7月26日 西国第23番~第27番の札所と番外の花山院を巡ってきました。

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東名阪、新名神を通り山陽自動車道の山陽姫路西ICで降りて、まずは第27番の圓教寺へ。
朝5時30分に家を出たので麓の書写山ロープウエイの駐車場まで3時間で着きました♪。

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途中の中国道から見える太陽の塔。いつもドリカムの"万博公園の太陽の塔 ひさびさ見たいなぁ♪"「大阪LOVER」を口ずさんでしまいます。~何度ここを通ったって いつもこの歌 口ずさまずにおれへんのよ 近そうでまだ遠い大阪~。
(写真を撮ったのですが、ブレて使えないのでネットから拝借しました)

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第27番 圓教寺へはロープウエイとマイクロバス(徒歩も可)で行きます。

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釈迦三尊像の御座します大講堂も立派ですが長さ45mの2階建て食堂(じきどう)も立派で映画やTVドラマの撮影にも使われるということです。

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次は第26番 一乗寺。歴史を感じさせる三重塔はさすが国宝 とても立派でした。

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第25番 播州清水寺では手水鉢の所にさげられた風鈴の音色がとても心地よく暑さを忘れさせてくれます。

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番外の花山院。前の札所で一緒だった方も参られていました。

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花山院からの眺め。とても景色のいいところです。

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高速を利用し、宝塚ICで降りて次は第24番の中山寺です。ここは多くの方がお参りに訪れていました。

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午後4時、阪急箕面駅前を通ろうとしたとき4台ぐらい前の車から箕面まつりのパレードで踏切が通行禁止に!迂回路も大渋滞で第23番 勝尾寺に着いたのが4時45分 取り急ぎ納経を先にしていただいてからゆっくりとお参りをしました。

家に帰ったのが9時、今回は移動途中の車の中でおにぎりやハンバーガーを食べながら走るという強行軍でしたが、おかげさまで予定のお寺を巡ることができました。移動距離579km。

残りは5ケ所 第1番 青岸渡寺、第5番 葛井寺、第9番 南円堂、第12番 岩間寺、そして第33番 華厳寺です。 この西国巡礼が結願するときには毎日を感謝の気持ちを持って心静かに過ごすことができる人になれますように!
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あらすじ
「なんだか、硬いね」ベッドで恋人が乳房の異変に気づいた。仕事と恋を謳歌する咲子の人生に暗雲が翳る。夫との冷えた関係に加え、急に遠ざかる不倫相手に呆然とする。夏の沖縄で四十歳を迎えた女性の転機を描く表題作「夏を喪(な)くす」。揺れる女心の決意の瞬間を、注目作家が鮮烈に綴る。
「天国の蠅」「ごめん」「夏を喪くす」「最後の晩餐」の四編を収録。

 

ひと言
「天国の蠅」を読んだとき、角田光代を読んでいるような錯覚に陥った。こういうマハさんもいいが、やっぱり読了後、爽やかでやさしい気持ちになれる作品の方がいいかな。4つの中では「夏を喪くす」「ごめん」がよかったです。

 

 

話があるのよ。それは、いままで何度となく使ってきたセリフだった。……。何がなんでも会いたいときにだけ、一方的に「話があるのよ」と宣告し、男を誘い出す。実際は話などない。ただ、会いたいだけなのだ。会いたい、という気持ちに、どうして理由が必要なんだろう。

 

 

暗闇の中で点滅する携帯を開ける。メールは、夫からだった。
おかしなことに気づいてしまった。どうやら、僕はもう、君がいなくては生きていけなくなってしまったようだ。気がつくと、君のことばかりを考えている。寝ても覚めても、ただ君のことを。そう気づいて、なんだかおかしくなった。この年になるまで、こんな気持ちになったことは一度もなかった。もちろん恋をしたことはあるし、妻だっている。けれど、こんな苦しい気持ちに責めたてられたことは一度もなかったんだ。僕はいままで、恋をしてる奴らをいましめたり、笑ったりしてきた。いい年して何言ってるんだよ。本気になるなよ。頭を冷やせ。そんなように言ってきた。でもそれは、僕が本当の恋をしたことがなかったからなんだ。そう気づいた。恋をすることが、こんなにも馬鹿になってしまうことだなんて。僕はほんとうの馬鹿だ。君なしでは何もできない、生きる価値もない、ただの馬鹿なんだ。君に会う。そのことだけに、生きる理由をみつけている。そんな男になってしまった。君のせいで。明日夜七時、君の部屋へいく。そう考えただけで、心が舞い上がっている
青白い光を放つ小さな画面に、咲子はじっと吸い寄せられていた。確かに夫から送られてきたメール。しかし、咲子はすぐに、夫ではない誰かの作為を感じ取った。女だ。夫が彼女に送った「送信済み」メールを、わざと咲子に転送した。そう直感した。夫の狂おしい恋心と、彼女の暗い情熱。わずか三センチ四方の画面から、ひたひたと押し寄せてくる。何度も何度も読み返すうちに、疲労のような、鈍痛のような感覚に、咲子は静かに打ちのめされていった。張り裂けそうな、恋文だった。いままでに一度も目にしかことがないほどの。
水平線のちょうど真ん中をめがけてじわじわと落ちていく夕日を眺めながら、そういえば海で日没を見るのは生まれて初めてだ、と咲子は気がついた。幼いころに海水浴にいったこともあるが、何かにいつも夢中の子供にとっては、海に落ちていく太陽などたいした関心事ではなかったのだろう。砂の城が波にさらわれていくさまや、拾って歩いた貝殻の形などをぼんやりと覚えてはいても、こんなに大きく大胆に落ちていく太陽のことをちっとも覚えていない。それどころか、時間をかけて日没を眺めるということ自体、人生のどこかの場面で経験しかことがあっただろうか。気がつけば、いつもせわしなく生きてきた。目の前にこなすべき仕事があり、勝つべき競争があり、進むべき道があった。空いちめんに広がる紅を吸ってたっぷりと肥大した太陽が、急速に水平線に落ちていくわずかな時間に、咲子は日没を眺めたことがなかったいままでの人生を振り返った。……。
夫の携帯から送られてきた、咲子ではない誰かに宛てた恋文。誰かが夫の携帯を操作して、送信済みのメールをわざと咲子に転送してきた。その誰かとは、明らかに夫の女だ。夫の張り裂けそうな恋文を、咲子は暗記するほど何度も読んで、迷った末に削除した。最初に読んだ瞬間からいまに至るまで、このことを夫に問い質(ただ)す気持ちはとうとう生まれなかった。……。心が舞い上がっている。夫の恋文の最後の一文が、ふいに脳裏をかすめる。咲子は小さくため息をついた。水平線上ににじむ夕日を介して、空と海はひとつに交わろうとしていた。その瞬間、太陽が空中に放出する弱々しい最後の光が、叫び声のように聞こえてくるのが不思議だった。

 

 

咲子は夫の恋文を思い出した。ひたむきな力に満ちた言葉のひとつひとつを反芻した。心が舞い上がっている。そんなふうに言ってくれた男は、いままでつきあった中にはいなかったな。そうぼんやり考えた。

 

 

橋の手すりにひとりもたれていた咲子は、ポケットから携帯を取り出した。昨日撮った日没の瞬間が、小さな画面上に光を放っている。「送信済み」のファイルを開ける。最後のメールは、おとといの夕方、羽田で、渡良瀬宛てに送ったものだった。
あなたがこのメールを読むのは、パリから帰ってきた成田でなのでしょう。あなたに会うことは、もうこの先二度とない。そう誓って、最後にメールします。この夏が終われば、私は自分の身体の一部を失っている。乳癌と宣告されたのに、あなたに言えずに今日まで過ごしてしまいました。恋もできない身体になってしまうことを、伝えるのが怖かった。けれど私は、この命が惜しい。まだやらなくちゃならないこと、かなえたい夢があるから。あなたを愛するよりも、不器用に生きていこう。それが私の選択です。明日、島に渡ります。そこで生まれ変われるような、明るい予感がしています。
三回読み返して、「編集」のキーを押すと、本文の最後に一行、つけ加えた。
そう考えただけで、心が舞い上がっている
咲子はそのメールをもう一度みつめ、夫のアドレスに転送した。
(夏を喪くす)

 

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あらすじ
OL二ノ宮こと葉は、想いをよせていた幼なじみ厚志の結婚式に最悪の気分で出席していた。ところがその結婚式で涙が溢れるほど感動する衝撃的なスピーチに出会う。それは伝説のスピーチライター久遠久美の祝辞だった。空気を一変させる言葉に魅せられてしまったこと葉はすぐに弟子入り。久美の教えを受け、「政権交代」を叫ぶ野党のスピーチライターに抜擢された!目頭が熱くなるお仕事小説。

 

ひと言
最近は原田 マハさんにどっぷりとハマってしまっています。内容はすごくよくて、心に残るフレーズに付箋を貼りながら読みました。
ただ民主党の政権交代のことが頭から抜けなくて……。いつ書かれた本なのかがすごく気になりました。2008年11月~2010年6月「本とも」に連載された作品を加筆、訂正。2010年8月31日 初版でした。民主党鳩山内閣は2009年9月から。

 

 

 

スピーチの極意 十箇条

 

 

 

一、スピーチの目指すところを明確にすること。
二、エピソード、具体例を盛りこんだ原稿を作り、全文暗記すること。
三、力を抜き、心静かに平常心で臨むこと。
四、タイムキーパーを立てること。
五、トップバッターとして登場するのは極力避けること。
六、聴衆が静かになるのを待って始めること。
七、しっかりと前を向き、右左を向いて、会場全体を見渡しながら語りかけること。
ハ、言葉はゆっくり、声は腹から出すこと。
九、導入部は静かに、徐々に盛り上げ、感動的にしめくくること。
十、最後まで、決して泣かないこと。

 

 

「お父さまも愛されたフランスの作家、ジョルジュ・サンドは言いました。あのショパンを生涯、苦しみながらも愛し続けた彼女の言葉です。
『愛せよ。人生において、よきものはそれだけである』
本日は、お日柄もよく、心温かな人々に見守られ、ふたつの人生をひとつに重ねて、いまからふたりで歩んでいってください。たったひとつの、よきもののために」おめでとう。(1)

 

 

小山田さん。お気持ちは大変ありかたい。けれど、私は党首にはなれません。なぜなら、私は「影」だからです。どこまでも小山田次郎についていく影。そして、国民の気持ちに寄り添う影なんです。ただね、小山田さん。影だからといって、馬鹿にしちゃいけませんよ。影になるためには、条件がある。それは、いつも空に太陽が輝いていること。輝く太陽を享受する誰かがいること。そうして初めて、影は影として存在できるんです。私は生涯、立派な「影」でありたい。小山田次郎に、国民に、いっぱいの太陽を浴びて、生き生きとしていただきたい。どうですか小山田さん。こんな贅沢な存在が、いったいほかにありますか?(3)

 

 

こんなことがありました。
お式の1週間まえに、千華はみんなに祝福されて退職しました。夜遅く帰宅すると、私の部屋のベッドの上に、小さな花束が置かれていたんです。母に訊くと、『今日、千華さんが届けにきてくれたのよ』と言います。結婚まえの忙しいときに、どうして? まさか、お別れの記念?それって、気が早すぎるんじゃないの? と、私はいぶかしく思いました。花束には、カードが添えられていました。そこには、こう書かれていました。
『結婚式のときに持つブーケを、ふたつ、作ってもらいました。そのうちのひとつを、こと葉に贈ります。お式の当日に、花嫁のブーケを投げるんだけど……実は、こと葉に確実にキャッチしてもらいたかったから。次に幸せになってもらいたい、大切な人。それが、こと葉です。いままで、ありがとう。これからも、よろしくね』(5)

 

 

リスニングボランティアとは、おもにお年寄りの話を「ただひたすらに聞く」行為なのだそうだ。自分の意見を言ったり、必要以上に応答したりしない。ただ、黙って聞いてあげるのだ。私には、絶対に務まりそうにない。「黙って聞く、という行為は、その人のことを決して否定せずに受け止める、ということなの。お年寄りになると話がくどくなったり、同じことを繰り返してしまったりするでしょう。話したくても、うとまれてしまうのね。何も求めているわけじゃない、ただ話したいだけなのにね」「北原さんからは、ひと言も、何もおっしゃらないんですか」久美さんが訊くと、「いいえ。何もかも聞いて、最後にたったひと言だけ、言わせていただくの。悲しい話なら『大変でしたね』、明るい話なら『すてきですね』 って」
 ……。……。
遺品の中に、古ぼけた手帳があった。娘が通った名門女子高の学生手帳。表紙をめくると現れる十八歳の娘の写真は、涙でごわごわになっていた。手帳の一ページに、遺言があった。
生まれ変わってもまたあなたのお母さんになりたい
今度はいっぱいお話をしましょうね(8)

 

 

なあ、久美ちゃん。困難に向かい合ったとき、もうだめだ、と思ったとき、想像してみるといい。三時間後の君、涙がとまっている。二十四時間後の君、涙は乾いている。二日後の君、顔を上げている。三日後の君、歩き出している。どうだい? そんなに難しいことじゃないだろ? だって人間は、そういうふうにできているんだ。とまらない涙はない。乾かない涙もない。顔は下ばかり向いているわけにもいかない。歩き出すために足があるんだよ。
……。……。
いいね? 久美ちゃん。歩き出した三日後の君に、また会いにくるよ。「あのときね、思ったの」ほんの少し鼻声になって、久美さんが言った。「ほんとうに弱っている人には、誰かがただそばにいて抱きしめるだけで、幾千の言葉の代わりになる。そして、ほんとうに歩き出そうとしている人には、誰かにかけてもらった言葉が何よりの励みになるんだな、って」(18)

 

 

ここがどこかなんて、もう関係なかった。披露宴の真っ最中だってことも。自分が花嫁なんだってことも。何もかも忘れて、次の瞬間、私は、その人の名を叫びかけた。が、絶妙なタイミングで、その人は語り出したのだった。
 『さて。以前に一度、確か、同じ場所で、すでに披露してしまった、わが人生最高のスピーチを、あらためて捧げます。私の大切な友人、そして家族である――ニノ宮こと葉のために』そう前置きしてから、始まった。伝説のスピーチライター・久遠久美の、ごく短い、けれど心にしみ渡る、あのスピーチが。
愛せよ。人生において、よきものはそれだけである。本日は、お日柄もよく、心温かな人々に見守られ、ふたつの人生をひとつに重ねて、いまからふたりで歩んでいってください。たったひとつの、よきもののために。おめでとう。(20)

 

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あらすじ
“尽果”バス停近くの定食屋「まぐだら屋」。様々な傷を負った人間が、集まってくる。左手の薬指がすっぱり切り落とされている謎めいた女性・マリア。母を殺したと駆け込んできた若者。乱暴だが心優しい漁師。そしてマリアの事をひどく憎んでいる老女。人々との関わりを通して、頑になっていた紫紋の心と体がほどけていくが、それは逃げ続けてきた苦しい現実に向き直る始まりでもあった…。生き直す勇気を得る、衝撃の感涙長編。

 

ひと言
マグダラのマリア?。ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」がすぐに頭に浮かぶが、マグロとタラをかけあわせたような世にも美味な魚?。与羽はどうなったの?。杏奈が花南を道ずれにする?。2人の左手の薬指のこととか。細かく見ればいろいろ気になるところもあるけれど、そんなことはどうでもいいくらい、この先どうなるの?と気になって一気に読ませるし、最後は泣かされる。マハさんの文章はどうしてこんなにやさしく、疲れた心を癒してくれるんだろう。
マハさん、ありがとう。だいすきよ。

 

 

 

丸弧の告白を、微動だにせず、マリアと紫紋は聞いていた。紫紋は、大きな石でも握るように、両手で拳を固めていた。丸弧の発するひと言ひと言が、恐ろしいほど全身にのしかかってくる。紫紋は、その絶望的な重さにくじけそうになった。全部話し終えて、魂が抜けたように、丸弧はあぐらをかいたままうなだれた。しゃがんで聞き入っていたマリアは、ぴくりとも動かない。どうしたらいいんだ、と紫紋がまぶたを伏せたそのとき。
「お母さんはね。きっかけを作ったのよ」マリアが、口を開いた。紫紋は、そっと目を上げてマリアを見た。「あなたが部屋から出てくるきっかけを作ってくれたんだと思う。だから、いいのよ。これで」丸弧は、目を見開いてマリアをみつめている。その目に、またたくまに涙があふれた。マリアは、いまにもこわれそうなガラスの青年に向かって、静かに両腕を差し出した。「いいのよ」吸い寄せられるようにして、丸弧は、マリアの腕(かいな)に抱かれた。堰を切ったように、痩せてくぼんだ目から涙がこぼれ落ちた。丸弧は、泣いた。声を上げて、赤ん坊のように。マリアは、その背をいつまでも優しく撫でていた。励ましも、慰めも、どんな言葉もかけずに。ただ、聖母のように。
(第十一話 聖母)

 

 

 

けれど、マリアは違った。マリアは、丸弧のいっさいを、ただ受け止めた。いいのよ、というひと言とともに。マリアの腕に抱かれて、声を放って泣いた丸弧。まばゆい聖画を目にしたかのように、紫紋は立ち尽くすばかりだった。涙がこみ上げた。なぜだろう、赦された気がした。――自分までもが。何も問わずに、ただ受け入れる。その行為を丸弧にし得たのは、いままで、たったひとり、彼の母親だけだっただろう。けれど、その母は、もういない。今度は、丸弧がその現実を受け入れる番だった。マリアのもの言わぬ抱擁は、さまよう青年にそう教えていた。丸弧は、そうして、受け入れたのだ。唯一の理解者であり庇護者であった母を失ったことを。このさき、丸弧がどうするつもりなのかわからない。けれど、ここにいるつもりならばそれでもいい。そのほうがいい、と紫紋は考えていた。
(第十二話 奇跡)
 
マリアが、丸弧が言った通り、母は、ただひたすらに待っていてくれた。息子が連絡をよこす日を。いつかふるさとへ帰ってくる日を。もう迷うことなく、紫紋は母に電話をした。そして詫びた。
いままでごめん、心配かけて。ありがとう、待っててくれて。もしもいままでのこと、許してくれるなら――おれ、帰るよ。母ちゃんのところに。だけど、ひとつだけ、頼みがあるんだ。いま、東京から遠く離れた場所で暮らしてるんだ。食堂に勤めて、料理を作ってるんだ。たくさんの人のお世話になったんだ。その人たちに、お返しがしたくて。だから、春まで待ってくれるかな。それまでに、お世話になった人たちに、精いっぱいうまい料理を食べてもらって、ほんの少しでも恩返しして、お礼を言って別れたいんだ。でも、心配しないで待っててほしい。おれ、必ず帰るから。春になったら――。
母は、最初、言葉もなく、ただ泣いていた。やがて、言ってくれた。
思う存分恩返しをしなさい。人生で一番おいしい料理を作りなさい。それから帰っておいで、と。
(第二十話 帰郷)

 

 

マリアの背後、ずっと遠くに、豆粒のようなバスの影が現れた。胸に募る思いのすべてを伝えるには、バスが到着するまでの時間は短すぎた。けれど紫紋には、どうしても、マリアに伝えたいたったひと言があった。紫紋は、持てる勇気のすべてを振り校って、マリアに向かい合った。世にも不器用な告白をす
るために。「マリア。おれ、あなたを――」
その刹那、紫紋を包みこんだのは、はたして春風だっただろうか。花の香りに、ふわりと抱かれた。紫紋の首筋に触れる、やわらかな頬。

 

 

ありがとう。だいすきよ。

 

 

幻のような囁きを聞いたかと思った瞬間、ふたりのすぐそばにバスが停まった。プシュウッと音を立ててドアが開く。紫紋は、何も言えないままで、ほんの一瞬、マリアの体を抱きしめた。思いのすべてをこめて。思ったよりも、ずっと小さくはかない体。けれど、しなやかな命の輝きに満ちあふれていた。
(第二十話 帰郷)

 

 

 

 

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あらすじ
「昔の親は、家族の幸せを思うとき、何故か自分自身は勘定に入ってなかったんだよねえ……」。女手ひとつで娘を育てた母は言う。そんな母の苦労を知りつつ反発する娘が、かつて家族で行った遊園地で若かりし日の両親に出会う。大切なひとを思い、懸命に生きる人びとのありふれた風景。生きるのが辛い、虚しい。思い描く幸せには遠いけど、大切な人を思ってがんばって生きる人々の、ほんのり怖くてあったかい物語9篇。

 

ひと言
この本も「重松 清」「送り火」で図書館で借りようと思った本でした。登場人物の辛さや悲しみが、すごく伝わってきて、その悲しみを癒すような、その苦しみから救ってくれるような一言に、泣かされ、ほっとさせられ、しんみりと考えさせられます。ありがとう 重松 清さん。

 

 

 

「お父さんも、家族をいちばん大事にしてたひとだったから」「でも、ほとんど家にいなかったじゃない。晩ごはんなんて毎晩毎晩、お母さんとわたしの二人きりだったじゃない」「……晩ごはん、美味しかったでしょ。寂しかったけど、美味しかったでしょ? それでいいのよ、お父さんは。お母さんと弥生子が家で美味しい晩ごはんを食べてることが、お父さん、嬉しかったの」
なにが言いたいのか、よくわからなかった。だが、母親は自分の答えに我ながら感心したように、「美味しい晩ごはんを食べさせることが幸せだったのよねえ、お父さんにとっては」と繰り返した。
「そこに自分がいないんだったら、意味ないじゃない」「そうよねえ……でも、お父さんが家族を大事にするって言うとき、自分は含めてないのよね。お母さんとあんたの二人だけが、家族なの。その家族のために、あんなにがんばって働いたの。あの頃の父親って、ウチのお父さんだけじゃなくて、みんなそうだったんじゃないの?」返す言葉に詰まった。家族には自分自身が含まれていない」そんなのおかしいとは思う。間違った考え方だとも思う。それでも、その考え方は、泣きたくなるほどくっきりと、よくわかる。(送り火)

 

 

 

「帰るっていうのは……」佐々木は言いかけて、少し考えてから、つづけた。「贅沢なものですよね」「……そうですか?」「だって、出て行かなきゃ帰れないでしょ、あたりまえのことですけど。贅沢だと思いません?出て行かないひとには帰ることだってできないんですよ。で、誰かが出て行ってくれないと、残ったひとは待つこともできないし、迎えることもできなくて……だから、『行ってきます』とか、「行ってらっしゃい」とか、『ただいま』とか、『お帰りなさい』とか、そういう台詞って、みんなが同じ場所にいたら永遠に言えないんですよ。で、『ただいま』や『お帰り』って、すっごく家族でしょ、家族っぽいでしょ。好きなんですよ、私、『ただいま』と『お帰り』が」……。
「私、ひとは出て行ったから帰るんじゃないんだと思うんです。帰るために、出て行くんですよ。
私、そうなんですよ、ほんとに、玄関のドアを開けて『ただいま』って言いたいから、毎朝『行ってきます』って言って会社に行ってたんです。『ただいま』を言いたいし、女房の『お帰りなさい』を聞きたいし、女房に『お帰りなさい』って言わせてやりたくてね……ウチは女房も仕事を待ってますから、日によっては、私が『お帰り』って、女房が『ただいま』って、それもいいんだなあ、すごく、うん……子どもだってそうですよ、『ただいま』って言ったり、『お帰り』って言ったり、それ、家族しか言えない言葉じゃないですか、だったらいっぱい言いたいし、いっぱい聞きたいし、いっぱい言わせてやりたいし、いっぱい聞かせてやりたいし……もっと言いたかったなあ、ただいま、ただいま……」……。……。
「家族には『さよなら』っていう挨拶はないんです。別れるときは、いつも『行ってきます』と『行ってらっしゃい』で、それを言ったら、ちゃんと帰らなきゃ。私みたいに約束を破って、子どもに『さよなら』なんて言わせてしまったら……だめですよ、ほんとに」「佐々木さん……さよなら」「そう、『さよなら』は、こういうときにつかう言葉なんですよ」(家路)

 

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4月29日にJR名古屋髙島屋1F北ブロックにオープンした「ゴントラン シェリエ」へやっと行くことができました。
今まではあまりの人気でお一人さま5個という制限がありましたが、それがなくなったのと、20分ぐらいの行列になっていたので評判のクロワッサンを食べたくて並びました。並んでいる間も店員さんがクロワッサンが山盛りになった木枠を5、6回も運んでいてクロワッサンの人気の高さがうかがえます。
店員さんが運んできた焼き立てのクロワッサン(180円)と名古屋限定のあんバターゆずクロワッサン(250円)など4品をイートインコーナーでいただきます。

 

ここのクロワッサンは、今まで食べたおいしいクロワッサンとは一味違い、間違いなく群を抜いて一番おいしいです。こんなおいしいクロワッサンに出会えたことに感動・感謝です♪。
もちろんお土産にもクロワッサンと食パンを買いました。

 

 

 

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あらすじ
時代がどんな暗雲におおわれようとも、あなたという星は輝きつづける
20代前半で中絶を余儀なくされたデザイナーも、アラフォーながら旅好きの独身女性二人も、夫をがんで亡くし、娘を嫁に送る直前の50代の母も20代から50代後半まで、それぞれの世代の女性が様々な試練や人々のあたたかさに触れる。娘として母として、女性が誰でもむかえる旅立ちのとき、人生の旅程を指し示す七つの物語。

 

ひと言
図書館へ行くといつもチェックする原田 マハさんの棚でこの本がきらめいているのを見つけた。「星がひとつほしいとの祈り」。なんて素敵なタイトルの本なんだろう。「原田 マハ」「星がひとつほしいとの祈り」もう借りて読むしかない。もうすぐ七夕。この本が他の人に借りられずに棚できらめいていた この一期一会のような出会いを大切にしないと…。何気ない日常を描いた7つの物語なのに、ページからやさしさやあたたかさがあふれてくる。少し疲れていた心がほっとしました。原田 マハさん ありがとう♪

 

 

「なんやねん、寄り道って」「だから、旅のこと」「はあ。ほんなら、ハグと私はしょっちゅう寄り道やんか。寄り道ばっかりして、もとの道がどこにあるか、ようわからんようになってしもうたやん」ほんまやなあ、と喜美は気持ちよく笑った。「寄り道とかしても、大丈夫なものですか? 迷っちゃったりしませんか?」菜々子が訊いた。どうやら彼女は、人生について尋ねているのだ。……。
「迷ってもええねん。それが人生やもん」
けろりとして妙子が言った。菜々子が、ほっと息を放ったような気がした。大切なことを、さりげなく口にする。友のそういうところが喜美は好きだった。……。
「あたし、ここでお別れなんです」ええっ? とふたりは揃って声を上げた。「なんで? これからメインの十二湖に行くのに?」「そうやで。せっかくここまで来たんやから一緒に行こうよ」菜々子はほんの少しうつむいた。それから、何か念じるように一瞬目を伏せたが、思い切って顔を上げるとふたりに向かって言った。「思いっきり寄り道しちゃいました。もう行かないと、出棺に間に合わないので」しゅっかん、という言葉を、喜美も妙子も一瞬理解できなかった。……。
「それでも、どうしても寄り道したかったんです」……。二日まえに、母が死んだ。脳溢血で、信じがたいほどあっけなく。……。成功するまでは、絶対さ帰ってこでねがら。そう言って出ていく娘を、母は黙って見送ってくれた。それっきり、七年。菜々子は、郷里に帰らなかった。……。母とはほぼ毎日、メールでやりとりをしていた。母のメールはいつも単純だった。元気だが?ちゃんと食べでっか? 仕事うまくいっでっが? から始まって、『今日の森はきれいだっだどよ』『今日は鹿さ見だどよ』『ブナの林が青々としできだどよ』と続く。母は、白神山地の案内人になっていた。幼い頃から慣れ親しんだ森を案内する仕事に就いて、『夢さ見でるみでだ』と、それはそれは喜んでメールをしてきた。……。
そして、母からの最後のメールは、やはり白神山地の森の中からだった。……。
菜々子にも、お母さんの一番好きなこの森を見せでだなあ。
翌日、電話がかかってきた。三池と申します、と電話の主は名乗った。私の同僚、あなたのお母さんが亡くなったど。通夜は本日午後七時から、告別式は、私は仕事で行けねども、あさって午後一時から……。
「三池さん。彼女、中村菜々子さん。わかわかります?」きょとんとした三池の顔に、あっと驚きが広がった。「まさか、あんた……中村奈々枝さんの……」絶句した。菜々子は下を向いたまま、小さく頭を下げた。「すみません。母のこと、お世話になりました。葬儀に間に合うつもりで帰ってきたんです。でも、そのまえに、母がいってしまうまえに、母と……母と……」母と、寄り道がしたかった。母が大好きだと言っていた、あの森に。つややかな頬の上を、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。堰を切ったように、菜々子は泣き出した。喜美と妙子は、両側から菜々子の華奢な体を支えて、ごく自然にその背中に手を添えた。
(寄り道)

 

 

あれっ。笑ってくれるんですか? こいつはいいな。あ、えくぼが……。そして、亮子に向かって、ひょこんと頭を下げた。ありがとうございます。亮子は、今度はきょとんとしてしまった。何この人? ちょっとヘンなの……。芳雄は、にっこりと笑いかけて言ったのだった。
そのえくぼ、いただきました。そうなのだ。いまだにあのひと言を田心い出すたび、なんだか笑いがこみ上げてくる。まったく、私って単純なのよねえ。いま思い出せば、なんだか馬鹿馬鹿しいくらいだ。あんなひと言に、やられてしまうなんて。もしもあのとき、そのえくぼ、いただきました。じゃなくて、そのえくぼ、いただいてもいいですか? と言われていたら。あの人と、結婚しようとは思わなかったかもしれない。そんなふうに思い出しては、おかしくなる。女って、なんて単純な生き物なんだろう。
 えくぼごとさらわれる感じが、なんだか心地よかった。そして、いつも笑顔をたやさない家庭を築けそうな予感が、嬉しかった。好きな人がいなかったわけじゃない。付き合った人がいなかったわけでもない。だけど、いままで心惹かれたどんな男の人よりも、たったひと言で、強く引きつけられた。
(長良川)

 

上の娘からラインにメッセージが届きました。
「お父さん 明日父の日だから帰ろうと思って1日空けておいたんだけど、バイトの人数が足りないみたいだから…。ごめんね。かわりになるかわかんないけど 明日食べに来てね!待ってますヽ(^。^)ノ」

期末考査前ですが下の高1の娘と3人で鶴舞にあるバイト先のパスタ屋さんへ。
母の日に娘が似せて作ってくれた「明太子と照り焼きベーコン」もすごくおいしかったのですが、パルミジャーノチーズのリゾットの味は格別でした♪。

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娘が笑顔でテキパキと働いている姿を見れたのがなによりものプレゼントでした。
下の娘は私が大好きなコーヒーの豆とショートケーキをプレゼントしてくれました。
とても素敵な父の日になりました♪。
2人ともありがとう。体調を崩さないように気をつけて、勉強に部活にサークルにアルバイトに頑張ってください。
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あらすじ
旧幕臣の娘である去場安は、岩倉使節団の留学生として渡米した。帰国後、日本にも女子教育を広めたいと理想に燃える安のもとに、伊藤博文から手紙が届く。「盲目で、耳が聞こえず、口も利けない少女」が青森県弘前の名家にいるという。明治二十年、教育係として招かれた安はその少女、介良れんに出会った。使用人たちに「けものの子」のように扱われ、暗い蔵に閉じ込められていたが、れんは強烈な光を放っていた。彼女に眠っている才能をなんとしても開花させたい。使命感に駆られた安は「最初の授業」を行う。ふたりの長い闘いが始まった。

 

ひと言
介良(けら)れん=ヘレン・ケラー、去場安=サリバン。
原田マハさんらしい やさしさ あたたかさを感じさせてくれる藤本吉右衛門や狼野キワをうまく登場させて、この日本版の奇跡の人をより感動的なものにしている。

 

 

けれど、どんなに険しい道であっても、先生は、決して私の手を離しませんでした。れん。立ち止まってはいけません。あなたは、もっともっと遠くまで歩いていける。思う存分、歩きなさい。恐れることなく。私は、いつも、あなたとともにある。なぜなら―そう、私はあなたが歩いている道。道、なのです。あなたが歩いていく限り、私はどこまでもあなたを導きましょう。どこまでも、遠くへ。安先生がいてくださったからこそ、いまの自分があるのです。たとえ先生が天に召されても、私の命と心とは、いつまでも先生とともにあるのです。
そして、もうひとり。生涯、忘れることのできなかった人がいます。私の、初めての友だち。名前は、狼野キワ、と言います。私が、まだ言葉というものの存在を知らなかった時分に、金木という村の別邸で、キワと出会いました。キワは、旅芸人の娘で、目が不自由でした。けれど、三味線と歌は、言葉にできないほどすばらしかったと、あとから先生に教えられました。私は、キワの三味線も歌も聞くことはできませんでしたが、それでも、それがどんなにすばらしいものなのか、わかります。私は、キワを、感じることができたからです。私の初めての友だち。彼女のことが大好きでした。でも、私には、「大好き」という気持ちを表現するすべがなかった。そして、それを伝えられないまま、キワは、私のもとを去ってしまいました。自分が私と一緒にいることを、私の家族に知られてはいけないと、黙って家を出ていってしまったのです。私は、それからも、どうにかしてキワに会いたいと思い続け、言葉を学んでからは、彼女にもう一度会って、この気持ちを伝えたいと願い続けてきました。ずっと言いたかったけれど、言えなかった言葉。もう一度、たった一度だけでいい。もしも、キワに会えたなら。私は、その言葉を伝えたいのです。ありがとう、大好きよ――と。
小野村先生。もしも、どこかでキワに会うことがあったなら――どうか、どうかお伝え下さい。れんは、元気でいると。あなたに、ずっと会いたかったと。たったひと言、伝えたいのだと。ありがとう、キワ。大好きよ。(25)

 

6月13日 第27回の3人旅は岩村 中山道を巡る旅です。

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中央道でまずは「おばあちゃん市 山岡」へ こんな山の中の巨大な水車にびっくりです。

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岩村城跡に向かう前に、かんからやさんで「かんから餅」(5個 400円)をいただきます。
おもちのやわらかさとごま餅のおいしさにびっくり。

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日本三大山城の一つの岩村城(残り2つは奈良の高取城、岡山の備中松山城)。1572年、城主の遠山景任(かげとう)の病死により信長の叔母とされる夫人が悲運の女城主となるが、名も修理夫人、おつやの方、お直の方など定かではありません。
天正10年3月から本能寺の変の6月までの3ヶ月間 森 蘭丸が城主となっていました。

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かんからやさんから歩いて登ると往復1時間はかかるということなので車で登ったので「六段壁」と呼ばれる石垣は見れませんでしたが、りっぱで美しい石垣を遺す岩村城にただただ感動です。

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岩村といえば松浦軒本店のカステーラ(食べログ3.56)。おみやげに買って帰ります。

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お昼は、農村景観日本一と言われる「茅の宿 とみだ」です。

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茅のふるさと定食(1000円)と本日から朴葉すし(1つ 250円)を始めたということなのでそれもいただきます。五平餅は甘すぎず辛すぎず絶妙な味付けで今まで食べた五平餅の中で一番おいしいと感じました。

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お腹もふくれたところで、次は中山道を巡ります。大湫宿の神明神社の幹回り10mの大杉。

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大湫病院の近くの東上り口から石畳を登って琵琶峠を目指します。

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この峠を何頭もの馬が荷運びをし、急死した馬を供養するためにたてられた石仏。頭の上のウマがとてもかわいらしい馬頭観音さまでした(合掌)。

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他にも中山道の名所旧跡を見て廻り、御嵩町の耳神社へ。耳の悪い方がお供えしてある錐を借りて耳にあて、病気が全快したらお礼に錐をお供えするという珍しい神社でした。

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今日のお風呂はレトロ感たっぷりの稲荷温泉(500円)です。ボロボロですが泉質はよく、肌がつるつるして、私にはご機嫌な温泉です♪頭を洗われる方は100円追加料金という設定もおもしろいです。他に人がいないので風呂あがりに記念写真をパチリ。

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夕食は瑞浪市 国道19号沿いの「みわ屋」さんの牛まぶし(ロース 2600円)たれが絶妙で、わさびと一緒に食べると味が締まりまた格別においしいです。3膳目のだしを注いでお茶漬け風の食べ方はひつまぶしの3膳目よりもおいしいかもと思いました。

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大満足 ごちそうさまでした。