今日はケータイの機種変で栄に行った後、遅いお昼に、通しで営業している「カレーのあさくま 栄スカイル店」に寄りました。昨年の夏に大須にできたと思ったら人気でスカイルの9階に2号店が先月にオープンです。牛すじカレー(780円)をいただきます。お値打ちな値段でルーもたっぷりで確かに美味しいですが、やっぱりカレーはココ壱の方が上かなと思いました。ごちそうさまでした。
名古屋市中区栄3 栄スカイル 9F
今日はケータイの機種変で栄に行った後、遅いお昼に、通しで営業している「カレーのあさくま 栄スカイル店」に寄りました。昨年の夏に大須にできたと思ったら人気でスカイルの9階に2号店が先月にオープンです。牛すじカレー(780円)をいただきます。お値打ちな値段でルーもたっぷりで確かに美味しいですが、やっぱりカレーはココ壱の方が上かなと思いました。ごちそうさまでした。
名古屋市中区栄3 栄スカイル 9F
今日はバスを乗り継いで前から行きたかった「ぱん兄弟」にパンを買いに行きました。名駅のゲートタワー15階のコンビニで販売(確か金曜日だったと思う)しているのを見たことはあるのですが、やっぱり植田焼山のお店の方が圧倒的に多くのハードソフトいろいろなパンが並んでいました。人気のバケット(162円)、カレーパン(248円)旨塩キャベツのスパイシーソーセージ(324円)アールグレイともものベーグル(372円)をいただきます。先ずカレーパンから、ルーがたっぷり入っていて、「ん…美味しい、これ好きかも」。バケットは少し小振りですが、とても美味しく♪何より150円はすごく魅力です。他にもソフト系ハード系とも食べてみたいと思うパンがいっぱいでまた伺いたいです。ごちそうさまでした♪♪
ぱん兄弟
名古屋市天白区植田山3
今日は伏見の「BULB 焼物店」へお昼のパンを買いに行きました。明太子ロデヴ(518円)極太ソーセージロデヴ(626円)岡崎おうはん卵のクリームパン(270円)をいただきます。ロデヴとは南フランスの町名に由来し、非常に高い加水率で仕込まれたハード系のパンのことを言います。平日30個限定の明太子ロデヴは食べる際に気をつけないと溢れそうなほどたっぷりな明太子が詰まっていてとても美味しいです。ソーセージロデヴもほんとうに極太のソーセージが挟み込んであり、この1つでお腹いっぱいになるぐらいの食べ応えのある美味しいパンです。クリームパンは生地もふわふわで、これも食べる際に気をつけないと溢れそうなほどたっぷりなふわトロのクリームがたっぷり入っていて、岡崎おうはん卵のクリームのおいしさにびっくりさせられる逸品です。どのパンもレベルが高く、リピ確定のパン屋さんです。
イートインコーナーがすごく充実していて、訪れたときにも8割方席が埋まっていました。次はイートインコーナーで美味しいパンを楽しみたいと思いました。ごちそうさまでした♪♪
名古屋市中区錦1
あらすじ
大学病院で数々の難手術を成功させ、将来を嘱望されながらも、母を亡くし一人になった甥のために地域病院で働く内科医の雄町哲郎。ある日、哲郎の力量に惚れ込む大学准教授の花垣から、難しい症例が持ち込まれた。患者は82歳の老人。それは、かつて哲郎が激怒させた大学病院の絶対権力者・飛良泉寅彦教授の父親だった。
ひと言
2024年の本屋大賞第4位、第12回京都本大賞(もっと地元の人々に読んでほしいと思う小説を決める賞)受賞の「スピノザの診察室」の続編がこの「エピクロスの処方箋」です。先日、京都の枝垂れ桜を観に行った折、「スピノザの診察室」に出てくる「ゑびす屋加兵衛」の矢来餅をいただいたばかりでした。今回も作品の中に、死ぬまでに絶対食べておくべき長五郎餅、阿闍梨餅、矢来餅が登場します。「マチ(雄町 哲郎)の弱点なら、そこらにいる研修医でも知ってます。北野の長五郎餅です」という表現には笑みがこぼれます。長五郎餅かぁ。長い間食べてないなぁ。今度京都に行ったら是非立ち寄ろうと思いました。そして今回は大黒屋の御鎌餅が紹介されていて、その文章といい、これも必ず立ち寄りたいと思わせてくれるお店です。「スピノザの診察室」は映画化も決定とのことで、映画もすごく楽しみです。心が洗われるような素敵な本書に出会えてほんとうによかったです。ありがとう。

花垣は、持ち上げた蜜柑の一房を鑑定するように眺めながら、「困っている患者のために力を尽くす。そんな理想は、今の世の中じゃ空論なのかもしれん。医師免許を手にした以上は、ほどよく稼ぎながら、気楽に自分の人生を謳歌したいと、当たり前のように口にする若手もいる。これも時代の変化ってやつか?」「どうでしょうか。私は知性の問題じゃないかと思っているんですよ」「知性?」花垣が蜜柑から哲郎に視線を移した。
「人が、自分の権利ばかり口にするのは、自分ひとりで生きていけると思っているからです。でも人生はそんなに甘いものじゃない。生きていくことの哀しみを知っている人間は、理由などなくても、誰かの力になりたいと思うものですよ」つかの間哲郎の横顔を見ていた花垣は、やがてかすかに肩を揺らして笑った。「やっぱりお前は面白い男だよ」
(第一話 錦秋)
中将の静かな気迫に、南はほとんど憧れに近い目を向けている。「覚えておきなよ、茉莉ちゃん。人はね、一人で何もかもできるわけじゃないの。私か医師として全力で働けるのは、旦那が全面的に支えてくれてるから――。もし 旦那も 働きたいって言ってたら、私はこんな風には働けない。男も女も両方社会で活躍することこそ男女平等だって、よく言うけどさ。そんなの平等でもなんでもない。女まで男みたいな考え方をするようになっただけだと私は思ってる」「男みたいな考え方?」唐突な展開に南は困惑顔になる。中将はティーカップを片手にうなずく。「人にはね、いろんな役割があるの。私みたいに社会に出て必死で働くっていう役割もあれば、その人の帰ってくる場所をつくったり、子どもを見守ったりする役割もある。本当は両方とも同じくらい大事なのに、一方が 『活躍すること』で、もう一方が『活躍できないこと』っていう考え方そのものが、古い 男社会の価値観だって話よ。女が男のように振る舞えば、男女平等になるわけじゃない。大事なことは、それぞれの役割に敬意を払うってこと」
(第一話 錦秋)
「答えになるかはわかりませんが……」ぽつりと秋鹿が告げた。「僕は思うんですよ。確かに世の中には、治せない病気が山のようにある。けれども癒やせない哀しみはない」不思議な言葉に、哲郎はそっと傍らに目を向けた。「信念と言うほどのものではありませんが、これが僕なりの考え方でしてね。虚無も悲哀もそこら中に転がっていますが、歩く道のりさえ間違えなければ、人は暗い絶望の淵からでもきっと戻って来れると思っているんです」もちろん、と一瞬眉を寄せつつ、「戻って来れなかった人も僕はたくさん知っていますが、それでも帰り道はあったのだと信じています。もし世の中に名医というものが存在するのなら、その真っ暗な道の歩き方を知っている医師のことだと僕は思うんですよ」
(第一話 錦秋)
「普通、医療には選択肢というものがある。薬を飲むか飲まないか、手術を受けるか受けないか。患者やその家族には、進むか引くかの選択肢が与えられる。だけど胃瘻の場合は少し意味合いが違う。胃瘻を造るか造らないかの選択肢じゃない。胃瘻を造るか、このまま死ぬか。その二者択一だ。つまり家族にとって、胃瘻を造らないという選択は、看取る覚悟はあるかと問われることと同じなんだ。そのことを忘れてはいけない」哲郎は手を伸ばして、香山の白く濁った目を閉じるように添える。亡くなった人のまぶたは軽く押さえたくらいで閉じるものではないのだが、それでもやっと手に入れた眠りが妨げられないように、手を添えてやる。「香山さんは胃瘻を造らなければ七十九歳で亡くなっていた。きっと家族は、もう少しだけ生きていて欲しいと思ったんだろう。結果的にはひとりぼっちになってしまったが、ここまで来た人生を、可哀想だと他人が決めてしまうのは危険なことだ。我々にできるのは、お疲れ様と声をかけることくらいなんだよ」
(第二話 冬至考)
「先生に看取っていただいて、母も安心していると思います。どうぞお気をつけて」畳に手を突いた幸一郎は、「しばしお待ちを」と断って立ち上がった。奥座敷に消えたかと思うと小さな風呂敷包みを持って戻ってきた。「母から先生へのお礼の品です。お持ちください」遠慮しようとする哲郎の手に、幸一郎はしっかりと風呂敷包みを押しつけた。「格別高価なものではありません。大黒屋の御鎌餅です。ご存じですか?」哲郎は小さく首を振る。餅菓子であればずいぶん食べ歩いたが、これは初耳だ。「母がこの古い町で一番美味しいお菓子だと言っていました。お茶菓子には並々ならぬ造詣のある母が言うのですから、間違いはないでしょう。甘い物好きの先生に、ぜひ差し上げたいと言って、二日前に買ってくるようにと」「二日前……?」「賞味期限が三日しかないお菓子です。早めに買うては、悪くなって差し上げられない。いつ買うべきかとずいぶん頭を悩ましていたようですが、二日前、『そろそろ買うて来なさい』と」とんと胸を突かれるような心地がして、哲郎は息を詰めていた。視線を廻らせて、今は呼吸をやめた今川へと視線を移す。今さら感動して涙を流すような年齢ではない。けれども、胸の奥がかすかに震えるような感覚がある。
「死」とは誰にとっても恐ろしいものである。直視することに耐えられる人はけして多くない。普通に生きていてさえ、多くの人が自分のことで手一杯な苦しい世の中である。死が眼前に立ち塞がれば、自暴自棄になるのもなかば必然であるかもしれない。しかし今川の在り方は、大切なことを哲郎に教えてくれる。人は死と向き合った上で、それでも絶望とは距離をとり、なお他者に心を致し、思いを馳せることができるということである。
(第四話 初弘法)
「そんなことより」と飛良泉は、いくらか口調を和らげて続けた。「僕のほうこそ、ひとつ 教えてもらいたいことがあるんや」「なんでも聞いてください、教授。ちなみにマチの弱点なら、そこらにいる研修医でも知ってます。北野の長五郎餅です」「あほう」とうそぶいた教授のグラスにまた花垣は新たに注ぐ。
(第四話 初弘法)
今日のお昼は「今池飯店」で塩ラーメン+半チャーハン(にんにく入り無料)(1150円)をいただきます。開店当初は昼営業がなかったので、今までずっと行けませんでしたが、先月には食べログ中国料理EAST百名店の2026にも初選出され、先日伺った「名古屋飯店」の本家である「今池飯店」のニンニク炒飯が食べたくなり伺いました。先日伺った名古屋飯店、みその飯店、タカ飯店では塩ラーメンは食べられませんが、ここ今池飯店は「麺屋はなび」の新山 真人さんの最初のお店だけあり、塩ラーメンがいただけます。オールドファンにとっては「麺屋はなび」といえば塩ラーメンなので懐かしくいただきました。肝心のニンニク炒飯は、もちろん旨いのですが、名古屋飯店のたかちゃんが振った中華鍋のオムライスが旨すぎて、炒飯は料理人の腕がこんなに味を左右するんだと実感。新山さんが鍋を振った炒飯ならもっともっと美味しいんだろうなぁと思いました。噂のキャベラを食べたことがないので、次は是非そちらにも挑戦してみたいです。ごちそうさまでした♪♪
名古屋市千種区今池1
こちらも2026年04月08日 京都に枝垂れ桜を観に行った際に立ち寄りました。「まるき製パン所」は私が学生時代からあり、なかなか行きにくい場所にあるので こちらもずっと行きたいと思っていましたが今まで伺えずに延び延びになっていたお店です。京都には美味しいパン屋さんがたくさんたくさんたくさんありますが、こちらのパンは自分的には絶対食べておかないと後悔するので、今回旅のルートを計画する際にバスで通るように考えて立ち寄らせてもらいました。ずっと食べログパン百名店に選ばれ続けているお店で、京都の食べログパンランキング1位の「たまき亭」3.76 に続くこと4位 3.73 のお店だけあり 外人さん、旅行者の日本人、地元民とけっこうな行列です。ハムロール(230円)カツロール(280円)あんぱん(210円)をいただきます。安くてボリューミーでありながらとても美味しいパンで、大満足です。次の京都旅の際にもバスで近くを通るように計画して、また立ち寄らせてもらいたいです。ごちそうさまでした♪♪
京都市下京区松原通堀川西入ル
2026年04月08日 こちらも京都に枝垂れ桜を観に行った際に立ち寄りました。何十年も前からずっと、この「進々堂 京大北門前」の看板メニューのカレーパンセット(1000円)が食べてみたかったのですが、今回やっと念願が叶いました。けっこう京都を訪れることは多いので、今回こそは立ち寄ろう立ち寄ろうとずっと思っていたのですが、今まで延び延びになっていたお店です。もう65歳になり、いつ体調不良で京都旅が継続できなくなるかもしれないので、少し寄り道になりますが今回意を決して立ち寄らせてもらいました。もう100年近く学生たちを見守ってきた京都最古の喫茶店の中には、私と同じかそれ以上の男女が昔を懐かしむかのように会話し、人間国宝の木工家 黒田辰秋が手掛けた大きなテーブルで食事をされていました。今の若い人にとってはこんな小学校の給食のようなメニューを食べたいなんて思わないのかもしれませんが、昔から憧れていたメニューがいただけて唯々感無量です。昔と変わらないお店の雰囲気もよく、最高のひとときを過ごさせてもらいました。ありがとうございました。ごちそうさまでした♪♪♪♪
京都市左京区北白川追分町
今日はバスを3つ乗り継いで浄心の「名古屋飯店」へお昼を食べに行きました。こちらの店主 野間 隆成(たかちゃん)さんは、台湾まぜそばの「麺屋はなび」の新山 直人さんのもと今池飯店で修業し、独立して円頓寺にある「タカ飯店」をオープンし、このたび浄心に「名古屋飯店」をオープンさせました。みなさんよく知っているのか、大人気で結構な行列ができています。もちろんメニューは一択「町中華本気のオムライス」(1320円)をいただきます。メンマ、春雨サラダ、中華スープはセルフサービスでオムライスがくるまで、自分で盛って待ちます。お目当てのオムライスが到着。宮崎の「康卵」という玉子を贅沢に5個も使っているということでとてもコクのある玉子で美味しいです。それを高い調理技術を持つ たかちゃんがふわトロに調理するのですから、鬼に金棒、天下無敵のオムライスです。今まで食べたオムライスの中で1,2位を争うおいしさで、久しぶりに感動させてくれる逸品でした♪。それから書き残しておくことが一つ。10名ほどの店内で大盛を注文している方が2名ありましたが、途方もなく大盛で、2名とも食べ切るのに苦労されていました。よっぽどの大食いでない限りは、まず普通のオムライスを注文する方がいいと思います。なかなか行きにくい所にあるのですが、必ずまた伺わせてもらいます。ごちそうさまでした♪♪♪
名古屋市西区上名古屋3
あらすじ
天羽カインは憤怒の炎に燃えていた。本を出せばベストセラー、映像化作品多数、本屋大賞にも輝いた。それなのに、直木賞が獲れない。文壇から正当に評価されない。私の、何が駄目なの?……何としてでも認めさせてやる。全身全霊を注ぎ込んで、絶対に。
ひと言
直木賞のことや本作りの裏側のこと担当編集者のことが知れてとても楽しく読ませてもらいました。奇しくも今日4月9日は2026年の本屋大賞の発表日。このPRIZEプライズは第3位でした。大賞の「イン・ザ・メガチャーチ」、第2位の「熟柿」と本屋大賞の上位3つを立て続けに、順位通りの順番で読んだことになります。自分としてはこの3作の中ではこの「PRIZE―プライズ―」が一番よかったかな。
とどのつまり、あまりにも売れない作家には、そもそも書いて下さいと声をかけるわけにいかなくなってゆく。本にしたところで会社として利益が見込めないのなら、雑誌に掲載する際の原稿料すら無駄と判断されるわけだ。もっと言えば、その原稿料にも大きな幅がある。駆け出しの新人と売れっ子作家とでは当然違ってくるし、掲載媒体によっても変わる。
仮に一人の中堅作家にエッセイを依頼するとして、文芸誌での原稿料が四百字詰め原稿用紙一枚につき五千円とするなら、新聞はその二倍から三倍、名のあるグラビア誌や週刊誌、専門誌などはさらにもう少し上だろうか。一流企業の宣伝を兼ねて依頼されるコラムなどはスポンサーが付くだけに破格だが、いかんせん不況の折から広告そのものがめっきり減っている。いずれにせよ、新聞やグラビア誌や企業から声のかかる作家そのものが限られているわけで、多くの作家は文芸誌の原稿料だけでは暮らしていけない。依頼が毎月途切れず続く保証はない上に、ひと月に書ける枚数にはおのずと限界があるからだ。作家に訊くと、書き溜めたものが無事に単行本化され、新刊発売日の翌月になって〈定価の十パーセント×初版部数十消費税〉から源泉徴収税を差し引いた金額が銀行口座に振り込まれているのを見た時、ようやくひと息つけるという。といっても本体価格二千円の本ならば印税は一冊につき二百円、つまり初版五千部スタートであれば収入は百万円。執筆に半年かかったとして年に二冊本が出ても二百万円ぽっきりだ。後から出るかどうかもわからない文庫を加えてみたところで、とうてい割の良い仕事とは言えまい。おまけにボーナスはない。福利厚生もない。出版社との雇用契約も何もない。そんな中、いったいどれだけの作家が、せめて初版一万部、と願ってやまないことだろう。
(3)
直本賞の発表は年に二度。上期は十二月から五月までに発表された単行本が選考対象となり、候補作は通常六月半ばに発表され、七月に選考会、翌八月に贈呈式が行われる。いっぽう下期は六月から十一月までに出た作品が対象とされ、選考会は翌年一月だ。
いま石田が読み進めているのはつまり、六月以降に書店に並んだ作品ばかりだった。ここから十二月の候補作発表に向けて五、六作品にまで絞り込んでゆかなくてはならない。天羽カインにはあの時の話の流れから少し説明したが、そもそも直木賞の選考というものがこうした下読み段階から始まってどのように進行してゆくか、現役の作家たちはほとんど知らないのではあるまいか。いや、おそらく同業他社の編集者たちでさえ詳しくは把握していないかもしれない。この八月の贈呈式が終わり、新しい帯にかけ替えられた受賞作品が書店の平台を埋めていた頃、早くも賞を管理する『日本文学振興会』から石田三成のもとに連絡があった。次回の直木三十五賞の予備選考委員を委嘱します、というものだった。同じように委嘱を受けた者が、今回は「オール讃物」から四名、出版部十名、文庫部六名。そこに振興会から二名が加わった合計二十三名で予備選考を進めてゆくことになったわけだ。まずは四〜五名ずつ五組の班に分かれ、それぞれが三冊の作品を読み、月の前半に開かれる班会議で議論して、月末の全体会議に残す作品を決める。良い作品があれば二冊残すこともあるし、一冊も残さないこともあるが、いずれにせよ各委員はすべての作品に○△×をつけ、○は1点、△はO・5点、×はO点と計算する。得点の低かった作品から順に議論してゆくのは本番の選考会と同じだ。月末にはそれらの結果を持ち寄った全体会議が開かれ、この時は二十三名の委員が一堂に会する。公平を期するため、司会を務めるのは委嘱された委員とは別の、日本文学振興会の事務局長だ。最初から全員による投票はせず、五つの班からあがってきた数作品について、一作ごとに一人ひとりの意見を聞いてゆく。委員はまず自らの評価を○△×で述べた上で、なぜその評価だったかという理由と、この先の段階まで残すべきかどうかの考えを述べる。この時、「右に残す」という言い方をする。手元の作品リストの中から後の最終候補作の候補として残していきたいものが書類右側の欄に加わってゆくためで、要するに見たままなのだが、たとえば「今の時点ではひとつの基準として右に残しましょう」とか、「ぜひ候補作にしたい出来だと思うので積極的に右に残したいです」 あるいは、「この作品はもうここまででいいと思います」などというふうに述べる。最終的に絞りこむ時点で数が足りなくなるのは避けたいから、どちらか判断に迷うものはとりあえず右に残してゆく。この班会議と全体会議とを、上期、下期、どちらも三回繰り返すと、だいたい十五作品くらいは「右に残る」ことになる。そうして翌月、十二月と六月のあたまに最終会議を開き、そこで全委員が投票し、直木賞候補作を決定して公表するというわけだ。
(7)
震える手を伸ばし、水を取って、ようやく一口飲んだ。グラスを戻す手がまた震えるのをじっと見られている。「さっき天羽さん、どうして警察へ行かなかったのかっておっしゃってましたけど……言えないんですよ。性的な被害にあった時って、誰にも言えないんです。それも、すぐになんて絶対に」カインが初めて身じろぎをする。「今回の一件もそうですけど、記事を見た人たちはネット上で、寄ってたかって女優の側を責めてますよね。抵抗しなかったくせにとか、打算があったんだろうとか、どうなるかわかってて二人きりになったほうが悪いとか。これがもし強盗事件だったら、被害者に向かってそんなこと言わないのに、性的なことになるとなんでだかみんなして女性を責める。でもね、傍から責めるまでもないんです。ああいう被害に遭うと、白分がいちばん自分のことを責めるんですよ。あの時どうして二人になんかなったんだろうって。殺されてでも抵抗すればよかったのに、なんでそうしなかったんだろうって。今になってもまだこうして、死ぬほど辛い思いを味わってるのは、あの時ちゃんと抵抗しなかった報いなんじゃないかって」「ちょっと待って千紘ちゃん、」「私は、そうでした」撃たれたようにカインが黙る。
「私は……私の場合は、知らない人じゃなく、高校二年の時ほんの二ヶ月くらいお付き合いしてた男子からの暴力で、だからよけいに周りの誰にも言えなかった。言っても痴話喧嘩だと思われたり、アレって初めての時はどうしても痛いもんね、男ばっかり気持ちよくて頭きちゃうよね、みたいに軽く扱われるのが我慢ならなくて、とうとういちばん仲の良かった友だちにさえ打ち明けられませんでした。だけど、十年も経ってても、いまだに夢に見るんですよ。あの時の彼に押さえつけられて、金縛りみたいになって、叫びたいのに声が出ない。最悪の夢です」
( 11)
佳代子は黙ってゲラに目を走らせた。この文も、その段落も、それぞれ想いを強くこめて綴った箇所ばかりだ。順繰りに追っていき、第一章の終盤にさしかかる。最後の二行にも線が引かれているのを目にしたとたん、カッと腹が煮えた。「何これ、なんで?」思わず口調がきつくなる。「よりによってなんでここなの? 要らない? これ」「あの、いえ、わかります。すごくエモーショナルな表現だし、読む者の胸にも迫ってきますし、かっこいいとも思います」「だったらどうしてよ!」「だから、です」白い顔をして、それでも一歩も退かずに千紘は言った。「あえてそこを削ることで、かえって感動が深まる気がするんです。言葉で説明するよりも、無限に想像させるというか……読み手を信じて投げかけるというか」とうてい納得できずに、佳代子はゲラを握りしめ、一章の終わりの部分を読み直した。とりわけ結びの二行は、書きつけた瞬間のことまで覚えている。我ながら天才ではないかと思えたほど気に入っている箇所たった。
梨絵の指先があたしの頬に触れる。
何度かためらい、口ごもった後で、彼女は言った。
「……大好きだよ、優。ずっと一緒にいよう」
すべてがここから始まるのだと、あの頃は二人ともが思っていた。
似てはいても違っていた。あれは、すべてが終わる始まりだったのだ。
これのどこがまずいと言うのだ。全体のプロローグにも相当するこの箇所で、主人公がかつて輝いていた〈あの頃〉を回想する大事な場面ではないか。苛々しながら、佳代子は千紘が線を引いた二行に指をあてて隠した。憮然としたまま、もう一度読み返す。
梨絵の指先があたしの頬に触れる。
何度かためらい、口ごもった後で、彼女は言った。
「……大好きだよ、優。ずっと一緒にいよう」
―― 三秒後。全身に鳥肌が立ち、毛根がぞわりと起きあがるのがわかった。なんということだ。最もお気に入りの二行をばっさり削り、このセリフで章を閉じたとたんにじわじわと滲み出る余韻たるや……。よけいなことを書かなくても、いやむしろ書かないことによって、読者にははっきりと伝わるのだ。この二人が 〈ずっと一緒に〉などいられないということが。もしや、ここに鍵が隠されているのだろうか。〈辛くて悲しい話を書くのに、作者が先に泣き出してどうするの〉「千紘ちゃん」「……はい」「もっと、教えて」「え」「言っとくけど私、あなたのこと絶対離さない。逃げられると思わないでよ」
(19)
直木賞の場合、選考する側は現役の実作者だからね。ストーリーが面白いとか共感できるなんてことよりも、小説としての面構え、文章の艶、テーマの現代性、あるいは人間というものがそのわからなさを含めて書けているか、説明の芸術ではなくイメージの芸術たりえているか……そういったあらゆることを総合的に見るわけです。その中でも、俺が最も重視してきたのは、 志の高さかもしれないな』『志……ですか』『そう。自分はどうしてもこれを書くんだ、という志。それさえこちらにビンビン伝わってくるなら、たとえ少々の欠点があったって思いきり推したくなっちゃうね。志こそは、小説の持つ最大のパンチ力だと思う。そういうパンチを浴びるから、候補作を読むとぐったり疲れる。でも、本気でパンチを打ってくる相手には手加減しません。俺も本気で打ち合う。それが礼儀です。正直、殴り合ってる時に、これが売れるか売れないかなんて考えたことないんだ。だから時には兵頭さんたちの仕事を邪魔してしまうかもしれない。それは申し訳ないと思うよ。ただ、俺たちも書店員の皆さんと同じで、小説が好きだから、好きで好きでたまらないから選考をやってこられた。おっしゃるように本が売れることももちろん大事。その一方で、実作者が志を感じてその健闘を称えるような、あるいはバトンを託すような文学賞も、俺はあっていいと思ってる。俺はね』
(22)