源氏物語の中の和歌(16) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

真木柱、梅枝の巻

 

このシリーズでは、平安時代に紫式部が書いた「源氏物語」の中の和歌(795首)について、第1巻の「桐壺」から第54巻の「夢浮橋」まで、順に紹介している。前回は、第26巻の「常夏」の4首、第27巻の「篝火」の2首、第28巻の「野分」の4首、第29巻の「行幸」の9首及び第30巻の「藤袴」の8首の計27首を紹介したが、ここでは第31巻の「真木柱」の21首及び第32巻の「梅枝」の11首の計32首を紹介する。

 

●巻31「真木柱」

〇鬚黒の大将と結婚した玉鬘を、光源氏は鬚黒の留守中に訪ねて来て口惜しく思いながら詠んだ歌

 おりたちて 汲みは見ねども 渡り川 人の瀬とはた 契らざりしを
〇それに応えて玉鬘が詠んだ歌
 みつせ川 渡らぬさきに いかでなほ 涙の澪の 泡と消えなむ

 

〇雪の夜、玉鬘の所へ出かけようとした矢先、北の方に灰を浴びせかけられた鬚黒の大将が、玉鬘宛に手紙で詠んだ歌

 心さへ 空に乱れし 雪もよに ひとり冴えつる 片敷の袖

 

〇翌日、鬚黒の大将が玉鬘を訪れる際に、木工の君(鬚黒の女房)が衣に香を焚きながら詠んだ歌

 ひとりゐて 焦がるる胸の 苦しきに 思ひあまれる 炎とぞ見し

〇それに応えて鬚黒の大将が詠んだ歌

 憂きことを 思ひ騒げば さまざまに くゆる煙ぞ いとど立ちそふ

 

〇物の怪がついた鬚黒の北の方(式部卿宮の娘)と子供たちを式部卿宮が迎えに来た際に、真木柱(北の方の姫君)が詠んで柱の隙間に入れた歌

 今はとて 宿かれぬとも 馴れ来つる 真木の柱は われを忘るな
〇それに応えて北の方(母)が詠んだ歌
 馴れきとは 思ひ出づとも 何により 立ちとまるべき 真木の柱ぞ

 

〇黒鬚の館に留まる木工の君(女房)に対して、中将の御許(女房)が詠んだ歌
 浅けれど 石間の水は 澄み果てて 宿もる君や かけ離るべき

〇それに応えて木工の君が詠んだ歌

 ともかくも 岩間の水の 結ぼほれ かけとむべくも 思ほえぬ世を

 

〇冷泉帝の管弦の遊びに参加していた蛍兵部卿宮(光源氏の異母弟)が玉鬘に贈った歌

 深山木に 羽うち交はし ゐる鳥の またなくねたき 春にもあるかな

 

〇冷泉帝が玉鬘のもとを訪れ詠んだ歌

 などてかく 灰あひがたき 紫を 心に深く 思ひそめけむ
〇それに応えて玉鬘が詠んだ歌
 いかならむ 色とも知らぬ 紫を 心してこそ 人は染めけれ

 

〇鬚黒の大将が心配して玉鬘を宮中から連れ戻そうとした時に、冷泉帝が淋しい気持ちで詠んだ歌

 九重に 霞隔てば 梅の花 ただ香ばかりも 匂ひ来じとや

〇それに応えて玉鬘が詠んだ歌
 香ばかりは 風にもつてよ 花の枝に 立ち並ぶべき 匂ひなくとも

 

〇2月になり光源氏が玉鬘を想い、右近宛に書いた手紙に詠んだ歌

 かきたれて のどけきころの 春雨に ふるさと人を いかに偲ぶや

〇それに応えて玉鬘が詠んだ歌

 眺めする 軒の雫に 袖ぬれて うたかた人を 偲ばざらめや

 

〇3月になり、光源氏が玉鬘を想い詠んだ歌

 思はずに 井手の中道 隔つとも 言はでぞ恋ふる 山吹の花

 

〇同じく、光源氏が玉鬘を想い贈った歌

 同じ巣に かへりしかひの 見えぬかな いかなる人か 手ににぎるらむ

〇それに応えて、玉鬘の代わりに鬚黒の大将が詠んだ歌

 巣隠れて 数にもあらぬ かりの子を いづ方にかは 取り隠すべき

 

〇宮仕えを希望していた近江の君が宮中に出仕し、夕霧に対して近江の君が詠んだ歌

 沖つ舟 よるべ波路に 漂はば 棹さし寄らむ 泊り教へよ

〇それに応えて夕霧がつれなく詠んだ歌

 よるべなみ 風の騒がす 舟人も 思はぬ方に 磯伝ひせず

 

●巻32「梅枝」

〇明石の姫君の裳着の儀が近づき、2月10日の薫物合せの時に朝顔の君(前斎院)から光源氏のもとへ届いた手紙の歌

 花の香は 散りにし枝に とまらねど うつらむ袖に 浅くしまめや

〇それに応えて光源氏が詠んだ歌

 花の枝に いとど心を しむるかな 人のとがめむ 香をばつつめど

 

〇薫物合せ後の饗宴で、まず初めに蛍兵部卿宮が詠んだ歌

 鴬の 声にやいとど あくがれむ 心しめつる 花のあたりに
〇同じく、光源氏が詠んだ歌
 色も香も うつるばかりに この春は 花咲く宿を かれずもあらなむ
〇同じく柏木(頭中将の息子)が詠んだ歌

 鴬の ねぐらの枝も なびくまで なほ吹きとほせ 夜半の笛竹
〇同じく、夕霧(光源氏の息子)が詠んだ歌
 心ありて 風の避くめる 花の木に とりあへぬまで 吹きや寄るべき
〇同じく、弁少将(柏木の弟)が詠んだ歌
 霞だに 月と花とを 隔てずは ねぐらの鳥も ほころびなまし

 

〇夜が明けて蛍兵部卿宮が帰る際に、直衣と薫物を贈った光源氏に対して蛍兵部卿宮が詠んだ歌
 花の香を えならぬ袖に うつしもて ことあやまりと 妹やとがめむ
〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 めづらしと 故里人も 待ちぞ見む 花の錦を 着て帰る君
 

〇夕霧が雲居の雁(頭中将の娘)の贈った手紙に書かれていた歌

 つれなさは 憂き世の常に なりゆくを 忘れぬ人や 人にことなる

〇それに応えて雲居の雁が詠んだ歌
 限りとて 忘れがたきを 忘るるも こや世になびく 心なるらむ