ゴジラと言ったらこれを見ろ! | 直芯のブログ

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 ここで取り上げるのは飽くまで昭和ゴジラのシリーズのみである。平成以降はゴジラ映画の古臭い魅力がない。昭和のゴジラには東宝映画独特の表現できない魅力があった。まだビデオもなかった時代、大晦日や夏休みにゴジラ映画がテレビで放送されるとワクワクしたものだ。ワクワクさせる何かがあの時代の映画にはあった。そこでそのテイストを味わいたければ何から観ればいいかをテーマに、お薦め作品を3つ選んでみた。

 一番にお勧めするのは当然ながら『ゴジラ対メカゴジラ』(1974年)だ。
 メカゴジラ・・・これほど魅力的な怪獣が古今東西で他にあっただろうか? 私がここで取り上げるのは昭和シリーズのメカゴジラであって、平成以降のシリーズに登場するメカゴジラは何の魅力もないゴミに等しい。むしろ、よくもここまでメカゴジラの魅力を貶めてくれたなと腹が立っている。キングギドラに関しても同感だ。
 私はウルトラマンのような巨大特撮ヒーローの番組も含め、それら怪獣物の魅力はひとえに昭和時代のメカゴジラという怪獣の魅力に尽きると思っている。
 メカゴジラの戦闘シーンには、特撮怪獣の魅力が全て詰まっていた。いかにもロボットっぽい歩き方、指先から発射されるフィンガーミサイル、無限に繰り出される全身兵器、2匹の怪獣がタッグを組んで立ち向かっても近づくことすらできない。全身から延々と繰り出される兵器に、一体この怪獣のエネルギーは無尽蔵なのかと疑問も浮かぶが、娯楽にそんな疑問はナンセンスだ。きっと壮絶な科学力でクリアーしているのだろう。
 前後から挟み撃ちにしようと考え、ゴジラとキングシーサーが前後に回って襲い掛かろうとすると、メカゴジラは造作もなく首を180度曲げ、前後同時攻撃をして撃退する。こういう動きは生身の怪獣ではできない。ロボットだからこそできる動きで、ロボットという設定を存分に活かしている。昭和のゴジラシリーズは、何というアイデアに満ちた魅力的な怪獣ばかりなのだろう。平成以降は昭和に生まれた怪獣の焼き回しをしているだけである。平成以降に魅力的な東宝怪獣などただの1つも生まれてない。ゴジラだけでなく漫画も映画も全ての創作物がそうだ。
 メカゴジラの初登場シーンでは、ゴジラに化けて登場する。最初は仲間同士の筈のゴジラとアンギラスが戦い、観客に疑問を抱かせる。アンギラスは大怪我をして流血のまま敗退し、観客に衝撃を与える。
 次のシーンではゴジラが2匹現れて相対峙する。肩に付いたわずかな傷口から金属が鏡のように光り、片方は偽者のゴジラだと判明する。何とも憎い演出。正体を現したメカゴジラの発する光線とゴジラの放射能火炎がぶつかり、大爆発を起こして引き分けに終わる。ゴジラに似せて造られたという設定を最大限に活かしたシナリオだ。この映画が話題にならないわけがない。
 メカゴジラは飽くまで地球侵略を企む宇宙人の兵器として開発されたのであり、人類が地球を衛るために造ったなどというふざけた設定など断じて認めない。メカゴジラが負けそうになると、敵側の宇宙人のボスはメカゴジラをコントロールしている部下達に「どけぃ!」と言って自ら操縦しようとする。それでもどうにもならず、完璧に造られたメカゴジラがゴジラに倒された瞬間、敵ボスの絶望に満ちた表情。
「馬鹿な、あれほど精巧に造ったメカゴジラが敗れるとは・・・」
 爆発した後、キラキラと光を発しながら空から舞い落ちる金属片。スペースチタニウムという地球にはない金属である。こんな魅力が平成のメカゴジラにはあるか?

 公開当時、メカゴジラのカッコいい図解が本屋に出回っていて、全身の武器にこれまたカッコいい名称が付けられていた。あまりに完璧な怪獣ができてしまったため、昭和のゴジラシリーズはこれ以上のものが作れなくなって終焉した。タイムボカン・シリーズが『逆転イッパツマン』で力尽きたのも、仮面ライダーがスーパー1でシリーズが終わったのも同じこと。
 次作『メカゴジラの逆襲』(1975年)とどっちを選ぶか迷うが、『メカゴジラの逆襲』では前回の弱点を克服してパワーアップしたメカゴジラに、チタノザウルスというゴジラ同等の強さを持つ怪獣が現れ、自分と同等、もしくはそれ以上の敵2体を相手に、ゴジラが単身戦いを挑む姿は見ものだった。ゴジラはボロボロにやられても立ち上がり、チタノザウルスのコントロール装置は破壊したが、メカゴジラ2だけはゴジラの力でも勝てなかった。人間自身のドラマ的事情でメカゴジラは自爆する。
 でもやはり娯楽という点から、私は『ゴジラ対メカゴジラ』を推薦する。

 次にお薦めするのが『キングコング対ゴジラ』(1962年)である。
 多くの人が誤解しているが、ゴジラシリーズは『ゴジラ』から始まったのではない。一作目の『ゴジラ』は、巨大怪獣が突然街に現れたら国はどういう対応をするのか、人々はどういうパニックを起こすのかをリアルに克明に描き、未だに平成版『ガメラ』と並ぶ傑作として、当時のライバル『キングコング』を遥かに凌駕している。
 翌年に二作目『ゴジラの逆襲』でアンギラスとゴジラの戦いを描き、ちょっとクオリティが落ちたので、その後はシリーズ化されることなく一旦終わる。この2作は白黒映画で別物と考えるべきだ。
 そこから7年の長い歳月を置き、なんとキングコングとゴジラが戦うという夢のような設定として制作されたのが『キングコング対ゴジラ』である。この作品から寅さんやドリフの映画と同様、ゴジラ映画が毎年作られる黄金時代を築き上げ、今に続く伝説となったのだ。シリーズ化を決定づけた成功パターンは、この映画で確立されている。
 後に1976年、ハリウッドで『キングコング』のリメイクが作られ、本当に身長20メートルの実物大ロボットを造って撮影し、もはや特撮でも何でもないそのまんまを撮ったリアルな映像は、近年のリメイク作品でも超えることができてない。リメイク版の『キングコング』が世界的に爆発的ヒットを記録し、話題を博した時、子供達の間から「キングコングとゴジラが戦ったらどっちが強いんだ?」という話が囁かれ、「そりゃ、ゴジラじゃないのか」と言われていたが、丁度そのタイミングで『キングコング対ゴジラ』が映画館で再上映されたのは憎い戦略だった。当時の子供達の衝撃はさぞ大きかっただろう。
 キングコングの身長が20メートルではゴジラと闘えないので、50メートルのゴジラに合わせて45メートルという設定にし、東宝怪獣と言ってもいいオリジナルのキングコングに変えられた。だが、東宝怪獣が勢揃いする『怪獣総進撃』に登場しなかったのは残念だ。
 円谷英二はキングコングの使用権が切れる前に『キングコングの逆襲』(1967年)という東宝映画を撮影している。

 『ゴジラ対メカゴジラ』『キングコング対ゴジラ』と来たら、三つ目にお薦めするのは『怪獣総進撃』(1968年)である。
 怪獣の魅力より飽くまで映画自体の出来や味わいを優先して紹介しているが、『怪獣総進撃』は数多くの怪獣が登場するゴジラ映画の中でも傑作である。怪獣そのもので言えば、この映画にはガイガンのような魅力的な怪獣は登場しないし、侵略者の操る怪獣はキングギドラ1体のみ。それでもこの映画には、アンギラスやラドンやモスラのようにゴジラ映画に客演したことがある怪獣のみならず、それまでゴジラ映画には客演したことのない東宝映画の怪獣達も勢揃いしている豪華版である。
 『キングコングの逆襲』に出ていたゴロザウルスや『フランケンシュタイン対地底怪獣』に出ていたバラゴン、『海底軍艦』に出ていたマンダ、『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』に出ていたクモンガ、さらにはラドンやモスラのように単体で作られた東宝怪獣『宇宙大怪獣ドゴラ』『獣人雪男』と並ぶマイナーな幻の作品『大怪獣バラン』も客演し、ムササビのように空を飛んで戦う。
 残念ながらガイガンは3年半後の登場となるので、この映画には出てない。ただ、あの古臭い味わいのある60年代ゴジラの集大成のような作品であり、昭和ゴジラ独特のテイストと言っていい音楽も健在だ。この味わいは平成以降のゴジラにはない。
 見せ場はほとんど最後だけで、それまではドラマが続き、怪獣はチラ見せ程度だが、ずっと抑えて観客を欲求不満にさせといて、最後の最後に宇宙人は伝家の宝刀キングギドラを出す。最強怪獣キングギドラに対し、地球の怪獣が全て集結して対決するという構図になっている。宇宙人は「地球の怪獣ではキングギドラに勝てません」と啖呵を切っていたが、さすがのキングギドラも数には勝てず、敗退となった。地球の怪獣みんなが力を合わせて侵略者を撃退するシーンを撮りたかったのだろう。