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あらすじ
不安、焦り、悲嘆、疑念……絶望のどん底にあった僕を、町の住人たちを救った老人の言葉とは。世界20カ国で話題の自己啓発小説。悩みを抱き、自暴自棄になっていた僕の元に突然現れた「ジョーンズ」と名乗る老人。彼と対話を重ねるうちに、たとえ今がどんなにつらくても、ものの見方をほんの少し変えるだけで自分が十分に満たされていることに気づかされて。ホームレスからベストセラー作家になった著者が贈る、世界20カ国で話題の自己啓発小説。

 

ひと言
世界20カ国で翻訳された本というのも頷ける内容で、訳者が上手くとても読みやすい本であった。下に引用した4つの『方言』が印象に残った。

 

 

「アメリカ人もスコットランド人も英語を話す。でも方言がまったく違うから、おたがいの言っていることがちんぷんかんぷんなことがある。……。「バリーは君をとっても愛してるよ。しかし、彼がコミュニケーションに使う『方言』は、承認の言葉なんだ。彼に理解できる『方言』はそれしかない。だから、承認の言葉を聞いて初めて、彼は自分が愛されていると感じるんだ」……。「幸か不幸か、自分が愛情を表現する方法と、自分が愛されていると感じる方法は同じであることが多い。……、君に何度も『愛してる』『綺麗だね』と言うことで、一生懸命に愛情を伝えようとしたんだよ。ところが、君にはそれが伝わらなかった。バリーにとっての愛情表現の方法である承認の言葉という『方言』を、君は知らなかったんだからね。というのは、君にとっては親切な行為というのが愛情表現の方法なんだ」……。……。
愛情表現の『方言』は四つある。…。ひとつ目が承認の言葉で、ふたつ目は親切な行為。残りのふたつは何?」「三つ目の『方言』は、肉体的接触だ。相手の肩に手をやる程度のものから性的関係までさまざまだね。…。この『方言』を使う人にとっては、相手と触れ合うときに最も愛されていると感じる。中には、この方法でなければ愛情を感じられないという人もいるくらいだ」……。「第四の『方言』は、相手と質の高い時間を共有することだね。このタイプの人にとっては、それ以外の三つの方法はあまり意味をなさない」
(第2章 離婚の危機 第3章 愛情の表現)

 

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あらすじ
アマゾンが日本に進出することは、まだ絶対的な極秘事項で、だれにも知られてはいけません―2000年11月、ネット書店のアマゾンが日本でオープン。直前まで立ち上げを隠し続けた同社の内部では何が行われていたのか?巨大なシステムの裏側を当時のスタッフが語る門外不出の成功秘話。

 

ひと言
第4章 カスタマーキャンペーンをやろう でも書かれていることであるが、アマゾンを語る上で、欠くことができないのがカスタマーレビューの存在で、カスタマーレビューがどの程度顧客の購買に寄与しているかを測定した「ABテスト」を行ったことや、「ファースト・レビュー・プロモーション」をもっと日本向けにした取組が行われたことも興味深かった。私もアマゾンを利用してよく買い物をするのであるが、その理由がネットでの買い物の信頼性と送料無料。この送料無料のいきさつについても書いて欲しかったと思う。

 

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あらすじ
「被災地の新聞に載った心温まる震災ニュースを全国の人に届けたい」。そんな思いからこの企画は始まりました。その趣旨にジャーナリストの池上彰さんが賛同され、東北・東日本の地元県紙、通信社の全面協力で、一冊の本にまとめることができました。濁流に襲われた住民30人を救ったダンプカー運転手、水門閉鎖に向かって津波の犠牲になった消防団員、自閉症の中学2年生が避難所で弾く癒しのピアノ。地域に密着した地元新聞だからこそ掘り起こすことができた、感動の人間ドラマ94本を収録。私たちが知らなかった「3 ・11」の真実がここにはあります。

 

 

ひと言
最近はうちが取っている新聞は、一面に東日本大震災の死者・行方不明者数を載せなくなった。もう1年以上も経って1人も減らない行方不明者数を毎日載せるのは忍びないという判断なのだろうか。今日から4月、新しい年度が始まるにあたり、1人でも多く、1日でも早く行方不明の方がご家族のもとに戻ることができますよう、亡くなられた方のご冥福とこの震災で傷ついた方々が一刻も早く立ち直って前に進むことができますようにお祈りします。

 

 

 

障害ある娘と身潜め
避難所で不安募らす母 夜中の叫び「口閉じてしまいたくなる」
東奥日報 2011年3月25日付朝刊

 

 

「ガムテープで□を閉じてしまいたくなるけど、できないよね」。 知的障害のある長女(39)と2人で宮城県女川町の避難所に身を寄 せる母親(69)は、かたわらの娘に目をやってつぶやいた。約70人が眠る避難所の夜、長女はときおり叫び声を上げる。小声のする室 内はそのたび静まり返る。  地震の前、長女の後見人に長男(49)を選任する決定通知が裁判所から届いていた。母親は3年前にがんを患い、後を託したのだ。妻子と町内で募らしていた長男は消防団員。行方はいまだに分からない。「私が元気なうちになんとか段取りをしたい。2人で生き残ってしまったのだもの」長女の障害者手帳に記された程度は重度とされる「A」。トイレには母親が付いて行く。夜中に叫ぶのは、子どものころ周囲にからかわれて言わされていた言葉。「聴くに堪えない汚い言葉なの」。 母親は口に手を添えて言った。地震が起きた時、長女は高台にある障害者の通所施設にいた。近くの自宅から迎えに行った母親と一緒に避難所へ。自宅は津波で跡形もなく流された。21日の夕方、避難所を町議が訪れた。「どんなに小さくてもいい。 障害者の家族だけ、が集まれる避難所が欲しい」。繰り返し懇願する母親に「いまはみんな家がない。特別扱いはできない」との答え。 町議が帰った後、母親は静かに憤った。「数が少ない障害者への対策はいつも後回し。当事者のことはなかなか分からないよね」。今のままで行き場はない。いつか出て行けと言われるのでは、との不安が募る。 2人の布団はほかの避難者から少し離れて並んでいる。分け合って食事をするとき以外、長女はほ とんど横になって過ごす。夜は頭まで布団に潜り込む。声が漏れないよう、長女なりに気を使っているのだという。「自分は試されていると思う。ここで負けてしまっては息子も浮かばれない。出て行けと言われるまで、居続けようと思います」(第4章 生死を分けた一瞬)

 

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あらすじ
ベストセラー作家の中田永一(小説家 乙一が恋愛小説を書くときに用いる別名)が、アンジェラ・アキさんの「手紙~拝啓十五の君へ~」に鼓舞されて描いた、長崎・五島を舞台にした青春小説。拝啓、十五年後の私へ。中学合唱コンクールを目指す彼らの手紙には、誰にも話せない秘密が書かれていた。読後、かつてない幸福感が訪れる。
(2012年本屋大賞ノミネート作品)

 

ひと言
船に乗れ!(2010)、シューマンの指(2011)と音楽関係の本が本屋大賞にノミネートされるが、今までの経験から、いまいちかもしれないなと思いながら今年 2012年の本屋大賞ノミネート作品なので読んだのだが、ラストといい、結構いい作品に仕上がっていて楽しめた。同じく今年のノミネート作品「ピエタ」大島真寿美(未読)といい、音楽絡みの作品が増えている傾向にあるのか。気になる今年の大賞は、小川 洋子さんの「人質の朗読会」もよかったけれど、小川さんは「博士の愛した数式」で2004年に大賞を受賞しているので遠慮してもらって……。
今年は万城目 学さんの「偉大なる、しゅららぼん」がいいかな。4月10日の本屋大賞の発表が楽しみです。

 

 

まだちいさかった私は、最後の一粒をとられてしまったことがかなしくて、泣いてしまった。いっしょにいた母が、私を泣き止ませようと、何かを言ってくれたのだが、私は泣いているばかりで、母の言葉なんて聞いてはいなかった。もったいないことしたなとおもう。ドロップのことではない。母の言葉を聞いていなかったことだ。もう、死んでしまった人に「あのときなんて言ったの?」とたずねることはできないのだから。(P119)

 

 

「さあねえ。また、こんまか子ば泣かしてしまうかもしれんね」……。「落ちたもんは食べたらいかんて、アキオに教えとらんかったとよ。それでおもわず、手がのびたらしかねえ。そん子のお母さんにあやまって、ゆるしてもらったとよ」母はなつかしそうにしていた。(P177)

 

 

桑原サトルのお兄さんが立ち上がった。彼は、階段にちらばったドロップに、じっと視線をむけている。「……ナズナ……」彼がつぶやいた。ロがあまりひらいておらず、聞き取りにくい声だったが、自分の名前だったのではっきりとわかった。桑原サトルが歌うのをやめて怪訝そうな顔をする。私もおなじような表情だっただろう。彼はいつ、私の名前をしったのだろうか。さきほど自己紹介したとき、苗字しか名乗らなかった気がするのだけど。彼は表情を変えないまま、ちらばったドロップに視線をそそいで言葉をつぶやく。「……泣かんとよ……だいじょうぶ……おうちに……」合唱はまだつづいている。
……。……。
「……おうちに帰ろう……泣かんとよ……」桑原サトルの兄が、くりかえし、つぶやいている。おなじ島の中で暮らしていたのだから、いつかどこかですれちがっていたとしてもおかしくはない。私はもう、そのとき、気づいていた。この人があの教会で私のドロップを食べてしまった少年だったことに。教会で私は、母に抱きしめられた。からっぽの缶をにぎりしめて泣き続ける私に母は言った。彼の発している言葉が、母の声ではっきりと耳に届く。「泣かんとよ、ナズナ、だいじょうぶよ。さあ、おうちに帰ろうね……」(P276)

 

3月14日の夜 自分のブログを開いたら、なんと2000名を超える訪問者があり、びっくり!びっくり!。
この日の最終の訪問者は2218名にもなりました。
ブログを始めて2年2ヶ月、このブログの昨日までの訪問者は3146名(うち600ぐらいは本人です)。
このブログは最近読んだ本がこんがらがってきてそれを防ぐために始め、あまり人に見てもらうつもりではなかったのですが、こんなにも多くの人がこのブログのどの記事を見にきたのかが気になりました。
もし差し支えなければコメントをいただけるとありがたいです。

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追記

3月24日は2854名

今までも1日数名の方がぶらっと訪れてくれることはあったのですが、1日に3000名近い人が私のブログのどの記事を見に来てくれているのか、どういう経路でここにたどり着いたのかがわかりません。
ほんとうに もしできればコメントをいただけませんか。

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あらすじ
東日本大震災による津波に直面した子供たちが、地震の瞬間や、津波を目の当たりにした時に何を感じたのか。家族や親友を失った悲しみ、避難所の暮らし、そして今、何を支えにしているのかを綴ってくれた文集です。半分以上は直筆文章を原稿用紙のまま掲載。

 

ひと言
震災からちょうど1年。15854名の方がお亡くなりになり、まだ3155名の方が見つかっていない。死者・行方不明者の64%が60歳以上の方。56名の方が震災が原因で自殺され、1354名の方が避難生活での体調悪化などによる震災関連死で亡くなられている。何もできない私たちは、ただただ、亡くなられた方々のご冥福を、3千余名のまだ帰らぬ方々が一刻も早く見つかることを、まだまだ悲しみから立ち直れないでいる方々に笑顔が戻ることを、心よりお祈りします。
『PRAY FOR JAPAN 3.11世界中が祈りはじめた日』という本と同時に注文した『つなみ 被災地のこども80人の作文集』を読み返した。子どもの眼を通して今回の地震と津波の凄まじさが伝わってくる。文藝春秋から『「つなみ」の子どもたち』というハードカバーの単行本が出版されているということなので、そちらも読んでみたい。

 

 

「おばあちゃんのためにひいたピアノ」 大槌町赤浜小学校六年 黒沢知佳

 

 

二〇一一年三月十一日、大きな地震とともに津波が平和な赤浜をおそった。あの地震がおきた時、私たち六年生は体育館で卒業式の練習をしていました。
……。……。
校長先生がうれしそうに言いました。「卒業証書も無事だったので、三月二十九日に卒業式をひらきます。良かったね」その言葉を聞いて、私はうれしくなりました。それに、地域の人たちにも卒業式を見てもらえるので、とても最高の卒業式になると思いました。その次の日から卒業式の準備にかかりました。看板作り、それとピアノの練習もしました。卒業式当日、私はすごく緊張しました。ピアノをひいてまちがえませんように。と心の中で願いました。そして私がピアノをひく番になりました。一生懸命ひきました。おばあちゃんに聞こえることを願って。そして卒業式は終了。私たち七人は無事卒業できました。ピアノは今までひいた中で一番うまくひけたようなきがしました。でも私はおばあちゃんに卒業式を見てもらいたかったです。でもきっと空の上から見ててくれたと思います。二ヵ月たった今もおばあちゃんは見つかっていません。どこにいるか、どこにうまっているか……だれも知りません。なので私は一日一日おばあちゃんが見つかることを願うことしかできません。おじいちゃんはおばあちゃんの大好きだった、ゆりの花が、家のがれきの下から芽を出していたのを見つけ、今、大事に育てています。花が咲いたらおばあちゃんに見せるそうです。私はいつか、必ずおばあちゃんが見つかると信じています。なのでこれからもいろんなことをのりこえ、一日一日をがんばっていきたいです。そしてみんなの笑顔がもどってくることを願っています。

 

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あらすじ
みんな、ひとりぼっちじゃない――先生が、そばにいてくれるから。うまくしゃべれない教師と、傷を抱えた生徒たち。静かで温かな再生の物語。村内先生は、中学の非常勤講師。国語の先生なのに、言葉がつっかえてうまく話せない。でも先生には、授業よりももっと、大事な仕事があるんだ。いじめの加害者になってしまった生徒、父親の自殺に苦しむ生徒、気持ちを伝えられずに抱え込む生徒、家庭を知らずに育った生徒──後悔、責任、そして希望。ひとりぼっちの心にそっと寄り添い、本当にたいせつなことは何かを教えてくれる物語。

 

ひと言
普通は必ずと言っていいほど、先に本を読んでから、映画やドラマを見るのですが、先週、阿部 寛さん主演の「青い鳥」というドラマのレンタルDVDを見て、すぐにこの本を読みたくなって(読まないといけないと思って)本を借りました。本は買わない主義なのですが、この本は手元においておきたいなぁと思わせてくれる一冊でした。そばに人がいる所で読んでいたのですが、(おまもり)の「いま、お墓にお願いしてきたんだ、……」という所では、涙があふれて止まりませんでした。近くにいた人は突然、人が泣き出したのでびっくりしたと思います。
重松 清さん。すてきな作品、ほんとうにありがとうございました。

 

 

霊園からお寺の境内に戻ると、お父さんは「ちょっとここで待ってろ」と本堂の脇の事務所でおまもりを買ってきた。交通安全のおまもりを、二つ――お兄ちゃんと、わたしのぶん。「おととしだったかな、その前だったかな、おまもりを売ってるのは知ってたんだけど、やっぱり、ここで買うのはちょっとなあ、って思ってたんだ」でも、もういいよな、初めてみんなで来たんだし、と言い訳するように言って、まずお兄ちゃんにおまもりを渡す。「いま、お墓にお願いしてきたんだ、息子がクルマを運転するのを許してください、って」(おまもり)

 

 

「いじめは……ひとを、きっ、嫌うから、いじめになるんじゃない。人数がたっ、たっ、たくさんいるから、いじめになるんじゃない。ひとを、踏みにじって、くくっ、くっ、苦しめようと思ったり、くくっ、くっ、くっ、くく苦しめてることにきっ、気づかずに……くくっ、くっ、苦しくて叫んでるこっ声を、ききっ、ききっ聞こうとしないのが、いじめなんだ……」言葉がつっかえるたびに、先生の眉間には皺が寄る。息苦しそうに体がこわばり、痙攣するように顎がわななく。本気なんだ、と思った。ほんとうに、この先生は、いま、本気でしゃべっているんだ、とわかる。(青い鳥)

 

 

「でも……罰じゃないですか、野口のこと忘れるなって、忘れるのは許さないって、ぼくらに罰を与えてるわけでしょ?」先生はもう一度首を横に振って、「そうじゃないよ」と言った。「じゃあ、なんなんですか?」「責任だ」 ……。 「野口くんは忘れないよ、みんなのことを。一生忘れない。恨むのか憎むのか、許すのかは知らないけど、一生、ぜっ、ぜぜぜっ、絶対に忘れない」「……はい」耳がツンとする。鼻の奥と目の奥のつながったところが痺れたように熱くなって、たくさんつっかえていたはずの先生の言葉は、そこから先は嘘のようになめらかに耳に流れ込んだ。一生忘れられないようなことをしたんだ、みんなは。じゃあ、みんながそれを忘れるのって、ひきょうだろう? 不公平だろう? 野口くんのことを忘れちゃだめだ、野ロくんにしたことを忘れちゃだめなんだ、一生。それが責任なんだ。罰があってもなくても、罪になってもならなくても、自分のしたことには責任を取らなくちゃだめなんだよ……。ぼくたちは、反省をした。後悔もした。本人には届かなかったけど、作文の中でも、心の中でも、たくさん野口に謝った。でも、それは「責任」とは違うのかもしれない。忘れるな、と先生は繰り返して言った。野口くんのことを忘れるな。自分がやったことを忘れるなよ。忘れていない。いまも思いだせる。これからだって、忘れない。カンペンしてくださいよお――泣いている。野口は確かに泣いている。いまならわかるのに。どうして、あの頃は気づかなかったのだろう。(青い鳥)

 

 

先生は、正しいことを教えるために先生になったんじゃないんだ。「……どういうこと?」先生は、たいせつなことを、教えたいんだ。その一言を言い終えると、それこそ「たいせつなこと」を伝え終えたみたいに、先生は深くて、気持ちよさそうなため息をついた。「よかったよ、間に合って」(進路は北へ)

 

 

おまえの。手のひらは、もう。嫌いななにかを握り。つぶす。ためのものじゃないんだ。たいせつななにかをしっかりと。つかんで、それから。たいせつななにかを優しく。包んでやる。ための。手のひらなんだよ。(カッコウの卵)

 

 

みんな孤独で。みんなの孤独が通じあふたしかな存在をほのぼの意識し。うつらうつらの日をすごすことは幸福である。「ごびらっぷの独白」ぎゃわろッぎゃわろッぎゃわろろろろりッ「誕生祭」草野 心平 (ひむりーる独唱)

 

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あらすじ
ありえないことなど、ありえない。不思議なことも不思議じゃなくなる、この日常世界へようこそ。七階を撤去する。廃墟を新築する。図書館に野性がある。蔵に意識がある。ちょっと不思議な建物をめぐる奇妙な事件たち。現実と非現実が同居する「七階闘争」「廃墟建築士」「図書館」「蔵守」の4編収録の最新作。

 

ひと言
メルクマール?聞いたことがある言葉だけどなんだっけ?「メルクマール」…物事を判断する時に用いる指標のこと。判断基準。イルムーシャ?何これ?聞いたことのない言葉、インターネットで検索をかけてみる。こういう作品が好きな人もいるのだろうが、私にはちょっと合わない作品でした。4編の中では「七階闘争」が読みやすかったかな。

 

 

「その後、『第一号七階』は、宗教界や政界の様々な深謀遠慮や駆け引きを経て、造られて三十年後に、初めて六階と八階の間に置かれたんです。これが有名な『イルムーシャの七階』。この階配置が、七階の存在する建築物のメルクマールとなって、世界中にその範を示したんです。それ以来、七階はずっと六階と八階に挟まれた場所に存在するの」諳んじるような説明に、私はすっかり感心してしまった。(七階闘争)

 

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あらすじ
「私たちはお金を使うとき、品物といっしょに、何かべつのものも確実に手に入れている。大事なのは品物より、そっちのほうかもしれない」お金には無頓着。だけど、ほしいものはどうしてもほしい!意を決して何かを買ったり、考えた末にあきらめたり。直木賞作家が、そんなお金にまつわるひたむきな思いと体験をつづった。多機能の電子辞書。まあたらしい冷蔵庫。輝かんばかりの女になるための化粧品。年齢にふさわしい所持金。待ち人があらわれるまでの空白の時間。母との忘れられない旅…。その値段は?お金は何をしてくれて、何をしてくれないのだろう?日々と物欲のくらしから垣間見た、幸福のかたち。

 

ひと言
角田光代さんのエッセイ。笑いあり考えさせられるところありで、とても楽しく読ませてもらいました。
私たちのたいていは、ものすごくひまな人間だと私は思っている。どんなに仕事が忙しくても、するべきことなんか本当は少なくて、退屈なんだと思っている。……。そうして、私たちはひまというものを何よりもおそれている。ひまで、退屈で、すべきことがない、ということは致命的だ。この場所にいる意味がことごとくなくなる。そのことを私たちはおそれる。そのおそろしい感じを、携帯電話は忘れさせてくれるのだ。初期設定をしたり試しメールをしたりすることで時間がつぶれるという意味ではない。自分だけの電話を持ち、そこにつながるただひとつの番号とアドレスを持ち、自分だけの着倍音を選び画面を選び、それからストラップなんかも選んでみて、まるで電話をIDカードのように仕立て上げ、そのIDカードを用いてだれかと話したり、手紙の交換をしたりする。この一連のものごとが、私たちはひまではないと錯覚させてくれる。ひまじゃない、だからだいじょうぶ、と、このちいさな電話はけなげにも私たちを安心させる。(携帯電話 26000円)

 

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あらすじ
起業のためにIT企業を辞めた多岐川優が、人生の休息で訪れた故郷は、限界集落と言われる過疎・高齢化のため社会的な共同生活の維持が困難な土地だった。優は、村の人たちと交流するうちに、集落の農業経営を担うことになる。現代の農業や地方集落が抱える様々な課題、抵抗勢力と格闘し、限界集落を再生しようとするのだが……。 ルールは変わった! 老人、フリーター、ホステスに犯罪者? かつての負け組たちが立ち上がる逆転満塁ホームランの起業エンタテインメント。

 

ひと言
バルビゾン村が出てきたあたりから「ん?!」今まで自分がイメージしてきたこの限界集落にミレー記念館のような美術館を建てるっていうこと?!。ちょっと頭が混乱しそうでしたが、日本中の限界集落に「頑張れ!」とエールを送っているような作品で、楽しく読ませてもらいました。
「ところで、このクズ野菜キャラを使って、またマンガ描くんでしょう。だったら、あたしに提案があるんだけど」美穂が片眉を吊り上げ、優を見た。「あなた方都会から来た人たちも、もう分かってると思うけど、食料って別に不足してるわけじゃないでしょう。輸入に頼ってる一部を除けば、むしろ余ってるのよ。マスコミがさんざん、日本では食料自給率は四十パーセントで、先進国中最低とか恐怖心を煽るから、一般消費者が誤解してるだけ」「そうですよね。おれも田舎来て、初めて気づきました。でも、何でみんな捨てちゃうんすか。価格下げて売るとか、貧困な国に寄付するとか、やり方はいろいろあるはずじゃないですか」……。「日本は山が多いし、大規模農業で徹底的に効率化しているアメリカなんかに比べれば、競争力低いのは当たり前だよ。農家は日本の食糧問題なんかより、まず自分たちの所得のことを考えなきゃ生きていけないの。その為には、消費者にもっと現実を理解してもらいたい。如何にこの国の農業で、理不尽な事態が沢山起きているか。そういうことを、無駄に捨てられてしまう野菜の視点から、梅田くんには描いて欲しいの」……「甘ったれるな!」 優に一喝され、美穂は口をつぐんだ。「苦労してるのは、農家だけか。消費者だって、この大不況の下、リストラの恐怖に怯えながら生きてるんだ。何万人もの派遣労働者がポイ捨てされて、路頭に迷うご時世だぞ。曲がりなりにも、補助金貰って、家があって食いものにも困らない農家は、この国の底辺では決してないはずだ。そんなことばかり言ってると、大反発を食らうぞ。消費者のリスクなんかそっちのけで、農薬だの遺伝子組み換えだのを使って金儲けしようとしているやつらが、偉そうなこと言うなって、非難されるのが落ちだぞ」美穂は唇を噛んだまま押し黙った。(第ニ章)