第109段~第125段
このシリーズでは、平安時代前期(9世紀後半~10世紀前半)に成立した「現存する最古の歌物語」とされている「伊勢物語」(全125段、作者や成立年は不明)の中で詠まれた和歌(209首)について、第1段から順に紹介しているが、今回をもってこのシリーズも終りとなる。前回は、第92段~第108段までの22首を紹介したが、ここでは第109段~第125段までの22首を紹介する。
このシリーズの最初(1)に記したように、伊勢物語全体を通して、その多くは在原業平の一生を綴った日記と思われ、引用されている歌(209首)のうち35首は業平作であるが、その他は「万葉集」「古今集」「後撰集」「拾遺集」などから取られており、また、「男」がはっきりと業平と分かる場合もあれば不確かな場合もあり、業平以外の人物についても描かれている。
●第109段「人こそあだに」
〇昔、男が好きな人を亡くした友人へ贈った歌
花よりも 人こそあだに なりけれ 何れをさきに 恋ひむとかし
●第110段「魂結び」
〇昔、男が密かに通う女から「今夜あなたが夢の中に現れました」と言ってきたので、男が詠んだ歌
思ひあまり 出でにし魂の あるならむ 夜深く見えば 魂むすびせよ
●第111段「まだ見ぬ人」
〇昔、男が身分の高い女のところに、亡くなった人を弔うように詠んで贈った歌
古は ありもやしけむ 今ぞ知る まだ見ぬ人を 恋ふるものとは
〇それに対して女が詠んだ歌
下紐の しるしとするも 解けなくに かたるが如は こひずぞあるべき
〇それに対して男が詠んだ歌
恋ひしとは さらにいはじ 下紐の 解けむを人は それと知らなむ
●第112段「須磨のあま(蟹)」
〇昔、男がねんごろに契りを交わしていた女が別な男に情を移してしまったので、男が詠んだ歌
須磨のあまの 塩焼く煙 風をいたみ 思はぬ方に たなびきにけり
●第113段「短き心」
〇昔、男が女と別れて独り暮しをしていて詠んだ歌
ながからぬ 命のほどに 忘るゝは いかに短き 心なるらむ
●第114段「芹川行幸」
〇昔、仁和帝(光孝天皇)が芹川に行幸した時、男が前に役に就いていた大鷹の鷹飼いとしてお伴し、摺狩衣の袂に書いた歌
翁さび 人な咎めそ 狩衣 けふばかりとぞ 鶴も鳴くなる
●第115段「みやこしま」
〇昔、男と女が陸奥国に住んでいたが、男が「都に帰ろうと思う」と言ったので、女はせめて送別会でも催そうと思い、「おきのいて都島」(沖の井)という所で男に別れの酒を飲ませて詠んだ歌おきのゐて 身を焼くよりも 悲しきは 都のしまべの 別れなりけり
●第116段「浜びさし」
〇昔、男が当てもなくさ迷いながら陸奥国へ出かけたが、京に居る恋人の所に詠んで贈った歌
浪間より 見ゆる小島の 浜びさし ひさしくなりぬ 君に逢ひみで
●第117段「住吉行幸」
〇昔、帝が住吉に行幸した時に詠んだ歌
我見ても ひさしくなりぬ 住吉の 岸のひめ松 いく代へぬらむ
〇住吉神社のご神体が姿を現して詠んだ歌
むつまじと 君は白浪 瑞籬の 久しき世より いはひそめてき
●第118段「たえぬ心」
〇昔、男が長い間便りも出さず「あなたを忘れてはいません。近いうちにお伺いします」と言ってきたので、女が詠んだ歌
玉葛 はふ木あまたに なりぬれば 絶えぬこころの うれしげもなし
●第119段「形見こそ」
〇昔、女が不誠実の男の思い出の形見に残して置いていった品々を見て詠んだ歌かたみこそ 今はあだなく これなくは 忘れるゝ時も あらまほしきものを
●第120段「筑摩の祭」(米原市の筑摩神社に伝わる、女が経験した男の数だけ鍋をかぶせたという祭)
〇昔、男がまだ女のことも経験していない頃、ある女のところに忍んで知るようになり、しばらくして詠んだ歌近江なる 筑摩の祭 とくせなむ つれなき人の 鍋のかず見む
●第121段「梅壷」
〇昔、男(業平?)が梅壺御殿から雨に濡れて人(女御?)が退出するのを見て詠んで贈った歌鴬の 花を縫ふてふ 笠もがな ぬるめる人に きせてかへさむ
〇それに応えて女が詠んだ歌
鴬の 花を縫ふてふ 笠はいな おもひをつけよ 乾してかへさむ
●第122段「井出の玉水」
〇昔、男が約束を破った女に詠んで贈った歌山城の 井出のたま水 手にむせび 頼みしかひも なき世なりけり
●第123段「深草に」
〇昔、男が深草に住んでいた女に飽きてきた気持ちを詠んだ歌
年を経て すみこし里を 出でていなば いとゞ深草 野とやなりなむ
〇それに対して女が詠んだ歌
野とならば 鶉となりて 鳴きをらむ 狩だにやは 君はこざらむ
●第124段「我と等しき人」
〇昔、男(業平)がどのようなことを思った時のことだったか、自分の人生を振り返り詠んだ歌
思ふこと いはでぞたゞに 止みぬべき 我とひとしき 人しなければ
●第125段「つひにゆく道」
〇昔、男(業平)が心身を患い、もうすぐ死にそうに思われたので詠んだ最後の歌
つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど きのふけふとは 思はざりしを
(完)