あらすじ
「原子炉が最大の危機を迎えたあの時、私は自分と一緒に“死んでくれる"人間の顔を思い浮かべていました」。食道癌の手術を受け、その後、脳内出血で倒れることになる吉田昌郎・福島第一原発所長(当時)は、事故から1年4か月を経て、ついに沈黙を破った。覚悟の証言をおこなった吉田前所長に続いて、現場の運転員たちは堰を切ったように真実を語り始めた。2011年3月、暴走する原子炉。現場の人間はその時、「死の淵」に立った。それは同時に、故郷福島と日本という国の「死の淵」でもあった。このままでは故郷は壊滅し、日本は「三分割」される。 使命感と郷土愛に貫かれて壮絶な闘いを展開した男たちは、なぜ電源が喪失した放射能汚染の暗闇の中へ突入しつづけることができたのか。
「死」を覚悟した極限の場面に表われる人間の弱さと強さ、復旧への現場の執念が呼び込む「奇跡」ともいえる幸運、首相官邸の驚くべき真実……。吉田昌郎、菅直人、班目春樹、フクシマ・フィフティ、自衛隊、地元の人々など、90名以上が赤裸々に語った驚愕の真実とは。
ひと言
「所長命令に違反 原発撤退」と書いた5月20日付の朝日報道に真っ先に異議を唱えたのが門田隆将さん。
そして9月11日の朝日の「吉田調書」捏造報道のおわび、取り消しにつながったのが、この本でした。
9月13日(日)、この本を読みたくて図書館に行ったのですが、貸出中で、門田さんの「記者たちは海に向かった」を借り、すぐにこの本の予約を入れました。ラッキーなことに9月30日に図書館からメールが入り、話題の本を借りることができました。
第二十一章 七千羽の折鶴 では、地震発生後3週間近くが経った3月30日、4号機タービン建屋の地下1階で発見された寺島祥希(享年21歳)さんのことが詳しく書かれていて、行方不明の2人が「現場から逃げた」「郡山で飲んでいる姿を見た」という心ない情報がインターネットで飛び交い、お母さんの寺島百合子さんは、地獄のような日々を耐えるために鶴を折り始めました。見つかったという連絡があったとき、家族はずっと寒いところにいた祥希さんに毛布とみんなで折った7千羽の折り鶴を持って生まれ故郷のむつに連れて帰るために迎えにいきます。そのほかにも、涙なしには読めない本です。
朝日の報道に真っ先に異議を唱えた、門田隆将さんらしく、実名をあげて、寺島祥希さんの名誉を守り、真実を伝えようとする門田さん。人の痛みや苦しみを全く感じることのできない朝日の報道にあらためて強い怒りを感じます。
職務を全うするためにお亡くなりになった寺島祥希さんとその同僚の方のご冥福を心よりお祈りいたします。
時計は、間もなく午前三時を指そうとしていた。全員を見渡した伊沢が目を開いた。「みんな、聞いてくれ」息を吸い込んだ伊沢は、こう言った。「緊対からゴーサインが出た場合には、ベントに行く。そのメンバーを選びたいと思う」一同に緊張が走った。「申し訳ないけれども、若い人は行かせられない。そのうえで自分は行けるという者は、まず手を挙げてくれ」線量の高いところに、若い人間を行かせるわけにはいかない。そのことだけは、伊沢は決めていた。静寂が中操内を支配した。全員が伊沢の顔を見て、視線をそらさない。この時、伊沢の顔は、こわばっていたかもしれない。「この頃は、原子炉の状態が、普通じゃないというのがやっぱりわかっていますからね。そこに人を行かせるわけです。しかも、ベントというのは、われわれ運転員にしてみれば、最後の手段に近い。そこに私の命令で人を行かせるということですから、唇を噛みしめるような感じで、ゆっくり、一語、一語、話したように思います」伊沢はそう述懐する。大きな声ではなく、語り聞かせるような口調で、伊沢はそう一同に告げたのである。
五秒、十秒……誰も言葉を発しない。そこにいる誰もが自分が言うべき「言葉」を探していたのである。一瞬の間があいた。沈黙を破ったのは、伊沢自身だった。「俺がまず現場に行く。一緒に行ってくれる人間はいるか」そう伊沢が言った時、伊沢の左斜め後方にいた大友が目を開いた。「現場には私が行く。伊沢君、君はここにいなきゃ駄目だよ」すかさず右後方にいた平野が言葉を重ねた。「そうだ、おまえは残って指揮を執ってくれ。私が行く」二人の先輩当直長がそう言った瞬間、若手が声を上げた。「僕が行きます」「私も行けます」若い連中が沈黙をやぶって次々と手を挙げた。それは、あたかも重苦しい空気を破るための”堰”が切れたかのようだった。中操内は、薄ぼんやりしている。灯かりは、サービス建屋人口に持ち込まれた小型発電機につながれた二、三本の蛍光灯だけだ。伊沢には、手を挙げてくれた運転員たちの表情がよく見えない。それでも、伊沢には、それは驚き以外のなにものでもなかった。「私からすれば、手を挙げてくれたのが、若いクラスですからね。そんな人数は必要ないのに、人数以上に手が挙がりました。まだ三十そこそこの中堅クラスです。ビックリしました」伊沢は言葉が出なかった。申し訳ないけれども、若い人には行かせられない、とあらかじめ言ったにもかかわらず、中堅どころが次々と志願してくれたのである。(第八章 俺が行く)
人間である以上、線量が高くなっている建屋の中に踏み込むことに躊躇や逡巡があるのは当然だろう。だが、その恐怖を彼らは”何か”によって克服した。それが使命感なのか、責任感なのか、それとも、家族と故郷を守ろうとする強い思いなのか、彼らはその”何か”を語らない。いや、彼ら自身がそれが何だったのか、わからないかもしれない。しかし、それぞれが、それぞれの”何か”によって、恐怖に打ち勝ったのは確かだった。
(第八章 俺が行く)
「おい、もうやってんのか」「どうかしたんですか」「それまずい、それ」「どういうことですか」「とにかく止めろ」「なんでですか。入れ始めたのに、止められませんよ」吉田は武黒の”命令”に反発した。しかし、次の武黒の言葉はさすがに吉田を驚かせた。「おまえ、うるせえ。官邸が、グジグジ言ってんだよ!」「なに言ってんですか!」すさましいやりとりになった。だが、そこで電話はぷつんと切れた。(……)
吉田は、現場のトップとして、次々と新たな手立てを打たなければならなかった。六基の原子炉を抱える福島第一原発の所長として、それぞれを制御している責任者である。だが、本店とテレビ会議でやりあっている途中、あるいは、現場で部下たちに指示を与えているさなかに、官邸からの電話が入ってきたのである。しかも、それが、「官邸がもう、グジグジ言ってんだよ!」というレベルのお粗末な話である。なんで”素人”の理不尽な要求が直接、現場の最前線で闘っている自分のところに飛んでくるのか。吉田は、そのことが腹立たしくてならなかった。
直後に本店から、吉田に海水注入中止命令が下った。官邸の意向が本店に伝えられたに違いない。しかし、吉田は、直前に先まわりしてその「対策」を打っていた。「本店から海水注入の中止の命令が来るかもしれない。その時は、本店に(テレビ会議で)聞こえるように海水注入の中止命令を俺が出す。しかし、それを聞き入れる必要はないからな。おまえたちは、そのまま海水注入をつづけろ。いいな」テレビ会議の途中、吉田は、わざわざマイクに入らないようにして担当者にそう言い含めていたのである。海水注入しか方法がないことがなぜわからないのか、と吉田は思った。シンプルに考えれば、膨大な熱量を取り除くには、もう、”海”を使うしかないわけですよ。しかし、海を使うって言ったって、海の水を冷却用に使うRHR(Residual Heat Removal)という残留熱除去系というシステムが期待できなくなっているわけです。淡水なんかそんな大量にありませんので、最終的には海水を入れて冷やすしかないというのが、もう最終結論ですよね。とにかく冷やすしかないんだから、それはあたりまえのことなんです。こっちの頭はとっくにその方向に行ってましたけど、しかし、それを中止しろ、というんですからね」
その道理がわかる専門家が沢山いるはすの本店が、こともあろうに「中止」を命じてくるとは、吉田もさすがに腹に据えかねたのである。しかもそれが、海水注入によって「再臨界」になるのではないか、という官邸の懸念によるものだったことを知るのは、ずっとあとになってからである。
(第十三章 一号機、爆発)