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江戸4橋のひとつ「新大橋」は元禄6年(1693)12月6日(7日説も)に架橋されました。
隅田川(当時は浅草川)では両国橋に次いで2番目の橋です。
最初は現在の位置より少し南にあったようです。深川地区へ
両国橋、新大橋とふたつのルートができ、この地の開発が一気に進みました。

有りがたや いただいて踏 はしの雪  芭蕉
近くに住む松尾芭蕉も橋の完成を楽しみにしていたようです。
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2径間斜張橋、この今の橋は昭和52年3月に架けかえられました。新東京百景のひとつです。

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中央の柱にある先代の「新大橋」のレリーフ。明治45年7月に現在の位置に架けられました。ピントラス橋です。震災、戦災にも耐え、その都度この上にいた多くの被災者を救ったので「お助けの橋」と言われていました。中央区側の一部が明治村に保存されています。

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江東区側の橋銘盤、近くの小学校に保存されています。

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歌川広重「名所江戸百景」の「大はしあたけの夕立」のパネルがありました。「あたけ」とは、大川の左岸に船倉があった公儀の御用船あたけ丸のことだそうです。ちなみにこれは公衆トイレです。

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シンプルなデザインです。

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上の画像はさくら鍋のみの家さん、このほか深川地区ではそば屋、居酒屋、どじょう屋などなど下町グルメが楽しめます。下は明治座、浜町・人形町方面は粋な江戸情緒が味わえます。


アクセス 都営地下鉄新宿線「浜町」、「森下」、大江戸線「森下」

江東区を横断する小名木川は江戸時代、千葉の行徳から塩、米などの日用品を市中に運ぶ重要な水路でした。
その小名木川を万年橋から遡ってまず最初に出会うのは高橋(たかばし)、三つ目が今回の西深川橋。

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小名木川と西深川橋

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現在の橋は帝都復興事業のひとつとして昭和5年に架けられました。
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トラス橋で小さいながら重厚な感じがします。凝った欄干も見事です。
川の左右は遊歩道になっていて、川面を見ながらの散歩も楽しいものです。
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遊歩道は松並木です。
ちょっと前まで川の水運を利用する工場や倉庫が立ち並んでいましたが、それらの多くはマンションに変わっています。
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橋のたもとに巨大なシーラカンスが。

アクセスは東京メトロ半蔵門線、都営大江戸線の「清澄白河」


万年橋は小名木川の最河口に位置し隅田川と合流するところにあります。
小名木川は江戸時代、行徳から物資を江戸市中に運ぶため掘られた(深川開発のとき埋め残した)運河で、隅田川と中川を結んでいます。万年橋の北側に船の荷物を検める番屋があったため、番屋のはしと言われていました。

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アーチ部分にトラス構造を持つ鋼タイドアーチ型で震災後の帝都復興のときに架けられました。
歌川広重は名所江戸百景に「深川万年橋」として描いています。最初に架橋された時期ははっきりしませんが、貞享5(1688)年に流失した多摩川六郷橋の廃材を使って作った、という記録があります。

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この道を北に行くと本所に出ます。赤穂浪士が泉岳寺に向かうとき通った道です。

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北側の路地を入ると芭蕉庵跡があり、今はお稲荷さんになっています。深川は松尾芭蕉に縁のあるところで記念館や句碑がたくさんあります。

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橋の奥に水門があって、向こう側から橋越しに隅田川を見られないのは残念です。


アクセス 東京メトロ半蔵門線、都営大江戸線の「清澄白河」