源氏物語の中の和歌(10) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

澪標、蓬生、関屋の巻

 

このシリーズでは、平安時代に紫式部が書いた「源氏物語」の中の和歌(795首)について、第1巻の「桐壺」から第54巻の「夢浮橋」まで、順に紹介している。前回は、第13巻の「明石」の30首を紹介したが、ここでは第14巻の「澪標」の17首、第15巻の「蓬生」の6首及び第16巻の「関屋」の3首、計26首を紹介する。

 

●巻14「澪標」

〇明石の君に娘が産まれ、光源氏は宣旨の娘を乳母に選定した際の、光源氏が乳母に対して詠んだ歌

 かねてより 隔てぬ仲と ならはねど 別れは惜しき ものにぞありける
〇それに応えて乳母が詠んだ歌
 うちつけの 別れを惜しむ かことにて 思はむ方に 慕ひやはせぬ

 

〇明石へ向かう乳母に光源氏は明石の君(明石の上)への手紙を託し、その手紙に書かれていた光源氏が詠んだ歌

 いつしかも 袖うちかけむ をとめ子が 世を経て撫づる 岩の生ひ先

〇それに応えて明石の上が詠んだ歌

 ひとりして 撫づるは袖の ほどなきに 覆ふばかりの 蔭をしぞ待つ

 

〇光源氏は紫の上に明石の上が姫君を産んだことを語り、その時のたまらない気持ちを紫の上が詠んだ歌

 思ふどち なびく方には あらずとも われぞ煙に 先立ちなまし
〇それに対して光源氏が詠んだ歌
 誰れにより 世を海山に 行きめぐり 絶えぬ涙に 浮き沈む身ぞ

 

〇明石の上の姫君の50日の祝に、光源氏が明石の上に贈った手紙に書かれていた歌

 海松や 時ぞともなき 蔭にゐて 何のあやめも いかにわくらむ

〇それに応えた明石の上が詠んだ歌

 数ならぬ み島隠れに 鳴く鶴を 今日もいかにと 問ふ人ぞなき

 

〇五月雨の頃の月がおぼろな夜更け、久しぶりに光源氏が朧月夜を訪れた時に朧月夜が詠んだ歌

 水鶏だに おどろかさずは いかにして 荒れたる宿に 月を入れまし
〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 おしなべて たたく水鶏に おどろかば うはの空なる 月もこそ入れ

 

〇秋に光源氏は難波の住吉神社に参詣し一晩中神事を奉納したが、その際にお供の惟光が詠んだ歌

 住吉の 松こそものは かなしけれ 神代のことを かけて思へば
〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 荒かりし 波のまよひに 住吉の 神をばかけて 忘れやはする

 

〇舟で住吉詣でに来ていた明石の君が気後れしてここを通り過ぎたのを光源氏は知り、明石の君に手紙を贈ったその中に書かれていた光源氏の歌

 みをつくし 恋ふるしるしに ここまでも めぐり逢ひける えには深しな

〇それに応えて、田蓑の島で禊をする光源氏に対して明石の君が詠んだ歌
 数ならで 難波のことも かひなきに などみをつくし 思ひそめけむ

〇夕暮れになり、それに応えて光源氏が詠んだ歌

 露けさの 昔に似たる 旅衣 田蓑の島の 名には隠れず

 

〇娘の斎宮と伊勢に住んでいた六条御息所は、斎宮が交代し京に戻ったがまもなく亡くなり、光源氏は雪の降る日に斎宮に見舞いの手紙を書いた、その中に書かれていた光源氏の歌

 降り乱れ ひまなき空に 亡き人の 天翔るらむ 宿ぞ悲しき

〇それに応えて斎宮が詠んだ歌

 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし わが身それとも 思ほえぬ世に

 

●巻15「蓬生」

〇叔母は末摘花に一緒に大宰府へと勧めるが、末摘花は断り侍従のみが叔母と行くことになり、その時末摘花が詠んだ歌

 絶ゆまじき 筋を頼みし 玉かづら 思ひのほかに かけ離れぬる

〇それに応えて侍従が詠んだ歌

 玉かづら 絶えてもやまじ 行く道の 手向の神も かけて誓はむ

 

〇4月に光源氏が久しぶりにお忍びで常陸宮邸の末摘花を訪ねた時に、物思いに沈んでいた末摘花が詠んだ歌

 亡き人を 恋ふる袂の ひまなきに 荒れたる軒の しづくさへ添ふ

 

〇惟光から末摘花の様子を聞いた光源氏が、末摘花の邸内に入る前に詠んだ歌

 尋ねても 我こそ訪はめ 道もなく 深き蓬の もとの心を

 

〇光源氏が邸内に入り、久しぶりに末摘花に再会して詠んだ歌

 藤波の うち過ぎがたく 見えつるは 松こそ宿の しるしなりけれ

〇それに応えて末摘花が詠んだ歌

 年を経て 待つしるしなき わが宿を 花のたよりに 過ぎぬばかりか

 

●巻16「関屋」

〇石山寺に詣でた光源氏と、伊予国から常陸国に下向し上京した空蝉が逢坂の関で偶然再会し、その時に空蝉が詠んだ歌

 行くと来と せき止めがたき 涙をや 絶えぬ清水と 人は見るらむ

 

〇石山寺参詣から戻った光源氏が空蝉に手紙を贈り、その手紙に書かれていた光源氏の歌
 わくらばに 行き逢ふ道を 頼みしも なほかひなしや 潮ならぬ海

〇それに応えて空蝉が詠んだ歌

 逢坂の 関やいかなる 関なれば しげき嘆きの 仲を分くらむ