彼の誘いを忙しいからと断り、わざと、自慢好きな女の子と遊んで、噂が彼の耳に届くように仕向ける。
昔から嫉妬深かった彼は、その噂を耳にして荒れ狂うだろうと思った。
だけど、俺が余所で遊んでいても、彼は何も言わなかった。女の子の香水の匂いを身体に染み付かせて帰っても、彼は俺の疲れを労って、笑顔で出迎えてくれた。
彼が寄りを戻したいと言うから、仕方なく寄りを戻してやった。彼がかつて俺に対してそうであったみたいに、他で遊びながら都合のいい時だけ彼を利用して、見も心もぼろぼろにしてやるつもりだった。
それなのに、俺が何をしても、彼の笑顔は曇らない。
寄りを戻したのは、彼の望みだったはずなのに。本当は、もう、嫉妬さえして貰えないような関係だったのだろうか。
ある時俺は不安になって、彼に尋ねた。
「怒らないの?」
「え?」
「気付いてるんでしょ?」
彼は、一瞬だけ驚いた顔をして、いつもの優しい穏やかな笑みを浮かべた。
「いいんだよ。俺が悪いのはわかってるから。ただ、女の子を傷付けるようなことだけはするなよ。傷付けるのは、俺だけで十分だろ」
はっとした。その時になって初めて、全て見透かされていたことに気が付く。そして、ますますわからなくなった。
「わかってたのに、なんで…」
何で、いつも笑顔で俺を待っていてくれたのだろう。あんなに嬉しそうに、あんなに幸せそうに、俺を出迎えてくれたのは、何でだろう。
「だって…わかっちゃったから」
「わかった?」
「俺は、お前がいないと生きられないってわかったから。お前が元気で帰って来てくれたら、それだけで十分だよ」
そう言った彼の顔は、やはり、穏やかで優しくて、とても美しかった。
ああ、なんてことだ。今度こそ振り回してやろうと思っていたのに。
結局、これからも、彼の掌の上で踊ることしか出来ないんだなと、漸く俺も気が付いた。