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前回は赤坂見附の弁慶橋、見附つながりで今回は四谷見附です。
見附のあったところは現在JR四ツ谷駅になっています。お濠は水が抜かれJRの線路がその底を走っています。
四谷見附橋はそのJRの線路を跨ぎ新宿通りを渡します。
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なんと立派な橋灯でしょうか! 橋を渡ると新宿区、この道を行くと伊勢丹の前に出ます。
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足元の高欄にも注目です。凝った装飾のなかに「大正二年」と言う文字があります。先代の橋は大正二年、当時の日本の技術の粋を集めて完成しました。現在のは二代目で平成十四年に出来ました。
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アーチ橋です。下はJR中央線「四ツ谷」の駅になっています。向う側は千代田区麹町。新宿通りはこの先皇居半蔵門に突き当たります。
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JRの駅の裏側に見附の跡らしい石垣があります。お濠の土手はサクラの並木になっています。
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橋を渡ってすぐのソフィア通り。右手がお濠の土手。サクラの木はどれもかなりの巨木で、ちょうど花の盛りでした。左は上智大学(Sophia University)です。通りをこのまま行くと紀尾井坂にぶつかりその先はやがて前回の弁慶橋に至ります。
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聖イグナチオ教会と上智大学。
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空が広いですね。高い建物はあるのですが橋の周辺だけがぽっかりと空いています。橋は道路と同じく平坦なので、自動車で行くと橋を渡ったという感覚がありません。そのせいか、ちょっと散漫な印象を受けるのが残念です。

アクセス JR中央線、東京メトロ丸の内線「四ツ谷」
江戸城の外濠のなごり、弁慶濠に架かる小さな橋が弁慶橋。
創架は明治22年(1889)1月。擬宝珠はその17年前取り壊された浅草橋のものを再利用したとされます。現在の橋は昭和60年(1985)に出来ましたが、むかしの橋のイメージを大切にデザインしているようです。
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土台の部分はコンクリート製ですが欄干、擬宝珠がいい雰囲気を出しています。
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赤坂の方から橋を渡ると、紀尾井町。正面に見えるのはグランドプリンスホテル赤坂。橋の近くでボートに乗って釣りをしている人がいました。ブラックバスを釣っているそうです。こんなところまでブラックバスが?! 困ったものです。
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紀尾井町通りです。舗道に細かいタイルが貼られています。右側にプリンスホテル、その先が清水谷公園、公園の前がホテルオークラ、都心とは思えぬ緑濃い地域です。
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橋を渡ってすぐのところにある紀伊の殿さまの屋敷跡の碑。紀尾井町はこの紀州徳川家そして尾張徳川家、彦根井伊家の中屋敷があったところで、その名から一字づつとって地名にしたそうです。
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橋を渡って振り向くと赤坂の交差点。ここにも無粋な高速道路の高架があります。右奥はサントリーです。
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赤坂見附の土塁が残っています。

アクセス 東京メトロ銀座線、丸ノ内線「赤坂見付」、半蔵門線「永田町」
神田川に架かり、通称中央通り、国道17号線を渡す万世橋。
そのルーツは寛文16年(1676)の筋違橋(すじかいばし)まで辿れるそうですが、場所も名前もいくつかの変遷があったようです。最初の命名は「よろずよばし」でしたが通称「まんせいばし」がいつの間にか正式な名前になりました。現在の橋は昭和4年の震災復興橋です。
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石造りのアーチ橋です。神田方面を見た画像。中央通りを跨ぐ高架に中央線の電車が走っています。左の角の丸いビルは「肉の万世」、右のレンガの建物は旧万世橋駅(廃駅)の一部で交通博物館があったところです。この辺りは江戸時代からかなり繁華な町のようで、いまでも老舗と言われるお店がビルに挟まれて残っています。
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橋の袂から反対方向、上野方面を見た画像。秋葉原の電気街がひろがります。日曜日この通りは歩行者天国でしたが不幸な事件があったため、いまは中止です。
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いろいろな言葉が飛び交う世界のアキバです。電気屋さんは家電量販店に押され苦戦しているようですが、裏通りに行けば、いわゆるオタク文化の発信地、不思議な世界が広がります。
緑色の高架はJR総武線、ビルの谷間を走っています。駅は右手になります。
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橋の上から上流を見たところ。奥は昌平橋。


アクセス JR総武線・山手線・京浜東北線「秋葉原」