 天の川辺の 星一つ

 松虫や 露に濡れたる 絹団扇

 むら雨の 過ぎて鶏頭の 夕日かな

 毒蝶の 秋海棠を 犯すかな

 枝豆や 病の牀の 昼永し

 枝豆や 三寸飛んで 口に入る

 学校に 行かず枝豆 売る子かな

 枝豆の 月より先に 老いにけり

 枝豆の つまめばはぢく 仕掛かな

 明月の 豆盗人を 照しけり?

 枝豆の から棄てに出る 月夜かな

 芋を喰はぬ 枝豆好の 上戸かな

 芋あり豆あり 女房に酒を ねだりけり

 明月や 枝豆の林 酒の池

 枝豆や 俳句の才子 曹士建

 枝豆や 月は糸瓜の 棚に在り

 秋風や 糸瓜の花を 吹き落す

 

◎9月17日

〇前日の9月16日、石巻の佐藤野老から病気見舞いに小包で長十郎梨が10個届き、その1つを食べると美味しかったので、そのお礼に詠んだ2句

 石の巻の 長十郎が 見舞かな

 吾を見舞ふ 長十郎が 誠かな

 

〇家人が秋海棠を剪ろうと言うのを制して詠んだ句

 秋海棠に 鋏をあてる ことなかれ

 

〇前々日の9月15日、大阪の松瀬清々から病気見舞いに奈良漬が送られてきたが、そのお礼に詠んだ句

 奈良漬の 秋を忘れぬ 誠かな

 

〇眠ろうとして蠅が気になったので詠んだ句

 秋の蠅 叩き殺せと 命じけり

 

〇長塚節から送られて来た栗は実が入っておらず悪い栗だったので詠んだ句

 真心の 虫喰ひ栗を もらひけり

 

〇外出していた妹律の帰りが遅かったことに対して詠んだ2句

 いもうとの 帰り遅さよ 五日月

 母と二人 いもうとを待つ 夜寒かな

 

〇妹の帰りを待っていた時に詠んだ歌

 夕顔の 実の太けくに 墨黒に 目鼻をかかば 人とならんかも

 

◎9月19日

〇庭を眺めながら詠んだ3句

 黙然と 糸瓜のさがる 庭の秋

 夕顔の 愚に及ばざる ふくべかな

 日掩棚 糸瓜の蔓の 這ひ足らず

 

〇美人が団扇を持っている画を見て詠んだ句

 絹団扇 それさへ秋と なりにけり

 

〇夕飯後、長塚節から鴫三羽が一くくりにされた小包が到着し、それに対して詠んだ句

 淋しさの 三羽減りけり 鴫の秋

 

◎9月20日

〇雑誌「俳星」の牛伴選天の某句(趣なしというよりも月並調に近い句)

 草に火を 落して行くや 虫送 (某)

 

〇同じく、格堂選天の某句(面白い句であるが、格堂はまだ品格ということを知らないようだ)

 草に据ゑる 五右衛門風呂や 雁の声 (某)

 

〇しかし、格堂が詠んだ俗流から遥かに上に出ている2句

 芋の葉に 昨夜の雁の 涙かな (格堂)

 松露掘つて 山谷の盧を 叩きけり (格堂)

 

〇同じく、露月選地の某句(露月はこのような初心の句を見分けることが出来ないようだ)

 草花を 見つめて鹿の 憂寐かな (某)

 

〇自分の看病に対して妹律に「理屈づめの女」「木石の如き女」などと不満を述べた後、蚊帳や蚊に対して詠んだ5句

 病人の 息たえだえに 秋の蚊帳

 病室に 蚊帳の寒さや 蚊の名残

 秋の蚊の 源左衛門と 名乗けり

 秋の蚊の よろよろと来て 人を刺す

 残る蚊や 飄々として 飛んで来る

 

◎9月21日

〇再び妹律に対して「強情なり」「冷淡なり」などと不満を述べた後、蠅や糸瓜などを詠んだ4句

 秋の蠅 蠅たたき皆 破れたり

 病室や 窓あたたかに 秋の蠅

  草木国土悉皆成仏

 糸瓜さへ 仏になるぞ 後るるな

 成仏や 夕顔の顔 へちまの屁