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豊海橋は日本橋川最河口、隅田川と合流するところにあり、新川と箱崎を結びます。

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最初の架橋は、永代橋と同じく元禄11年。現在の橋は、震災後の帝都復興事業のひとつとして架けられました。中央区民有形文化財です。

江戸時代には、上方で出来た新酒を樽廻船で品川沖まで運び、そこで伝馬船に積み替え、この豊海橋を目指しました。当時この両側には倉庫が並び、水運の要所として栄えた地域です。
明治時代に銀行発祥の地となり、その記念碑が近くにあります。

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日本銀行創業の地の石碑

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高尾稲荷神社
江戸の初期、仙台候伊達某によって舟上で吊るし斬りにされた吉原の花魁、三浦屋の高尾太夫(二代目)の亡骸がこの近くで引き上げられました。人々は憐み、ここに社を建てその霊を慰めたと言います。
先代の社は戦災で焼失し、場所も移動しましたが、その移動のとき、地中から
太夫のものと見られる頭部の入った骨壷が見つかり、伝説が実証されたと言われ、今も地元の人々によって守られています。

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構造的には梯子を横にしたような
フィーレンデール橋。夜はライトアップされてとても美しい。

アクセス、東京メトロ東西線「茅場町」、半蔵門線「水天宮前」


南高橋は日本橋川の支流亀島川が隅田川と合流するところにあります。
関東大震災後の帝都復興計画のひとつとして、被害を受けた両国橋が改架され、その際出た廃材を再利用してこの橋が架けられました。中央のトラス部分を流用したとされています。
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ビルの谷間にひっそりと佇んでいますが、中央区民有形文化財です。
四方を川に囲まれている地域なので、水害から街を守るために水門がいくつかあり、それがために景観がそがれているのが残念です。隅田川の方から眺めてみたかったです。

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左側に水門があり、その向こうの隅田川が見えません。

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右側は、都心には珍しい船溜まり。右奥に「高橋」が見える。

このまま橋を渡ると入船、湊地区。いかにも水辺の街を連想させるネーミングです。オフィス、商店、住宅、町工場が適度に混在する雰囲気の良い街です。


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鉄砲洲稲荷神社、このあたりは下町っぽいのですが、銀座、築地は徒歩圏内です。

アクセスは東京メトロ日比谷線、JR京葉線「八丁堀」


隅田川を下って行くと永代橋を過ぎて佃島のところで、川は左右に別れます。
左への流れは晴海運河となって東京湾に注ぎます。右が本流ですぐに現れるのが「中央大橋」。

実は隅田川には「大橋」と付く橋が七つもあります。

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黄昏時の中央大橋。佃島のマンション群と重なって橋の全容ちょっとが見ずらいですね。

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鋼斜張橋、橋げたが緩やかにカーブしています。向こうは佃島地区。

佃島は、
徳川家康が摂津国佃村から漁師を連れて来て住まわせたところから始まるそうです。佃煮はここが発祥の地だそうでいまでも何軒かお店があります。
石川播磨重工の跡地に建つ超高層マンション群と古い漁師町の風情を残す一帯とが同居する不思議な町で、これも中央大橋が出来てからの現象でしょうか。

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新しい佃島

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その傍にある古い佃島

橋の反対側は東を隅田川、北を日本橋川、南と西は亀島川に囲まれた新川地区。昔の霊岸島です。
川島瑞賢が公儀からこの地に広大な土地を与えられた、と説明文が永代通りにありました。水運で栄えた地区ですが、今の新川はビジネス街で昔の面影はありません。
佃の方から橋を渡ると右手に住友ツインビルがあり、そこの信号を左に曲がると亀島川に架かる美しい「南高橋」があります。

アクセスは東京メトロ日比谷線、JR京葉線の「八丁堀」、東京メトロ有楽町線、都営大江戸線の「月島」