源氏物語の中の和歌(18) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

若菜上、若菜下の巻

 

このシリーズでは、平安時代に紫式部が書いた「源氏物語」の中の和歌(795首)について、第1巻の「桐壺」から第54巻の「夢浮橋」まで、順に紹介している。前回は、第33巻の「藤裏葉」の20首及び第34巻の「若菜上」の24首の内の10首の計30首を紹介したが、ここでは第34巻の「若菜上」の残りの14首及び第35巻の「若菜下」の18首の計32首を紹介する。

 

●巻34「若菜上」

〇女三宮と結婚した光源氏は二条院に一人暮らす朧月夜を思い出し、久しぶりに訪れて詠んだ歌

 年月を なかに隔てて 逢坂の さも塞きがたく 落つる涙か
〇それに応えて朧月夜(弘徽殿女御の妹;昔の恋人)が詠んだ歌
 涙のみ 塞きとめがたき 清水にて ゆき逢ふ道は はやく絶えにき

 

〇翌朝、光源氏が朧月夜のもとを去る時に、別れを惜しんで光源氏が詠んだ歌

 沈みしも 忘れぬものを こりずまに 身も投げつべき 宿の藤波
〇それに応えて朧月夜が詠んだ歌
 身を投げむ 淵もまことの 淵ならで かけじやさらに こりずまの波

 

〇自邸に戻った光源氏は、紫の上が書いた手習い歌を見つけ、そこに詠まれていた紫の上の歌

 身に近く 秋や来ぬらむ 見るままに 青葉の山も 移ろひにけり
〇それに対して光源氏が書き添えた歌
 水鳥の 青羽は色も 変はらぬを 萩の下こそ けしきことなれ

 

〇明石女御(明石の上の娘)が産気づき、訪れた明石尼君(明石の上の母)が明石の上や明石女御の前で詠んだ歌

 老の波 かひある浦に 立ち出でて しほたるる海人を 誰れかとがめむ
〇それに応えて明石女御が詠んだ歌

 しほたるる 海人を波路の しるべにて 尋ねも見ばや 浜の苫屋を

〇同じく、明石の上が詠んだ歌
 世を捨てて 明石の浦に 住む人も 心の闇は はるけしもせじ

 

〇明石女御(夫は春宮)が男子(若宮)を出産し、明石入道(明石尼君の夫)から娘の明石の上への手紙に書かれた歌
 光出でむ 暁近く なりにけり 今ぞ見し世の 夢語りする

 

〇夕霧と女三宮に恋した柏木と車に同乗して女三宮について話し合う時に、柏木が詠んだ歌

 いかなれば 花に木づたふ 鴬の 桜をわきて ねぐらとはせぬ
〇それに応えて夕霧が詠んだ歌
 深山木に ねぐら定むる はこ鳥も いかでか花の 色に飽くべき

 

〇夕霧と別れた後も柏木は女三宮を忘れられず、小侍従(女三宮乳母子)に出した手紙に書かれていた柏木の歌

 よそに見て 折らぬ嘆きは しげれども なごり恋しき 花の夕かげ

〇それに対して、女三宮に代わり小侍従がつれなく書いた返事に書かれていた歌

 いまさらに 色にな出でそ 山桜 およばぬ枝に 心かけきと

 

●巻35「若菜下」

〇女三宮を忘れられない柏木は、春宮から女三宮がかわいがっている猫を預かり、その時に柏木が詠んだ歌

 恋ひわぶる 人のかたみと 手ならせば なれよ何とて 鳴く音なるらむ

 

〇10月中旬、光源氏は明石女御らと住吉神社へ参詣し、須磨明石に流浪した昔を思い出しながら詠んだ歌

 誰れかまた 心を知りて 住吉の 神代を経たる 松にこと問ふ

〇それに応えて明石尼君(明石女御の祖母)が詠んだ歌

 住の江を いけるかひある 渚とは 年経る尼も 今日や知るらむ

〇先の歌に続き、明石尼君が独り言を口ずさみ詠んだ歌
 昔こそ まづ忘られね 住吉の 神のしるしを 見るにつけても

 

〇その夜遅く、紫の上が小野篁の歌を思い浮かべながら詠んだ歌

 住の江の 松に夜深く 置く霜は 神の掛けたる 木綿鬘かも

〇それに応えて明石女御が詠んだ歌
 神人の 手に取りもたる 榊葉に 木綿かけ添ふる 深き夜の霜
〇同じく、中務の君(紫の上の女房)が詠んだ歌
 祝子が 木綿うちまがひ 置く霜は げにいちじるき 神のしるしか

 

〇柏木は女二宮(女三宮の異母姉)と結婚したが、女三宮が忘れられず小侍従を説得して寝所に入り成し遂げた、その早朝の別れ際に柏木が詠んだ歌

 起きてゆく 空も知られぬ 明けぐれに いづくの露の かかる袖なり

〇それに対して、呆然としながら女三宮が詠んだ歌
 明けぐれの 空に憂き身は 消えななむ 夢なりけりと 見てもやむべく

 

〇犯した罪の大きさに怯えながら、葵祭の日に柏木が部屋に閉じこもり思い沈みながら詠んだ歌

 悔しくぞ 摘み犯しける 葵草 神の許せる かざしならぬに

 

〇同じく、柏木が女三宮ではなく女二宮と結婚したのか後悔しながら詠んだ歌

 もろかづら 落葉を何に 拾ひけむ 名は睦ましき かざしなれども

 

〇重体だった紫の上が死去したが光源氏の必死の加持祈祷で生き返り、それが物の怪(六条御息所)が原因と判明し、物の怪が光源氏に対して詠んだ歌

 わが身こそ あらぬさまなれ それながら そらおぼれする 君は君なり

 

〇生き返った紫の上は夏にはやや回復し、光源氏が二条院の紫の上を見舞いに訪れた時に、紫の上が詠んだ歌

 消え止まる ほどやは経べき たまさかに 蓮の露の かかるばかりを

〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 契り置かむ この世ならでも 蓮葉に 玉ゐる露の 心隔つな

 

〇光源氏が紫の上を見舞うため二条院へ出かける前の夕方、女三宮との会話の際に女三宮が詠んだ歌

 夕露に 袖濡らせとや ひぐらしの 鳴くを聞く聞く 起きて行くらむ
〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 待つ里も いかが聞くらむ 方がたに 心騒がす ひぐらしの声

 

〇朧月夜がついに出家したのを聞いて光源氏は朧月夜を訪問、その時に光源氏が詠んだ歌

 海人の世を よそに聞かめや 須磨の浦に 藻塩垂れしも 誰れならなくに

〇それに対して、朧月夜がこれが最後の手紙と思いながら詠んだ歌
 海人舟に いかがは思ひ おくれけむ 明石の浦に いさりせし君