紫式部集の中の和歌(3) | 俳句の里だより2

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紫式部集(3)

 

ここでは、「源氏物語」の作者として有名な紫式部の家集(歌集)である「紫式部集」(作者は紫式部、成立は式部晩年(1010~1020年頃か)の中で詠まれた和歌(定家本系による126首)について、何回かに分けて紹介している。前回はその(2)として21首を紹介したが、今回はそれに続いて29首を紹介する。

 

〇私(紫式部)の家の門を叩きあぐねて帰っていった人が翌朝に詠んだ歌

 世とともに 荒き風吹く 西の海も 磯辺に波も 寄せずとや見し

〇それに対して式部が詠んだ歌

 かへりては 思ひ知りぬや 岩かどに 浮きて寄りける 岸のあだ波

 

〇年が明けて、「門は開きましたか」(喪中は開けましたか)と言ってきたので、式部が詠んだ歌

 誰が里の 春の便りに 鴬の 霞に閉づる 宿を訪ふらむ

 

〇朝世の中が疫病で騒いでいた頃、朝顔を人のもとへ贈るとして式部が詠んだ歌

 消えぬ間の 身をも知る知る 朝顔の 露とあらそふ 世を嘆くかな

 

〇世の中を無常だと思う人(式部)が、幼い子(娘の藤原賢子:大弐三位)が病気になったので、唐竹というものを花瓶に挿した女房が祈ったのを見て詠んだ歌

 若竹の 生ひゆく末を 祈るかな この世を憂しと 厭ふものから

 

〇わが身が思うようにならないと嘆くことが常となり、さらに激しくなっていくのを思って式部が詠んだ歌2首

 数ならぬ 心に身をば まかせねど 身にしたがふは 心なりけり

 心だに いかなる身にか かなふらむ 思ひ知れども 思ひ知られず

 

〇初めて宮仕えして宮中のあたりを見るにつけても、しみじみと感慨深く思われるので、式部が詠んだ歌

 身の憂さは 心のうちに したひきて いま九重ぞ 思ひ乱るる

 

〇まだ宮仕えに慣れない頃、実家に帰った後に少しばかり話し合った人に式部が詠んだ歌

 閉ぢたりし 岩間の氷 うち解けば をだえの水も 影見えじやは

〇それに対して、話し合った人が詠んだ歌

 み山辺の 花吹きまがふ 谷風に 結びし水も 解けざらめやは

 

〇正月十日頃、「春の歌を献上するように」とのことで、まだ出仕もしないでいた実家で式部が詠んだ歌

 み吉野は 春のけしきに 霞めども 結ぼほれたる 雪の下草

 

〇三月の頃、宮の弁のおもと(中宮女房)が「いつ参上なさいますか」などと書いて詠んだ歌

 憂きことを 思ひ乱れて 青柳の いと久しくも なりにけるかな

〇それに対して式部が詠んだ歌

 つれづれと 長雨降る日は 青柳の いとど憂き世に 乱れてぞ経る

 

〇こんなに思い悩んでくじけそうなのに、「ずいぶん上﨟ぶっている」と人が言っているのを聞いて、式部が詠んだ歌 

 わりなしや 人こそ人と 言はざらめ みづから身をや 思ひ捨つべき

 

〇薬玉を贈りますといって、式部(?)が詠んだ歌

(注)薬玉は、菖蒲や蓬を五色の糸で貫き玉にしたもので、5月5日に邪気を払い、息災を願う。

 しのびつる 根ぞ現はるる あやめ草 言はぬに朽ちて やみぬべければ

〇それに対して贈られた人が詠んだ歌

 今日はかく 引きけるものを あやめ草 わがみ隠れに 濡れわたりつつ

 

〇土御門殿で法華経三十講の五巻が、五月五日に当たっていたので、式部が詠んだ歌

 妙なりや 今日は五月の 五日とて 五つの巻の あへる御法も

 

〇その夜、池の篝火に御灯明が光り合って昼よりも水底まで鮮明な上に、菖蒲の香りまでがはなやかに匂って来るので、式部が詠んだ歌

 かがり火の 影もさわがぬ 池水に 幾千代澄まむ 法の光ぞ

 

〇型通りに詠んで言い紛らわしたのを、前に居る大納言の君(中宮女房)は深く思い悩んでいるので、式部が詠んだ歌

 澄める池の 底まで照らす かがり火に まばゆきまでも 憂きわが身かな

 

〇五月五日の夜明け近く、土御門院で渡殿に来て遣水を見ていると風情があり、小少将の君(中宮女房)と一緒に庭に下りて眺めながら小少将の君(もしくは式部)が詠んだ歌

 影見ても 憂きわが涙 落ち添ひて かごとがましき 滝の音かな

〇それに応えて式部(もしくは小少将の君)が詠んだ歌

 一人居て 涙ぐみける 水の面に うきそはるらむ 影やいづれぞ

 

〇同じく、二人で眺め明かして、明るくなったので部屋に戻った。とても長い菖蒲の根を包んで贈られてきたので、小少将の君が詠んだ歌

 なべて世の 憂きに泣かるる あやめ草 今日までかかる 根はいかが見る

〇それに対して式部が詠んだ歌

 何ごとと あやめはわかで 今日もなほ 袂にあまる 根こそ絶えせね

 

〇宮中で水鶏が鳴くのを聞いて、七八日(旧暦六月)の夕月夜に小少将の君が詠んだ歌

 天の戸の 月の通ひ路 ささねども いかなるかたに たたく水鶏ぞ

〇それに応えて式部が詠んだ歌

 槙の戸も ささでやすらふ 月影に 何をあかずと たたく水鶏ぞ

 

〇渡り廊下にある部屋に寝た夜、部屋の戸を叩いている人がいると聞いたが、恐ろしいので返事もしないで夜を明かした翌朝、戸を叩いた人が詠んだ歌

 夜もすがら 水鶏よりけに 泣く泣くも 槙の戸口に たたきわびつる

〇それに対して式部が詠んだ歌

 ただならじ 戸ばかりたたく 水鶏ゆゑ あけてはいかに くやしからまし

 

〇朝霧が美しい頃、中宮の御前の花が咲き乱れている中に、女郎花が花盛りであるのを、殿が(藤原道長)がその一枝を折らせて几帳越しに「これをむだには返すな」と言って頂いたので、それに応えて式部が詠んだ歌

 女郎花 盛りの色を 見るからに 露の分きける 身こそ知らるれ

〇それに対して道長が詠んだ歌

 白露は 分きても置かじ 女郎花 心からにや 色の染むらむ