最近はコロナの感染者も落ち着いてきて、1年ぶりに3人旅を再開しようということになり、11月23日 前から話のあった伊勢の古市参宮街道を歩いて旅をしてきました。

 

 

8時30分過ぎ、伊勢ICを降りて、日本最古の厄除観音とされる松尾観音寺へ向かいます。

 

 

ちょうどお寺の方がお見えになり、本堂の床板に現れた撫で龍も観ることができました♪

 

 

次は、倭姫宮へ。第11代垂仁天皇の第4皇女の倭姫命(やまとひめのみこと)をお祀りしています。

 

 

この倭姫命が天照大神を現在の伊勢神宮の地へお祀りしてくださいました。ありがとうございました。

 

 

すぐ近くの神宮徴古館へ。今までバスで何度も徴古館の前を通っていますが、見学するのは初めてです。

 

 

また車で移動し、3世紀末の住居跡である隠岡遺跡へ。

 

 

昭和59年に発見されたこの遺跡によって、伊勢神宮がこの頃に伊勢に鎮座したことを間接的に示すことができました。

 

 

隠岡遺跡の近くにある倭姫命のお墓であると伝えられている宇治山田陵墓参考地へ。

伊勢の英雄のお墓が確証がないために参考地となり、おまいりされる方も少ないのは少し寂しい気がします。

 

 

宇治山田駅近くのコインパーキングに車を停め、澤村栄治の生誕地のすぐ近くにある明倫商店街へ。

 

 

駅前のロータリーにも銅像がありますが、この地区の人たちが澤村栄治をどれだけ大切にしているかがすごく伝わってきます。

 

 

さあ、ここから古市参宮街道を歩いて巡ります。

 

 

スタート地点の小田橋です。

 

 

街道沿いの多くの家々に蘇民将来子孫家門の注連縄が飾ってあります。

 

 

貧しい身なりの須佐之男命がこの地方を旅し一夜の宿を求めたところ、蘇民将来が快くもてなし、その蘇民将来の子孫の家は疫病から免れたという神話が残る 二見町の松下社を今度訪れてみようと思いました。


 

長峯神社です。他にも雪峰稲荷、牛谷坂など、3人旅でいつも詳しく解説してくれる Sさんの話では この古市参宮街道は尾根伝いにできた街道だったという話に納得です。

 

 

 

有名な麻吉旅館です。現在でも営業されているというのは驚きです。

 

 

 

ちょうど中間地点ぐらいにある古市参宮街道資料館も見学します。

 

 

途中、休憩をしたかったのですが、お店が閉っていたり、なかったりで休憩もないまま、猿田彦神社へ到着。

 

 

謂れはわかりませんが、みなさんがやられているように、私も自分の干支の方角の石柱の上にお賽銭をあげてお祈りします。

 

 

おはらい町にも活気が戻ってきて、結構な人出です。

 

 

赤福本店前のお店で、赤福ぜんざいをいただこうと思いましたが、50分待ち。整理券をいただいて先に宇治橋のちょうど向かいにある今はタクシーの待合場になっている饗土橋姫神社にお参りします。

 

 

宇治橋を渡り切ったところまでの万歩計は20121歩です。今回もよく歩いたなぁ。

 

 

今おはらい町で流行っているまるごと果汁店です。

今日は少し寒いので、また暖かくなったら飲んでみようと思いました。

 

 

お店に戻ると、すぐに入店ができました♪やっぱりここの赤福ぜんざい(530円)はおいしいです♪

 

 

おみやげに太閤出世餅(760円 8個入)と若松屋のひりょうず(864円 2個入)を買いました。

 

 

一年ぶりの3人旅。やっぱり旅はいいなぁ。

コロナをあまり気にすることなく、もっと自由に旅ができる日々が早く戻ってきますように!

 

 

 

 

 

 

 

あらすじ
「私の晩年を何よりよく識っているのは、この連載エッセイらしい」「私の忘れてしまったことも、この連載エッセイの中には、すべて記録されている。言葉を変えれば、私の九十過ぎての遺言になっているのかもしれない」災厄の記憶、文人たちの思い出から、若い世代へのエール、コロナ禍での新たな生活まで、まもなく百歳を迎える著者が、いよいよ託す人生の記録。

ひと言
ちょうど借りていた本を図書館へ返しに行く途中の車のなかで、寂聴さんがお亡くなりになったという訃報に接しました。九十九歳の大往生ですが、もっともっとお話を聞きたかったです。心よりご冥福をお祈りいたします(合掌)



「障害は不便である。しかし、不幸ではない」と、『五体不満足』の本に書かれたヘレン・ケラーの言葉を、彼の口から、きっぱりと、じかに聞くと、その言葉の重みが、格別の感動を呼びおこすのであった。彼以上の苦しみに耐えて、ここまで爽やかな人間に育てあげた母なる人の、精神の強さと聡明さに、改めて感動した。
(これからの乙武さん)

不倫も恋の一種である。恋は理性の外のもので、突然、雷のように天から降ってくる。雷を避けることはできない。当たったものが宿命である。
(山尾さん、孤独の出発に自信を)

釈迦伝によれば、ルンビニーの園で御誕生になったお釈迦さまは、立って四方に歩まれ、右手で天を、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊」と言われたと伝えられている。「天にも地にも我一人が尊い」と伝わっていたが、私はさんざん考えた末、「天にも地にも自分の命はただ一つで尊い」と解釈した。他の人の命も、ただ一つである。従って「その命を殺してはならない、殺させてはならない」というのが仏教の根本思想だと信じている。
(花祭り)

生きるということは、その存在が誰かの役に立っていることではないだろうか。夫婦の、恋人の、家族の、よりどころになっているという自覚がある時、人は自分の命の重さをひしひし実感することができる。
(まだ生きている)

あの世へ行けば、先に死んだ会いたい人に逢えるのでしょうかと、よく訊かれる。尼僧の私は「逢えますとも。遅かったねと、その人はあの世の飛行場で待っていますよ。ええ、今はあの世へ行くのもわたし舟なんかじゃなくて飛行機ですよ」と言う。訊いた人は笑顔になり、「主人と別れた時より三十余年も経っているので老けた私をわかるかしら」と首をかしげる。そんな毎日をまだ生きている。 
(まだ生きている)

 

 

名鉄百貨店の地下1階のコンコースで10日から開催されている「中津川 栗きんとん巡り」。「すや」「川上屋」を除く中津川の有名処9店が個売りで出店してくれています。9個とも買って食べ比べたいのですが、さすがに多いので食べログの評価3.4以上の6店の栗きんとんをいただきます。

 

 

「七福」(3.67 百名店)、松月堂(3.55)、信玄堂(3.53)、恵那福堂(3.44)、仁太郎(3.43)、梅園(3.43)(すべて247円 評価は11/12現在)。どれもおいしいのですが、それぞれ半分ずつに切って家族で食べ比べてみると、味の違いがよくわかります。

 

 

JR中津川駅前の「にぎわい特産館」で中津川栗きんとんめぐり 風流・ささゆりという7店舗の栗きんとんがセットになった商品も販売されているのは知っているのですが、なかなか中津川まで行けないので、こんな風に名駅で有名処の栗きんとんの食べ比べができるのはほんとうにありがたいです。まだすべてをいただいたわけではありませんが、どれもとてもおいしかったです♪そちそうさまでした♪♪♪

 

中津川 栗きんとん巡り

中津川市栄町1-1 にぎわいプラザ

 

 

 

あらすじ
見えない政治に風穴をあける。なぜ今、田中角榮が求められているのか。「政治によって夢は実現する」と確信していた父。「政治によって現実を夢に近づけられる」と信じている娘。“政治の本質”を追い求めた親子が現在の政治の不作為を問う!


ひと言
1994年 村山内閣で科学技術庁長官、2001年 小泉内閣で外務大臣、2012年 野田内閣で文部科学大臣を務めた田中 眞紀子さん。図書館でこの本を見つけて、田中 角栄・眞紀子さんを思い出しながら読みました。

もんじゅは二〇一六年十二月にようやく廃炉が決定した。廃炉作業では核燃料の取り出しと、原子炉の冷却に使った液体ナトリウムの抜き取りが課題である。ナトリウムは水や酸素と激しく反応する性質がある。一九九五年十二月にはナトリウム漏れで、火災が発生する事故が起きた。もんじゅの廃炉が首尾よく完了したとしても、推定二万六千七百トンもの放射性廃棄物が発生する。その処理を一体どうするのか、大きな課題である。
これに先立つ一九九一年には、福井県・美浜原発で細管破断が生じ、作業員五人が死亡。一九九七年三月には、茨城県・勣燃東海事業所で爆発事故があった。一九九九年九月には同じく東海事業所(JCO)でこともあろうか臨界事故が発生し、作業員二名が死亡した。二〇〇七年、新潟中越沖地震では、柏崎刈羽三号機で火災が発生。二〇一一年三月東日本大震災では、遂に福島第一~三原発でメルトダウン(炉心溶融)が発生し、一、三号機は水素爆発して、建屋が吹き飛んだ。
(戦後政治の舞台に立って)

「老驥(き)、櫪(れき)に伏すれども 志は千里に在り」
という中国の古い言葉がある。駿馬は年老いて厩舎の中で伏せりがちになっても、志だけは大草原を疾駆する馬の姿に、自分自身を重ね合わせているという意味である。この言葉は大志を青空いっぱいに広げて、草むらに寝転がっていた若き日の田中角栄少年と晩年の父を彷彿とさせる。

(あとがき)

 

今日のお昼は名駅西口の「魚丼屋 濱匠」へ。基本的には魚丼のテイクアウト店ですが、イートインもできるのでてんこ盛り丼(825円)とインスタントのお吸い物(22円)をいただきます。これでもかというぐらい、ほんとうにてんこ盛りの具材でとてもおいしいです♪。西口から少し歩かないといけませんが、安いしおいしいし またお昼のメニューに困ったときは利用させてもらいます。ごちそうさまでした♪

 

魚丼屋 濱匠 名駅西口店

名古屋市中村区則武1

 

 

JR高島屋のウィークリーグルメに出店している「RINGO(リンゴ)」のカスタードアップルパイ(421円)を買ってきてもらいました。人気で結構並んだということですが、食べ方の説明書き通り、電子レンジで少し温めてから、トースターで炙っていただきましたが、りんごもカスタードもたっぷり入って とてもおいしいです♪年間600万個を発売するだけのことはあります。ごちそうさまでした♪。

 

RINGO(リンゴ)

東京都豊島区南池袋1 JR池袋駅 1F

 

あらすじ

太平洋戦争下で発せられた軍人たちの言葉や、流行したスローガンなど、あの戦争を理解する上で欠かせない「名言」の意味とその背景を、著者ならではの平易な文体で解説する。開戦から80年の節目の年に、「戦争とはどのようなものか」を浮き彫りにした、後世に語り継ぎたい珠玉の一冊。「戦争の残虐さ、空しさに、どんな衝撃を受けたとしても、受けすぎるということはありません。破壊力の無制限の大きさ、非情さについて、いくらでも語りつづけたほうがいい。いまはそう思うのです。
九十歳の爺さんがこれから語ろうとするのは、そんな非人間的な戦争下においてわずかに発せられた人間的ないい言葉ということになります。いや、全部が全部そうではなく、名言とはいえないものもまじりますが、それでもそこから将来のための教訓を読みとることができるでありましょう。むしろ許しがたい言葉にこそ日本人にとって教訓がつまっている。そういう意味で〈戦時下の名言〉と裏返していえるのではないかと思うのです」

ひと言
今年 令和3年1月にお亡くなりになった「歴史探偵」半藤一利さん。書店でこの本の帯の『最後の原稿』という言葉が目に入り、ああ これが私の大好きな半藤さんの遺作なんだ、と急いで図書館に予約を入れました。著者が執筆活動を続けるには、本が売れなければならないということは重々承知しているのですが、その場で本をレジに持って行くことはできませんでした。ほんとうにごめんなさい。内容については今まで目にした文章も多くありましたが、何度読んでも半藤さんの言葉は重みがあります。心よりご冥福をお祈りいたします。ほんとうにありがとうございました(合掌)


日本の敗戦が決定した八月十五日の夜、工場から家に帰ったわたくしはかなり意気消沈していました。祖国敗亡がしみじみ悲しく思え、どこかさっぱりした顔をしている父にこう聞いたのを覚えています。日本人の男は全員、カリフォルニアかハワイに送られて一生奴隷に、女は鬼畜のアメ公の妾にされるんだよね、と。わが父は一喝しました。「バカもん。なにをアホなことを考えているんだ。日本人を全員カリフォルニアに引っぱっていくのに、いったいどれだけの船がいると思っているのかッ。そんな船はアメリカにだってない!」「日本人の女を全員アメリカ人の妾にしたら、アメリカ本国の女たちはどうするんだ。納得するはずがないじゃないか。馬鹿野郎ッ」このオヤジどのの言葉に、わたくしは目が覚めたのを、いまもよく覚えています。
(しかし ―― 捕虜にはなるな 西平英夫)

つい先ごろ、ある俳句雑誌でこんな句を見つけて、思わず唸ってしまいました。
八月や六日九日十五日
作者名も書いてありましたが、あえて記さないことにします。なぜなら、この話を友人の俳人にしたら「その句はネ、『八月や』を、『八月は』『八月の』『八月に』などと変えて、いろいろな人がつくっている句でね、俳句の世界ではすこぶる有名なんだよ」と教えられたからです。
ところが、いま若い人にこの句を示しても感ずるどころか、何ですかこの句は? これでも俳句なんですか? という顔をされる。三つの日付がピンとこないようです。ということは、この日にあった歴史的大事はすべて遠くに消え、忘れられてしまった出来事なのでしょう。
(予の判断は外れたり 河辺虎四郎)

当時の日本陸軍の戦争指導層の大半が楽観していたのは、正確にいうと、ソ連がでてきたら太平洋戦争における今後の全作戦構想(本土決戦)は壊滅する、であるから、ソ連にはでてきてほしくはない。こうした強烈な「来たらざるを恃(たの)む」願望が、”でてこないのではないか”という期待可能性に通じ、さらにそれが”ソ連軍は当然でてこない”となった。つまり、起ってほしくないことはゼッタイに起らないという、根拠のない確信になっていったのです。
これはわたくしたちがいまもよくやる考え方ではないでしょうか。自分にとって望ましい目標をまず設定して、実に上手な作文で壮大な、楽観的な空中楼閣を描くのが、日本人は得意なんです。物事は自分の希望するように動くと考えるのです。
ソ連が満洲に攻めこんで来ることが目に見えていたにもかかわらず、攻めこまれたくはない。いま攻めて来たらこれは困る。と思うことがだんだんに”いや、攻めて来ないのではないか””大丈夫、ソ連は最後まで中立を守ってくれる”と思いこむようになる。情勢をきちんと分析すれば、ソ連が国境線に大兵力を集結し、さらにシベリア鉄道を使って、どんどん兵力を送りこんできていることは知っていたのですから、かならず参戦してくるとわかったはずです。なのに、攻めて来られると困るから来ないのだ、と自分の望ましいほうへと考え方をもっていってしまうのです。
考えてみると、日本人にかぎらず、人間というものがそうなのかもしれません。完全な無策状態に追いこまれると、人はいつまでもその状況にはいられなくなります。何とかせねばならないとわかっていても、どうにもならない、となって、そこから逃れるために、いや現実は逃れることなどできないゆえに、自己欺瞞にしがみつく。ソ連軍はゼッタイにでて来ないという思いこみです。来るはずはないという確信です。もはやどうにも手の打ちようもない、という絶望的状況に陥ったとき、人はいつでも根拠のない幻想でしかないことに、確信とか信念というものをみつけるもののようです。とくに戦時下の日本人には、その傾向がまことに大なるものがありました。戦争の後半のいろいろな作戦がそうでした。心の奥の奥では、それが蜃気楼でしかないと承知していながら、なんです。「予の判断は外れたり」という言葉はまさにその典型であるといえる、と思うのですが。
(予の判断は外れたり 河辺虎四郎)
 

 

寺田町駅前の「極楽うどん Ah-麺」を食べた後、環状線沿いに歩いて桃谷駅前の「パン工房鳴門屋 桃谷本店」へ。こちらのお目当てはカレーパングランプリ2016~2019年西日本揚げカレーパン部門で4年連続金賞の東大阪ラグカレー(172円)です。他にもとろーりクリームパン(162円)、丹波黒豆パン(162円)、玉ねぎパン(172円)をいただきます。1つ1つが安い上に、なんとそれがタイムセール20%引きです。それにどれもとてもおいしいです♪。他にも難波高島屋にも入っているということなので、是非リピしたいです。ごちそうさまでした♪。

 

パン工房鳴門屋 桃谷本店

大阪市生野区勝山北1

 

 

10月30日 用事で大阪に帰った折り、前から行きたかった生野区の極楽うどん Ah-麺(アーメン)へお昼を食べに行きました。お店の一番人気の鶏卵カレーうどん(940円) トッピングに鶏天(130円)、サツマイモの天ぷら(100円)をいただきます。小ライスはサービスです。まずあふれるぐらいに盛られた鶏卵とじのスープを……。少し減ったところで底からぐるっと混ぜるとカレールウが麺と卵とじと絶妙に混ざってとてもおいしいです♪麺が400gもあり、とても多いのですが、ネギや生姜、天かすなどで味変を楽しみながらペロッといただきました。トッピングの鶏天もとてもおいしく、さすが4年連続 食べログ百名店に選ばれることはあります。とてもおいしかったです。ごちそうさまでした♪。

 

極楽うどん Ah-麺(アーメン)

大阪市生野区生野西2

 

昨日グランドオープンしたイオンモール ナゴヤノリタケガーデン。多くの東海初、愛知初のお店の中で、どうしても早く食べてみたかった「ザ シティ ベーカリー 名古屋」へ。このお店は食べログ パン 百名店 2020 のTOKYOに2店、WESTに1店 計3店も選ばれているパン屋さんなのです。これだけ百名店に名前が上がってくるのは「ル プチメック」の5店並みです。プレッツェルクロワッサン(356円)、ホールウィートクロワッサン(334円)、小倉ミルクスティック(324円)を購入し、すぐ前のノリタケの森のベンチで早速、お店の看板商品 人気No.1のプレッツェルクロワッサンをいただきます。プレッツェルと冠するだけあって、サクッと感よりもカリッと感の方が少し強いかも、口に入れると他のクロワッサンよりも少し強めの塩味とバターのいい香りが口の中いっぱいに広がります。後味も非常によく、とても美味しいです♪大きくて食べ応えも十分です。他のパンももちろんおいしいのですが、やっぱりこれが一番かな。ごちそうさまでした♪。

 

THE CITY BAKERY 名古屋

名古屋市西区則武新町3 イオンモール Nagoya Noritake garden 1F