短歌(和歌)の歴史概観(20) | 俳句の里だより2

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俳句の里に生まれ育った正岡子規と水野広徳を愛する私のひとりごと

南北朝・室町時代

 

鎌倉時代初め(1205年)の「新古今和歌集(新古今集)」成立のあとも勅撰和歌集は、鎌倉・南北朝・室町時代を通じて編纂され、藤原定家の「新勅撰集」(1235)から飛鳥井雅世の「新続古今集」(1439)まで13に及ぶ(「十三代集」)。そして「古今集」から「新古今集」までの「八代集」と合わせて「二十一代集」と呼ばれ、勅撰集はここで断絶する。

 

藤原定家が没した後は、和歌は「古今調」「新古今調」の形式にとらわれて次第に形骸化し(「古今伝授」など)、進展性のない芸術味の乏しいものとなった。わずかに、「玉葉集」撰者の京極為兼や伏見院、永福門院などが出たが、一方で「万葉調」の源実朝が異彩を放った。

 

この衰退傾向は南北朝や室町時代に入っても変わらなかった。その中で、優れた歌人としては南北朝時代に和歌四天王と呼ばれた頓阿、(吉田)兼好、浄弁、慶運や、「風雅集」撰者の光厳院や伏見院の子の花園院などがいる。また、室町時代の歌人には、正徹、心敬、細川幽斎らがいる。

 

このような和歌の衰退に伴い、室町時代に入ると「連歌」が起こり、さらにこの連歌から「俳諧」が生まれ、この俳諧が和歌を圧倒するようになり、ますます和歌が衰退するという悪循環が生じた。この和歌の衰退は江戸時代に入っても続くことになる。代わりに俳諧が松尾芭蕉の出現とともに全盛時代を迎えることとなった。

 

以下に、主な歌人の歌をいくつか掲げる。


 

 すめば又 うき世なりけり よそながら 思ひしままの 山里もがな (吉田兼好)

 

 こよろぎの 磯より遠く 引く潮に うかべる月は 沖に出でにけり

 

 しるべせよ 田上河の あじろもり ひをへてわが身 よる方もなし

 

 うちなびく 草葉すずしく 夏の日の かげろふままに 風たちぬなり

 

 ちぎりおく 花とならびの 岡のべに あはれいくよの 春をすぐさむ


 

 惜しからぬ 身をいたづらに 捨てしより 花は心に まかせてぞ見る (頓阿)

 

 うすくこく うつろふ菊の まがきかな これも千草の 花と見るまで

 

 つもれただ 入りにし山の 嶺の雪 うき世にかへる 道もなきまで

 

 ながめても むなしき空の 秋霧に いとど思ひの ゆく方もなし

 

 跡しめて 見ぬ世の春を しのぶかな その如月の 花の下かげ


 

 あきらけき 雲井のにはの ともし火も かけをならふる 星合の空 (浄弁)

 

 逢ふまでと いのる心の しるしありて いつかは人を 三輪の神すき
 
 踏み分けて 高嶺の雲に さきたてて またきより見る 山桜かな

 

 みなと江の 氷にたてる 葦の葉に 夕霜さやぎ 浦風ぞ吹く             

 

 いにしへを 思ひ出でては 霞む夜の 月に涙の 程をしるかな 

 

 
 吉野川 花の鏡の 早き瀬は 散りかかるにも 曇らざりけり (慶運) 

 

 いづくより 上がるも見えず かすむ日に 鳴くねそらなる 夕雲雀かな

 

 かひなしや 幾夜燃えても 棹鹿に あはぬ火串の むなし煙は

 

 深き夜の 窓うつ雨の 音よりも なほことしげき 虫の声かな

 

 いたづらに 今夜も更けぬ 明日香風 明日の契りも 知らぬ命に


 

 くれはてて 色もわかれぬ 花の上に ほのかに月の かげぞうつろふ (光厳院)

 

 鶯の わすれがたみの 声はあれど 花は跡なき 夏木立かな

 

 忘れずよ 萩の戸ぐちの あけたては ながめし花の いにしへの秋

 

 さむからし 民のわらやを 思ふには ふすまの中の 我もはづかし

 

 夕日かげ 田のもはるかに とぶ鷺の つばさのほかに 山ぞくれぬる


 

 わがこころ 春にむかへる 夕ぐれの ながめの末も 山ぞかすめる (花園院)

 

 空はれて 梢色こき 月の夜の 風におどろく 蝉のひと声

 

 風になびく 尾花が末に かげろひて 月とほくなる 有明の庭

 

 おきてみる 朝けの軒ば 霜しろし 音せぬ風は 身にさむくして

 

 今はわれ むなしき舟の つながれぬ 心にのする 一こともなし


 

 おしなべて 霞みにけりな 海山も みなわが国と 春やたつらん (正徹)

 

 山ざくら 苔の莚に ちりぞしく 夢はふたたび かへる枕を

 

 つれなくて 有明過ぎぬ 郭公 この三か月に きえし一こゑ

 

 学びえよ こひねがはしき みな月の 風のすがたを 大和ことのは

 

 沖つ風 西ふく浪ぞ 音かはる 海の宮古も 秋やたつらん

 

 したふとや 翅はやめて 行く秋の みねの入日に くもる雁がね

 

 まどろまで さ夜もはるかに 竹のはの 霜にさえたる 風の音かな

 

 となふてふ 三世の仏の 道はあれど くる春もなく さる年もなし

 

 くるるまの 花のおもかげ 身にそはば ねても別れじ 春のよの夢

 

 人心 うつろふ花に 遠ざかる うき身や風の 姿なるらん
 
 哀にも 鳥のしづまる 林かな 夕とどろきの 里はのこりて

 

 くもりなき ただ大空に むかひても 君を八千代と 祈るばかりぞ


 

 面影は 春やむかしの 空ながら わが身ひとつに 霞む月かな (心敬)

 

 おぼつかな たが身をなげし 魂ならん 千尋の谷に 蛍飛ぶかげ

 

 月のみぞ 形見にうかぶ 紀の河や 沈みし人の 跡のしら浪

 

 山里は やもめ烏の 鳴く声に 霜夜の月の 影を知るかな

 

 うつの山 つたの葉もろき 秋風に 夢路もほそき あかつきの空


 

 日の本の 光を見せて はるかなる 唐土までも 春や立つらむ (細川幽斎)

 

 植ゑわたす 麓の早苗 ひとかたに なびくと見れば 山風ぞ吹く

 

 なき人の 面影そへて 月のかほ そぞろに寒き 秋の風かな

 

 風わたる 洲崎のよもぎ 冬がれて 夕霜しろき 遠の川波

 

 古へも 今もかはらぬ 世の中に 心の種を のこす言の葉