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あらすじ
「子どもを、返してほしいんです」親子三人で穏やかに暮らす栗原家に、ある朝かかってきた一本の電話。電話口の女が口にした「片倉ひかり」は、だが、確かに息子の産みの母の名だった…。子を産めなかった者、子を手放さなければならなかった者、両者の葛藤と人生を丹念に描いた、感動長篇。

 

ひと言
2016年本屋大賞 ノミネート10作に選ばれている本で、予約を入れて図書館で借りました。
この本346頁の半分を占める第三章 発表会の帰り道 は読んでいて辛かった。第四章 朝が来る 「どん、と強い重みを背中に感じたのは、その時だった。…… 」からはつい先日TVで見た「八日目の蝉」がオーバーラップされて涙が止まらなくなった。
特別養子縁組は、親のために行うものではありません。子どもがほしい親が子どもを探すためのものではなく、子どもが親を探すためのものです。すべては子どもの福祉のため、その子に必要な環境を提供するために行っています」彼女はそう断言した。「第一に考えているのは、子どもの命を守るということです。生まれた子どもの心身の成長を願って、私たちはこの活動をしています」(第二章 長いトンネル(六))
特別養子縁組で幸せになれる親や子が一人でも多くありますように!

 

 

 

長い長い、そして、出口があるのかわからないトンネル。出口がないのではなくて、あくまでも、出口があるかどうかわからない、トンネル。希望はない、光は差さないと言われたらそこで気持ちの区切りがつくかもしれないのに、終わりがあるかどうかがわからないから、人は、縋ってしまう。
(第二章 長いトンネル)

 

 

 

一回三十万円以上と言われる治療を続ける経済的な余裕は、幸いにしてわが家にはまだあった。しかし、陰性を告げられた一回に消えたものの大きさを思うと、気持ちは挫ける。医師からは、二回目に進むことを勧められ、佐都子も清和も、疲れたように、それに頷いた。無理なのだ、と思っても、けれどまだ、人間は期待をしてしまう。この日々に終わりが来るのではないかと、光など、見えないとわかっていても、前を向いてしまう。二度目の陰性を聞いた日、佐都子も清和も、口数は少なかった。こんなつらいことを、いつまで繰り返すのだろう。期待と絶望。出口はない、と誰かがはっきり言ってくれるなら、もう終わりにできるかもしれないのに、長いトンネルは、先がどんどん、細くはなるけど、ただそれだけで、いつまでもずっと続いていた。
(第二章 長いトンネル(五)) 

 

 

「養子のこと、考えてるの?」どう聞いたらいいかわからなくて、思ったことがそのまま口に出てしまう。考えていたのは佐都子の方だ。自分も同じ気持ちなのに、聞いてしまう。すると、彼が答えた。「――別に、どうしても子どもがほしい、諦められないっていう――どう言ったらいいかな。すごく強い気持ちじゃないんだ。君のために、っていうのともちょっと違う」「ええ」「ただ、テレビで、この団体の人が言ってたことが気になって。これは、親が子どもを探すための制度じゃなくて、子どもが親を探すための制度なんだっていう」「うん」清和が座ったまま、佐都子を見た。淡々とした口調に無理は感じられなかった。「うちには幸い、父親の役割ができる人間と、母親の役割ができる人間の両方がいて、子どもを育てるための環境がある。――この環境が役に立つなら、使ってもらうのもいいんじゃないかと思ったんだ。そんな理由じゃダメかな」「……いいと思うよ」佐都子は笑った。自分の気持ちがようやく見えた気がした。そして、思った。この人が自分の夫でよかった。
(第二章 長いトンネル(六))

 

 

「うちの場合は、養子を考えた時、夫に言われた一言がきっかけになりました。血のつながりのない子どもって言っても、もともと、オレと君だって血がつながっていないけど家族になれたじゃないか。きっと、大丈夫だよって」
(第二章 長いトンネル(八))

 

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あらすじ
原爆が6発落とされた日本。敗戦の絶望の中、国はアメリカ発の不老技術“HAVI”を導入した。すがりつくように“永遠の若さ”を得た日本国民。しかし、世代交代を促すため、不老処置を受けた者は100年後に死ななければならないという法律“生存制限法”も併せて成立していた。そして、西暦2048年。実際には訪れることはないと思っていた100年目の“死の強制”が、いよいよ間近に迫っていた。経済衰退、少子高齢化、格差社会…国難を迎えるこの国に捧げる、衝撃の問題作。
(2013年本屋大賞 9位)

 

ひと言
人は誰でもできることなら永遠の命を手に入れたいと願う。でも処置を受けて100年、実際には120年以上生きても、人はまだもっと生きたいと思うのだろうか?
この本を読んでいる3月1日、JR東海の91歳の認知症男性の事故訴訟の最高裁判決が下された。平成37年には約700万人まで増加すると推計される認知症。織田信長が桶狭間の戦い前に謡い舞った「敦盛」。
人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり、一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。
人間50年 認知症のない戦国時代。精神は朽ちても、医学の力で肉体は朽ちさせない現代。不老技術で120年以上も生きる未来。どの時代に生まれた人がほんとうに幸せなんだろう。 

 

 

「永遠の生に取り憑かれ、求め過ぎた」「我々は理解していなかったのだ。永遠の生と、その真逆であるはずの死の間には、紙一重の差しかないことを。自分でそうと気づかぬうちに、その境界を踏み越えてしまったのだよ。生と死の境界を失った者にとって、永遠に生きることは、死ぬことと完全にイコールとなる」
(第三部 第三章 永遠の臨界)

 

 

狂信的な民主主義者の凶弾に倒れる前、遊佐独裁官が私にいったことがある。国力がいかに衰退しても、電気・通信・水道・道路・鉄道網のメンテナンスだけは怠ってはならない。ライフラインと物流は、国を動かす両輪である。この二つが機能するかぎり、国が死ぬことはない。宗教や思想、主義、哲学、生き甲斐、人生観、価値観、そういった精神的なものは、国民一人一人に任せておけばよい。国政を預かる者の責務は、国民が人間らしい生活を営むための物理的基盤を整えることに尽きる。なぜなら、それができるのは国家だけだからだ。最終的にその目的が達成されるのであれば、そのプロセスにおいて、どのような悪評も恐れてはならないと。
思い出してほしい。事実として、この二十年間、大規模な停電で混乱した時期があっただろうか。蛇口から水の出ないことがあっただろうか。物流が途絶えることがあっただろうか。私の記憶するかぎり、我が国のインフラは、機能不全に陥ることなく、我々の生活を支え続けてくれた。しかし諸君、決してそれを、当たり前のことと考えてはならない。いまはすでに死に絶えた人々の、自己犠牲と、献身的な尽力があったからこそ、現在も我々は文明を享受できているのだ。……。……。
あなた方にお願いする。自虐的で冷笑的な言葉に酔う前に、その足で立ち上がってほしい。虚無主義を気取る余裕があるなら、一歩でも前に踏み出してほしい。その頭脳を駆使して、新たな地平を切り拓いてほしい。我々の眼前には、果てしない空白のフロンティアが広がっている。あなたにもできることは見つけられるはずだ。我が国は多くのものを失った、が、たった一つ、若さだけは取りもどせたのだから。先人たちの尊い勇気と決断が、現在の我々の礎となり、我々を鼓舞してくれるように、これから我らが紡ぎ上げる国造りの物語も、いずれは新たな伝説となって、後世の人々の心を照らし、我が国の歴史を支えていくことになるのである。
(第四部 終章 共和国民に告ぐ)

 

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「日本のおいしい食パン10本」に選ばれ、もう食べるっきゃない食パン。マスコミでもよく取り上げられている「乃が美 はなれ 栄店」の「生」食パン2斤(864円)をやっといただくことができました。
開店50分前にお店に到着。2番目でした。先頭の方は1時間半前から並んでいるとのこと。開店の時間には30人弱の行列になっていました。ずっしりと重くもっちり、香りがとてもいい食パンです。口に入れた第一印象は甘い、上品な甘さでおいしいです♪。添えられている説明には、「一日置くことにより、味が落ち着き、本来の甘みや風味が引き立ち、翌日でも美味しくお召し上がりいただけます」とのことなので、明日もいただくのが楽しみです♪

 

乃が美
名古屋市中区栄2丁目

 

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職場の人から、岐阜のお土産です と柳ケ瀬商店街の「ツバメヤ」さんの本わらび餅をいただきました♪。以前からずっと一度食べてみたいと思っていた評判のわらびもちです。
たっぷりの黄粉で覆われたぷるぷるの本わらび餅。甘みをつけていない上等な黄粉をたっぷり口に入れ、わらび餅を舌で押しつぶすように食べると口の中にほんのりと上品な甘みが広がり評判通りの一品でした。
ごちそうさまでした。

 

ツバメヤ
岐阜市日ノ出町1

 

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あらすじ
ここにヒーローはいない。さあ、君の出番だ。奥さんに愛想を尽かされたサラリーマン、他力本願で恋をしようとする青年、元いじめっこへの復讐を企てるOL……。情けないけど、愛おしい。そんな登場人物たちが紡ぎ出す、数々のサプライズ! !日常の一つ一つの出来事が、一人一人の人生が折り重なって一つの物語が生まれる。伊坂作品ならではの、伏線と驚きに満ちたエンタテイメント小説!

 

ひと言
読み終えて、すぐに斉藤和義さんの「ベリー ベリー ストロング~アイネクライネ~」の歌詞を検索した。謎の男斉藤さんの曲は、FIRE DOG、引っ越し、決断の日、空に星が綺麗、グッドモーニングサニーディ、何処へ行こう、グッドタイミング、リズムという曲らしい。近いうちに斉藤和義さんのCDを借りに行こう。
2015本屋大賞 10作に選ばれるだけあって 心温まるストーリーが多く、「ドクメンタ」がお気に入りかな。

 

 

『ベリー ベリー ストロング~アイネクライネ~』 作詞 斉藤和義・伊坂幸太郎

 

 

駅前でアンケート調査 何で俺ばっかこんな目に
バインダーなんか首から下げ 誰からも目をそらされ
見ず知らずの奴になんか 教えるもんかよ個人情報
もう空は薄い藍色 改札越えたら何色?

 

 

ビルの壁ではタイトルマッチ 日本人初のヘビー級
背広姿がシャドウボクシング 女子高生はそいつを写メ
几帳面が売りの先輩は 奥さんが出ていったらしい
大声でデスク蹴っ飛ばし 大事なデータを飛ばしちゃった

 

 

“出会い”はあの人にもあって 一緒になったんだろうな
どんな出会いだったのか? 何故だか妙に気になった
まるで進まないアンケート 自信喪失へこんじゃうよ
そんなふうにさけないで

 

 

ベリー ベリー ストロング いつか 誰かが言ってた
ベリー ベリー ストロング 強い絆の話だよ
ベリー ベリー ストロング ああ つながってる誰かと
ベリー ベリー ストロング いつ どこで 会う?

 

 

ボクシングはもう2ラウンド じょじょに膨らむ人だかり
誰かが「倒せ!」と叫んで チャンピオンが不敵に笑う
正面から歩いてくる 髪を束ねた女の人は
連敗続きのこの俺に「いいですよ」と言ってくれた

 

 

受け入れられるって嬉しいな! 肩の力も抜けていく
「立っている仕事は大変ですね」やさしいねぎらいの言葉
ふいに俺は答える「でも座りっぱなしも大変でしょうね」
自分の仕事が一番辛いと思う奴にはならない

 

 

彼女の親指あたりに マジックのメモ書きで「シャンプー」
俺は別に何の気もなく それを見て呟いた「シャンプー」
彼女小さな声で「今日、安いんですよ。忘れないように」
その姿可笑しくて

 

 

ベリー ベリー ストロング それが 劇的じゃなくても
ベリー ベリー ストロング 知りたい 絆っていうやつ
ベリー ベリー ストロング ああ つながってる誰かは
ベリー ベリー ストロング いま どこに いる?

 

 

翌日の新聞には“新チャンピオン誕生”の文字
お祭り騒ぎのワイドショー 知ったかぶりのコメンテーター
コンビニでサンドイッチ買って 会社の前で食べ終える
パソコンに向かう先輩が 今日は少しだけ笑ってる

 

 

「夕べ電話で話したんだ。ずっと音信不通だったから、
電話でも繋がってたのが嬉しい」と言って笑った
「どんな風に出会ったんですか?」俺は素直に聞いてみる
先輩は少年のように 耳まで真っ赤に染めてる

 

 

「聞いたら絶対笑うよ」「大丈夫、笑いません」
十歳も年上の人が その瞬間まるで同級生
「横断歩道で財布を拾ってあげたのが最初だよ。陳腐だろ…」と照れた

 

 

ベリー ベリー ストロング 胸に 鳴り響くティンパ二ー
ベリー ベリー ストロング 強い絆の話だよ
ベリー ベリー ストロング ああ つながってる誰かと
ベリー ベリー ストロング いつ どこで 会う?

 

 

ベリー ベリー ストロング 会いたい あなたを見つけたい
ベリー ベリー ストロング まだ 気付いてないだけかな…
ベリー ベリー ストロング ああ つながってるあなたは
ベリー ベリー ストロング もう そばに いる?

 

 

 

「実は、今日、妻から電話があったから、訊いてみたんだ」「何をです?」「この間、言ってただろ?」「あ、出会いの時のことですか」僕は可笑しくて、頬が緩む。三十代後半の先輩社員が、こんな話を後輩にしてくるなんて、どこか間が抜けている。わざわざ電話をかけてくる用件とは思えなかった。「奥さん、出会ったのが藤間さんで良かった、って言ってました?」「いや」「違いましたか」「彼女が言ったんだ。あの時、財布、わざと落としたんだってさ」「え?」「『あれ、わざとだったんだけどね』って、そう言ってた。俺が拾って声をかけてくる、って期待したのかなあ。この歳にして、分かる新事実だよ」僕は目を細め、いい話じゃないですか、と応えた。ただ、藤間さんの奥さんが、家に戻ってこないことには変わらないらしく、「なるほど、そういうものですかね」と曖昧に返事をした。「こんな話、誰にしたらいいか分からなくてさあ」と藤間さんは最後に照れ臭そうに言った。「課長に言うのもなあ」と冗談を口にした。「今度もし、偶然、奥さんとすれ違ったら、財布落とします? 藤間さん」「落とすよ」藤間さんは即答だった。「奥さん拾ってくれますかね」「たぶん、持っていかれるよ」藤間さんが電話を切る。
(アイネクライネ)

 

 

 

「藤間、離婚したのか。どうやって」課長が自分で自分のグラスにビールを注ぎながら、言った。……。「課長、どうやって、という質問も珍しいですよ。普通は、どうして? と訊くんじゃないですか?」「いいか、外交問題の解決に必要なのは、どうして? じゃなくて、どうやって、なんだ」「夫婦の関係は外交とは違いますよ」……。「いいか、藤間、外交そのものだぞ。宗教も歴史も違う、別の国だ、女房なんて。それが一つ屋根の下でやっていくんだから、外交の交渉技術が必要なんだよ。一つ、毅然とした態度、二つ、相手の顔を立てつつ、三つ、確約はしない、四つ、国土は守る。そういうものだ。離婚だって、立派な選択だ。ともにやっていくことのできない他国とは、距離を置くほうがお互いの国民のためだからな」
(ドクメンタ)

 

 

銀行に到着すると、自転車に鍵もかけずにATMの並ぶ場所に近づく。ちょうど営業開始となったところらしい。五台の機械が並び、一番右端の前に立つ。記帳用のボタンを押した。通帳を開く。ほとんど使ったことのない通帳は真新しかった。前日、運転免許センターで会った彼女の言葉が頭に流れている。前に、藤間さんに会って少ししてから、わたし、通帳の記帳をしたんですよ。かなり、記録が溜まっていて時間がかかって。記帳機を使ったら、後ろに列ができちやって、気まずかったんですけど。それで、ようやく終わったな、と思って、そのずらずら記入された記録をざっと眺めたんです」聞きながら藤間は、「記録」という単語から、「ドキュメント」という英語を連想し、スペルを頭に浮かべていた。「そうしたら、百円だけ入金されている記録がいくつかあって」「百円?」「何回も。通帳に何行も、百円の入金が印字されていたんです」「振り込み元は?」「『俺も悪かった』」「え?」「オレモワルカッタ、って振り込み元の名前のところに印字されていたんです」「旦那さんだ」「慌ててわたし、旦那に電話をして、謝って」「旦那さんは何て」「やっと気づいたか、って」彼女は笑い、肩をすくめる。「ぎりぎり間に合った感じだ、とも」「直接謝れば良かったのに」と藤間は言った。変名で振り込んだのであれば、ネットバンキングを使ったのかもしれぬが、手数料だけでも馬鹿にならないはずだ。「それに、君が記帳しなかったら、どうするつもりだったんだ」「旦那も賭けたつもりだったみたいです」「賭けって」「わたしが記帳して、このメッセージに気づいたら、戻ってこよう、と決めたらしくて」彼女の夫は、自分の妻の性格から、記帳する確率はどれくらいだと想定していたのだろうか。藤間はそこで、はっとした。自分の通帳のことや、娘からの電話のことが頭に過ぎった。その表情に気づいたのか目の前の彼女は、「藤間さんも、記帳しろ、と奥さんにしつこく言われたら気をつけたほうがいいですよ」と目を細めた。「末記帳の記録がある程度溜まると、全部まとめられちやって、明細が見えなくなっちやう銀行が多いみたいですし。そうなったらなったで、頼めば、明細を送ってくれるらしいですけど。すぐには分からないですから」機械から通帳が出てくるまでの間が、藤間にはとても長かった。作動している音がやみ、にゅっと通帳が滑り出てくる。ひったくるように取って、ページをめくる。案の定というべきか、「おまとめ記帳」なる文言が目に飛び込んできて、目の前が暗くなった。妻が、自分の口座にメッセージ付きの入金をしていたのかどうか、その可能性が高いのか低いのか。冷静に考えている余裕はなかった。藤間は朦朧として通帳を持ったまま、ふらふらと窓口に近づき、「どうにかしてください」と喘ぐように言った。整理券を取ってお待ちください、と受付の若い女性の言葉が返ってくる。待合いの椅子に腰掛け、脇に置かれた週刊誌を手に取った藤間はそれをめくる。めくるが、目は上滑りするだけだ。「もし、違ったとしても」と自分に言い聞かせる。もし、記帳に、妻からのメッセージが残っていなかったとしても、こちらから送ることはできるではないか。謝り、彼女と娘がいかに必要であるかを伝えるためには、どれほどの字数が必要なのだろう。ちゃんとやろう、と念じるように思う。ちゃんと文面を考えて、つまらぬミスなどないように神経を尖らせ、言葉を送るのだ。どうなるのか、その先は分からない。ただ、不確かなことに満ちているこの世の中で、間違いなく真実と呼べる、確かなことが一つだけある。
僕の妻は、僕とは違い、こまめに記帳をしている。番号が呼ばれた。
(ドクメンタ)

 

 

「オーエンなんて誰も応援するか!」という駄洒落しか出てこなくなった。
(ナハトムジーク)

 

 

「のけぞったり、後ろに下がりながら、重いパンチを打ってきたり。昔、一世を風靡したナジーム・ハメドみたいなさ」「誰それ。ナハトムジーク?」「誰だよそれ」
(ナハトムジーク)

 

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あらすじ
昭和64年にD県で起きた翔子ちゃん誘拐殺人事件。14年後に長官視察が行われることになった。D県警広報官・警視三上義信に、翔子ちゃんの父親雨宮と長官を逢わせるように命令が下った。以前捜査二課の刑事として、誘拐事件にかかわった三上刑事部と警務部の狭間に立つ。いろいろ調べていくうちに、64を模倣した誘拐事件が起こる。警察発表をめぐる広報と記者クラブの攻防。警察内における上下関係の熾烈な戦い。はたして事件は解決するのか。
(2013年 本屋大賞 第2位)

 

ひと言
ずっと読みたくて図書館へ行くといつも棚をチェックしていた本。今年の5月にロードショウされる前に読んでおかなくっちゃと思い予約を入れてやっと借りることができました♪。読んでいくうちにどんどん引き込まれて、こんな緻密で抜かりのない警察小説を書けるのはやっぱりこの人しかいないなぁと思いました。647頁 少し長いかなとも思いましたが大満足の一冊でした。
広報官 三上義信…佐藤浩市、捜査一課長 松岡勝俊…三浦友和 の映画も楽しみです♪

 

 

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「靴だよ、君の靴。入ってきた時、ずいぶん汚いなあって思ったんだ」――靴? 汚い? 突然のことに三上はうろたえた。足元を見た。右、左と革靴に目を凝らした。普通だ。綺麗だ。どこを見て言った? 相当にくたびれてはいるが美那子は毎日ブラシを欠かさない。傷も靴墨で目立たなくしてある。決して汚れてなどいない。今日一日分の、うっすらとした埃が光沢を鈍らせているだけだ。「どれぐらいで一足履き潰すんだい?」辻内はすっかり雑談モードだった。「私はね、気に入った靴は同じのをまとめて二足買うんだ。でも、なかなか傷まないから、そのうち買い置きのほうにカビが生えてしまったりしてね」三上はまだ足元を見ていた。瞬きすら忘れていた。美那子のかがんだ姿が見えていた。昔、合成皮革の官給品を履いていた時代も、自前で幅広の楽な靴を買うようになってからも、あゆみがいなくなった後でさえも、三上が玄関で足を入れる靴はいつも黒光りしていた。ブラシを掛け終わり、ちょんと指を引っ掛けて三上の靴を揃える時、美那子は決まって口元を緩ませる。俺はいったい……。震えは体の芯で起こり、ぞぞっと四肢に伝播した。魔法が解けていくかのようだった。大それたことをした。赤間の頭越しに東京の扉を開けた。石井を突き飛ばし、人払いをさせ、キャリア本部長を質問攻めにした。将来の警察庁長官を。雲上人を。(50)

 

 

〈あゆみにとって本当に必要なのは、私たちじゃない誰かかもしれないって思うの〉真っ暗な寝室で、美那子はそう言った。〈きっとどこかにいるんだと思う。ああなってほしいとかこうなってもらいたいとか望まずに、ありのままのあゆみを受け入れてくれる人が。そのままでいいよ、って黙って見守ってくれる人が。そこがあゆみの居場所なの。そこならあゆみはのびのび生きていける〉諦めてしまったのかと思った。待つことに、考えることに疲れ果ててしまったのかと思った。だが今にして思う。美那子はあの時、あゆみの「生存の条件」を語ったのではなかったか。……。……。
だからあゆみを手放した。ただ生きていてくれればそれでいい。自分の娘でなくなったっていい。そう自らに言い聞かせていたのだ、あの暗闇の中で。〈ここじゃなかったの。私たちじゃなかった。だからあゆみは出て行ったの〉瞼が自然に下りた。足元の砂を波に攫われた気がした。美那子は諦めてなどいなかった。現実から目を逸らしてもいなかった。生と死を直視し、あゆみが生存できる条件を探し、その条件を満たすために絶対的な「誰か」を創出した。決してあゆみが死ぬことのない世界を心の中に作り上げた。母親である自分を、あゆみが生きる世界から抹殺してまで。……。
大丈夫か?「大丈夫よ、あなた。あゆみはきっと元気にしてるから」手首をさすられた。この人なのだ。三上の「誰か」は美那子に違いないのだ。知っていた。もうずっと前からわかっていた。気づかないふりをしていた。ふりをしているうちに本当に何も気づかなくなっていた。馬鹿だった。間違っていた。仕事は裏の裏まで知り尽くし、なのに妻のことは何も気づかないなんて、そんなものが人生と呼べるか。美那子が作った世界を信じてみよう。「誰か」のいる世界を。あゆみが生きていける世界を。「疲れてるのよ。少し横になったら」熱を計るように額に手を当てられた。母にそうされたような気がした。(79)

 

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あらすじ
長年連れ添った妻・夏子を突然のバス事故で失った、人気作家の津村啓。悲しさを“演じる”ことしかできなかった津村は、同じ事故で母親を失った一家と出会い、はじめて夏子と向き合い始めるが…。突然家族を失った者たちは、どのように人生を取り戻すのか。人間の関係の幸福と不確かさを描いた感動の物語。
(2016年本屋大賞 ノミネート10作)

 

ひと言
15名の尊い命が奪われた軽井沢スキーバス転落事故からちょうど1か月、ニュースで見た亡くなられた大学生の顔写真が思い浮かぶ。この本の最初の書き出しに少しびっくりしたが、「戻って来てほしい。それだけ」(P223)という言葉がやはり胸を打つ。
事故で亡くなられた方のご冥福を唯々心よりお祈りいたします。

 

 

写真は、赤ん坊のときのお宮参りに撮られたきりである。両親も形式張ったことには無頓着だったし、結婚のおりにも写真を撮らなかった幸夫には、プロに撮られた家族写真というものが一枚もない。この機に、一つくらい手元にあっても良いような気もしたが、ほんとうの家族ならば、家族写真はたいてい一家に一枚しか存在せず、離れて暮らす者も、たまに家に帰って来て、開いて眺めればそれで足るものだろう。我が家に一枚、大宮家に一枚と存在してしまったら、行く末は元通り自分と彼らは離ればなれに生きて行くことになるような予感がした。(P194)

 

 

「そいじゃ、奥様との一番の思い出って何ですか」ディレクターは、手元のノートにあらかじめ書いてきたらしい質問事項のメモを見ながら、いとも簡単にお題を変えた。……。「難しいですか。たくさんありすぎて」「いや、何と言うか……『一番の』というと、他がそれ以下になってしまうような気がして」(P205)

 

 

―― なぜぼくじゃなくて、妻だったのだろうと延々と考えてしまう、というふうに仰っていましたが。
「そうですね。自分が残された意味って何なのか、と、そういうことをやっぱり考えてしまいます。彼女が失ってしまった時間を、自分は一体どう生きていくのか。ぼくは妻の人生に対して悔いもありますが、その思いを、今命ある人たちの人生にどれだけ投射して、良い時間を作って行けるか。この別れがなければ生まれ得なかった幸福を、ひとつでも紡ぎ出せるのか。そしてまたこの別れがなければ ぼくは悲しみに向き合うことも知らなかった。身近な人の死は辛くて、受け入れがたくて、自分を見失いそうになるけれど、でも無理に忘れようとするなんていやだ。ぼくは妻の死とともにありたい。ずっと、考え続けて行きたい。考えながら、残されたぼくの残された時間を作って行きたいと思っています」(P216)

 

 

こんなふうになるとはね。君だって予想したわけじゃなかっただろう。一瞬だけ垣間見た、君のあのメッセージを、今でもしょっちゆう思い出すよ。もう愛してない。ひとかけらも。それは俺も同じだったのかも知れないが。そんな状況をどうすれば良かったのか、どうすれば少しでもマシになったのか、君と別れた方が良かったのかも知れないし、別の方法もあったのかも知れないが、何にせよ、生きてるうちの努力が肝心だ。時間には限りがあるということ、人は後悔する生き物だということを、頭の芯から理解してるはずなのに、最も身近な人間に、誠意を欠いてしまうのは、どういうわけなのだろう。愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない。別の人を代わりにまた愛せばいいというわけでもない。色んな人との出会いや共生は、喪失を癒し、用事を増やし、新たな希望や、再生への力を与えてくれる。喪失の克服はしかし、多忙さや、笑いのうちには決して完遂されない。これからも俺の人生は、ずっと君への悔恨と背徳の念に支配され続けるだろう。
こころのうちで謝ったって、それを赦してくれる君のことばは聞こえて来ない。そっちでたとえ君がどんなに俺をののしろうが同情しようが、あいにくそれも、俺には届かないよ。人間死んだら、それまでさ。俺たちはふたりとも、生きている時間というものを舐めてたね。俺も何度もそっちへ行こうかと思ったりしたよ。そっちと言うと君の傍みたいだが、そういうことじゃなく。とにかく、ことあるごとに、この「ぼく」という粗悪な兜をもう脱いで置いてしまいたい気持ちになるんだよ。けど、こっちの人らに何一つ迷惑かけずに死ぬのはなかなか難しい。死ぬって、迷惑かかるんだ。物理的にもそうだけど、人の気持ちに、迷惑かかる。君たちの例が、その最たるものだよ。君みたいに、事故で死なれてさえそうなんだ。ほんとうに、迷惑したよ。……。
今更だけど、風邪をこじらせたとき、君に言った言葉を後悔してる。病院に行けと口うるさい君に俺は、関係ないだろ、と言ったの、憶えてるだろ。俺がいつ死のうが俺の勝手だと、本気でずっと思っていたんだ。後悔してる。俺はいったい何のために、君と一緒に居たのかね。あのあと君は家を出て、夜半まで町を歩きながら、どんな思いを巡らせたことか。その時だけの話じゃないわよ。と君は言うだろ? そうだろう。すべてがとりとめもなく、終わりそうもない言い訳めいているが、これから俺はきっと、死ぬまでかけて、いくつも君に放った言葉のあれやこれ、取った態度のあれやこれ、を、じわじわと、思い出しながら、背中にいやな汗をかいて、生きて行くんだろう。
死は、残された者たちの人生に影をさしこませる。その死の成り立ちようが、痛ましければ痛ましいほど、人々は深く傷つき、自らを責め、生きる意欲を奪われ、その苦しみは、また別の死の呼び水にもなり得る。俺みたいなやつがくじけることで、真ちゃんやアーちゃんを、この上一瞬でもそんな気持ちにさせるのはいやだと思った。あの子たちはもう十分失い、そして闘っている。俺の死を完全に無視するには、彼らとは、すでに関係を持ち過ぎた。「生きてるんだから、生きててよ」って、そんな簡単なもんかねと思うけど、案外そんなもんかもね。あのひとが居るから、くじけるわけにはいかんのだ、と思える「あのひと」が、誰にとっても必要だ。生きて行くために、想うことの出来る存在が。つくづく思うよ。他者の無いところに人生なんて存在しないんだって。人生は、他者だ。ぼくにとって、死んだ君が今の今になって、「あのひと」になりつつあるような気もするよ。遅いかあ――(P304)

 

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あらすじ
強大な帝国・東乎瑠にのまれていく故郷を守るため、絶望的な戦いを繰り広げた戦士団“独角”。その頭であったヴァンは奴隷に落とされ、岩塩鉱に囚われていた。ある夜、一群れの不思議な犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。その隙に逃げ出したヴァンは幼子を拾い、ユナと名付け、育てる。移住民だけが罹ると噂される病が広がる王幡領では、医術師ホッサルが懸命に、その治療法を探していた。ヴァンとホッサル。ふたりの男たちが、愛する人々を守るため、この地に生きる人々を救うために選んだ道は!?
(2015年 第12回 本屋大賞受賞)

 

ひと言
やっと借りられた2015本屋大賞『鹿の王』。最初から面白くてどんどん引き込まれるのだが、登場人物が多く、誰がどこの誰なのかがこんがらがってくるのと、どうしてそうなるのかの論拠が弱いし、アカファ、東乎瑠、ユカタ平原…などの位置関係の地図がイメージできなかったのが少し残念。最初に主な登場人物の頁を入れてくれるのなら、だいたいの位置関係がわかる地図も入れてもらえるともっとよかったかも。
ここ3年 本屋大賞は上下巻のものが受賞。書店員がいちばん売りたい本(上下 計 3456円)が本屋大賞なのだからしかたがないか……

 

 

「祭司医の真那でございまする」鷹匠の妻子は、はっと顔を上げ、すがるような目で真那を見つめた。その視線を包むように受けとめて、真那は穏やかな声で言った。「苦しい最期であられましたが、天の神はあの苦しみを見ておられました。いま、神はその御手に御夫君を抱き、よく頑張った、よく生きた、と御認めになって、天上での安らぎへと導いておられます」微塵の揺らぎもない言い方だった。それを聞くや、妻子の目に涙が盛り上がった。真那は静かな声で続けた。「おつらいでしょう。しかし、頑張って、よく生きてください。神は見ておられます。神に与えられた、この地上でのいっときの生、見事に生き遂げれば、やがて、天上にて、御夫君と、いま一度抱き合うときが訪れます。それまでの辛抱です。どうか、よく生きてください」妻子が声をあげて泣きはじめた。その泣き声は、しかし、さっきまでとは違う、どこか、解き放たれたような、ほっとしたものを感じさせる泣き方だった。
(第四章 黒狼熱 五 発症)
 
「……子を産み、命を伝えていくことが」ぽつっと、サエが言った。「ある意味、私たちを不死にしている、と」低く、かすれた声だった。「それが出来なかった者は、長い長い間伝えられてきた命の糸を断ってしまうわけですね」ミラルが、サエを見つめた。「それは違うわ」ミラルはやわらかい笑みを浮かべていた。「私、この先子どもを持てるかどうかわからないし、だから、つい声を大きくして言っちゃうのだけど、でも、それは違いますよ。この世に生きている人々の数は膨大だから、祖先から伝わってきた何かがあるとしても、一人一人が次の世代を産めたか、産むことができなかったかということで、その命の連鎖の糸が消えるようなものじゃないんです」サエは、青ざめた顔で、でも、と言った。「親から伝えられたものは途切れてしまうでしょう」ミラルはじっとサエを見つめた。「親から伝えられたものって、顔かたちとか、そういうもの?」「それも、ありますけれど………」「サエさん、聞いて」ミラルは身を乗りだした。「私たちは、ひとりひとり、違うのよ。たしかに祖先から綿々と伝わってきたものはある。でもね、ひとりひとり、まったく違うの。どの命も、これまでこの世に生まれたことのない、ただひとつの、一回きりの個性をもった命なのよ」言われたことが、よくわからない、というように、サエがかすかに眉をひそめた。それを見て、ミラルはゆっくりと言った。「さっき彼が言ったみたいに、大腸の中にいる菌なんかは、環境が許せば、多分永遠に生き続けられるわ。果てしなく自分自身の分裂を繰り返しながら。彼らには雌雄はありません。ふたつの個体が交わって新たな命を生みだす、ということはないのです。でも、雌雄のある生き物はすべて、一回限りの命を生きて、死んでいきます。生みだしていく命も、〈自分〉ではない。子は、母でも、父でもない、まったく別の命なんです。生まれて来るすべては、そのとき一回しか生まれない個性をもった命なんですよ。親から生まれた子どもは、親と同じ顔をしていないでしょう? 子どもが、半分は母親と全く同じで、半分は父親と全く同じ、という風にはならないでしょう? 双子でさえ、完全に同じではないですよね。父と母から伝わってきた様々な要素が組み合わされて、人は生まれてくるわけだけれど、その組み合わせは、きっと無限といえるほどたくさん在り得て、だからこそ、この世に同じ人はひとりもいない。――過去にも、そして、未来にも、同じ人はニ度と現れない」ミラルは微笑んだ。「私たちはみな、ただひとつの個性なんです。この身体もこの顔も、この心も、一回だけ、この世に現れて、やがて消えていくものなんですよ」サエは黙ってミラルを見ていた。その目に浮かんでいる色に気づかぬふりをして、ミラルは、静かに言葉を継いだ。「この世に生まれて、私だけの、一回だけの人生を生きて死ぬ……。彼が言ったように、私たちの身体は予め死ぬようにできているわけだけれど、でも、私ね、心にとってはともかく、身体にとっては、死は終わりじやないような気がしてならないんです」ミラルは、眉をひょいっと上げてみせた。「彼が前に言ってましたよね、人の身体は国みたいなものだって。ほんとうに、そう。ひとつの個体に見えるけど、実際には、びっくりするほどたくさんの小さな命がこの身体の中にいて、私たちを生かしながら、自分たちも生きていて……私たちの身体が病んだり、老いたりして死んでいくと土に還ったり、他の生き物の中に入ったりして命を繋いでいく。そう思うとね、身体の死って、変化でしかないような気がしちゃうんです。まとまっていた個体が、ばらっと解散しただけ、のような」ヴァンは、深く息を吸った。ミラルの言葉は、身体が裏返ったときに感じていたことの、なにか言葉にならぬものと、繋がっているような気がした。そこにあるのは、虚しさも哀しさもない、しかし、どこか、白々とした、果てしなく遠く広がる地平だった。(……それでも)その地平に立つ小さな自分は、己が逝くとき、己の死を嘆くだろう。「国が滅んでも、人々はまた別の国の中で生きていく」ヴァンは、つぶやくように言った。「それでも故国が消えることは――この世に生まれた、たったひとつの形である私が消えることは――哀しいものですよ」ホッサルが、うなずいた。
(第十章 人の中の森  四 生に潜む死)

 

 

炉の火が揺れるたびに天幕の筋交いの影が揺らめく。それを見ながら、ヴァンは話しはじめた。「飛鹿は足が速いし、断崖絶壁にも強いから、めったに狼や山犬なぞにやられることはない。それでもな、平地で狼や山犬に襲われると、追われて走るうちに仔鹿が遅れてしまうことがある。そんなとき、群れの中から、一頭の牡鹿がぴょん、と躍りでて、天敵と向かい合ったのを見たことがある、と、父が言ったんだ。もう若くもない、いい歳の牡が、そんなことをした、というんだよ」手振り、身振りを交えながら、その様子を語っていた父の姿が目に浮かんだ。「群れはどんどん逃げて行く。逃げ去って行く群れを背にして、その牡鹿は、ひとり狼たちの前に立ち、まるで挑発するように、跳ね踊ったのだそうだ」涙の跡の残る顔で、サエはじっと聞き入っている。「一頭になってしまった鹿は弱い。いかに体格の大きな牡鹿でも、狼の群れの前に、敢えて残るなど無謀なことだ。それなのに、まるで、目の前に迫った死を嘲笑い、己の命を誇るように跳ね上がり、踊ってみせていたそうだ」ヴァンは微笑んだ。「馬鹿な奴だ、と、父は言ったよ。いかに強かろうと、何頭もの狼に囲まれたら逃れられん。自ら窮地に跳びこんで、自分の命を危険に晒すなど、馬鹿がやることだ、と。おれたちは若かったからな、むっとしたよ。そんなことはない、群れを守るために我が身を犠牲にするなんて、凄い。それこそ、群れを守る〈鹿の王〉だ、そう口々に反論した」あの夜の焚火の色と、もう、たぶん二度と会うことのない仲間たちの顔が思い出された。「そうしたらな、父は笑った。――おまえらも馬鹿だ、と。ひとり、ひとりを指差して、父は言ったよ。おれは英雄になれる。氏族のために命を捨ててみせる、とでも思っているんだろうが、思い違いも甚だしい。おまえらみたいな、ひよっこはな、生き延びるために全力を尽くせ。己の命を守れたら重畳。戦の最中では、我が身を守ることすら、なかなか出来やしない。敵が圧倒的に強ければ、必死に逃げろ。逃げて命を繋ぎ、子を産み、増やせ。それがおまえたちの務めだ、と」太い父の声が耳によみがえってきた。むっとしながら、父に言い返した自分の声も。「だけど、逃げられない人がいたら? と、おれは父に問うた。逃げ遅れた子どもがいたら、たすけるのが戦士の務めじゃないか、と」サエが、たずねた。「……お父さまは、なんと?」「いきなり真顔になって、言ったよ。――それは、それが出来る者がやることだ、と」笑みを消し、真っ直ぐに自分を見つめてそう言った、父のまなざしが思い出された。「敵の前にただ一頭で飛びだして、踊ってみせるような鹿は、それが出来る心と身体を天から授かってしまった鹿なのだろう。才というのは残酷なものだ。ときに、死地にその者を押しだす。そんな才を持って生まれなければ、己の命を全うできただろうに、なんと、哀しい奴じゃないか、と」ため息をつくようにそう言った父の声が、耳の底に聞こえた。「そういう鹿のことを、呑気に、〈鹿の王〉だのなんだのと持ち上げて話すのを聞くたびに、おれは反吐がでそうになるのだ、と、父は言ったよ。弱い者は食い殺されるこの世の中で、そういうやつがいるから、生き延びる命もある。たすけられた者が、そいつに感謝するのは当たり前だが、そういうやつを、群れをたすける王だのなんだのと持ち上げる気もちの裏にあるものが、おれは大嫌いなのだ、と」哀しみが、胸に広がった。若い頃には感じなかった、静かな哀しみだった。父は、とても真っ当なことを言っていたのだ。あのときは、わからなかったが。「ホッサルから手の話を聞いたとき、……ほら、胎児には指の間に膜があるが、その部分が自ら死ぬことで、指が巧みに動く手が生まれる、という話」「ええ」「あれを聞いたとき、おれは〈鹿の王〉のことを思い出していた。自らを捨てて、他の命が命となることを助ける。それが、ただの必然――そういうふうに生まれたから、そうなっただけ、ということもあるのだな、と」そっと息をつき、ヴァンはつぶやくように言った。「それを知ったとき、冷え冷えとした心地になったのは、なぜなのだろうな。生き死にを、ただ、そう生まれたからだ、とは、思いたくないのは。生きることには、多分、意味なんぞないんだろうに。在るように在り、消えるように消えるだけなのだろうに」ヴァンは目をつぶり、動く方の手で顔をおおった。天幕を揺らす風の音だけが、静かに響いていた。
(第十一章 〈取り落とし〉 九 父の語り)

 

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あらすじ
外務大臣(第49・50・51・55代)、内閣総理大臣(第32代)を歴任。第二次世界大戦後の極東軍事裁判で文官としては唯一のA級戦犯として有罪判決を受け絞首刑にされた7人のうちの一人。「なに、雷にあったようなものだ」。広田が逝き50年。軍部との孤軍奮闘を続けた広田の生涯を新史料を駆使して描きだし、東京裁判に見直しを迫る。

 

ひと言
「秋霜」読み終えてこの言葉を調べました。《秋の霜が草木を枯らすところから》刑罰・権威の厳しさや意志の堅さなどのたとえ。
「負けて、勝つ」~戦後を作った男・吉田 茂~を観て、今までよく知らなかった広田弘毅についてもう少し知りたくてこの本を借りましたが、ほんとうに秋霜の人 広田弘毅だと思いました。
ご冥福をお祈りいたします。

 

 

広田は「ひとがらが練れていたので、とかく外務省をないがしろにしがちの軍部の態度についても、声をあらげて憤慨したり、目をむいて怒ったりするようなことはなかった」「わたしの知るかぎりでは、広田氏は、ああもしたい、こうもしなければならぬという幾多の外交的経綸を、腹の中にもっていたにちがいない。だが、軍部が歩調をあわせて、やってくれぬことを知っているので、すすんで手が出せなかったのだろうと思う。その上、作戦には、まるっきり口だしもできず、ただ軍部のしりぬぐいばかりやらされているというのが実情であった。このことについて話しあったとき、広田氏は、困ったことだなあと、ポソリと述懐したこともあったが、どれほど有能な外務大臣であっても、この調子ではなんにもできまいと、あいづちをうって、しみじみとわたしは同氏の立場に同情したものである」。(第七章 近衛内閣外相時代と日中戦争)

 

 

「あなたはなぜそのように証人台に立つことを嫌われるのですか」佐藤は少しむっとしてなじった。広田はしばらく考えてから静かに言った。「私が証人台に立てば検事からいろいろな訊問を受ける。それに対して正直に答えれば他人の事に触れなければならない。それでは他人に迷惑がかかるでしょう」さらには「家の者もみな覚悟しているでしょう」とつけ加えた。妻静子はすでに旅立っている。息子、娘たちも覚悟しているというのである。広田は沈黙ののち語を継いだ。「私は一切、自分で計らわずに来ました。首相になったのも、外相になったのも、むしろ自分では辞退したかったのですが、やむを得ずなったのです。その他のこともたいがいは自分から進んで計らうことをせず、今日まで来ました。この期に及んでいまさら自ら計らう気はありません」(菊池重三郎「廣田弘毅との訣別」『文文藝春秋』昭和二十七年十月号)。広田の人生哲学が最後に語られている。ここに紹介した佐藤と広田とのやりとりは、静子夫人の縁戚の者が戦犯として巣鴨人獄中、佐藤の言としてメモしておいたものであるから、そのままかどうかはわからぬが、趣旨はこの通りであろう。(第九章 東京裁判)

 

 

ラジオを通じて聞えてくる判決文の内容は、あたかも検察側最終論告をもう一度聞かされているように感じられた。「この間特に強く感じた事は、判決文は、昭和十一年八月七日広田内閣の五相会議で決定された『国策ノ基準』を極めて重視し、これが日本の侵略政策の基礎を為す国策であったと断じ、同国策制定後起った各種出来事や日本政府の主要政策を、この国策に結びつけて論じている点が極めて多い事であった」(『私の見た東京裁判』下)。 (第九章 東京裁判) 

 

 

判決においては、広田は訴因第一 (東アジア、太平洋、インド洋等支配のための共同謀議)、第二七 (対中国戦争の実行)及び第五五(南京虐殺事件の防止怠慢)について有罪とされた。訴因第一、第二七については、「広田は非常に有能な人物であり、また強力な指導者であったらしく、このように、在任期間を通じて、軍部といろいろの内閣とによって採用され、実行された侵略的計画について、ある時には立案者であり、またある時には支持者であった」と認定した。
「訴因第五十五については、かれをそのような犯罪に結びつける唯一の証拠は、一九三七年十二月 と一九三八年一月及び二月の南京における残虐行為に関するものである。かれは外務大臣として、日本軍の南京入城直後に、これらの残虐行為に関する報告を受け取った。……本裁判所の意見では、残虐行為をやめさせるために、直ちに処置を講ずることを閣議で主張せず、また同じ結果をもたらすために、かれがとることができた他のどのような措置もとらなかったということで、広田は自己の義務に怠慢であった。何百という殺人、婦人に対する暴行、その他の残虐行為が、毎日行われていたのに、右の保証が実行されていなかったことを知っていた。しかもかれはその保証にたよるだけで満足していた。かれの不作為は、犯罪的な過失に達するものであった」南京事件について外務省が現地からの報告を受け、広田外相は杉山陸相に、石射東亜局長は陸軍省当局に警告を発したことは考慮されていない。軍紀に関する条項までをも、判定は外相の責任としようとした。
午後三時三十分、二五被告に対する訴因の判定が終って、二五分の休憩があり、午後三時五十五分から法廷は再開され、各被告に対して刑が宣告された。被告はアルファペット順に一人ずつ入廷し、裁判長から宣告をきく。法廷は七〇以上の大電球と映画用のライトに照らされている。荒木貞夫被告から始まった。「被告荒木貞夫、被告を終身の禁錮刑に処する」。廷内にどよめきがひろがり、静粛を命ずる槌の音がひびいた。荒木元大将は一礼して姿を消した。土肥原絞首刑、橋本終身刑、畑終身刑、平沼終身刑。「被告広田弘毅、被告が有罪の判決を受けた起訴状中の訴因に基いて、極東国際軍事裁判所は、被告を絞首刑に処する」広田はイヤホーンを耳に、うつむき加減に聞いていたが、イヤホーンを外すと、傍聴席の令嬢を振り仰いで微笑した。法廷は意外の宣告に衝撃を受けたように静まり、それから動揺した。誰にもおよそ予想しなかった宣告であった。通訳も蒼白な顔をひきつらせていたという。(第九章 東京裁判)

 

 

七被告に対する刑の執行は、一九四八年十二月二十三日(木)午前零時一分から三十五分までの間に行われた。最初に土肥原、松井、東条、武藤の四被告、ついで板垣、広田、木村の三被告である。……。十二月二十三日は皇太子(現天皇)の誕生日である。奇妙なことに、A級戦犯の起訴状伝達が四月二十九日の天皇誕生日、検察側最終論告の朗読開始が二月十一日の旧紀元節であった。偶然にしては符号が合いすぎる。(第九章 東京裁判)

 

梅一輪 一輪ほどの暖かさ(服部 嵐雪)

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昨年 月ヶ瀬で購入した盆梅で「桜 切る馬鹿、梅 切らぬ馬鹿」と言われますが、枝を切る時期を逸して 切らなかったのに健気に花を咲かせました。この1週間は寒い日が多かったですが、このきびしい寒さの中で梅が一輪咲き、それを見ていると 少しですが一輪ほどの暖かさを感じることができ、少し幸せな気持ちになりました♪。