源氏物語の中の和歌(5) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

花宴、葵の巻

 

このシリーズでは、平安時代に紫式部が書いた「源氏物語」の中の和歌(795首)について、第1巻の「桐壺」から第54巻の「夢浮橋」まで、順に紹介している。前回は、第6巻の「末摘花」の14首及び第7巻の「紅葉賀」の17首の計31首を紹介したが、ここでは第8巻の「花宴」の8首及び第9巻の「葵」の24首の計32首を紹介する。

 

●巻8「花宴」

〇2月20日過ぎの桜花の宴で、藤壺中宮が光源氏を想って詠んだ歌

 おほかたに 花の姿を 見ましかば つゆも心の おかれましやは

 

〇宴が終わった夜中、光源氏が朧月夜(右大臣の娘、弘徽殿の女御の妹)と出逢い詠んだ歌

 深き夜の あはれを知るも 入る月の おぼろけならぬ 契りとぞ思ふ

〇それに応えて朧月夜が詠んだ歌

 憂き身世に やがて消えなば 尋ねても 草の原をば 問はじとや思ふ
〇それに応えて光源氏が詠んだ歌

 いづれぞと 露のやどりを 分かむまに 小笹が原に 風もこそ吹け

 

〇花宴の翌日、光源氏が朧月夜を想って詠んだ歌

 世に知らぬ 心地こそすれ 有明の 月のゆくへを 空にまがへて

 

〇3月20日過ぎの右大臣邸の藤の宴で、右大臣(朧月夜の父)が光源氏に対して詠んだ歌

 わが宿の 花しなべての 色ならば 何かはさらに 君を待たまし

〇夜になり、光源氏が朧月夜の寝所を訪れて詠んだ歌

 梓弓 いるさの山に 惑ふかな ほの見し月の 影や見ゆると
〇それに応えた朧月夜の歌
 心いる 方ならませば 弓張の 月なき空に 迷はましやは

 

●巻9「葵」

〇新斎院御禊の日、一条大路で光源氏の車と六条御息所(斎宮の母)の車が出会い、御息所が詠んだ歌

 影をのみ 御手洗川の つれなきに 身の憂きほどぞ いとど知らるる

 

〇賀茂祭の日、光源氏と紫の上が見物の支度をしている時に光源氏が詠んだ歌

 はかりなき 千尋の底の 海松ぶさの 生ひゆくすゑは 我のみぞ見む
〇それに応えた紫の上の歌
 千尋とも いかでか知らむ 定めなく 満ちる潮の のどけからぬに

 

〇賀茂祭の見物に出かけた光源氏の車に、自分の車の場所を譲ると申し出た源典侍が扇に書いた歌

 はかなしや 人のかざせる 葵ゆゑ 神の許しの 今日を待ちける
〇それに対して光源氏の詠んだ歌
 かざしける 心ぞあだに おもほゆる 八十氏人に なべて逢ふ日を

〇それに対して典侍が詠んだ歌

 悔しくも かざしけるかな 名のみして 人だのめなる 草葉ばかりを

 

〇病気の御息所に光源氏から見舞いの手紙が届き、それに対して御息所が詠んだ歌

 袖濡るる 恋路とかつは 知りながら おりたつ田子の みづからぞ憂き

〇それに対して光源氏が詠んだ歌
 浅みにや 人はおりたつ わが方は 身もそぼほつまで 深き恋路を

 

〇御息所の物の怪が取り付き重体になった妻の葵の上を見守る光源氏に、葵の上に取り付いた御息所が詠んだ歌

 嘆きわび 空に乱るる わが魂を 結びとどめよ したがへのつま

 

〇一度は回復し男子を産んだ葵の上がその後まもなく死去し、その葬式の際に光源氏が詠んだ歌

 のぼりぬる 煙はそれと わかねども なべて雲居の あはれなるかな

〇帰宅後に、死去した葵の上を偲び光源氏が詠んだ歌

 限りあれば 薄墨衣 浅けれど 涙ぞ袖を 淵となしける

 

〇その後、打ち沈む光源氏に御息所から手紙が届き、そこに書かれていた御息所の歌

 人の世を あはれと聞くも 露けきに 後るる袖を 思ひこそやれ

〇それに対して返信した手紙に書いた光源氏の歌

 とまる身も 消えしもおなじ 露の世に 心置くらむ ほどぞはかなき

 

〇葵の上の四十九日後、夫の光源氏と兄の頭中将が時雨が降る夕方葵の上を想いながら、頭中将が詠んだ歌

 雨となり しぐるる空の 浮雲を いづれの方と わきて眺めむ
〇それに応えて光源氏が詠んだ歌
 見し人の 雨となりにし 雲居さへ いとど時雨に かき暮らすころ

 

〇頭中将が去った後、光源氏が若君の乳母を使いとして大宮(葵の上の母)に手紙を送り、その手紙に書かれていた歌
 草枯れの まがきに残る 撫子を 別れし秋の かたみとぞ見る
〇それに応えて大宮が詠んだ歌

 今も見て なかなか袖を 朽たすかな 垣ほ荒れにし 大和撫子

 

〇大宮に続き、光源氏は朝顔の宮(桐壺帝の弟の娘:光源氏のいとこ)に手紙を送り、その手紙に書かれていた歌
 わきてこの 暮こそ袖は 露けけれ もの思ふ秋は あまた経ぬれど

〇それに応えて朝顔の宮が詠んだ歌

 秋霧に 立ちおくれぬと 聞きしより しぐるる空も いかがとぞ思ふ

 

〇光源氏が屋敷で葵の上の遺品など見ながら、葵の上を偲んで詠んだ歌2首

 なき魂ぞ いとど悲しき 寝し床の あくがれがたき 心ならひに
 君なくて 塵つもりぬる 常夏の 露うち払ひいく 夜寝ぬらむ

 

〇光源氏が紫の上の枕元に置いた手紙に書かれていた、光源氏が詠んだ歌

 あやなくも 隔てけるかな 夜をかさね さすがに馴れし 夜の衣を

 

〇新年の参賀と挨拶で左大臣邸を訪れた光源氏が大宮に対して詠んだ歌

 あまた年 今日改めし 色衣 着ては涙ぞ ふる心地する
〇それに応えて大宮が詠んだ歌
 新しき 年ともいはず ふるものは ふりぬる人の 涙なりけり