第45段~第57段
このシリーズでは、平安時代前期(9世紀後半~10世紀前半)に成立した「現存する最古の歌物語」とされている「伊勢物語」(全125段、作者や成立年は不明)の中で詠まれた和歌(209首)について、第1段から順に紹介している。前回は、第31段~第44段までの20首を紹介したが、ここでは第45段~第57段までの20首を紹介する。
●第45段「行く蛍」
〇昔、親に大切にされていた女がある男に自分の熱い思いを言い出せず、死ぬ間際になって親が娘の思いを聞き男に告げたが女は亡くなったので、男は物思いに沈み、六月末の夜秋風が吹き蛍が高く舞い上がるのを見て詠んだ歌2首
行く蛍 雲の上まで いぬべくは 秋風吹くと 雁に告げこせ
暮れがたき 夏のひぐらし ながむれば そのことゝなく ものぞ悲しき
●第46段「うるはしき友」
〇昔、男の親しい友が地方へ赴任し、しばらくして友人が「長くお会いしていないのでもう忘れてしまったのでは」と書いた手紙を送って来たので、男が友人に詠んで送った歌
目離るとも おもほえなくに 忘らるゝ 時しなければ 面影にたつ
●第47段「大幣」(大幣;棒の先に多くの紙や布を付けたお払いの道具)
〇昔、男が一途に逢いたいと思う女がいたが、女は男を浮気者だと聞いて男に詠んで送った歌
大幣の ひく手あまたに なりぬれば 思へどこそ 頼まざりけれ
〇それに対して男が詠んだ歌
大幣と 名にこそたてれ 流れても つひによる瀬は ありといふものを
●第48段「人待たむ里」
〇昔、男が送別の宴をしよとうして、人を待っていたが来なかったので詠んだ歌
今ぞ知る 苦しきものと 人待たむ 里をば離れず 訪ふべかりけり
●第49段「若草」
〇昔、男が女の可愛い姿を見て詠んだ歌
うら若み 寝よげに見ゆる 若草を 人の結ばむ ことをしぞ思ふ
〇それに対して女が詠んだ歌
初草の などめづらしき 言の葉ぞ うらなくものを 思ひけるかな
●第50段「あだくらべ」
〇昔、男が自分に不満を持つ女を逆に不満に思い詠んだ歌
鳥の子を 十づゝ十は 重ぬとも 思はぬ人を おもふものかは
〇それに対して女が詠んだ歌
朝露は 消え残りても ありぬべし 誰かこの世を 頼みはつべき
〇それに対して男が詠んだ歌
吹く風に 去年の桜は 散らずとも あな頼みがた 人の心は
〇それに対して女が詠んだ歌
行く水に 数書くよりも はかなきは 思はぬ人を 思ふなりけり
〇それに対して男が詠んだ歌
行く水と 過ぐるよはひと 散る花と いづれ待ててふ ことを聞くらむ
●第51段「前栽の菊」
〇昔、男が人の庭に菊を植えた時に詠んだ歌
植ゑし植ゑば 秋なき時や 咲かざらむ 花こそ散らめ 根さへ枯れめや
●第52段「飾り粽」(かざりちまき)
〇昔、男がある人から飾り粽を届けてもらったので、その返事に詠んだ歌
菖蒲刈り 君は沼にぞ まどひける 我は野に出でて 狩るぞわびしき
●第53段「あひがたき女」
〇昔、男が逢い難い女にやっと逢い物語などしているうちに一番鶏が鳴いたので詠んだ歌
いかでかは 鶏の鳴くらむ 人知れず 思ふ心は まだ夜深きに
●第54段「つれなかりける女」
〇昔、男がつれない女に詠んで贈った歌
行きやらぬ 夢路を頼む 袂には 天つ空なる 露や置くらむ
●第55段「思ひかけたる女」
〇昔、男が思いかけた女を手にできないこの世のつれなさに詠んだ歌
思はずは ありもすめらど 言の葉の をりふしごとに 頼まるゝかな
●第56段「草の庵」
〇昔、男が寝ても覚めても思いあまって詠んだ歌
わが袖は 草の庵に あらねども 暮るれば露の 宿りなりけり
●第57段「恋ひわびぬ」
〇昔、男が人知れず物思い、そのつれない思いをかけた人に詠んで送った歌
恋ひわびぬ 海人の刈る藻に 宿るてふ 我から身をも くだきつるかな