こんばんは

 

ご訪問、ありがとうございます、hacoですニコニコ

 

 

今月から新しく入ったパートさんがいらっしゃいます。

 

 

年齢は私より年上のとても感じのいい方です。

 

 

私は、驚きました・・・

 

 

なぜなら、そのパートさんは、勤務時間より前に始業されて、仕事を覚えようと、社員に色々質問されていたからです。

 

 

パートなのに、あまりに朝早くから見かけるので、そういう勤務時間かと思っていたぐらいです。

 

 

しかも、とにかく、メモを手放さず、逐一メモを取っていらっしゃいます。

 

 

その様子を見ていて、私は、なんだか、心が安らぐのでした・・・

 

 

なぜかというと、おそらく、それは既視感。

 

 

パートさんの姿は、まさに、私の入社当時の姿に他なりません。

 

 

私、というか、私たちの世代って、新人のころ、こんな感じではなかったでしょうか?

 

 

一方で、今の若い新入社員は、「昭和な私」とは違います。

 

 

(注;これは、あくまで、私の会社の新入社員に限定した話です)

 

 

「昭和な私」の場合は、下っ端がとにかく、先輩より先に職場について仕事を始めるのが、当然でした。

 

 

今でも、私は、上司より朝が遅いと、めっちゃ、申し訳ない気持ちになります。

 

 

(たとえ始業より30分以上前出社していたとしても)

 

 

一方で、わが社の今時の新人さんは、たとえどんなに若かろうと、時間ギリギリに出勤します。

 

 

しかも、まったく、悪びれるそぶりなし。

 

 

(遅刻したわけではないのでね・・・)

 

 

そして、若い新人さんは、メモを取りません。

 

 

うちの息子もそうなのですが、まあ、スマホ世代だから、メモをとる習慣がそもそもないいんですよね。

 

 

なにかあれば、写メすればいいし。

 

 

 

 

 

 

これで、仕事が出来なければ指導が入るところですが、そこは、若い人特有の吸収の速さで、

 

 

仕事は、きちんとこなしているわけです滝汗・・・

 

 

だから、まあ、問題ない。

 

 

ネイルアートがかなり激しかろうと、私が仕事の説明をしているのにその相槌が、

 

 

ひらめき「うん、うん」

 

 

であろうと、きちんと仕事をこなしている以上、なにもいうことはありませぬ。

 

 

そんな新人さんに慣れていたので、昭和なパートさんの仕事ぶりをみて、

 

 

ニコニコ「そうそうそう!」

 

 

と、心の中で激しく膝を叩きたいような気持になり。(←ここから古すぎる)

 

 

新人って、こうだよね~

 

 

と本当に心の安らぎを覚えたのでした。

 

 

昭和な時代の仕事の仕方がいいとは、全く思っていません。

 

 

時間外の労働なんて、悪しき慣習は当然なくなるべきなんです。

 

 

けれど、氷河期世代の私たちは、「人と同じ」ことをやっていては、評価をされませんでした。

 

 

常に、人より良い評価をめざして、小さな努力を積み重ねていく・・・

 

 

「昭和なパート」さんの仕事ぶりも、まさにそれで(おそらく無意識だと思いますが)

 

 

今まで、氷河期世代で、お互い大変だったよね、と

 

 

チュー「なかま~」

 

 

と肩を組みたくなるくらいの連帯感を感じて仕方ありませんでした。

 

 

(実際にそんなことをしてしまうと、引かれて辞められるかもしれないのでしませんが)

 

 

今は、コンプラが重視され、なにかというと、すぐにパワハラになり、多様性の名のもとに「個性」をとにかく重んじなくてはならない時代・・・

 

 

 

普段あまり意識していませんが、知らず知らず「昭和な私」は、どこかで息苦しさを感じていたんだなあ、と思いました。

 

 

 

だから、同年代のパートさんの「昭和な仕事ぶり」に、癒されたのでしょう。

 

 

 

だからといって、不必要に早く出勤するのはないと思うので、こっそりと、

 

 

「そんなに早く、出社されなくても大丈夫ですよ」

 

 

と、お伝えしたのでした。

 

(今は、時間きっちりに始業されていますニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは

 

ご訪問、ありがとうございます、hacoですニコニコ

 

 

このブログでは、仕事のことでしょっちゅう落ちている醜態をさらしているのですが。

 


すいません・・・

 

 

今日も、仕事で色々あり、あまりに悔しくて、情けなくてとうとう泣いてしまいました・・・

 

 

更衣室で。もちろん、一人になって泣くうさぎ

 

 

若い時は、まさか自分がアラフィフになってまで、職場で泣くとは思いもよりませんでした。

 

 

こんな年になって、職場で泣く人、いる?って思い返してみたのですが、

 

 

結構、周りにもいました驚き

 

 

私より年上で、役職が上の人(女性)が、私に話ながら悔し涙を流したこともあったし。

 

 

女性だけでなく、うちの夫も、40代のとき、辛い時期があって、酔って帰って泣いてたこともありました。

 

 

働いていると、色々ありますよね。

 

 

それで、30年近く前(←驚愕!)、私の母が、一度だけ泣いていた夜のことを思いだしました。

 

 

母と私は、あまり性格が似ておらず、母は、おおらかでいつも明るい人です。

 

 

そんな母が、仕事から帰るなり、ベッドにもぐりこんで泣いていたことがありました。

 

 

どんなに声をかけても母は、泣き続けるだけで、ベッドから出てきませんでした。

 

 

本当に、衝撃で、今でも、母がベッドにもぐりこんで、泣いていた光景をはっきり覚えています。

 

 

次の朝は、いつもの母に戻っており、どうしたのかと尋ねると、

 

 

ひらめき「仕事で、ちょっとあってね~」

 

 

とだけ答えて、母は、あとは何も話しませんでした。

 

 

その時は、そうか、仕事って大変なんだな、でも、いつもの母に戻ってよかった~と能天気に思っただけでした。

 

 

当時の母は、今の私とちょうど同じくらいか、少し若いくらい。

 

 

その年齢の母が、起きてこれないくらい泣くのって、どんなに辛いことがあったんだろうと今になって思います。

 

 

当時は、子どもの教育費がかかり始めるころで、家計もおそらく厳しく、母は、仕事を辞めることができなかったのでしょう。

 

 

もちろん母は、仕事を辞めることなく、定年まで働きました。

 

 

そして、30年近くたって。

 

 

いい年をして、職場で涙をこっそり流してしまった娘は、

 

 

あの時のお母さんも、辛いことあったんやなって、昔の母の姿に思いを馳せています。

 

 

「あんなに泣いてても、お母さん、翌日ちゃんと仕事にいってたな」

 

 

母は、とりたてて仕事への思いとかを私に話すことはありませんでしたが。

 

 

やっぱり、親の生きざまって、何十年たっても、自分の意識の底にしまわれていて、ふとした時によみがえってくるもんだな、と思いました。

 

 

そう思ったら、親の姿とか生き方って、言葉にしなくても想像以上に子どもに伝わっているもんですねにっこり

 

 

母が泣いていた夜を思い出し、母も乗り越えてたから、私もまだ頑張れるかなって思っています。

 

 

30年昔の母に励まされているような感覚です。

 

 

一緒にいる時だけじゃなくて、思い出からもよみがえって助けてくれるなんて、

 

 

親って、ほんとにありがたいですね~にっこり

 

 

明日から、また、気持ちを切り替えていこうと思います。

 

 

あ、ちなみに、母はまだ、生きていますびっくりマーク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは

 

ご訪問、ありがとうございます、hacoですニコニコ

 

 

アメトピに選んでいただいてからのアクセス数の多さにちょっと震えています不安

 

 

ただの家計簿のはずだったのに(ただし車付き)

 

 

読んでいただき、ありがとうございました気づき

 

 

最近、頭から離れないこと・・・

 

 

それは、令和、というか今の世の中、行動力がすべて、ということです。

 

 

ここ20年のことを思い返しても、結局、なんでも早く始めた人が一番得をしているのでは、と最近改めて気づきました。

 

 

YouTubeにしてもそうだし、投資にしてもそう。

 

 

アメブロだって、早くから始めた人は、やはりフォロワーさんも当然ながらたくさんいらっしゃいますよね。

 

 

PayPayだって、はじまった当初は、20%還元祭みたいな、今から考えると信じられないくらい、お得なキャンペーンがありました。

 

 

この時、まだ私はPayPayを、よくわからない、という理由で利用していませんでした。

 

(むしろ、胡散臭いと思っていました)

 

 

一方、賢いママ友は、すぐにPayPay利用して、パソコンを購入していました。

 

 

それから、もうすぐ10年近くたちますが、いつのまにか、私はPayPayのヘビーユーザーです。

 

 

夫などは、もっと重症で、携帯電話からスマホに変えたのも、かなり遅かった。

 

 

職場の年配の男性上司も、かたくなにスマホにしなかったので、おそらく、昭和の人の中には、

 

 

真顔「新しいものにすぐ飛びつくのは、かっこ悪い」

 

 

って思っているんだろうな、と感じる人がいました。

 

 

私を含め、ですが。

 

 

しかし、考えてみると、ここ20年くらいに新たに発生したものって、はやく飛びつけば飛びつくほど、ラッキーな結果になったものが多いように感じるのです・・・

 

 

しかも、心理的ブロックが謎に働き、拒んだところで新たに発生したもので、私たちが、ほんとうに拒めたものって、なくないですか・・・・?

 

 

TikTokとか、インスタとかはまだやってない人も多いけれど、スマホとかLINEとかYouTubeレベルになると、それらをやっていない人って、ほんとーに、少ないと思うんですよね。

 

 

結局、巻き込まれてしまうんですよショボーン・・・

 

 

私たちは、自由に生きているように思わされているけど、実は、本当に自分で選択できるものは少なくて。

 

 

知らず知らずのうちにすでに、巻き込まれて生きていかざるを得なくなっているんだと思っています。

 

 

投資にしてもそう。

 

 

本来、働いてその分のお金を得ていけば暮らせたはずなのに、いつの間にか、働いて得たお金以上にお金をふくらませることにみんな、一生懸命になっています。

 

 

でも、そうせざるを得ないんですよね、この世界で生きていると。

 

 

もう、私たちは後戻りできないし、巻き込まれて生きていかざるをえないと思っています。

 

 

それが悪いことか良いことかは、私にはわかりません。

 

 

もし、そうしたことに、無縁に生きようと思うと、山奥で世捨て人のような生活をするしかない。

 

 

でも、それもこんなにクマがでては、もう、無理ですねくま

 

 

どうせ、巻き込まれざるを得ないのなら。

 

 

なんだって、早くのってしまった方がいい、と最近、思うようになりました。

 

 

もともと資本主義の世界では、行動力は成果に直結する能力ですが、令和はさらに進んで、

 

 

いかに軽いか

 

 

ということに尽きるような気がしています。

 

 

かたくなにスマホを持たなかった高齢のエライ人も、いまでは、スマホを使いこなしています。

 

 

もう、私たちは、後戻りできません。

 

 

今からは、例えば、AI、ChatGPTとかからは絶対に逃れられない。

 

 

むしろ、すでに遅いぐらいかもしれせん。

 

 

深く、じっくり、よりも、いかに軽やかに新しいものに次々にとびついて使いこなしていくか。

 

 

それが、令和を生きていくのに大切なんだろうなあ、と感じています。

 

 

根っからの、ショーワな私。

 

 

・・・・もう、生きていける気がしませんネガティブ

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは

 

ご訪問、ありがとうございます、hacoですニコニコ

 

アメトピに選んでいただきました気づき

 

 

 

 

ありがとうございます気づき気づき

 

 

 

アメトピに選んでいただいたのに、心の狭い話をします。

 

 

万博、終わってしまいましたね泣くうさぎ・・・

 

 

ホテルだけ何度も取り直しながら、最後の最後までぐずぐずして結局行けなかった私。

 

 

パビリオン、どこも入れなかったとしても、やっぱり行けばよかったかなあ、とか仕方ないこと思ったり。

 

 

ホテルをキャンセルした後、息子から、

 

 

えーん「万博、行きたかった・・・」(←なら、もっとアピールして・・・)

 

 

とか、言われたりして、余計に後悔がつのりさんざんな結末に。

 

 

唯一の救いは、イタリア館の展示品の一部が、大阪でしばらく観ることができる、ということ。

 

 

私の地方は、万博から遠いこともあり、職場でも、リアルな友達でも、実は、実際に行ったという人は、周りにいませんでした。

 

 

なんなら、話題にもほとんどなっていなかった無気力

 

 

しかし。

 

 

以前ブログにも書いた、なかなか強烈な職員さんは、万博に行かれたそうです。

 

 

 

 

もちろん、私は、その人との会話をできるだけ避けているのですが、たまたま運悪く、昼食時に一緒になってしまい、むこうから、

 

 

ひらめき「この前、万博いったの~」

 

 

と、聞いてもないのに、話をふられました。

 

 

私は、万博の傷が癒えていなかったので、

 

 

ショボーン「そうですか。

  私は、行きたかったのに、行けませんでした。」

 

 

と、悲しそうに(←重要!)答え、そこで、その話題は、打ち切って欲しかった。

 

 

けれど、私の演技力がイマイチだったのかはわかりませんが

 

 

ひらめき「え~、どうして行かなかったの?

  すっごく、よかったのに!」(←行ってないけど、私も知ってる)

 

 

と言われ、その後、何も言えなくなった私にお構いなしに、万博自慢を延々としてきました。

 

 

正直言って、話を聞くのが、苦痛でしたネガティブ

 

 

時々、思うんですけど、友達ならまだしも、レジャーの話題って、職場ではまあまあ気を付けないといけない部類に入ると思うんですよね。

 

 

 

 

職場には、色々な事情を抱えた人がいるから。

 

 

友達でもないのに、事情をよく知らない人に、色々なとらえ方をされる可能性のある話をするのは、リスキーだと思います。

 

 

人が遊びに行った話を聞いて喜ぶ人もいるかもしれませんけど、私のように、おそらく思ってもみないところで、傷つく人もいるのです。

 

 

多分、その方からすると、私は、介護とか子供の受験とかあるわけでもないし、気兼ねなく、レジャーの話をしてもよい、と判断されたのだと思います。

 

 

それは、事実なので、いいのですが。

 

 

せめて、万博の話を振った時の私の表情、声のトーンで、気づいて欲しかった・・・

 

 

もともと、職場では、プライベートなことは話さないようにしています。

 

 

それは、自分を守るためでもあるし、同時に、不用意に相手を傷つけないためでもあります。

 

 

職場では、あたりさわりのない話をしているのに限ると思うんですよね~

 

 

 

それにしても、リアルな万博のはなし、悲しかった泣くうさぎ

 

 

行けた人のことは、良かったね~と思い、万博ブログも本当に楽しんだのですが。

 

 

本当は、リアルで万博のことを話してくれた人のことも、もっと喜んで聞いてあげればよかったんですけどね。

 

 

心が狭い私は、まだまだ修行が足りないようですネガティブ

 

 

 

こんばんは

 

ご訪問、ありがとうございます、hacoですニコニコ

 

 

3連休も終わりですね。

 

 

私は、土曜日に買い物→作り置きづくり→掃除という、怒涛の家事ルーティンをこなし、2日間は、趣味のスポーツに詰めておりました。(もはやビョーキ)

 

 

年内にある目標をクリアしたいのですが、今行き詰っていてショボーン・・・

 

 

先生たちは、色々アドバイスしてくれるんですが、そのアドバイスが私には高度過ぎて全く理解できず、ドツボにはまっています。

 

 

確かに、上達はしているんだろうけど(これだけ時間かけてやってるんだから、当たりまえ)。

 

 

上達すると、さらに課題が出てきて、一向に納得がいきません。

 

 

しかし、今日、同じ習い事の先輩会員さんたちとお話をして、すごく上手だと思っていた人たちも、特別レッスンを受けたりしていることが判明・・・

 

 

やっぱり、もう、それしかないかチーン

 

 

と、自分も受ける気になり、先生に相談すると、すぐに2つレッスンを取ってくれ、その追加料金、6,600円・・・

 

 

すくに支払って、といわれたので、

 

 

魔法のカード(クレカのこと)

 

 

でお支払いしました。

 

 

で、11月も、まだとれるか分からないけど、特別レッスンをお願いしてしまった・・・(金額は、まだ未定)

 

 

子どもにお金がかかる時に、自分に課金するのは、ものすごい罪悪感があったのですが、それよりも、上手になりたいという欲に負けてしまったチーン

 

 

何度も、戒めのために書いていますが、趣味のスポーツにこんなに課金するのは、今年だけ。

 

 

来年からは、お金も時間も大幅に減らす予定です。(←しつこいですが、戒めのために書いてます)

 

 

でも、スポーツって、やればやるほど奥が深すぎて。

 

 

少し上達すると、もう少し上手になりたい、という気持ちが湧き出てしまい、一向に気持ちが収まりません。

 

 

ヤバすぎます滝汗

 

 

そもそも、アラフィフが、貴重な3連休のうち、2日間をそのスポーツに捧げてしまうことから、すでに十分おかしいです。

 

 

けれど、スポーツに行くと、そんな人達がごろごろいるので、自分のおかしさに気がつきません。

 

 

なんなら、連休の3日間ずっといる人もいるし、「住んでいる」と言われている人達もいます。

 

 

もし、自分の友達とか、職場のひとに、このお金の遣い方をはなすと、おそらく、

 

 

不安「ありえない」

 

 

といわれるでしょう。

 

 

しかし、スポーツにいくと、そのスポーツに同じようにはまっている人達ばかりで、課金をすることはフツーで、だれも、私の少額な課金など止めてくれないのです。

 

 

地獄ですゲロー

 

 

今は、まったくおでかけ欲とか買い物欲もなく、そのスポーツのことで頭がいっぱいです。(万博も行けなかった今となっては・・・)

 

 

なので、レジャー費が浮いたと思えばいいんですが。

 

 

アラフィフなのに、こんなに、ただ、「うまくなりたい」という気持ちにお金を遣って、いいものなのでしょうか・・・・

 

 

息子が私立医学部にはいったときから、ずっと同じ葛藤の中にいるのですが。

 

 

 

 

 

 

 

ほんと、はまると突き詰めたくなる自分が嫌になる真顔

 

 

スポーツだけなく、習い事は、上を目指せばキリがないので、無駄に向上心旺盛な人(私のことです)は、よくよく気を付けないと、課金地獄になることがよくわかりましたびっくりマーク

 

 

ジュエリーや、コスメなら、買ったら終わり、ですよね。

 

 

しかし、習い事は、どこまでも課金できてしまうのですよ・・・

 

 

まだ、ジュエリーにはまった方が、マシだったとか十分、ありうる・・・

 

 

(私は、幸いまだ違うけど、そんな人、いっぱいいます。だって、多い人は、1カ月に通常の習い事の費用+10万円とか課金してるらしい。なんの仕事してるの・・・)

 

 

そんなおそろしいことにならないように、絶対に、絶対に、今年いっぱいで、習いごとの課金地獄から足を洗う事を誓います汗うさぎ・・・(弱弱しく)

 

 

 

 

 

必需品!なかったら死ぬ