子規随筆の中の俳句・短歌(1) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

「松羅玉液」(1)

 

前回までは、正岡子規が元気に歩くことが出来た若い時代(21歳~27歳:明治22年[1889年]~明治28年[1895年])に書かれた紀行文の中の俳句や短歌について紹介してきたが、ここでは脊椎カリエスにより寝たきりの人生を送った時代に書かれた4大随筆(「松羅玉液」「墨汁一滴」「仰臥漫録」「病牀六尺」)の中の俳句や短歌について紹介する。また、人力車で短時間外出した際に詠んだ短歌(「亀戸まで」)についても紹介する。

 

「松羅玉液」には俳句が268句(子規;131句、他;137句)、短歌は0首、「墨汁一滴」には俳句87句(子規;30句、他;57句)、短歌130首(子規;66首、平賀元義;53首、他;11首)、「仰臥漫録」には俳句485句(子規;457句、他;28句)、短歌45首(子規;45首、他;0首)、「病牀六尺」には俳句124句(子規;88句、他;36句)、短歌(狂歌含む)2首(子規;0首、他;2首)であり、「亀戸まで」には俳句は0句、短歌13首が載っている。

 

最初に、子規が28~29歳の時の最初の随筆「松羅玉液」の中の俳句262句について、5回に分けて紹介するが、「松羅玉液」は明治29年(1896年)4月21日から同年12月31日まで、計32回にわたり断続的に新聞「日本」に掲載された。この「松羅玉液」には、当時はまだ珍しい「遊戯」だったベースボールについての詳しい紹介(7月19日~7月27日)や、俳句の類似性・剽窃などの例(10月5日~10月19日)が記載されている。まずは、4月21日から7月10日までの50句を紹介する。

 

◎明治29年4月21日

〇病が小康状態であり、杖にすがって小庭を徘徊した時に詠んだ2句

 萩桔梗 撫子なんど 萌えにけり

 一八の 一輪白し 春の暮

 

〇春の日和に独りふすまの中に寐ているとゴオゴオという音が聞こえ、上野の花がどうなっているのか想い詠んだ句

 寐て聞けば 上野の花の さわぎかな

 

〇人力車で上野へ行くと、鬼事を見てうれしくなり詠んだ3句

 新阪や 向ふに見ゆる 花の雲

 古宮の 桜咲くなり 杉の奥

 黒門も 摺鉢山も 桜かな

 

〇向島の花がどのようになっているのかを想い詠んだ3句

 此花に 酒千斛と つもりけり

 花ちらちら 島田の男 酒を飲む

 交番や ここにも一人 花の酔

 

◎4月23日

〇七年前の水戸へ友人と徒歩旅行した際のことを思い出して詠んだ3句

 足二本 同行二人 春の風

 出女が 恋持つ桃に 花が咲く

  水戸弘道館

 烈公の 冠正し 梅の花 

 

〇自殺した藤野古白の一周忌となり、今古白はどうしているのだろうかなど想いながら詠んだ句

 春雨の われまぼろしに 近き身ぞ

 

◎4月27日

〇春雨が降り続き、詠んだ2句

 春の雨 松三寸の 小苗かな

 春雨に なるや広野の 南風

 

〇柱に懸けてある古蓑を見て、昔の水戸旅行のことを思い出し詠んだ3句

 春雨の われ蓑着たり 笠着たり

 はたごやの 門を出づれば 春の雨

 雨だらだら 余寒を降つて 落しけり

 

〇昨年、金州の舎営で暴風雨に遭い、飯を焚く煙に2日間燻されたことも昔話となり、詠んだ句

 はげ山や 春雨まじり 嵐吹く

 

〇種竹山人が梅の花を見に月ヶ瀬へ出かけたことに対して詠んだ句

 夢に美人 来れり曰く 梅の精と

 

◎5月4日

〇行く春を惜しみ、日々の苦しみを想い詠んだ2句

 行く春を 徐福がたより なかりけり

 紙あます 日記も春の なごりかな

 

〇宇宙と自分の頭脳のことを想い、煩悩や悟りを想いながら詠んだ句

 出て見れば 春の風吹く 戸口かな

 

◎5月9日

〇夏が来て庭を見ると葵や薔薇があり、上野の山も杉木立の間から見えて詠んだ2句

 夏に入りて げんげんいまだ 衰へず

 古杉の 間に光る 若葉かな

 

〇鯉のぼりの節句になり、ある場末を通ると廂に菖蒲を葺いた家があり、また町角に菖蒲と蓬を束ねて掛けているのを見て懐かしく思い詠んだ2句

 君が代や 縮緬の鯉 菖蒲の太刀

 東京や 菖蒲掛けたる 家古し

 

◎5月18日

〇我が家(草庵)を訪れた人々が庭前を景色を見て詠んだ4句

 主人病ひあり 石竹いまだ開かず (牛伴)

 ニ三本 あやめ咲いたる 小庭かな (瓢亭)

 一畝の 覆盆子葉茂り 実少し (虚子)

 雨晴れて 茨に夕日の ニ三尺 (鳴雪)

 

◎5月25日

〇牡丹は艶麗第一の花であるが、俗な花として芭蕉を始め句を詠まなかったが、蕪村は見事に詠み、自分もそれに倣って詠んだ10句

 廃苑に 蜘の囲閉づる 牡丹かな

 牡丹伐つて 其夜嵐の 音ずなり

 宰相の 詩会催す 牡丹かな

 薄月夜 牡丹の露の こぼれけり

 卓一脚 香消えなんとする 牡丹かな

 廊下より 手燭さし出す 牡丹かな

 凛として 牡丹動かず 真昼中

 昼中の 雲影移る 牡丹かな

 篝火の 燃えやうつらん 白牡丹

 花震ふ 大雨の中の 牡丹かな

 

◎6月15日

〇夏の明けやすい夜(短夜)、ひとり机に向かい自分の行末や世の変遷を想いながら詠んだ4句

 短夜や 空のなかばの 天の川

 短夜の にはかに明くる けしきかな

 短夜や 幽霊消えて 雞の声

 短夜や 焼場の灰の あたたまり

 

◎7月10日

〇人々は俳句や短歌に対し主観的(特に感情的)なものを求め、客観的なものを排除しようとするが、客観的なものも俳句として成立し、その例を5句

 五月雨や 垣根に白き 草の花 (叟柳)

 五月雨や 真菰の中に 板の橋 (其村)

 野の道の 葛飾あたり 蓮咲く (碧梧桐)

 青薄 萩の若葉を 圧すべく (虚子)

 若葉せり 楠の根株に もりもりと (瓢亭)