源氏物語の中の和歌(6) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

賢木の巻

 

このシリーズでは、平安時代に紫式部が書いた「源氏物語」の中の和歌(795首)について、第1巻の「桐壺」から第54巻の「夢浮橋」まで、順に紹介している。前回は、第8巻の「花宴」の8首及び第9巻の「葵」の24首の計32首を紹介したが、ここでは第10巻の「賢木」の33首を紹介する。

 

●巻10「賢木」

〇9月7日頃、光源氏が野の宮に住む六条御息所をお忍びで訪れ、榊の枝を折って差し出した際に、御息所が詠んだ歌

 神垣は しるしの杉も なきものを いかにまがへて 折れる榊ぞ
〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 少女子が あたりと思へば 榊葉の 香をなつかしみ とめてこそ折れ

 

〇翌早朝、やがて斎宮(御息所の娘)と共に伊勢へ下向する御息所との別れ際に光源氏が詠んだ歌

 暁の 別れはいつも 露けきを こは世に知らぬ 秋の空かな

〇それに応えて御息所が詠んだ歌

 おほかたの 秋の別れも 悲しきに 鳴く音な添へそ 野辺の松虫

 

〇9月16日、斎宮が伊勢に出立する際に、光源氏が斎宮に贈った手紙に書かれていた歌
 八洲もる 国つ御神も 心あらば 飽かぬ別れの 仲をことわれ
〇それに応えて斎宮が女別当に書かせて詠んだ歌
 国つ神 空にことわる 仲ならば なほざりごとを まづや糾さむ

 

〇斎宮と共に伊勢に下向するに当たり、御息所が昔を想いその心境を詠んだ歌

 そのかみを 今日はかけじと 忍ぶれど 心のうちに ものぞ悲しき

 

〇斎宮と共に伊勢へ出立した御息所に対して、光源氏が二条院の前で詠んだ歌

 振り捨てて 今日は行くとも 鈴鹿川 八十瀬の波に 袖は濡れじや

〇それに応えて、御息所が逢坂の関を越えた時に詠んだ歌
 鈴鹿川 八十瀬の波に 濡れ濡れず 伊勢まで誰れか 思ひおこせむ

〇それに対して、霧が濃い明け方、光源氏が独り言のように詠んだ歌

 行く方を 眺めもやらむ この秋は 逢坂山を 霧な隔てそ

 

〇桐壺院が崩御して後の師走の20日、光源氏と兵部卿宮(藤壺の兄、紫の上の父)が昔話をしている時、兵部卿宮が詠んだ歌

 蔭ひろみ 頼みし松や 枯れにけむ 下葉散りゆく 年の暮かな

〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 さえわたる 池の鏡の さやけきに 見なれし影を 見ぬぞ悲しき

〇同じく、王命婦(藤壺中宮の侍女)が詠んだ歌
 年暮れて 岩井の水も こほりとぢ 見し人影の あせもゆくかな

 

〇その後光源氏は尚侍となった朧月夜と逢瀬を重ね、ある夜明け近くに朧月夜が詠んだ歌

 心から かたがた袖を 濡らすかな 明くと教ふる 声につけても
〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 嘆きつつ わが世はかくて 過ぐせとや 胸のあくべき 時ぞともなく

 

〇ある夜、久しぶりに藤壺と出逢った光源氏が詠んだ歌

 逢ふことの かたきを今日に 限らずは 今幾世をか 嘆きつつ経む
〇それに応えて藤壺が詠んだ歌

 長き世の 恨みを人に 残しても かつは心を あだと知らなむ

 

〇秋に雲林院へ参籠した光源氏が、紫の上に贈った手紙に書かれていた歌

 浅茅生の 露のやどりに 君をおきて 四方の嵐ぞ 静心なき

〇それに応えて紫の上が返信した歌
 風吹けば まづぞ乱るる 色変はる 浅茅が露に かかるささがに

 

〇光源氏が唐の浅緑の紙に榊に木綿をつけて斎院(朝顔の宮)に贈った歌

 かけまくは かしこけれども そのかみの 秋思ほゆる 木綿欅かな

〇それに応えて斎院が木綿の片端に書いた歌

 そのかみや いかがはありし 木綿欅 心にかけて しのぶらむゆゑ

 

〇光源氏が朱雀帝と対面した後の月が美しい夜、藤壺を訪れた際に王命婦を介して藤壺が詠んだ歌

 九重に 霧や隔つる 雲の上の 月をはるかに 思ひやるかな

〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 月影は 見し世の秋に 変はらぬを 隔つる霧の つらくもあるかな

 

〇初冬の頃、しばらく逢っていなかった朧月夜から光源氏に贈られてきた歌

 木枯の 吹くにつけつつ 待ちし間に おぼつかなさの ころも経にけり

〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 あひ見ずて しのぶるころの 涙をも なべての空の 時雨とや見る

 

〇桐壺院の一周忌(御国忌の日)に、光源氏から藤壺に贈られた手紙に書かれていた歌
 別れにし 今日は来れども 見し人に 行き逢ふほどを いつと頼まむ

〇それに応えて藤壺が詠んだ歌
 ながらふる ほどは憂けれど 行きめぐり 今日はその世に 逢ふ心地して

 

〇12月10日過ぎ、藤壺が法華八講主催の後に突然出家し、その際に動揺した光源氏が詠んだ歌

 月のすむ 雲居をかけて 慕ふとも この世の闇に なほや惑はむ
〇それに応えて藤壺が詠んだ歌

 おほふかたの 憂きにつけては 厭へども いつかこの世を 背き果つべき

 

〇新年になり、光源氏が出家した藤壺の住まいを訪れて詠んだ歌

 ながめかる 海人のすみかと 見るからに まづしほたるる 松が浦島

〇それに応えて藤壺が詠んだ歌
 ありし世の なごりだになき 浦島に 立ち寄る波の めづらしきかな

 

〇左大臣の辞任で左大臣側の人々が不遇になる中、ある夏の一日、光源氏と頭中将らが宴を開いた際に頭中将が詠んだ歌

 それもがと 今朝開けたる 初花に 劣らぬ君が 匂ひをぞ見る

〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 時ならで 今朝咲く花は 夏の雨に しをれにけらし 匂ふほどなく