巡礼の共通語・後編【スペイン巡礼日記 #22】 | ハゲとめがねのランデヴー!!

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『深夜特急』にあこがれる妻(めがね)と、「肉食べたい」が口ぐせの夫(ハゲ)。
バックパックをかついで歩く、節約世界旅行の日常の記録。

 

巡礼の共通語

 

 

 

 

そんなふうにしてドミトリーの巡礼宿で過ごしていたら、4人部屋の最後の1人がやってきて、それはドレッドヘアの若い白人女性であった。

 

例の青年は彼女にもすぐ「今日はどの町から歩いたの」と声をかけた。

すると彼女はピシャリとこう言った。

 

"I don't speak English."

 

青年は"OK..."と言い、2人の会話はそこで終わっていた。

 

それは見ていてすがすがしい光景だった。

 

夫が気まずそうに「アイ・キャント……」と言うのとは違うきっぱりとした態度で、「このスペイン巡礼において共通語は英語ではない」と宣言するかのような場面であった。

 

 

そういえば他の巡礼宿ではこのようなことがあった。

イギリスから来た女性がスペイン語圏の男性に英語で話しかけ、同様に「英語を話さない」と言われたとき、

 

「じゃあ何語なの? スペイン語? フランス語?」

 

と返していたので、まったく悪気はないのだろうがわたしは少々傲慢だと思った。

 

ここはスペインである。

巡礼者がスペイン語を話す必要はないが、かといって言語の一つにすぎない英語に合わせる必要もないのではないか。

たとえばその場に数人集まれば、お互い知っている言語を持ち寄って、簡単な意思疎通ならできるのではないか、と。

 

 

というような英語圏の一部の人々へのモヤモヤから、わたしはこのドレッドヘアの女性に一目おいた。

そしてわたしはめったに自分から他人に話しかけないが、この人とは話してみたいと思った。

 

いったい彼女は何語を話すのだろう。

 

 

 

夕食の席で

 

夕食の時間になり、巡礼者はみな食堂に集まった。

宿のおじさんとおばさんが作ってくれたのはレンズ豆のスープと、パスタ入りのサラダ。

 

わたしの目の前にワインボトルがあったので、スペイン語で「誰かワインいる?」と聞いたところ、ドレッドヘア女性だけがすぐに

 

「大丈夫、水を飲む」

 

とスペイン語で反応した。

ということは、彼女はスペイン人かもしれない。

 

言語分布によって自然とグループができあがり、それぞれで会話が流れていく。

 

英語グループの1人である大柄の若い男が、複数人で分ける大皿から多めに料理をとっている。

そのことにわたしも夫も気づき、全て食われないうちに早く確保しなければと急ぎながら黙々と食べた。

 

そして夕飯がお開きになったとき、ドレッドヘア女性、イタリア人の老夫婦、われわれの3組だけが残って食器の片付けを手伝った。

 

夫はこういうときに「片付けは宿のおばさんにまかせればいい」という態度は絶対にとらない。

そういうところは旅においても生活においても同伴者として信頼できる点であり、さんざん食ったくせに何もせず出て行った大柄な男とは大違いである。

 

イタリア人の老夫婦と、簡単なスペイン語で会話できたのは嬉しかった。

彼らは《フランス人の道》や《ポルトガル人の道》も歩いたそうだ。

夫婦円満の秘訣も聞いてみたかったが、そこまでの会話能力は今のわたしにはない。

 

片付けの間、ドレッドヘアの女性はなかでも一番早く布巾を手にとり、宿のおばさんが洗った食器を一生懸命拭いていた。

一番若そうなのにえらいなあ、というのがわたしと夫の感想であった。

 

 

部屋に戻ったとき、わたしは彼女に「スペイン人ですか?」と聞いてみた。

すると彼女は

 

「わたし? わたしはアルゼンチン人」

 

と答えたので、アルゼンチンにはよい思い出のあるわれわれは、かつてアルゼンチンを旅したことを話した。

 

彼女は同室の青年に英語で話しかけられたとき、そっけなくあしらったのではないのだろう。

思い切ってスペインに来てみたら英語で話しかけられまくり戸惑っていた、という感じだ。

スペイン語で話しかけたら無邪気な笑顔を見せてくれたからである。

 

わたしはその笑顔を見て、少しではあるがスペイン語が通じたことや、アルゼンチン人と日本人がスペインで出会うという愉快さに嬉しくなった。

 

と同時に、

 

「勝った」

 

と思った。

 

英語しかしゃべれない人間がコミュニケーションをとれなかった女の子と、わたしは意思疎通ができるのだ……!

 

語学はマウントをとる道具ではない。

しかしたまには優越感に浸ってもいいじゃないか。

 

わたしはその青年にというより、英語が共通語としてまかりとおってしまう世界に、小さいけれども風穴を開けた気分になったのだった。
 

 

さて、ドレッドヘアの女性とはその数日後、田舎道を歩行中に再会した。

 

そして彼女はわざわざ「今日はどこまで行くつもりか」とわたしにゆっくりとしたスペイン語で聞いてくれた。

 

彼女のほうがひとつ先の町まで進むらしい。

もう会うこともないだろう。

 

どうか若いアルゼンチンの女の子が、異国でよい旅ができますように。

 

わたしは彼女に心から声をかけた。

 

ブエン・ビアへ!

ブエン・カミーノ!

 

(よい旅を、そしてよい道を!)

 

(巡礼33日目は7つの山を登って下りるハードな日だった。

そんな日の歩き始めにアートな民家があって心を奪われた)

 

(カミーノの祭壇)

 

(わたしには空き家を買って壁に絵を描くという野望があるので、ステキな家だなあ思って見ていたところ、夫に

「今、『これ参考になる〜』って思っとるやろ」

と見抜かれた)

 

(谷の部分に来るたびに、沢)

 

(沢で夫は1回こけた)

 

(白い馬と海。

海は《北の道》の特権)

 

(小さな多肉植物が金平糖のよう)

 

 

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