
あらすじ
わたしの大好きなおじいちゃんは、無口だけど、いつもニコニコ笑っています。今日は、そんなおじいちゃんの、とても大切な一日だっていう。いったい、何の日なんだろう…。すべての人に受け継がれる「明日」。それを、「希望」と呼ぶための物語。
ひと言
私が大好きな作家、重松 清さん。重松さんの本は多数読んできたのだけど、見たことのない本を図書館で見つけました。どんな本なんだろう?と、あとがき それに続く刊行にあたってを読んで、借りてしっかり読みたいと思いました。このブログを目にした人が、できることなら書店で購入して読んでもらえることを願っています。
阪神・淡路大震災から30年目の次の日、2025年1月18日に
「えー、それで……ここで、サプライズがあります」司会をつとめる工場長さんは、もったいぶったしぐさで封筒を出して、そこからゆっくりと一枚の紙を取り出した。「いまから二十五年前のことです。当時、小学五年生だったイシさんの息子さんが、『父の日作文コンクール』で最優秀賞をとりました」お父さんのこと――?「本日のために息子さんに無理を言いまして、その作文を送っていただきました」マジ―― ?っていうか、コンクールのことなんか、いままで聞いたことなかったし。「イシさんの定年にあたって、この作文をもう一度、イシさんに捧げたいと思います」拍手と歓声の中、工場長さんはゆっくりと、お父さんの子どもの頃の ―― わたしと同じ歳の頃に書いた作文を読み上げた。
『お父さんの勲章』
ぼくのお父さんには、秘密があります。それは右足の付け根にあるので、ふだんはズボンに隠れて見えません。
お父さんの右足の付け根には、グリズリした固い、コブのようなものがあるのです。左足のほうはスベスベしているのに、右足だけ固くなっているのです。コブのところはうっすらと黒くなっていて、ちょっと汚れているようにも見えます。ぼくがまだ小さな子どもだった頃は、「お父さんは病気なんだろうか」と思って、とても心配していました。でも、それは、病気ではありません。汚れているのでもありません。お父さんは、工場で働くキサゲ職人です。毎日毎日、キサゲの柄を右足の付け根にあてて、固い鉄板や鋳物の表面を削っているのです。力を入れてキサゲの柄を押しっづけているので、いつのまにか、柄があたるところが鍛えられてコブになったのです。黒ずんでいるのは内出血したアザが取れなくなったからだと言っていました。ぼくはそれを聞いて、最初はお父さんがかわいそうだと思っていました。そんなに痛い思いをしなくてもすむ仕事は、他にもたくさんあるんじゃないかと思っていたのです。それに、はっきり言って、背広とネクタイで仕事をするビジネスマンのほうがカッコいいのになあ、という気もしていました。
でも、お父さんはぼくといっしょにお風呂に入ったとき、コブを見せてくれて、「これはお父さんの勲章なんだよ」と言いました。「お父さんは毎日毎日、一生懸命がんばって仕事をしてるから、ここに神さまが勲章をつけてくれたんだよ」そのときのお父さんは、とてもカッコよかったです。ぼくは手先が不器用なので、お父さんと同じ職人さんにはなれないと思います。でも、ぼくもオトナになったら、お父さんみたいに一生懸命がんばって自分の仕事をやりたいです。そして、ぼくが学校で勉強をしたり、放課後に友だちとソフトボールをしたりするときにも、お父さんはがんばって仕事をしているんだというのを、忘れずにいたいと思います。お父さんの工場では、いろんな機械を作るための機械を作っています。自動車や、電車や、テレビや、冷蔵庫など、ぼくたちの身近にあるいろんな機械は、お父さんの工場で作った機械のおかげで作られたのです。ぼくにはお父さんの仕事をお手伝いすることはできませんが、いろんなものを大切に使うことで、お父さんに恩返しをしたいと思います。今日は父の日です。お父さん、いつもありがとうございます。
食堂は割れるような大きな拍手に包まれた。わたしも拍手をした。子ども時代のお父さん、やるじゃん―― 。で、やっぱり胸が締めつけられた。ごめんなさい。おとといのこと、ほんとのほんとのほんとに、ごめんなさい… …。
刊行にあたって
この本は、もともと、書店に並んであなたに手に取っていただく機会はないはずの一冊でした。「ウチの社員とその家族に会社からプレゼントしたい」という、ある工作機械メーカー(「名前を伏せてもらいたい」との強いご希望に従い、M社と呼ばせていただきます)の依頼でつくった、いわゆる私家版の書籍です。
そんな大切なプレゼントにかかわらせてもらう光栄と緊張とを胸に、自分なりに力一杯がんばって物語をつくりました。それが二〇〇八年のことです。幸いにしてM社の皆さんの評判も上々で、さらに初めてコンビを組んだはまのゆかさんの絵にもすっかり魅せられ、書き手として、とても愛着のある作品の一つになりました。その時点で、すべては終わっているはずでした。読んでくださったM社の皆さんの胸に残ることで、はまのさんと僕のつくった物語は与えられた役目をまっとうしたのです。それ以上はなにも考えていませんでした―― ニ○一一年三月十一日までは。
未曾有の被害をもたらした東日本大震災は、たくさんのひとびとの「昨日まで」を無情に奪い去ってしまいました。いま、この小文を書いている四月半ばの時点でも、被災された皆さんの「今日」は、僕の想像などはるかに及ばない困難の中にあるはずです。そして、震災で両親をうしなってしまった子どもたちも、ほんとうに悲しくて悔しいけれど、数多くいます。その子どもたちの「明日から」を、僕たちはどう支えていけばいいのでしょう。自分の無力さは、もちろんわかっています。しかし、やれる範囲で、なにかできないだろうか。ほんの小さなことでも、被災した子どもたちの役に立てないだろうか……。そんなふうに思い悩んでいるときに思いだしたのが、この本のことです。被災した子どもたちに読んでもらうには、もう少し時間はかかるでしょう(もちろん、いつか出会える日をずっと待っています)。でも、子どもたちに心を寄せてくださるひとに本書を届けることによって、ささやかでも支援ができるかもしれない。ならば、ぜひやらせていただけないか、と思ったのです。
はまのゆかさんにもご快諾をいただき、しかもカバーの装画まで新たに描き下ろしてもらって、本書を一般書籍として刊行することになりました。はまのさん、ありがとうございました。また、この話は、当然ながらM社のご厚意があってこそ実現したものです。一般書籍としての刊行をお許しいただいたM社の皆さんに心より感謝いたします。さらに幻冬舎の皆さんには、刊行にあたって直接のご苦労をおかけしただけでなく、さまざまな面でのご配慮もいただきました。記して感謝いたします。
本書の著作者印税は、はまのゆかさんと重松清を合わせて定価の十一パーセントになります。その印税を将来にわたって全額、あしなが育英会に募金します。同会を通じて、震災で親を亡くしてしまった子どもたちへの支援にあてさせていただきます。
それは言い換えれば、本書をお買い求めいただくことで、読者のあなたが子どもたちを支援している、ということです。形式上は僕たちが印税を募金するというものでも、「主役」は、紛れもなく、本書を買ってくださったあなた。―― ほんとうにありがとうございました。……。……。
いまのおとなたちからバトンを受け取ることになる子どもたちに、わが子の「明日から」を空の上で案じていらっしゃるはずのお父さんとお母さんに―― この作品を、静かに捧げさせてください。
二〇一一年四月十六日 重松 清