長期旅行者は金持ちか
「旅に出ます。
しばらく美容院に行けないので、もー思いっきりカットしてください」
と、出国前最後の散髪のとき同年代のなじみの美容師さんに言ったところ、
「すげー金持ち!」
と言われた。
ばかを言うな。
出国前から保険やワクチンで出費が続くんだぞ。
資格も職もなく貯金を切り崩すんだぞ。
インフルエンサーとかなれそうもないんだぞ。
金持ちなわけがないことは明白である。
なぜこの言葉にモヤモヤするかというと、わたしにとって旅とは「金が余ってるからやってみる娯楽」ではないからである。
旅をしたいからほかの部分を切り詰めたのであり、金の使いどころが違うだけだ。
一般に旅行とはラグジュアリーでゴージャスなイメージがあるのかもしれない。
たとえば普段の会社勤めの束の間の休息として、自分へのご褒美としての旅であれば、わたしだってラグジュアリーで非日常な旅をしたいしそうあるべきだ。
しかし今われわれが乗り出しているのは場所を移動させながら外国で生活する、という日常的な旅なのだ。
時間はたっぷりあるので歩けるところは歩き、観光も1日で複数箇所はしごする必要はない。
長期旅行の1日あたりの費用は短期旅行よりもはるかに少ないのである。
スリランカで
「いったいどうやってお金を貯めたの?
わたしたちには海外を長く旅行するなんて考えられない……」
と言われたときは、スリランカの物価を考えると、こうして経済格差を利用して「アジアは安い」と言いながら旅ができるわれわれは金持ちであると思った(しかし今の日本経済を考えるとそんなこと言ってられるのもあと数年だと思う)。
しかし日本の中ではどうかというと、帰国後は履歴書の空白が増えるだけでお先真っ暗である。
そうしてますます帰りたくなくなって旅が長引くのであった。
なぜ唐突にこの話を始めたかというと、そのなじみの美容師さんは新婚旅行でバリ島に行き、ビールを安く飲んで楽しかったと言っていたので、バリ島に着いてその美容師さんの顔を思い出し、ついでに「すげー金持ち」というセリフまで思い出したからであった。
リゾートはひもじい
ソロからバリ島までのバスは、まずバスの到着時間がアバウトであり乗り場で数時間待った。
そして乗ったバスは「エグゼクティブ」であるはずなのに、途中降り始めた非常かつ非情な雨によって雨漏りがしていた。
幸いわれわれの席は無事であったが一つ前の席は豪快にしたたっており、その席の男性はしばらく立って過ごしていた。
このような不運な席次の人は他にも数人いた。
またわれわれの席は一番後ろであり、その下部には得体の知れない箱が入れられていた。
バスが消灯すると、そこから
「にゃー……、にゃー……」
と物悲しげな声が聞こえてきた。
動物にさして感情移入しないわたしでも気になり、夫はもっと気になっているようだった。
そんな長時間バスをやり過ごしいざバリ島のウブドに着いてみると、外国人向けのレストランばかり。
バリ島の物価は日本と比べると大幅に安く、なんだかんだ一食500円以下で食べられる。
しかしそれはインドネシアで訪れた他の地域の倍の値段だ。
そしてそのことを知っているだけに、同じメニューに2倍も払うことに躊躇する。
どこかもっと安いところはないかな?
てゆーか屋台はないの?
小汚くてハエが飛んでてクーラーのない食堂はどこ?
などと思いながら歩けども歩けどもオシャレなカフェと土産物屋が並ぶばかりで、食べ物屋はたくさんあるのに選択肢が限られなかなか食べられない。
リゾートはひもじい。
いっそこの世からリゾートなどなくなってしまえばよい。
もしバリ島から旅を始めてジャワ島を西進していたら、バリも決して高級とは感じなかっただろうが、そのへんの食堂で食べ慣れていたわれわれにとってはまるで別世界に来たように思えた。
わたしたちの宿は観光地区にあり、さすがリゾート、スパが併設されていた。
そしてスパの料金は格安で、1,000円前後でかなりのサービスが受けられるようであった。
夫はわたしに
「せっかくやしやってもらいよ、安いし」
と言ってくれた。
わたしは悩んだ。
確かに安い。
しかし、日本で義母にいつも
「お義母さん、安いからといって不要なものまで買ってしまうとかえって高くつくんですよ」
と言っていた手前、「安いから」という理由でスパに行くのはダブルスタンダードではないか。
スパ、いいなあ。
でもたとえば同じ値段で美術館に一つ多く行けるならどっちをとるか。
即答で美術館であり、スパは我慢できるのでやめた。
我慢できるところは我慢し、そうでないところは金を使う。
それが「すげー金持ち」ではないわれわれのやり方である。
そんなわけで一応この旅は新婚旅行であるのだが、ビーチもスパも素通りし、結局普段通り美術館めぐりに時間を注ぎ込んだのだった。
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(ウブドの観光地区にある寺院などにはこうした装飾がいっぱい。
なぜかみな気合いが入った表情で癒される)
夫のインスタ⇩ 夫の好みが炸裂し始めた。
そしてわたしの悪口も言い始めた。いい度胸している。