伊勢物語の中の和歌(6) | 俳句の里だより2

俳句の里だより2

俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

第58段~第67段

 

このシリーズでは、平安時代前期(9世紀後半~10世紀前半)に成立した「現存する最古の歌物語」とされている「伊勢物語」(全125段、作者や成立年は不明)の中で詠まれた和歌(209首)について、第1段から順に紹介している。前回は、第45段~第57段までの20首を紹介したが、ここでは第58段~第67段までの21首を紹介する。

 

●第58段「荒れたる宿」

〇昔、長岡に住んでいた好き者の男が田を刈るのを、隣の宮家の領地の女たちが見て「風流な人」と言いながら集まって来たので男は逃げて隠れてしまったため、それを見て女が詠んだ歌

 荒れにけり あはれいく世の 宿なれや 住みけむ人の おとづれもせぬ

〇女たちが集まっているのを見て男が女に詠んで贈った歌

 葎おひて 荒れたる宿の うれたきは 刈りにも鬼の 集くなり

〇それに対して女たちは「それでは落穂ひろいをしましょう」と言ったので、男が詠んだ歌

 うちわびて 落穂ひろふと きかませば 我も田面に ゆかましものを

 

●第59段「東山」

〇昔、男が京をどのように思ったのか東山に住もうと思い詠んだ歌

 住わびぬ 今はかぎりと 山里に 身をかくすべき 宿をもとめてむ

〇その後、男は病気になり死んでしまったが、顔に水をかけると生き返り、その時に詠んだ歌

 わが上に 露ぞ置くなる 天の河 門渡る船の かいのしづくか

 

●第60段「花橘」

〇昔、男が宮仕えに忙しく妻に逃げられたが、男がある時宇佐へ仕事に赴いた時、自分の妻に似ていた接待役の女に対して男が「酒杯をどうぞ」と言い、酒の肴として出ていた橘の実を手に取り詠んだ歌

 さつき待つ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする

 

●第61段「染河」(染河:現在の御笠川)

〇昔、男が筑紫まで行った時に、「これは色好みの噂の風流人よ」と簾の中に居る人が言ったのを聞いて詠んだ男の歌

 染河を 渡らむ人の いかでかは 色になるてふ ことのなからむ

〇それに対して女が詠んだ歌

 名にし負はば あだにぞあるべき たはれ島 浪の濡れ衣 着るといふなり

 

●第62段「古の匂は」

〇昔、男が何年も訪れなかったため、女は地方の別の男のもとへ出て行ったが、ある時そこで女と出会ったため、男は主人に「あの女に逢わせて欲しい」と依頼して女と再会した際に、男が「私を忘れたか」と言って詠んだ歌

 いにしへの にほひはいづら 桜花 こけるからとも なりにけるかな

〇それに対して女は恥じて返事をしなかったので、男が「なぜ返事もしないのか」と言いながら詠んだ歌

 これやこの 我にあふみを のがれつゝ 年月経れど まさり顔なき

 

●第63段「つくもがみ」(憑物神:物の怪)

〇昔、女がどうかして情け深い男に会いたいと思い、その夢を三人の子に語ると三男が在五中将(在原業平)であり、女は業平に会うことができたが、その後男は姿を見せなかったので女は男を訪れ覗き見したのを、男がそれを見て詠んだ歌

 百歳に 一歳たらぬ つくも髪 われを恋ふらし おもかげに見ゆ

〇男が出かけようとする様子を見て、女はあわてて家に戻り、嘆き悲しみ寝ようとして詠んだ歌

 さむしろに 衣かたしき 今宵もや 恋しき人に 逢はでのみ寝む

 

●第64段「玉すだれ」

〇昔、男がこっそりと契ることもしなかったので、女がどこにいるのか不審に思って詠んだ歌

 吹く風に わが身をなさば 玉すだれ ひま求めつつ 入るべきものを

〇それに対して女が詠んだ歌

 取りとめぬ 風にはありとも 玉すだれ 誰が許さば かひもとむべき

 

●第65段「在原なりける男」

〇昔、帝に仕える女(大御息所の従妹)に在原一族の若い男が目を付けて言い寄ったが、女は拒絶したので男が詠んだ歌

 思ふには 忍ぶることぞ 負けにける 逢ふにしかへば さもあらばあれ

〇女の拒絶にも男は執拗に付きまとったが、このままでは身を亡ぼすと思い、神仏にお願いしたり、陰陽師や巫女を呼んだりしたが、ますます思いは募るばかりで恋しく思われるだけだったので詠んだ歌

 恋せじと 御手洗川に せしみそぎ 神はうけずも なりにけるかな

〇女は帝に男の執拗な行動を泣いて訴えたため帝は男を流罪にし、従姉の御息所は女を宮中から退出させて蔵に閉じこめたので、女が蔵で泣きながら詠んだ歌

 あまの刈る 藻にすむ虫の 我からと 音をこそなかめ 世をばうらみじ

〇流刑の男は女の所へ毎晩やって来て笛を吹き歌うが、女は蔵に籠ったまま男とは逢おうとせず時が過ぎ行き詠んだ歌

 さりともと 思ふらむこそ 悲しけれ あるにもあらぬ 身を知らずして

〇女が逢わないので、男は毎晩京に来ては笛吹き歌い、地方の国をさ迷いながら詠んだ歌

 いたづらに 行きては来ぬる ものゆゑに 見まくほしさに いざなはれつゝ

 

●第66段「みつの浦」

〇昔、男が自分の領地の摂津国に兄弟や友達を連れて難波へ行った時、波打ち際に舟が幾つもあるのを見て詠んだ歌

 難波津を けさこそみつの 浦ごとに これやこの世を 海わたる舟

 

●第67段「花の林」

〇昔、男が友人と連れ立って2月に和泉国に旅した時、河内国の生駒山に雲が湧き、雪が白く木の梢に降っているのを見て詠んだ歌

 昨日けふ 雲のたちまひ かくろふは 花のはやしを 憂しとなりけり