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あらすじ
青豆は拳銃の引き金を引かなかった。天吾と青豆は1Q84の世界でめぐり会うことができるのか?この世界の中に私(青豆)が含まれ、私自身の中にこの世界が含まれている。合わせ鏡のようにどこまでも反復されていくパラドックス。BOOK3では、青豆と天吾を調べる牛河を主人公とした「牛河の物語」が加わる。

 

ひと言
穴場の図書館で予約を入れてやっと読むことができました。実は早くBOOK3の内容を知りたくて、連休前に第3章まで本屋さんで立ち読みしていました。牛河の章が新たに加わり、天吾を牛河が、その牛河を青豆が尾行するシーンなどはとてもスリルに満ちていて、600ページの後半は一気に読んでしまいました。最後は「えっ、これが村上春樹なの?」というようなハッピーエンドでしたが、月がきれいに見えるホテルの部屋での2人が印象的でした。

 

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あらすじ
野々宮希和子は、不倫関係にあった、秋山丈博と妻・恵津子の間に生まれた、生後半年の赤ん坊・恵理菜を、アパートから連れ去り、かつて丈博と話した名前「薫」と命名して、三年半の逃亡生活をおくる。丈博との間に出来た子供を堕胎したことがあり、「薫」を本当の自分の子供のように思い、慈しんで可愛がる希和子。友人・老女・宗教団体「エンジェルホーム」・友人の実家などを渡り歩いた末に、希和子は逮捕され、幼い恵理菜は両親と妹の元に帰る。月日は流れて、恵理菜は大学の合格とともに、両親や妹から離れて一人で暮らす。バイト先で知り合った妻帯者・岸田の子供を身ごもり、堕胎するつもりが…。

 

ひと言
タイトルにもなっている「蝉」を通して「生」に対する思いの変化 「ずうっと土の中にいたのに、生まれてそれっぽっちで死んじゃうなんてあんまりだって、子供の頃、思ったことがあるんだよね」「でもね、大人になってからこう思う様になった。ほかのどの蝉も7日で死んじゃうんだったら、べつにかなしくないかって。だってみんな同じだもん。なんでこんなに早く死ななきゃいけないんだって疑うこともないじゃない。でも7日で死ななかった蝉がいたとしたら、自分だけ生き残っちゃったら、その方が悲しいよね」「7日で死ぬよりも、八日目に生き残った蝉の方がかなしいって言ったよね……それは違うかもね、八日目の蝉は、他の蝉がが見られなかったものを見れるんだから、見たくないって思うかもしれないけれど、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと思う……」がよく表されていた。小豆島に渡るフェリーの待合室。互いに気づかずに再開した希和子と薫。体のどこかが引き裂かれるような別れをし、どうかもう一度めぐり合わせてと切望し続けた誰かに私たちは気づかぬうちに会っているのかもしれない。と感想を書かれた方があったが、全くその通りだと思った。そしてこの再会は、八日目に生き残った2人に、神様が与えてくれたささやかなプレゼントなんだ。でもほとんどの人はそのプレゼントに気づかずに生きているんだと思った。NHKで 2010.3.30 - 2010.5.4(全6話)のドラマになったということだか、もしDVDになるような機会があれば、そのドラマも見てみたいと思った。

 

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職場の同僚に名古屋では評判のおいしいラーメン屋さんに連れて行ってもらいました。
店で人気メニューの 塩はなび (990円)をいただきました。
味の誤魔化しがきかない塩を売りにしているだけあり、とても上品で美味しい塩ラーメンでした。台湾まぜそばも人気で木曜日はまぜそば専門店になるということです。今度は台湾まぜそばをいただきにいきたいです。
 
麺屋はなび
名古屋市中川区高畑
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あらすじ
夜を徹して八十キロを歩き通すという、高校生活最後の一大イベント「歩行祭」。生徒たちは、親しい友人とよもやま話をしたり、想い人への気持ちを打ち明け合ったりして一夜を過ごす。そんななか、貴子は一つの賭けを胸に秘めていた。三年間わだかまった想いを清算するために。今まで誰にも話したことのない、とある秘密。折しも、行事の直前にはアメリカへ転校したかつてのクラスメイトから、奇妙な葉書が舞い込んでいた。去来する思い出、予期せぬ闖入者、積み重なる疲労。気ばかり焦り、何もできないままゴールは迫る。2005年 第2回 本屋大賞受賞
 
ひと言
読み終えるのがもったいなくて、もっともっと続いて欲しいと思うような青春小説でした。「歩行祭」は、原作者の恩田陸さんの母校 茨城県立水戸第一高等学校の学校行事「歩く会」がモデルになっているらしい。今は授業時間確保ということで学校行事がどんどん削られていく時代になったけれど、こういう行事が今でもあるような学校に通いたい。そして80kmも歩き通した充実感を体験してみたいと思いました。
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あらすじ
大丈夫、きっと切り抜けるだろう。―体も心も満ち足りていた激しい恋に突然訪れた破局、その哀しみを乗り越えてゆくよすがを甘美に伝える表題作、昔の恋人と一つの部屋で過ごす時間の危うさを切り取る「手」、17歳のほろ苦い恋の思い出を振り返る「じゃこじゃこのビスケット」など、詩のように美しく、光を帯びた文章が描く、繊細な12の短篇。
2003年 第130回 直木賞受賞

 

ひと言
江國さんの作品は「神様のボート」しか読んだことはありませんが、この作品は物悲しさを残しながらさらりと読める短編集でした。12編の中では「洋一も来られればよかったのにね」が一番印象に残りました。江國さんのあとがきの「たとえば悲しみを通過するとき、それがどんなにふいうちの悲しみであろうと、その人には、たぶん、号泣する準備ができていた。喪失するためには所有が必要で、すくなくとも確かにここにあったと疑いもなく思える気持ちが必要です。……。かつてあった物たちと、そのあともあり続けなければならない物たちの、短編集……」

 

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あらすじ
私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない。三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった! クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

 

ひと言
3月末に大阪万博から40周年を記念して太陽の塔の夜間点灯が復活したというニュースがあったのを思い出して借りました。もう30年も前の自分の大学時代を思い出し、ゴキブリの話やまなみ号の件に近いようなこともあったなぁと、自分の昔の思い出にニヤつきながら懐かしく楽しく読ませてもらいました。そして無性に太陽の塔を見に行きたくなりました。「三田村さん、また痩せたんじゃないか」……我々は二人で頭をつき合わせては、容赦なく膨らみ続ける自分たちの妄想に傷つき続けて幾星霜、すでに満身創痍であった。……かつて飾磨はこう言った。「我々の日常の90パーセントは、頭の中で起こっている」

 

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あらすじ
恋するオンナは、一生懸命で一途で、ちょっと脆くて、何より強い。そんな男前でかわいい彼女たちの6つの恋を描いた絶対元気になれる最強の恋愛小説!

 

ひと言
4月はとても忙しくてまだ1冊も読了できませんでしたが、やっとどうにか1冊……。有川 浩さんの「阪急電車」も昔1、2回乗った今津線の駅を思い出しながら楽しく読ませてもらいましたが,この「クジラの彼」も元気をもらえるような楽しい作品でした。6つの作品の中では「国防レンアイ」と「クジラの彼」がよかったかな。

 

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あらすじ
栗原一止は信州の病院で働く、悲しむことが苦手な内科医である。ここでは常に医師が不足している。専門ではない分野の診療をするのも日常茶飯事なら、睡眠を3日取れないことも日常茶飯事だ。そんな栗原に、母校の医局から誘いの声がかかる。大学に戻れば、休みも増え愛する妻と過ごす時間が増える。最先端の医療を学ぶこともできる。だが、大学病院や大病院に「手遅れ」と見放された患者たちと、精一杯向き合う医者がいてもいいのではないか。悩む一止の背中を押してくれたのは、高齢の癌患者・安曇さんからの思いがけない贈り物だった。第十回小学館文庫小説賞受賞作。

 

ひと言
最先端医療が必ずしも患者を幸せにするとは限らないんだということに改めて気付かされました。孤独な病室で、機械まみれで呼吸を続ける延命治療ではなく、北アルプスの山々を見るために病院の屋上に連れていってくれたこと、今は亡き夫との思い出の詰まった文明堂のカステラを食べさせてくれたことが、安曇さんにとってはほんとうに幸せで生きていることを実感できたのだと思います。「病いの人にとって、もっとも辛いことは孤独であることです。先生はその孤独を私から取り除いてくださいました。たとえ病気は治らなくても、生きていることが楽しいと思えることがたくさんあるのだと、教えてくださいました。……」出てくる人たちの暖かさ優しさに触れることができた作品でした。

 

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あらすじ
2009年のベストセラー、村上春樹『1Q84』の賛否を問う。今を代表する35人の論客が、様々な角度から村上春樹の「1Q84」を照射し作品の謎を紐解く。
あからさまなエンターテイメント性はなぜ導入されたか―桁違いのスケールの「世界文学」(加藤典洋)   これは「卵」側の小説なのか(島田裕巳)   幻談(四方田犬彦)   相対化される善悪―オウム真理教事件から14年経て辿り着いた場所(森達也)   「父」からの離脱の方位(内田樹)      ねじれた都市と歴史の物語(五十嵐太郎)   なぜこういう物語が展開されなければならなかったのか(川村湊)   いまのところ「取扱注意」である(石原千秋)etc……

 

ひと言
いろいろな人の論説を読んで、感心させられたり、ちょっと違うんじゃないかな と思ったりして楽しく読ませてもらいました。心に残った部分を一部抜粋します。  
世界で宮崎のアニメが受け入れられているのは、奇妙な「わかりにくさをもつ」未知の魅力に満ちているからです。村上についても同じことが言える(加藤典洋)  これまでの村上春樹の小説では「正しい」という言葉はセックスと非常に強い親和性を持っていた。しかし、使用頻度は高くなく、大事に使われていた。典型的な例を挙げよう。 その夜、僕は直子と寝た。そうすることが正しかったのか、僕にはわからない。(『ノルウェイの森』) ところが、『1Q84』では「正しい」という言葉が、数えまちがいがなければ、全部で14回も使われている。……(石原千秋)  入院する父親のベッドの上に「空気さなぎ」を見る。天吾は、中には自分の「ドウタ」が入っていることを知っている。だがその中には「美しい十歳の少女」の青豆の「ドウタ」であった。「ドウタ」とはマザ(実体)の心の陰であり、つまり、分身である。天吾の「ドウタ(分身)」が入っているはずの「空気さなぎ」に青豆が入っていたということは、青豆が天吾の「ドウタ(分身)」であるということを示している。……(速水健朗)  奇数章は天吾が書いている小説なのではないかと、…。つまり偶数章が奇数章を入れ子状に抱えこんでいるかもしれない。……(千野帽子)etc……

 

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あらすじ
村上春樹「1Q84」の世界をビジュアルとともに振り返り、徹底的に深読みするガイド本の決定版。
第1章 『1Q84』をめぐる冒険       第2章 『1Q84』の登場人物と世界観
第3章 物語を形作る「音楽」の謎    第4章 なぜ、この「武器」が使用されたのか
第5章 「乗り物」についての考察    第6章 1Q84世界を彩る小道具たち
第7章 物語に「引用」される書籍・映画の世界    第8章 カルト教団の秘密

 

ひと言
第1章の『1Q84』をめぐる冒険では、首都高速3号線の三軒茶屋手前の非常階段や、青豆が潜んでいたと思われるようなマンションや児童公園 etc… の写真があり、東京の地理が解っていない自分としては参考にはなったが、1Q84 Book3 を読む前に、こういう写真を見てしまうことは、はたして良いのか悪いのか 疑問の残るところである。
けっこうオタクというかマニアックというか、感想の書けない本である。