源氏物語の中の和歌(17) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

藤裏葉、若菜上の巻

 

このシリーズでは、平安時代に紫式部が書いた「源氏物語」の中の和歌(795首)について、第1巻の「桐壺」から第54巻の「夢浮橋」まで、順に紹介している。前回は、第31巻の「真木柱」の21首及び第32巻の「梅枝」の11首の計32首を紹介したが、ここでは第33巻の「藤裏葉」の20首及び第34巻の「若菜上」の24首の内の10首の計30首を紹介する。

 

●巻33「藤裏葉」

〇4月初めの藤の花が見頃の頃、頭中将が息子の柏木に託した手紙で夕霧を自邸に招待した際に詠んだ歌

 わが宿の 藤の色濃き たそかれに 尋ねやは来ぬ 春の名残を

〇それに応えて夕霧が詠んだ歌

 なかなかに 折りやまどはむ 藤の花 たそかれ時の たどたどしくは

 

〇夕霧が頭中将邸を訪問、藤花の宴席で頭中将が夕霧に盃を差し出しながら詠んだ歌

 紫に かことはかけむ 藤の花 まつより過ぎて うれたけれども

〇それに応えて夕霧が盃を取りながら詠んだ歌

 いく返り 露けき春を 過ぐし来て 花の紐解く 折にあふらむ
〇夕霧が柏木(頭中将の息子)に盃を贈った際に柏木が詠んだ歌
 たをやめの 袖にまがへる 藤の花 見る人からや 色もまさらむ

 

〇その後夕霧が雲居の雁(頭中将の娘)の部屋を訪れた時に、雲居の雁が詠んだ歌

 浅き名を 言ひ流しける 河口は いかが漏らしし 関の荒垣
〇それに応えて夕霧が詠んだ歌
 漏りにける 岫田の関を 河口の 浅きにのみは おほせざらなむ

 

〇翌朝自邸に戻った夕霧から雲居の雁のもとへ手紙が届き、それに書かれていた歌
 とがむなよ 忍びにしぼる 手もたゆみ 今日あらはるる 袖のしづくを

 

〇葵祭の日、夕霧は雲居の雁との縁談を知った愛人の藤典侍(惟光の娘)が気になり、手紙を出して詠んだ歌

 何とかや 今日のかざしよ かつ見つつ おぼめくまでも なりにけるかな

〇それに対して藤典侍が詠んだ歌

 かざしても かつたどらるる 草の名は 桂を折りし 人や知るらむ

 

〇中納言に昇進した夕霧をかつて侮辱した雲居の雁の大輔乳母に対し、夕霧が色あせた菊の花を添えて詠んだ歌

 浅緑 若葉の菊を 露にても 濃き紫の 色とかけきや
〇それに対して、大輔乳母が恥ずかしく親しげに美しい夕霧を見ながら詠んだ歌
 双葉より 名立たる園の 菊なれば 浅き色わく 露もなかりき

 

〇夕霧と雲居の雁の夫妻は三条殿へ移り、夕暮れ時に昔を思い出しながら夕霧が詠んだ歌

 なれこそは 岩守るあるじ 見し人の 行方は知るや 宿の真清水
〇同じく、雲居の雁が詠んだ歌
 亡き人の 影だに見えず つれなくて 心をやれる いさらゐの水

 

〇頭中将(太政大臣)が夕霧夫妻の三条殿を訪れた際に、夫婦の様子を見て詠んだ歌

 そのかみの 老木はむべも 朽ちぬらむ 植ゑし小松も 苔生ひにけり

〇それに応えて、夕霧の乳母(宰相乳母)が詠んだ歌
 いづれをも 蔭とぞ頼む 双葉より 根ざし交はせる 松の末々

 

〇10月20日過ぎ六条院行幸の饗宴で、光源氏(准太上天皇)が昔菊を折り青海波を舞った頃を思い出し詠んだ歌

 色まさる 籬の菊も 折々に 袖うちかけし 秋を恋ふらし

〇同じく、頭中将(太政大臣)が詠んだ歌
 紫の 雲にまがへる 菊の花 濁りなき世の 星かとぞ見る

 

〇同じく饗宴の場で、朱雀院が詠んだ歌

 秋をへて 時雨ふりぬる 里人も かかる紅葉の 折をこそ見ね

〇同じく、冷泉帝が詠んだ歌
 世の常の 紅葉とや見る いにしへの ためしにひける 庭の錦を

 

●巻34「若菜上」

〇女三宮(朱雀院と藤壺女御の娘)の裳着の儀で、秋好中宮(斎宮)が櫛など贈り物とともに詠んだ歌

 さしながら 昔を今に 伝ふれば 玉の小櫛ぞ 神さびにける

〇それに応えて、女三宮の父親である重病の朱雀院が詠んだ歌

 さしつぎに 見るものにもが 万世を 黄楊の小櫛の 神さぶるまで

 

〇正月の子の日に、今年40歳になる光源氏へ玉鬘が若菜を献上するため訪問、その時に玉鬘が詠んだ歌

 若葉さす 野辺の小松を 引き連れて もとの岩根を 祈る今日かな

〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 小松原 末の齢に 引かれてや 野辺の若菜も 年を摘むべき

 

〇朱雀院は出家、女三宮を光源氏が引き取り結婚したが、結婚を後悔し紫の上に打ち明けた際に紫の上が詠んだ歌

 目に近く 移れば変はる 世の中を 行く末遠く 頼みけるかな

〇それに対して光源氏が詠んだ歌
 命こそ 絶ゆとも絶えめ 定めなき 世の常ならぬ 仲の契りを

 

〇光源氏が紫の上に気を使い、最近は夜訪れることの無くなった女三宮に贈った歌

 中道を 隔つるほどは なけれども 心乱るる 今朝のあは雪

〇それに応えて女三宮が詠んだ歌

 はかなくて うはの空にぞ 消えぬべき 風にただよふ 春のあは雪

 

〇出家した朱雀院から、女三宮のことを心配して紫の上に贈られた手紙に書かれていた歌
 背きにし この世に残る 心こそ 入る山路の ほだしなりけれ
〇それを読んで光源氏が紫の上に返信することを勧め、紫の上が詠んだ歌

 背く世の うしろめたくは さりがたき ほだしをしひて かけな離れそ