大和物語の中の和歌(3) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

第37段~第55段

 

このシリーズでは、「伊勢物語」に続き、平安時代中期(10世紀後半~11世紀初期)に成立した歌物語である「大和物語」(全173段、作者や成立年は不明)の中で詠まれた和歌(295首)について、第1段から順に紹介している。前回は、第17段~第36段までの25首を紹介したが、ここでは第37段~第55段までの25首を紹介する。

 

●第37段「花咲く春」

〇兄弟が殿上を許されたのに、自分は許されなかった出雲の守がその心境を詠んだ歌

 かく咲ける 花もこそあれ わがために おなじ春とや いふべかりける

 

●第38段「消え行く帆」

〇先の帝(清和天皇)の皇子(貞平親王)の娘(一条の君)は、京極の御息所(藤原褒子:藤原時平の娘)に仕えていたが、ある事情で辞めて壱岐の守の妻として京を去ることになり、その際に詠んだ歌

 たまさかに とふ人あらば わたの原 嘆きほにあげて いぬとこたへよ

 

●第39段「朝顔の露」

〇伊勢の守の源衆望の娘を源正明と結婚させた時に、仕えていた少女を源宗于が呼び寄せ、一夜を語り明かして翌朝に詠んで贈った歌

 おく露の ほどをも待たぬ 朝顔は 見ずぞなかなか あるべかりける

 

●第40段「ほたる」

〇蛍の飛び交う夜、式部卿の宮(敦慶親王)が仕えていた少女に蛍を捕って来てと言われたので、少女が着物の袖に蛍を捕まえ包み、親王に見せた時に詠んで贈った歌

 つつめども 隠れぬものは 夏虫の 身よりあまれる 思ひなりけり

 

●第41段「源大納言」

〇源大納言(源清蔭)、としこ(藤原千兼の妻)、あやつこ(としこの娘)、よぶこ(源清蔭のもとにいる女)の四人が集まり、世の中の儚いことなど話し合っていた時に、源清蔭が詠んだ歌

 いひつつも 世ははかなきを かたみには あはれといかで 君に見えまし

 

●第42段「庭の霜」

〇恵秀法師(藤原為国の子)が、ある女性に加持祈祷などを行う御験者として仕えていた時、世間でうわさが立ったので詠んだ歌

 里はいふ 山にはさわぐ 白雲の 空にはかなき 身とやなりなむ

〇同じく、恵秀法師がある女性に対して詠んだ歌

 朝ぼらけ わが身は庭の しもながら なにを種にて 心生ひけむ

 

●第43段「横川」

〇恵秀法師(大徳)が、僧坊の前に切掛(板塀)を作らせた時に、大工の出した削りくずに書き付けた歌

 まがきする ひだのたくみの たつき音の あなかしがまし なぞや世の中

〇恵秀法師は、歌を残して山奥(比叡山の横川)へ修行に行くと言って立ち去ると、しばらくして人(先のある女性?)がどこへ行ったのかと聞いたので詠んだ歌

 なにばかり 深くもあらず 世の常の 比叡の外山と 見るばかりなり

 

●第44段「濡れ衣」

〇ある人(先の女?)が恵秀法師に「比叡山に僧職を得て入られる日はいつですか」と聞かれたので、詠んで応えた歌

 のぼりゆく 山の雲居の 遠ければ 日もちかくなる ものにぞありける

〇同じく、恵秀法師がいろいろと良くないことが修行途中で重なり詠んだ歌

 のがるとも 誰れか着ざらむ ぬれごろも あめの下にし 住まむかぎりは

 

●第45段「心の闇」

〇堤の中納言(藤原兼輔)は娘の桑子(御息所;醍醐天皇の皇子の母)を入内させたが、天皇が娘をどう思っているか心配になり、藤原兼輔が醍醐天皇に詠んで贈った歌

 人の親の 心はやみに あらねども 子を思ふ道に まどひぬるかな

 

●第46段「いそのかみ」

〇平中(平定文)が閑院の御との仲が絶えてしばらくして逢った後に、平定文が閑院の御に詠んで贈った歌

 うちとけて 君は寝つらむ われはしも 露のおきゐて 恋にあかしつ

〇それに応えて閑院の御が詠んだ歌

 白露の おきふし誰れを 恋ひつらむ われは聞きおはず いそのかみにて

 

●第47段「奥山のもみぢ」

〇陽成院の妻の一条の君が詠んだ歌

 おく山に 心を入れて たづねずは 深きもみぢの 色を見ましや

 

●第48段「春日の影」

〇前の帝(宇多天皇もしくは清和天皇)の時、更衣の刑部の君が故郷に戻ったまま参上しなかったので、天皇が詠んで遣った歌

 大空を わたる春日の 影なれや よそにのみして のどけかるらむ

 

●第49段「宿の菊」

〇前の帝(宇多天皇もしくは清和天皇)が、斎院になっていた自分の娘のもとに菊の贈り物と一緒に詠んで贈った歌

 ゆきて見ぬ 人のためにと 思はずは 誰れか折らまし わが宿の菊

〇それに応えて斎院が詠んだ歌

 わが宿に 色をりとむる 君なくは よそにもきくの 花を見ましや

 

●第50段「木高き峰」

〇戒仙法師が修行のために山(比叡山?)に登った時に詠んだ歌

 雲ならで 木高き峰に ゐるものは 憂き世をそむく わが身なりけり

 

●第51段「花の色」

〇娘の斎院から父の帝(宇多天皇もしくは清和天皇)に詠んで贈った歌

 おなじ枝を わきてしもおく 秋なれば 光もつらく おもほゆるかな

〇それに応えて天皇が詠んだ歌

 花の色を 見ても知りなむ 初霜の 心わきては おかじとぞ思ふ

 

●第52段「深き心」

〇前段(第51段)に続き、応えて天皇が詠んだ歌

 わたつみの ふかき心は おきながら 恨みられぬる ものにぞありける

 

●第53段「鹿の鳴く音」

〇陽成院に仕えていた坂上遠道男が、同じく院に仕えていた女性に中々逢えず、その心境を詠んだ歌

 秋の野を わくらむ鹿も わがごとや しげきさはりに 音をばなくらむ

 

●第54段「帰らぬ旅」

〇源宗于の三男が博打をして親兄弟に憎まれ、京を出て他国へ行ってしまった時に、友人へ詠んで届けた歌

 しをりして ゆく旅なれど かりそめの 命知らねば かへりしもせじ

 

●第55段「限りと聞けど」

〇ある男が恋した女を残して他国へ行ったので、女はいつ戻るかと待っていた所、男が死んだのを聞いて女が詠んだ歌

 いま来むと いひて別れし 人なれば かぎりと聞けど なほぞ待たるる