伊勢物語の中の和歌(1) | 俳句の里だより2

俳句の里だより2

俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

第1段~第14段

 

このブログでは、日本の古典文学(主に平安時代の物語、日記)の中で詠まれた和歌について紹介している。これまで「源氏物語」「平家物語」そして「竹取物語」についての和歌を紹介したが、ここでは「現存する最古の歌物語」とされている「伊勢物語」の中で詠まれた和歌について紹介する。

 

「伊勢物語」は前回の「竹取物語」(現存する最古の物語)とほぼ同じ平安時代前期(9世紀後半~10世紀前半)に成立したが、その作者や成立年については不明である(作者については、在原業平、伊勢、紀貫之ら諸説あるが確証はない)。内容は、ある男(在原業平?)の元服から死に至るまでの生涯(男女の恋愛を中心に、親子愛、主従愛、友情、社交生活など)を短文と和歌で描いており、全125段から成る。各段の冒頭の多くは「むかし、男(ありけり)」「むかし、・・・」で始まるが、各段はいずれも数行~数十行と短い。また、いずれの段にも和歌が少なくとも1首は詠まれており、全体で209首ある。そのうちの35首は業平の作と言われており、他は「万葉集」「古今集」「後撰集」「拾遺集』などから取って来ている。以下に、それらの和歌を順に紹介する。最初に第1段から第14段までの20首について紹介することとする。

 

●第1段「初冠」(ういこうぶり)

〇昔、ある男(業平?)が元服(成人)した時、春日の里に狩に出かけると大変美しい姉妹を見かけたので、男は着ていたしのぶずりの文様の狩衣の裾を切り取り、それに書いて贈った歌

 春日野の 若紫の すりごろも しのぶの乱れ かぎり知られず

 

〇その歌の趣と同じ、昔の人が即興で詠んだ歌(作者は源融:嵯峨天皇の皇子)

 陸奥の しのぶもぢ摺り 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに

 

●第2段「西の京」(眺め暮しつ)

 

〇昔、ある男が西の京に住む女(業平の愛人の藤原高子か?)と親しくなり、3月初旬の春雨がしとしと降る時に贈った歌
 起きもせず 寝もせで夜を 明かしては 春のものとて 眺め暮しつ
 
●第3段「ひじき藻」
〇昔、ある男が思い恋がれた女性(藤原高子:二条の后?)の元に、ひじき藻という海藻を贈るついでに詠んだ歌
 思ひあらば 葎の宿に ねもしなむ ひじきのものには 袖をしつゝも
 
●第4段「西の対」
〇昔、ある男が京の東の五条邸の西の対に住んでいた女(高子?)の元へ通っていたが、女が別の場所へ移ったため、逢いたくなり翌年の早春に東の五条を訪れたが、変わり果てて空しくなり詠んだ歌
 月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身は一つ もとの身にして
 
●第5段「関守」
〇昔、ある男が東の五条辺りの邸を人目を忍んで門から入れないので土塀の壊れた所から通っていたが、家の主人が門番を置いて監視したため、女(高子?)に逢うことが出来なくなり詠んだ歌
 人知れぬ わが通ひ路の 関守は 宵々ごとに うちも寝ななむ
 
●第6段「芥河」
〇昔、ある男がやっとの思いで愛人の女(高子?)を夜に掠奪して芥河(現在の鴨川)まで来たところ、夜が更け雷雨となったので蔵に匿ったが、翌朝になり蔵を覗くと女の姿は消え(鬼に食われた?)、その時詠んだ歌
 白玉か なにぞと人の 問ひし時 露とこたへて 消えなましものを
 
●第7段「かへる浪」
〇昔、ある男が京で生活していく気力も失せ果て東国へ行く途中、伊勢と尾張の国境の海岸で波が白く立つのを見て詠んだ歌
 いとゞしく 過ぎ行く方の 恋しきに うらやましくも かへる浪かな
 
●第8段「浅間の嶽」
〇昔、ある男が京では住みづらく東国で住む所を探そうと友人とともに出かけた際に、信濃の浅間山に煙が立つのを見て詠んだ歌
 信濃なる 浅間の嶽に たつ煙 をちこち人の 見やはとがめぬ
 
●第9段「東下り」
〇昔、ある男が友人とともに東国へ出かけた際、三河の八橋の沢にかきつばたが咲いており、それを見てある人が男に「かきつばたという五文字を各句の頭に置いて、旅の心情を詠みなさい」と言ったので詠んだ歌
 唐衣 きつゝ馴にし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ
 
〇ある男が、駿河の宇津の山で偶然に京で知り合いの修行者と出会い、京の女(高子?)へ届けてもらおうと手紙を書いて詠んだ歌
 駿河なる 宇津の山辺の うつゝにも 夢にも人に 逢はぬなりけり

〇ある男が、富士の山が五月も末だというのに雪がとても白く降り積もっているのを見て詠んだ歌
 時しらぬ 山は富士の嶺 いつとてか 鹿の子まだらに 雪の降るらむ

〇ある男が、武蔵と下総の国との間にある隅田川で京の女(高子?)のことなど想いながら舟を待っていると、京では見たこともない鳥がいたので、渡し守に聞くと「都鳥です」と言うのを聞いて男が詠んだ歌 
 名にしおはゞ いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと

●第10段「たのむの雁」
〇昔、ある男が武蔵国(入間の三吉野の里)に住む女に結婚を申し込み、女の母親は男が高貴な家柄の人だったのでこの婿と決め男に詠んだ歌
 みよし野の たのむの雁も ひたぶるに 君が方にぞ 寄ると鳴くなる
〇婿に決まった男が詠んで返した歌
 わが方に 寄ると鳴くなる みよし野の たのむの雁を いつか忘れむ

●第11段「空ゆく月」
〇昔、ある男が東国に行った際に、友人達に旅の途中から詠み送った歌
 忘るなよ ほどは雲居に なりぬるとも 空ゆく月の めぐりあふまで

●第12段「武蔵野」
〇昔、ある男が人の娘を盗んで武蔵野へ連れて行く途中捕まったが、男は女を草むらの中に置いて逃げたので、ここにやって来た人は「この野原には盗人がいるようだ」と言って火をつけようとしたため、女が困って嘆願し詠んだ歌
 武蔵野は 今日はな焼きそ 若草の つまもこもれり われもこもれり

●第13段「武蔵鐙」
〇昔、武蔵国の男が京にいる女のところに「武蔵の女性と親しくしているとお話しするのは恥ずかしいし、でもお話しなければ苦しい」と書き、手紙の上書に「武蔵鐙」と書いて送ると便りが途絶えたため、京から女が男へ詠んだ歌
 武蔵鐙を さすがにかけて 頼むには 問はぬもつらし 問ふもうるさし
〇女からの手紙を見て、男がひどく堪え難い悲しみに襲われ詠んだ歌
 問へば言ふ 問はねば恨む 武蔵鐙 かゝる折にや 人は死ぬらむ

●第14段「陸奥の国」
〇昔、ある男が陸奥の国に行った時、そこに住む女が京の人は珍しいと思い、一途にこの男を想って詠んだ歌
 なかなかに 恋に死なずは 桑子にぞ なるべかりける 玉の緒ばかり
〇男は女が田舎くさいと思いながらも気の毒に思い、女のもとに行き寝たが夜更けに出てしまったので女が詠んだ歌
 夜も明けば きつにはめなで くた鶏の まだきに鳴きて せなをやりつる
〇それに対して、男が「京へ行ってくる」と言って詠んだ歌
 栗原の あねはの松の 人ならば 都のつとに いざといはましを