はじと離れてから、もう一年です・・・
私は、前から命日を迎える頃に気持ちに区切りをつけたいと思っていました。
虹の橋の第三部を読んだからです。(虹の橋 )
はじに悲しい思いをさせたくない。
出来るかどうかは分からないけど・・・
出来るだけ、前を向いて上を向いていたい。
私がブログを始めたのは、はじがこの世に存在していたことを
記しておきたいと思ったから。
去年のはじの様子を書きます。
悲しい記憶だけれど、はじが最期まで頑張ってくれた尊い記録です。
去年の1月に入ってから、はじの具合はどんどん悪くなっていきました。
後ろ足がヨロヨロとして、もう一人ではまともに歩けませんでした。
それでもトイレで用を足そうとしていました。
貧血で、鼻や耳は真っ白で冷たく、黄疸も出ていて、
真っ白だった身体も黄ばんでいました。
あんなに丸顔だったはじの顔も三角になり、抱くたびに軽くなっていきました。
同じ頃、ダンナの父の手術・入院が重なり、毎日バカみたいに降る雪の除雪作業で
私は疲れ切っていました・・・
1月20日(水)
突然、先生に「骨髄性白血病です。長くないから覚悟をして下さい」と。
白血球の数値が、72,300。 通常は、5000~18900。
顕微鏡まで、見せられる。 紫色の白血球が爆発的にあると説明される。
「これからは、延命治療にもなるかどうか。どうするのか飼い主さんが決めてください。」
「点滴や注射をしても、この子のだるさや辛さは変わりません・・・」
「あとどのくらいかは、この子の生きる力がどれだけあるか・・・」
何を言われているのか分からない。
輸血をすれば延命できるのでは?はじには兄弟が3匹もいる・・・
でも、よく考えれば兄弟だって高齢。はじの事だけ考える私。
自分で、なんてあさましい事を考えるんだろうと思った。
その夜、はじに缶詰を泣きながら差し出したら一口だけ食べてくれた。
まだ、はじには、生きる気力がある。頑張ってほしい。
私も、泣いてばかりいられない。
1月21日(木)
ダンナの父の見舞いに行き、昼頃帰るとはじが水入れに手を掛けるように倒れていた。
その後、水入れを近づけてみるも飲まない・・・怖くなる。
夜、はじの様子が明らかにおかしい。口を開けて呼吸をしている。
鼻水とよだれが出て苦しそう。
水を飲ませなければ。と思い哺乳瓶で無理矢理飲ませる。
それでも、呼びかけると私の方を見て返事をしようと口パク。
もう、声も出ない・・・
はじと別れたくない!でも、はじはとても苦しそう。それでも頑張っている・・・
もう、苦しませたくない。
私の口から自然に「もう頑張らなくていいよ」と言葉が出た。
夜、ネコベットに入り私に背を向けて寝ているはじ。まだ、呼吸していた。
ホッとして、眠りにつく・・・
1月22日(金)
朝方一瞬、寒くて目が覚めた。
寒くて寒くて、布団の中に頭からもぐるように寝ていた私。
しばらくして、ダンナがはじの異変に気付く・・・
はじは、私の方を見ていた。もう何も写っていない瞳だけど、私を見ていた。
背を向けていたはずなのに、私の方を振り返る様にして息絶えていた。
さっきのあの時、何で起きなかったのか?
最期の瞬間、不安で怖かったのかもしれない・・・
私は、はじを1人で逝かせてしまった。ごめんね。
なんて、ダメな私・・・
はじの身体はまだ暖かく、寝ている様。
はじの顔は、とても安らかで。
黄疸で黄ばんでいた身体も嘘みたいに、元の真っ白な姿になっていました。
この最期の顔を見ると・・・これでよかったんだと思います。
楽々と安らかに眠っています。 やっと、楽になれたんだ・・・
それなのに、はじの亡骸でもこのまま一緒にいたいとダンナに言った私。
ダンナに「はじの身体も天に返してやれ。」と諭される。
また、私は自分のことだけ考えている・・・
時間が経ち、やっと言えた。
「はじ、もう苦しまなくていいんだね。楽になってよかったね」
「ありがとう。長い間、いっぱいありがとう」
本当に、本当にはじは最期の最後までやさしく立派な子でした。
泣いているばかりの私を、じーっと真っ直ぐな目で見つめていました。
だから、いつもそうしてた様に、これからもはじはずーっと私の事を見ているはず。
はじに、恥ずかしくない様に生きて行かなくちゃね。
そして、いつか私が寿命をまっとうした時、はじは出逢った時の様に私を真っ直ぐ見て小走で私に駆け寄って来てくれると信じて。
はじにしてやれなかった事、出来なかった事がたくさんあります。
それらをレオにしてあげようと思います。
これからも、はじと一緒に。みんなで一緒に生きていこう。
はじとの楽しい想い出と一緒に。 いつか逢えるその時まで
それまでは、前を向いて上を向いて・・・ね。
心ない人が、「たかが猫だろう」なんて事を言うこともある。
だけど、猫は動物は人間と違って生きることをあきらめたりしない。
弱音も吐かない。具合が悪いからといって、誰の世話にもならないように頑張る。
「たかが」なんて言葉は当てはまらない。
私は、はじの最期の姿を尊敬する。
はじの様に、強く優しく最期まであきらめない私になろう・・・