あらすじ
ほとんど取材を受けない高倉健が認めた貴重なインタヴュー集。日本を代表する映画俳優・高倉健。「すみません」「お願いします」「ありがとう」──寡黙で、礼儀正しく、思いやりに溢れる稀代の名優の言葉は、日本人が忘れ去ってしまったものを思い出させてくれる。健さん自身のセリフや演技への想いをはじめ、『網走番外地』『昭和残侠伝』『八甲田山』『幸福の黄色いハンカチ』『駅 STATION』『夜叉』『居酒屋兆治』『鉄道員 ぽっぽや』などの多くの人が励まされ涙した名作の台詞分析など、知られざる事実が満載。映画のワンシーンや、ほかでは見ることができないプライベート写真も掲載。


ひと言
私が高倉健さんの大ファンになったのは、1977年の夏 映画館で「八甲田山」を観たからでした。この本にもあるように八甲田の大吹雪を乗り越えて村に入った道案内人を隊列の最後尾にと助言した兵隊に「このままでいい」と秋吉久美子さんを先頭で行進した後、別れ際に「かしらー 右」と敬礼するシーン。カッコよかった、一瞬でファンになりました。コーヒーが大好きになったのも健さんのおかげ。前に読んだ「健さんからの手紙」にも出てきた「運動靴と赤い金魚」という映画も、もしレンタルDVDがあれば観てみたいと思いました。


イランのマジッド ・マジディ監督が作った『運動靴と赤い金魚』。素晴らしい才能のある人で、ハリウッドじゃ絶対に作らない映画を作る監督です。この映画を見たとき、誇り高いペルシャ文化の香りを感じました。
『運動靴と赤い金魚』は貧しい親子の話で、小学校五年生の兄貴が買い物の途中で、たった一足しかない妹の靴をなくしちゃう。ゴミ集めの人が間違って持っていっちゃうんです。兄も妹も家が貧しいことをよく理解しているから、両親に靴を買ってくれとは、とても言い出せない。仕方なく妹は兄貴のよかぶかの靴を履いて朝一番で学校に行く。兄貴は妹が帰ってきたとたん、靴を履き替えて学校に全速力で走っていく。そんな生活のスケッチが続いたあと、ある日、兄貴は学校で地区対抗のマラソン大会が開かれることを知る。三等の賞品は靴なんです。それで兄貴が妹のために走る。自分がいちばん愛する人のために立ち上がって、必死になって走る。頑張った結果、兄貴は一等を取っちゃうんだ。ところが、一等の賞品はキャンプ旅行への招待。兄貴はしょんぼりして家に帰ってくる。靴を持ってない兄の姿を見ても妹は怒らない。黙って二人で飼っている金魚にえさをやる。感動します、この映画は。世界の金持ち国から見たら、イランは経済的には貧しいかもしれない。しかし、映画を見ていると、彼らは貧しさを引け目と思っていない。貧しいかもしれないが、その代わりに私たちはこういうものをちゃんと持っているんですよ、と朗々と謳い上げている。
僕がいちばん、ぐっときだシーンは妹が白分が履いていた靴を学校で見かけたことから始まる。違う子が履いていたんです。それで妹が兄貴に知らせて、二人はその子の後をつけて家の前までやってくる。「あの家の中に入っていった」と。そのとき、小さな家の中から、妹の靴を履いた子がお父さんと一緒に出てくる。お父さんは目が見えない。その子はお父さんの手を引いて、どこかへ出かけようとしている……。二人は何も言わずに帰ってきます。犯人を見つけた、と思ってワクワクしながら後を追いかけていったのだが、兄と妹は一緒に手を握り合って道を引き返してくる。靴を返してくれなんて言わない。ひとことも言わない。何もしゃべらせない演出もいいが、それよりも貧しくて靴を買うお金もない子供たちなのに、それでも他人に優しくする心に僕は打たれてしまう。
日本は豊かでしょう。今日はこっちの車に乗って出かけよう、明日はあっちだなんてことができる国になっている。それは悪いことじゃない。けれど、この映画に出てくるイランの家族は小さな一部屋に全員が暮らしている。お父さんは仕事が終わってからも内職をし、母親は腰を痛めて家事に苦労している。子供たちはその様子をじっと見て知っているから、靴一足の大切さがわかる。子供が親の生きていく姿を見ているから、親に対しても何かを感じられるんです。この映画を見ると忘れてはいけないことがあるのを思い出させてくれる。
(ハリウッドじゃ作らない映画の話)

今度の映画は世紀の変わり目に向けて考えたものでした。特攻のことは残しておくべき話だと思ってましたから。今、この国には何かを守るためにすべてを捧げるという人がほとんど残っていないでしょう。しかし、あの戦争のときにはそういう人たちがいた。その人たちが命をなげうってこの国があり、僕たちがいる。特攻を取りあげて美化したいのではないし、逆に戦争責任を追及したいわけでもない。昔、国を守るために命を散らした人たちがいる。それが今では風化していきそうになっている。じゃあ、それを映画にしてみよう、そう思ったのです。「ああ、そんな時代があって、もう今はそうじゃないんだ」ってことが観客に伝わればそれでいい。そんな映画です。
(『ホタル』について)

それでも映画のセリフのなかでいくつか忘れられないものはあります。たとえば『八甲田山』のなかで、農家の嫁をやった秋吉久美子さんが僕ら軍人を案内するシーンのセリフがそれです。暴風雪のなかをかよわい女性が先頭に立って、軍人たちを案内する。道案内を終えた秋吉さんにお礼をするために、僕が号令をかける場面があるんです。「全員、整列」「案内人殿に向かって、かしらー、右」一列に並んで敬礼をするんですが、あのときは出演者みんながジーンとしました。映画のなかでも印象に残るシーンなんです。つまり、あのセリフ自体は特別な言葉じゃないけれど、場面がいいからセリフが印象に残る。いいセリフとはいいシーンで使われるものなんじゃないでしょうか。
(胸に残るセリフ)

太陽が現れて、ふたたび、監督がヨーイと言った。よかった。涙の塊はまだ胸のところにとどまっていた。シメシメ、と。するともう一度、『すみませーん』……。いや、もう駄目だ、三回目は無理だ、もう一度やってみて、泣けなかったら、恥をしのんで目薬を頼もうとそこまで追い込まれました。そして三度目です。ヨーイ、スタートの後に、あの声が、あの方の声が後ろから聞こえてきたんです。『殿が云われた……、殿は一〇歳であった……。米はあるのか。この殿のやさしいお心づかいに胸をうたれた』高倉さんは自分の出番が終わったのに、僕が演技するのをそっと見守っていたんです。しかも、涙が出そうもないと直感してセリフをしゃべってくれた……」セリフを語った後、高倉健はさっと姿を消してしまったという。さらに後のこと、お礼を述べたら、「宇崎さん、この映画、もうずいぶんフィートが回ってましたから」と答えただけだったという。―― あなたのためだけじゃない、自分も出演している映画のためにやったことです。あなたはそんなに恐縮しなくていいですよ。高倉健はそんな意味のことを言ったのである。「どうですか。そんな人いないでしょう。大物俳優ならば自分の出番だけ終えたら、宿に帰って休憩していればいいんじゃないですか。あるいは取り巻きとワイワイガヤガヤやっていればいいんじゃないですか。高倉さんは特別です。一般の社会でもあんな人はいません」

私が宇崎竜童に踏み込んで尋ねたのは次のようなことだ。「では、私たちは高倉健の言葉や心の使い方をどう真似すればいいのか」と。彼の答えはシンプルだった。
「高倉さんにいただいたものは返せません。返したいけれど返せないほど大きなものをいただいている。できるとすればたったひとつ。私が後輩や新人に高倉さんからもらったものと同じものを渡すこと。その人のいいところを見つけて、大局的にほめてあげること。そんなことを気づかせてくれるのは高倉さんだけです」
(あの方の声が後ろから聞こえてきたんです)


 

 

あらすじ
2014年11月に急逝した高倉健さんと、毎日新聞客員編集委員の近藤勝重さんは、18年間にわたって書簡のやりとりを続けてきた。ときには近藤さんが教鞭を執る大学での講義に健さんがお忍びで参加したりと、互いを大切な友人として温かな心の交流を続けてきた二人。本書はそんな二人の書簡、とくに単なる通信の手段を超えて人生・人間の作法を教えてくれる健さんからの手紙を軸に、日本人の心に残り続けるであろう名優の素顔に迫る一冊。


ひと言
もう健さんがお亡くなりになって11年。昨年の11月TVで「健さんに会いたい」という番組があったので、タイムリーでも見たし、録画してあったものも2回観た。武田鉄矢さん、佐藤浩市さんの思い出話や比叡山大阿闇梨、酒井雄哉さんからの言葉「行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」も興味深かった。健さん、会いたいよー。

もう一人の男については、死刑前の拘置所を訪ねた母親との別れの場面が中心でした。住職によると、母親は金網 の下に小指を入れて、こう叫んだそうです。「母ちゃんの手を握れ。わかってるな、この次も母ちゃんの子に生まれて来いよ」
健さんの代表作の一つ「駅STATI0N」(一九八一年、降旗康男監督)でも、刑事役の健さんと根津甚八さん扮する死刑囚との交流があります。その死刑囚 吉松五郎から届いた手紙にはこんな辞世の句が詠まれていました。
暗闇の彼方に光る一点を今駅舎の灯と信じつつ行く
(04 叶うなら、一度授業をお受けしたいと思いました)

心が豊かということは
この話を読んですぐに思い出したのは、イランのマジッド・マジディ監督の名作「運動靴と赤い金魚」で描かれている貧乏な家での幼い兄妹の物語に対する健さんの感想でした。自著『旅の途中で』でふれています。
この映像がとっても優しいんです。ああ、この優しさが、経済最優先で、戦後五十五年間、一生懸命走ってきた我が国が失ってきたものなのかなと、僕はとっても強く思いました。思わずポロッと気持ちのいい涙が出るほど、素晴らしい映画でした。物欲まみれになっている国の人々に、経済的に豊かなことと、心が豊かであることがこんなに違うんだ、ということを、とても控えめに静かに伝えてくるこの映画は、本当に素晴らしいと思いました。この作品を観ていると、経済的に貧しいほうがかえって、家族や人に対する優しさ、自分たちを育てるために、毎日骨身を削って働いてくれている父や母に対する思い、そういう絆みたいなものが壊れないのではないか、そんな気さえしました。自分の五体をきしませて、足の豆が破れてもマラソンで走って、妹のために運動靴を取ってやりたいと願う。今、この日本の国にそんな若い人たちが、どのくらいいるのでしょうか。
私はこの感想が頭にありましたから、「経済的に豊かなことと、心が豊かなことは違うんだとお書きになってますよね」と質問したのですが、健さんは一瞬、逡巡する気配で「そんな偉そうなことを言ってましたか。……すみません」と口をつぐみました。
(12 僕が死ぬまで死なないで下さい)

私自身は健さんから想いをいただくばかりだったが、一つだけ喜んでくれたことがある。種田山頭火の「何を求める風の中ゆく」の句だ。「あなたへ」に山頭火の有名な句が何度も出てくるので、こんな句もありますよ、と紹介したのだが、「人間、何を求めて生きたかなんですよね」と感想をいただいた。
健さんが心に刻んでいた比叡山大阿闇梨、酒井雄哉氏の言葉
「行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」とどこか通じるものがあったのだろうか
(巻末ふろく)


 

 

前からずっと気になっていたのになかなか行く機会に恵まれないお店でしたが、先日のTVで取り上げられ、もう行くっきゃないでしょうということで今日は「パンドール丸武」へ。人気No.1 No.2のミルクフランス(305円)Nagoya(340円)と絶品のバケットワグラム(410円)を購入。今まで食べたフランスパンの中では1,2を争う硬さです。フランスパン特有の絶妙な塩味としっかり噛むことによって生まれる甘さがとても美味しく、さすがハード系の名店といわれるだけのことはあります。バケット好きでもあり、バケットも2種類あるとのことなのでこれからもちょくちょく利用させてもらいます。ごちそうさまでした♪。

 

パンドール丸武

名古屋市中区新栄1

 

 

今朝は先日の日曜日のTVで紹介されていた「m. (エムドット)」へ開店直後に行きました。TVで紹介されたクロケット、アップルパイ、そしてサラミ・オリーブ・チーズドライトマト(3つで1280円)をいただきます。クロケットは名前がコロッケからきているとのことで中はコロッケでサクサクしてとても美味しいです♪。アップルパイは家で作ったできたてアツアツのパイはよく食べるのですが、冷めてもこんなおいしいアップルパイがあるんだと感動ものです♪サラミ・オリーブ…はオリーブがとてもいいアクセントになって普段あまり食べたことのない味と食感でおいしかったです。駐車場がありませんが職場から自転車で10分とかからないので、またちょくちょく利用させてもらいます。どれも美味しかったです。ごちそうさまでした♪♪。

 

m. (エムドット)

名古屋市東区筒井1

 

 

 

今日のお昼は鶴舞に10月末できたStation AI内のムガルパレス 4号店へバターチキンカレー(990円)+チーズナン(390円)をいただきます。ムガルパレスは久屋大通、千早、笹島に次ぐ4号店で千早の方が近いのですが、新しくできた Station AI の見学も兼ねての来店です。プレーンノナンをチーズに変更しましたが、チーズがたっぷりですごくボリューミーなナンで半分ほどいただいた後、これ全部食べられるかなぁと心配になるぐらい量が多かったです。バターチキンカレーもとても美味しく大満足。強いて言えば私の大好きなハニーチーズナンが選べれればもっとよかったかも。ごちそうさまでした♪。

 

ムガルパレス 4号店

名古屋市昭和区鶴舞1

 

あらすじ
「あのときのメンツ、今みんなこっちにいるみたいだぜ」「まさか、スイ子か? なんでまた?」スイ子こと、山際彗子が秦野市に帰ってきた。手作りで太陽系の果てを観測する天文台を建てるというのだ。28年ぶりの再会を果たした高校時代の同級生・種村久志は、かつての仲間たちと共に、彗子の計画に力を貸すことに。高校最後の夏、協力して巨大なタペストリーを制作した日々に思いを馳せるが、天文台作りをきっかけに、あの夏に起きたことの真実が明らかになっていく。それは決して、美しいだけの時間ではなかった。そして久志たちは、屈託多き「いま」を自らの手で変えることができるのか。行き詰まった人生の中で隠された幸せに気付かせてくれる、静かな感動の物語。


ひと言
以前読んだ「宙わたる教室」がよかったので、伊与原さんの本をもう一冊。天文のプロが書く小説はやっぱりひと味違うなぁと感心しながら読ませてもらいました。専門的な知識だけでなく、人物設定もグッド。また好きな作家さんが一人増えて嬉しかったです。

 

   (オオルリ)



「例えば」と彗子は構わず続ける。「もしわたしが大学院を出たばかりの二十代で、何のポストにも就けずに困っていたとしても、自分で天文台を作ろうとは考えなかったと思う」「それは ―― お金がないから?」「お金は今だってないよ。単に、そんなことができると思ってないだけ。そもそも、思いつきもしないはず」「なんでだろ」「無知だったからだよ」彗子はあっさり答えた。「無知だと、常識にしばられるしかない。若い頃は、研究者として生きるには大学なり研究機関なりに所属しなきゃならないって、当たり前のように思い込んでた。今は、物事にはいろんなやり方があるってことを知ってる。歳を重ねた分、知識もあるし、知恵もついたから」「そっかあ…… 」漏れる息とともに言った。「でも、ちょっとわかるかも。今思えば、若い頃ってやっぱり視野がせまかったもんね。生徒たち見てても、意外と保守的っていうか、『こうでなきゃならない』 って思いが強いよ」「多様性の教育はどうしたんだよ」久志がバックミラー越しに目を向けてくる。「みんな違ってみんないい、じゃなかったの?」「そんなの、口で言うほど簡単じゃないって。今の子たちは、何もかも右肩下がりの時代に生まれたわけだし、明るい未来なんてそうそう描けないでしょ。よほど気の利いた子ならともかく、普通の子たちはみんな、無難が一番、レールからはずれたらヤバいって、本能的に感じてるよ」 
(Ⅱ 五月―千佳)

「冥王星という星はあまりに遠くて、その実像が長い間わからなかったんですが、二〇一五年にNASAのニューホライズンズという探査機が接近して、やっと正確な大きさが確定しました。直径は二三七〇キロ。月の三分の二ほどしかありません」「へえ、月より小さいんだ」修が意外そうにつぶやいた。「そして、二〇〇〇年代以降、冥王星と同程度のサイズの天体が、海王星より外側に次々と見つかっていたんです。エリス、ハウメア、マケマケ――」彗子は冥王星の下に並ぶ画像をレーザーポインターで順に指していく。「つまり、そういう星たちと一緒に、準惑星としてまとめられちゃったってことね?」千佳が確かめた。「そういうこと。それと同時に、もっと重要なことがわかってきました。冥王星を含む太陽系外縁部には、準惑星にもなれないもっと小さな天体が、無数に存在している。その帯状の領域のことを、『エッジワース・カイパーベルト』といいます」彗子はいったんスライドを閉じ、国立天文台が開発したというソフトウェアを立ち上げた。……。……。
「これが、エッジワース・カイパーベルト。白い点はほとんどが直径数百キロ以下の天体で、冥王星の軌道もこの帯の中を通っています。太陽から帯の真ん中あたりまでの距離は、およそ六十億キロメートル」「六十億キロって言われてもなあ」修が腕組みをして言う。「太陽・地球間の距離の、四十倍だよ」「四十倍……まあとにかく、めちゃくちゃ遠いってことだな」渋い顔の修を見て、広瀬が肩を揺らす。……。……。
「おっしやる通り、これまでに発見されたカイパーベルト天体は、最小クラスでも直径数十キロ、ほとんどは数百キロのオーダーです。これらはおそらく、複数の微惑星が衝突、合体して、ある程度まで成長したものと考えられる。これより小さいサイズの天体を直接観測するのは、すばるのような最先端の望遠鏡を駆使しても、不可能なんです。ですが、数キロメートルサイズの真の微惑星の生き残りも、きっと存在している。見た者はまだいないけれど、数十万、数百万個という規模で、カイパーベルトに浮かんでいる。わたしを含め、多くの研究者がそう考えています。丹沢に天文台を作ってわたしがやろうとしているのはまさに、それを確かめること。つまり―― 」彗子はスライドを進め、太字で書かれた題目を読み上げる。「〈掩蔽(えんぺい)を利用した微小カイパーベルト天体の探索〉です」……。……。
「だって、すばる望遠鏡でも無理なんでしょ?」千佳が早口で畳み掛ける。「それを、その小さな望遠鏡でやろうってこと?」「そう。数キロメートルサイズのカイパーベルト天体を、これで見つける。直接観測 ―― 天体の像をそのままとらえることは、もちろんできない。だから、『掩蔽』という現象を使う」彗子はレーザーポインターを千佳のほうに差し出した。「これを持って、ちょっと手伝ってほしい」千佳は彗子の指示にしたがって、反対側の壁際まで移動した。そこからレーザーポインターを望遠鏡の写真に向け、赤い光の点を鏡筒のあたりに当てる。「スライドを映している壁が、地球。千佳が持っているレーザーポインターが、とある恒星だとします。天の川にある、ありふれた恒星。望遠鏡で、その恒星をじっと観測し続けます」彗子はそこで、リュックからテニスボールを取り出した。それを胸の高さに掲げ、長椅子のほうに一歩進み出る。「わたしが立っているここが、エッジワース・カイパーペルト。このテニスボールが、微小なカイパーベルト天体です。もしこの天体が、観測している恒星の手前を通過したら―― 」彗子はゆっくりテニスボールを動かし、レーザー光の経路を横切らせた。写真の望遠鏡に当たっていた赤い点が、その間だけ消える。「当然ながら、恒星から届く光が一瞬さえぎられる。これが、掩蔽です」
(Ⅲ 六月―久志)

「北見さん、お前のこと心配してたぞ」修は廊下にあぐらをかいた。「だから俺、言っといたよ。引きこもってますけど、生きていてくれてるからそれで十分ですって。これ本心だぜ。逃げ出してくれて、ここに隠れてくれて、ほんとによかった。俺、会社辞めただろ。そのきっかけになったでかい出来事が一つあってな」久志は千佳と顔を見合わせた。そんな話は修から一度も聞いたことがない。「前にいた番組制作会社に、かわいがってた後輩がいたんだ。ディレクターに上がったばっかりで、『やりたい報道の企画いっぱいあるんです』なんて言って張り切ってた。でもそいつ、キー局の情報バラエティ番組の担当になってな。そこのプロデューサーに、出す企画出す企画 くそみそに言われたんだよ。バブル期にテレビ局に入った、とことん嫌なやつでよ。何カ月も企画が通らなくて、うちの会社は切るとまで言われて、もう心が壊れてたんだろうな。その後輩、やっちゃいけないことに手を出した。他社の知り合いが持ってた企画書を盗み見て、そのままパクったんだよ。企画が通って、収録も終わって、いよいよ放送って日の朝。そいつ、部屋で首くくっちまった」息をのんだ。千佳も凍りついている。
「当たり前だけど、なんて気づいてやれなかったのかと、自分を責めたよ。それと同時に、会社って、仕事って何だろうと思った。だってさ、そのくだらねえ情報バラエティ番組、今も続いてるんだぜ?うちの会社だってもちろんつぶれてない。俺たちのような人間なんていくらでも替えがきくのに、お前や後輩みたいに真面目でいいやつほど、必要以上に背負っちまう。俺たちの代わりなんか、いくらでもいるんだ。だから、心がつぶれると思ったら、仕事なんて放り出しちまえばいいんだよ」修は目を赤くしたまま、微笑んだ。
(Ⅲ 六月―久志)

「伊東さんはね、たとえて言うと……そう、片栗粉みたいなものだよ」「片栗粉?」「アクがあったり、味が強かったり、舌触りが独特だったりする食材を、ひとまとめにしてまろやかにしちゃう。全部包んで美味しくする。主張しない、邪魔しない。だけどみんなが頼りにしてる、なくてはならない存在」「すごい」笑いながら確かめる。「それって、ほめられてるんですよね?」「もちろん」「でも、いつも二コニコしてみんなのつなぎ役をするのも、疲れますよ」「わかるよ」益井はうなずいた。「だけどそれって、誰にでもできることじゃないからね。一種の才能」
(Ⅵ 八月―千佳)

ピアノの音がフェイドアウトして、無音になる。時刻は十二時五十二分。あと一曲か、せいぜい二曲だろう。だが、十秒ほど待っても次の曲が始まらない。「どうした? 来るのか?」修が言った。久志は「しっ」と唇に指を当てる。プツッとかすかなノイズが聴こえた。「えー……今夜も、ありがとうございました」スピーカーから和也の声が響いてきた。かすれてはいるか、マイクに口をつけるようにしてしゃべっているらしく、聴き取るのに問題はない。久志は音量を上げた。「この放送を聴いてくださっている人がいると信じて、一つ、お願いをします」三人で顔を見合わせた。ひと言ずつその意味を確かめるようにして、和也が語り出す。「丹沢の、とある山の上に、友人たちが小さな天文台を作りました。名前は、オオルリ天文台といいます。来週の月曜日、十月八日が、天文台開きです。その夜、初観測として、ジャコビニ流星群の観測をすることになっているそうです。ですが、今年のジャコビニ流星群の活動は低調と予想され、丹沢で実際に観られるかどうかはわかりません」少し間が空いた。隣りで修が、あいつやけに詳しいなという顔をして見せる。和也の語りが再開する。「流星の光は、人工の照明などよりずっと弱いものです。街明かりが多いと、それに邪魔をされて、暗い流星が見えづらくなります。そこで、お願いです。十月八日の夜だけは、早めに部屋の明かりを消してもらえませんか。不要な照明は、すべて落としてもらえませんか。一週間後。十月八日、月曜日の夜です」後ろで千佳が洟をすすった。ハンカチで目頭を押さえている。また数秒おいて、和也が告げた。「では、今夜最後の曲です。松任谷由実で、『ジャコビニ彗星の日』」美しいエレクトリックピアノのイントロが、静かに流れ出した。
(Ⅶ 十月―久志)

 

 

あらすじ
秋山菜々子は、神奈川で看護師をしながら一人息子の航太郎を育てていた。湘南のシニアリーグで活躍する航太郎には関東一円からスカウトが来ていたが、選び取ったのはとある大阪の新興校だった。声のかからなかった甲子園常連校を倒すことを夢見て。息子とともに、菜々子もまた大阪に拠点を移すことを決意する。不慣れな土地での暮らし、厳しい父母会の掟、激痩せしていく息子。果たしてふたりの夢は叶うのか!?


ひと言
2025の本屋大賞のノミネート10作が発表になってすぐ図書館に予約を入れた。読み終えてすぐ、こんな高校野球あるあるをこんなにもリアルに描ける早見 和真って何者?とすぐに調べた。神奈川県の桐蔭学園高校の硬式野球部員で2年先輩に巨人の高橋由伸がいるとのことで、こういう小説が書けたことにも納得。ノミネート10作品で驚いたのは、昨年大賞を取った成瀬の続編「成瀬は信じた道をいく」がノミネートされていること。確かに続編もとても面白かったが、続けてなんてあり得るの?4月の大賞発表までに、どれだけ借りて読むことができるか、楽しみです。

内田監督はやさしい表情を取り戻し、仕切り直しというふうに尋ねてくる。「もちろん高校で野球をするつもりはあるんだよね?」「はい」「そうか。そうしたら、いよいよちゃんと自己管理しなくちゃダメだよ。チームのためとか、仲間のためとかは言い訳にならない。僕は『犠牲』という言葉が大嫌いなんだ。一人の選手の野球生命は、もっと言うとその子の人生は、たかが高校野球のために潰されるべきじゃない」自分の身は自分で守らなくちゃダメだからね。最後にそう繰り返し、しかし菜々子たちが何よりも期待していた言葉は結局口にしないまま、内田監督はゆっくりと東淀シニアの二人の待つところへ戻っていった。
(P46)


普段から寮生活で鍛えられているからだろう。食事を終えると、それぞれが使った食器をキッチンに運んでくれた。航太郎や陽人、大成はすぐにテレビの前に場所を移し、ソファに腰を下ろしてちょうど開催中の甲子園を見始めたが、蓮は当然のように腕まくりをし、洗い物までしようとした。「いやいや、蓮くん。そんなことしないでいいから。一緒にテレビ見てきなよ」菜々子があわてて止めようとしても、蓮は譲らない。「そういうわけにはいかないです。ご飯をご馳走になった上に洗い物までお願いしとったら、もう遊びにこれへんくなりますから。それに、これは自分のためでもあるんです」「どういう意味?」「徳を積むって言ったら変ですけど、なんかこういうことをしておくと、ちゃんと自分に返ってくるっていうか。練習前にグラウンドのゴミを拾い始めてから、結果がついてくるようになったんです。それもあって、自分のやれることはちゃんとやろうって」へぇ、すごい……と、菜々子が感心しているところに、航太郎の声が飛んできた。「蓮は変わりもんなんや!寮でもその手の本ばっかり読んどるで。将来、社長にでもなるんかってみんな言っとるわ」「うっさいわ、黙っとれ!」蓮は屈託なく笑いながら、手際よく洗い物を済ましていく。
(P218)

球場に乗り込む前にホテルのロビーで行われたミーティングでは、キャプテンの 西岡蓮がむしろ選手たちのプ レッシャーを解こうとしていた。「俺たちにとってはじめての甲子園が目と鼻の先や。意識せんのは難しいってわかってる。せやけど、変に硬くなるのはやめようや。ここにいる全員がただ楽しくて、ただ好きで始めた野球やったと思う。最初から甲子園のことが頭にあったヤツなんておらんかったはずや、この大会だけはあの頃みたいに野球そのものを楽しもう。結果は必ずついてくる」最初は二年生に、続いて一年生に、そして親に……という順番で、ゆっくりと笑みが広がっていった。
(P247)

「それはべつにいいんだけど、だからって羽目を外すんじゃないよ」「羽目って何?」「だから、お酒とか、タバコとか」半分は冗談のつもりで口にしたが、航太郎は神妙にその言葉を受け止めた。「たしかに。そうだよね。ここまで練習してきて何かやらかして出場停止とか、あらためて考えるとめちゃくちゃこわいよね」噛みしめるように言われ、菜々子もはじめて現実昧を持ってその事実を捉えた。「ホントだね。でも、実際にそういうことってよくあるのよね」「昔ほどじゃないだろうけど」「だとしてもさ」考えただけでもゾッとする。チームメイトの誰かが不祥事を起こして航太郎の夢が奪われるのもおそろしいが、航太郎の悪事によって仲間たちの夢を絶つのはもっとこわい。そのチームメイトの背後には、さらに多くの親や親戚、友人まで期待している人たちがいるのだ。その思いも一緒に踏みにじることになる。
菜々子は昔から「連帯責任」という言葉が嫌いだった。自分がまだ小さい頃、大人たちはしきりにその言葉を使って、子どもたちを統べようとしていた。誰か一人のミスによって、その他大勢がペナルティを受ける。そのせいで恨みを買い、爪弾きにされた友人を知っている。その子はしばらくして学校にも来なくなった。
大人になったいまでも好きな価値観じゃない。教育という観点から見るなら、むしろ間違っている気さえする。子どもを正しく指導できない大人たちが生み出した、最低最悪の方法なのではないかと思う。しかし菜々子が嫌おうが嫌うまいが、航太郎はいまもその思考が根強く蔓延(はびこ)る世界にいる。その親としては、ならばもう願うしかない。自分の息子がみなさまに迷惑をかけませんように。なるべく迷惑かけられませんように。こうした考えが、きっとまた連帯責任の連鎖を生み出すのだろうと思いつつ、祈るしかない。「あとホントにちょっとだからね。悔いの残らないようにがんばりなさい」航太郎もまた「うん。いい年をね。お母さん。あと八ヶ月、よろしく頼みます』と、何かを刻むように口にしていた。
(P263)

苦々しい笑みを口もとに浮かべ、佐伯は航太郎に問いかけた。「どうする?プロ志望届、出すか?」当然だと即答するものと思ったけれど、航太郎はすぐには口を開かなかった。テーブルのどこか一点をじっと見つめ、しばらくするとその目をおもむろに菜々子に向けてきて、あらためて佐伯に視線を戻した。「監督さんは、自分はプロで通用すると思いますか?」「もちろんすぐに通用することは絶対にないが、タイプとしてはプロ向きだと思う」「どういうところが?」「大前提としてポジティブなところ。努力を惜しまずに練習に打ち込めるところ。大舞台に 強いところ。アマチュア時代にしっかりと挫折を経験しているところ。それと決定的なことがもう一つ ――」佐伯はそこで言葉を切って、なぜか菜々子の顔を一瞥した。「自分以外の誰かの思いを背負えるところ。背負うことで、パフォーマンスを向上させられるところかな」一瞬、呆けた表情を見せたものの、航太郎の顔にみるみる笑みが広がった。「決まりや、おかん。俺、プロ志望届出すからな」
(P345)

 

 

先日の一宮モーニング「ココロカフェ」がよかったので、今日も9時過ぎにこちらも一宮モーニングの人気店「珈琲 池田屋」へ。池田屋珈琲(540円)+パングラタン(400円)をいただきます。カリカリのパンの器に熱々のグラタンがたっぷり。グラタン好きの自分には最高のモーニングです♪。喫茶店には珍しく座敷の席もあり、小さな赤ちゃんを連れたカップルも利用していました。それにしても一宮モーニングはレベルが高いです。これからも一宮モーニングの評判店を訪ねるのが楽しみです。ごちそうさまでした♪。

 

珈琲 池田屋

一宮市観音寺2

 

今日のお昼は「よし囍」でみそチャーラー(880円)をいただきます。こちらのお店は31年の長きにわたり人気のお店でしたが、昨年4月 ご店主の死去に伴い惜しまれつつ閉店するところでしたが、このお店を閉店させるのは忍びないということで新しく引き継いでくれる方がお二人現れ、よし囍の味を守ってくれているというお店です。店内は有名人の方の色紙でいっぱい。この値段でおいしいチャーラーがいただけるこれからも大切に守っていきたいお店です。ごちそうさまでした♪。そしてよし囍の味を絶やさずに守っていこうというお二人に唯々感謝です。ありがとう。

 

よし囍 (よしき)

名古屋市中区新栄1

 

今日は一宮の方へ行く用事があり、お昼は前から行きたかった「ココロカフェ」です。こちらは一宮モーニンググランプリの常連店でSnow Manやマツコ有吉、地元TVで何度も取り上げられているお店で、ブレンドコーヒー+ビーフシチューのスペシャルモーニング(1200円)をいただきます。

 

 

パンの器に熱々のビーフシチューが入っていて、食べ進めるにつれて器のパンをちぎりながらシチューに浸して食べ進めます。シチューはもちろん、サラダのドレッシングやブレンドコーヒーもおいしく、さすが人気店だけのことはあります。一宮は他にも美味しいモーニングを出すお店が多いので、また他のお店も訪れてみたいです。ごちそうさまでした♪。

 

ココロカフェ (COCORO CAFE)

一宮市千秋町佐野