紫式部集の中の和歌(2) | 俳句の里だより2

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紫式部集(2)

 

ここでは、「源氏物語」の作者として有名な紫式部の家集(歌集)である「紫式部集」(作者は紫式部、成立は式部晩年(1010~1020年頃か)の中で詠まれた和歌(定家本系による126首)について、何回かに分けて紹介している。前回は最初の歌から計27首を紹介したが、今回はそれに続いて21首を紹介する。

 

〇新年になり、「唐人を見に行こう」と言っていた人が、「春は早く来るものと、何とかしてお知らせ申そう」と言ったので、式部が詠んだ歌(この歌を含め以下の4首は、藤原宣孝が紫式部へ恋文を贈ったのに対して応えたもの)

(注)作者が越前に下った前年の長徳元年(995年)9月、宋人70余人が若狭国に漂着し、越前国に移されていた

 春なれど 白根の深雪 いや積もり 解くべきほどの いつとなきかな

 

〇近江守の娘に求婚しているという評判の人が、「あなた以外に二心ありません」などと、絶えず言うので、わずらわしくなって、式部が詠んだ歌

 みずうみに 友呼ぶ千鳥 ことならば 八十の湊に 声絶えなせそ

 

〇歌絵に、海人が塩を焼いている絵を描いて、木を切って積み上げた薪が描いてあるそばに歌を書いて、式部が詠んだ歌

 四方の海に 塩焼く海人の 心から やくとはかかる なげきをやつむ

 

〇手紙の紙面に朱というものをぽたぽたと垂らし、「わたしの涙の色です」などと書き送ってきた人へ、式部が詠んだ歌

 くれなゐの 涙ぞいとど うとまるる うつる心の 色に見ゆれば

 

〇もともと妻のいる人(藤原宣孝)が手紙を他人に見せたと聞いて、「今まで出した手紙を全部返してくださらないなら、もう返事はしない」と人づてに言ったら、正月十日頃「すべてお返しします」と言ってひどく恨んでいたので、式部が詠んだ歌

 閉ぢたりし 上の薄氷 解けながら さは絶えねとや 山の下水

〇その歌に気持ちがなだめられて、たいそう暗くなったころに、その妻のいる人が詠んで寄越した歌

 東風に 解くるばかりを 底見ゆる 石間の水は 絶えば絶えなむ

 

〇「もう何も言いません」と言って腹を立てているので、式部が笑って詠んだ歌

 言ひ絶えば さこそは絶えめ なにかその みはらの池を 包みしもせむ

〇それに対して、夜中ごろに妻のいる人が詠んだ歌 

 たけからぬ 人数なみは わきかへり みはらの池に 立てどかひなし

 

〇桜を花瓶に挿して見ていると、すぐに散ってしまったので、桃の花を眺めて式部が詠んだ歌

 折りて見ば 近まさりせよ 桃の花 思ひ隈なき 桜惜しまじ

〇それに対して、ある人が詠んだ歌

 ももといふ 名もあるものを 時の間に 散る桜には 思ひおとさじ

 

〇桜の花の散るころに、梨の花も桜の花も夕暮れの荒々しい風で散ってゆくときに、見分けがつかない色なので、式部が詠んだ歌

 花といはば いづれかにほひ なしと見む 散りかふ色の ことならなくに

 

〇遠い所へ行った、式部と姉妹の約束をしていた友人が亡くなったことを、親や兄妹が京に帰ってきて悲しいことを言ったので、式部が詠んだ歌

 いづかたの 雲路と聞かば 尋ねまし つら離れたる 雁がゆくへを

 

〇去年の夏より薄墨色の喪服を着ている人(式部)に、女院(東三条院詮子)が亡くなった翌春、ひどく霞がかった夕暮れに、ある人が詠んで持たせて置いていった歌

注)長保3年(1001年)4月に夫の宣孝が死去し、その喪中のこと。東三条院詮子は一条天皇の母で、翌長保4年の春は帝にとって母の喪中だった。    

 雲の上の もの思ふ春は 墨染めに 霞む空さへ あはれなるかな

〇それに対して式部が詠んだ歌

 なにかこの ほどなき袖を 濡らすらむ 霞の衣 なべて着る世に

 

〇亡くなった夫の娘が、父親の筆跡で書きつけてあったものを見て、詠んで寄越した歌

 夕霧に み島がくれし 鴛鴦の子の 跡を見る見る まどはるるかな

 

〇同じ人(亡き夫の娘)が、「荒れたわが家の桜の花が美しいこと」と言って折って寄越したので、式部が詠んだ歌 

 散る花を 嘆きし人は 木のもとの さびしきことや かねて知りけむ

 

〇絵に、もののけ(亡き人)の憑いた女の醜い姿を描いた背景に、死んで鬼になった先妻を、小法師が縛った姿を描いて、夫は経を読んでもののけを退散させようとしているところを見て、式部が詠んだ歌

 亡き人に かごとをかけて わづらふも おのが心の 鬼にやはあらぬ

〇それに対して、式部の侍女が詠んだ歌

 ことわりや 君が心の 闇なれば 鬼の影とは しるく見ゆらむ

 

〇絵に、梅の花を見ようとして、女が妻戸を押し開けて、二三人座っているが、他の人々は皆寝ている様子を描いている中に、たいそう年取った身分ある女房が、頬杖をついてもの思いに耽っている姿が描いてあるところを式部が詠んだ歌

 春の夜の 闇のまどひに 色ならぬ 心に花の 香をぞしめつる

 

〇同じ絵に、嵯峨野で花を見る女の車がある。もの慣れた童女が、萩の花に近寄って折ったところを式部が詠んだ歌  

 さ雄鹿の しか慣らはせる 萩なれや 立ち寄るからに おのれ折れ伏す

 

〇夫の死後、この世のはかなさを嘆いていた頃、陸奥国の名所が描いてある絵を見て、式部が詠んだ歌 

 見し人の 煙となりし 夕べより 名ぞむつましき 塩釜の浦