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昨日から始まった名鉄の大京都展に行ってきました。
「七條甘春堂」さんの前を通ると、なんと天の川(918円)が並んでいました。販売期間は6月1日から8月13日(旧暦の七夕 2016年は8月9日近くの日)まで。
『七夕の世界を夏菓子に映し、夜空を映した濃い青の琥珀羹に銀箔の星を散りばめ、揺らめく星屑をイメージした七夕の世界を描きました』ということです。なんとも心憎いお菓子です。賞味期限は8月29日までとなっていましたので、親父の仏前にお供えしてまだ食べていませんから味はわかりません。

 

でもお菓子は舌で味わうものばかりではなく、目や心で味わうものもあると思います。すごく心が満たされた最高のお菓子でした。ごちそうさま♪

 

 

七條甘春堂
京都市東山区七条通本町東入 三十三間堂 前

 

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今日のお昼は、先週 臨時休業で食べられなかった「ふくろう」さんへ。
運よくお店の真裏に駐車できました。からみそラーメン(780円)をいただきます。見るからにコクのあるスープを一口。「ん!うまい!それに私の好きな白味噌♪」次にからみそを少しレンゲの上で溶かしてスープをもう一口。「ん!これもむちゃくちゃうまい!」もう感動ものの2つの味のスープに大満足。スープを何口かいただいて次は太めの縮れ麺。「なにこれ!」というぐらい麺もおいしい!。チャーシューもトロッと柔らかくておいしい!。

 

スープも麺も具材も、何もかもすべてがおいしく、バランスも絶妙で至高の一杯でした♪。さすが愛知県のラーメンランキング第1位(食べログ)。納得の、リピート確実のお店でした♪ごちそうさまでした♪

 

 

ふくろう(食べログ)
名古屋市北区辻町2

 

今日7月30日 13時。ネットで浜田省吾のコンサートチケットの抽選発表がありました。

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27日はダメでしたが、11月26日(土)の愛知県 日本ガイシホールのチケットが当たりました♪。
神様! ありがとうございました。

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今回はアリーナツアーなので、一緒に歌って踊れるので楽しみです♪
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あらすじ
一枚の絵が、戦争を止める。私は信じる、絵画の力を。手に汗握るアートサスペンス! 反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画、ピカソの〈ゲルニカ〉。国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、突然姿を消した―― 誰が〈ゲルニカ〉を隠したのか? ベストセラー『楽園のカンヴァス』から4年。現代のニューヨーク、スペインと大戦前のパリが交錯する、知的スリルにあふれた長編小説。

 

ひと言
私にアート小説というものの面白さを教えてくれた原田 マハさん。図書館に予約してやっと読むことができました♪。読み終えてすぐ、どこまでが史実なのか。MoMAが本当に〈ゲルニカ〉の貸与を働きかけた事実があるのか。国連本部の〈ゲルニカ〉についてネットで調べました。

 

 

 

 

『暗幕のゲルニカ』を書く直接のきっかけも、やはり実際に起こった出来事でした。〈ゲルニカ〉には、油彩と同じモチーフ、同じ大きさのタペストリーが世界に3点だけ存在します。ピカソ本人が指示して作らせたもので、このうち1点はもともとニューヨークの国連本部の会見場に飾られていました(ちなみに1点はフランスの美術館に、もう1点は高崎の群馬県立近代美術館に入っています)。しかし事件は2003年2月に起こります。イラク空爆前夜、当時のアメリカ国務長官コリン・パウエルが記者会見を行った際、そこにあるはずのタペストリーが暗幕で隠されていたのです。私はそれを、テレビのニュースで知りました。
同じ年の六月、スイスのバーゼルで行われた印象派の展覧会を訪れたところ、会場のロビーにそのタペストリーが飾られていたのです! 横には、暗幕の前でパウエル国務長官が演説をしている写真と、展覧会の主催者にして大コレクター、エルンスト・バイエラー氏のメッセージがありました。「誰が〈ゲルニカ〉に暗幕をかけたかはわからない。しかし彼らはピカソのメッセージそのものを覆い隠そうとした。私たちはこの事件を忘れない」と。そしてタペストリーは所有者の意向により、国連本部から他の美術館に移されました。
結局、誰が暗幕をかけたのかは未だにわかりません。アメリカがイラクに軍を向ける、その演説にそぐわないと考えた何者かでしょう。けれど、その何者かは〈ゲルニカ〉に暗幕をかけることで、作品の持つ強いメッセージを図らずも世界中に伝えることになったのです。

 

 

 

 

 

 

1992年にはバルセロナオリンピックに合わせた文化行事のためにバルセロナが、1995年には第二次世界大戦終戦50周年にちなんで日本政府が、1996年にはピカソの大回顧展を開催するフランス政府が、1997年にはゲルニカに近いビルバオに開館したビルバオ・グッゲンハイム美術館が、2000年には数十年に渡って絵画を管理していたニューヨーク近代美術館が絵画の貸与を希望したが、ソフィア王妃芸術センターはすべての打診を拒否した。

 

 

カスタマーレビューで「雑誌連載のためか繰り返しの記述が多く、くどさを感じる」と書かれた方がありました。私もその点は同感ですが、とても楽しく読ませてもらいました。群馬県立近代美術館はなかなか行く機会がないので、徳島県鳴門市にある大塚国際美術館の実物大の〈ゲルニカ〉のレプリカをぜひ観に行きたいなぁと思いました。

 

 

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四日まえ、ランチタイムにカイルが言い出した「国連のゲルニカ」とは、〈ゲルニカ〉のタペストリーのことだった。 オリジナルの〈ゲルニカ〉と寸分たがわぬ構図とサイズで、一九五五年に制作されたものである。ルース・ロックフェラーの父であり、当時の大統領の側近として活躍していたネルソン・ロックフェーラーが、「〈ゲルニカ〉の精巧な複製画が欲しい」とピカソに依頼、タペストリー職人のデュルバックが、ピカソの監修のもとに完成させた。ネルソンの死後、未亡人、つまりルースの母が一九八五年に国連に寄託し、安全保障理事会議場のロビーに展示されて現在に至る。
(2003年2月1日 ニューヨーク)

 

 

スペイン館で〈ゲルニカ〉が公開された、その日。その全貌を初めて大衆の前に現した〈ゲルニカ〉の前で、敵陣視察とばかりにやってきたナチスの将校たちと、ピカソは向かい合っていた。将校のひとりが、ピカソに尋ねた。―― この絵を描いたのは、貴様か? ピカソはたじろぎもせずに答えた。―― いいや。この絵の作者は、あんたたちだ。このやりとりに会場は騒然となった。ピカソの勇気あるひと言に拍手喝采を送りたい人々が少なからずいたはずだ。けれど、彼らはぐっとこらえた。〈ゲルニカ〉の前でナチスと闘うことができるのは、この世界中でたったひとり、パブロ・ピカソだけだったからだ。あの胸がすく瞬間。ドラは、はっきりと意識した。
(1937年9月10日 パリ)

 

 

瑤子は、MoMAの初代館長、アルフレッド・バーJrが企画して実施した伝説の展覧会「ピカソ:芸術の四十年」展に想いを馳せた。第二次世界大戦が勃発する直前、危険を覚悟で渡仏したアルフレッドはピカソに直談判をした。〈ゲルニカ〉を含むあなたの主要作品のすべてをMoMAで展示したい、そうすることでスペイン内乱の実情にアメリカの目を向け、支援を促したいのだ、と。そして、展覧会を承諾する代わりにと、ピカソがアルフレッドに提示したたったひとつの条件。――〈ゲルニカ〉をMoMAにとどめてほしい。スペインに真の民主主義が戻る日まで。そうして、〈ゲルニカ〉はニューヨークヘやってきた。それに付き添ってやってきたのは、若き日のパルド・イグナシオ。青春のすべてを懸けて戦時下のピカソと作品を守ったのだと、瑤子はルースから聞かされた。海を渡ってやってきた〈ゲルニカ〉とパルドを埠頭で出迎えたのは、アルフレッドと、十一歳のルース・ロックフェラーだった。 その日からずっと、ルースはアートを支援し、守り、後世に伝えるために私財を投げ打って美術館を助け、キュレーターーやアーティストを助成し、励まし続けている。彼女こそが真の芸術の女神なのだ。MoMAのためにも、ルースのためにも、そして9・11で傷ついたニューヨーク市民のためにも……戦争やテロの犠牲になった人々のためにも。そしてイーサンのためにも。泣き言を口にすまい。決して恐れまい。この展覧会を実現するまでは――
(2003年6月5日 ニューヨーク)

 

 

ヨーコは、一年九ケ月まえの九月十一日にニューヨークを襲ったあの凄惨な事件をきっかけに、この企画を立ち上げました。『ピカソの戦争』と銘打った展覧会を開催したいと、彼女が理事会で最初に訴えた日のことをよく覚えています。テロで傷ついたニューヨーク市民のために、また、戦争に巻き込まれてしまった罪なき人々のために、いったいアートは何ができるのか――その思いは、ピカソが生涯を通じて抱き続けた気持ちと同じではないか。自分もまた、ニューヨークに生を享けた美術館のキュレーターーとして、展覧会を通して問いかけ、そして答えたい。――ピカソいわく、芸術は、決して飾りではない。それは、戦争やテロリズムや暴力と闘う武器なのだ、と。その言葉を発展的にとらえれば、アートとは、人間が自らの愚かな過ちを自省し、平和への願いを記憶する装置であると言えるのではないか。そして、そのアートを守り、後世の人々に伝えることは、私たちMoMAの使命なのだ。……ヨーコは、そう語ったのです」
(2003年6月5日 ニューヨーク)
 
「去る二月五日、国連安保理議場のロビーでパワー長官が演説をしました。その背景に何があったか――あるいはなかったか。覚えていらっしゃいますか?」会場を埋め尽くした聴衆は、互いに顔を見合わせ、ざわめいた。「背景にあったのは、暗幕だ」カイルが声を上げた。「そしてあるはずなのになかったのは――〈ゲルニカ〉だ」瑤子はうなずいた。そして、はっきりと、力のこもった声で言った。「あの日、あのとき。誰かにとってそこにあってはならなかったあの作品を、私たちは取り戻しました。――そこになくてはならないから」それから、ポディウムの横に下がっているスクリーンを指し示した。その瞬間、真っ白なスクリーンが、ぱっと切り替わり、真っ黒な画面になった。会場内のざわめきがいっそう大きくなり、すべての視線がスクリーンに釘付けになった。……。
食い入るようにスクリーンをみつめていたカイルが、「ここは……」と小さくつぶやいた。「……国連安保理議場のロビー……?」ルースが悠然と微笑んだ。その傍らで、パルドが、満足そうにゆっくりとうなずいた。瑤子はまっすぐに前を向いた。遠くの星をみつめるようなまなざしで、彼女は言った。「剥がしてください……暗幕を」会場の誰もが息をのんだ。バサリ、と音を立てて、スクリーンの中で、黒い長方形が床の上に落とされた。暗幕の下から現れたのは、タペストリーではなく、壮大な一枚の絵。〈ゲルニカ〉だった。
(2003年6月5日 ニューヨーク)

 

 

本作は史実に基づいたフィクションです。二十世紀パートの登場人物は、架空の人物であるパルド・イグナシオとルース・ロックフエーフーを除き、実在の人物です。
二十一世紀パートの登場人物は、全員が架空の人物です。架空の人物には特定のモデルは存在しません。

 

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今日のお昼は、私のグルメの師匠とKITTE名古屋で待ち合わせて、名古屋に初進出の大人気のカレー店「エリックサウス」のエリックミールス(1450円)を食べに行きました。
2種類のカレーは①エリックチキンと⑤ココナツ野菜にしヨーグルトを選択しました。まずスプーンで全部の小皿のカレーなどを少しずつ味わいます。どれもスパイシーで食べたことのないおいしい味です。その後、おせんべいのようなパパドをパリパリくだいてご飯にかけ、小皿のカレーを全部かけてごちゃっと混ぜていただきます。

 

いろいろなスパイスの味が合わさってとてもおいしいです。また食べに来たくなるミールスでした。ごちそうさまでした♪

 

 

エリックサウス
名古屋市中村区名駅一丁目

 

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今日は仕事で金山。お昼は市民会館の北西すぐの「ネコ目」のネコ目オムライスのグランデ(大盛)にふところチーズインをトッピング(1250円)をいただきます。
まずタマゴだけを一口。ふわトロで評判通りのとてもおいしいタマゴです♪。ネコの目に見せるようにまつ毛のオクラは飾り程度に思っていたのですが、こんなおいしいオクラを食べたことがないというほどおいしいです♪。

 

ランチメニューでは、オムライスは日替わりランチか、ネコ目か、刻みネギと大根おろし しか選べず、トリマゴコロデミグラスのオムライスを食べようと思って出かけたのですが ネコ目オムライスで大正解。
デミグラスなどのソースでごまかさない、タマゴのおいしさで食べさせる本物のオムライスを食べさせていただきました♪。今まで食べたオムライスの中でNo1だと思います。ごちそうさまでした。
最近 おいしいものを食べ過ぎで おなかが…、男だから山本文緒さんのように妊婦には間違われないだろうけど…

 

 

 

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あらすじ
31歳の私に、10年後の私をこっそり教えてあげたい──。離婚して仕事もお金もなく、実家に寄生するしかなかった31歳。直木賞を目標にかかげて、胃痛に苦しみながらも、必死で作品を生み出しつづけた30代中盤。念願の直木賞を受賞した38歳。ずっと一人で生きていくと思っていた矢先の、39歳での再婚。幸せな生活のはずが、うつ病で入院してしまった40歳。絶品の恋愛小説で読者の心をゆさぶる著者も、様々な葛藤を抱えながら生きてきた。心に沁みるエッセイ集。

 

ひと言
最近は山本 文緒に はまっていて、なぜか読みたくなる。飾らない率直な語り口が心地よく読みやすいエッセイでした。

 

 

わたくしの公式HPの掲示板に、以前読者の方がはっとする書き込みをなさった。私が「恋愛はお祭り。結婚は生活」と発言したのを受けたものである。《一緒にいるとご飯も喉を通らなくなる、あるいは食べなくても平気になるのが恋愛。一緒のご飯がおいしくなるのが結婚で、恋愛でも、ご飯がおいしいと思ったら結婚してもいいんじゃないスかね》というようなものだった。素靖らしい。どうかあのお方にカクテルを、マスター。
あなたは今、自分の好きな人とご飯を食べるとき緊張しますか。それとも気楽で楽しいですか。
(「一緒のご飯」の気楽さは恋の堕落?)

 

 

一番衝撃だったのは、運転免許証の更新に行ったら何故だか警察の人々が妙に優しくて、講習室が満員で立っている人もいたのに、私にだけ折り畳み椅子を出してくれたのです。とどめの一言は「何ケ月でいらっしゃいますか?」というナイスミドルな警察官の一言でした。妊婦に間違えられるようでは決定的にモテんざき。痩せたらモテるのだろうか、と思わず煙草に火を点けちゃいましたよ。きっと違うぜ。痩せたってモテないもんはモテないぜ。人気があるのとモテるのは、北極と南極みたいに似てはいるが全然違うぜ。
(モテる女とモテない女の決定的な違い)

 

 

夫といえども独立した他人です。強制的に何かさせようとするよりも「こういう人なんだ」と諦める方がストレスは減るし、新たな展開を生むことが多かった気がします。諦める、というとネガティブな発想のようですが、言い換えるとそれは、変えられない現実と現状を受け入れて腹を据えるということではないでしょうか。話し合いが夫婦の円満を生む、というのはおとぎ話のように、どっかの誰かが商売用に作った幻想だとわたくし個人は思います。核心に触れず馬鹿話で盛り上がる方がよっぽどいいような気がします。
(夫婦はやっぱり赤の他人?)

 

 

まだ私が学生だった頃、一応母は私と兄のために食事の用意をしてくれた。子供の食事を作るのは母の仕事のひとつだったからだ。けれど歳がいけばいくほど、夕飯の時間に家に戻っている確率が低くなる。作った料理が無駄になることが増えて、母は自分の子供にもうフィードする必要がないことを知った。
そして私がかつて結婚していた頃(かつて、してたんです)私は夫のために毎日夕飯を作った。それは私の仕事ではなかったけれど、愛情表現のひとつだと思っていたのだ。しかし夫と私は、あまりにも食べ物の好みが違い過ぎた。自分の好きなものを作ると夫が喜ばないので、私は結局夫が好きなものばかりを作ることになった。なのに、酒飲みの夫は深夜まで帰って来ないことが多かった。せっかく作った料理が無駄になる。しかし捨てるのも勿体ないので、翌日私は自分が大して好きでもない料理(それも残り物)を食べなければならなかった。後で冷静に考えると、悪いのは帰って来ない夫ではなく「ご飯を作って待っている私」だったのだ。誰かが家で食事を作って待っている。それは幸福なことなのかもしれない。けれど、「作って待っている人」には「作られて待たれている人」の重圧が分からない。私はどちらにもなりたくない。自分で作って自分で食べたい。食べたい時に食べたいものを食べたい量だけ。
(エスコート・ミー)

 

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今日のお昼は、職場の人と前から行こうと約束していた「ふくろう」へ出かけたのですが臨時休業。急遽 こちらも現在食べログで愛知県第4位のラーメン「らぁ麺 飛鶏(あすか)」へ。以前の師匠のアドバイス通りシンプルに鶏そば(670円)をいただきます。
透明で鶏油がキラキラ輝き食べるまでもなく見るからにおいしそうなスープ。まずレンゲでスープを味わうと、これが驚くほどに美味しいです。

 

昭和33年以来60年近くにわたって日本人に愛され続けている元祖鶏ガラスープのチキンラーメンのスープの味が頭をよぎりました。「紫陽花」と同じく鶏と豚のチャーシュー。
こちらも「なに これ!」というレベルのとてもおいしいスープです。ごちそうさまでした。次は「鶏白湯そば」も食べてみたいです。

 

 

らぁ麺 飛鶏ぶろぐ
春日井市御幸町3

 

7月23日 第30回の3人旅はゼロ磁場、パワースポットである分杭(ぶんくい)峠と桜で有名な高遠城址を巡ります。

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名古屋ICから2時間。駒ヶ根ICからの道は通行止めということなので伊那ICで降りて分杭峠を目指します。
分杭峠・ゼロ磁場ってなに? 私も、次の3人旅は分杭峠へ行くと聞いたとき、そう思いました。

巨大断層地帯である中央構造線の真上にあり、2つの地層がぶつかり合っている、という理由からエネルギーが凝縮しているゼロ磁場であり、世界でも有数のパワースポットということです。

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このHPから拝借しました ゼロ磁場の秘水のHP

分杭峠までの道が狭く、駐車スペースもないので 麓でシャトルバスに乗り換えて行きます。

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気のせいかもしれませんが、気場では時々指先がピリピリします。

連れのYさんが撮った写真に(気?)が写っていました。

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駐車場から10分ほど歩いた水汲場の「気が入った水」です。「飲料水に適していません」という立て札がありますが、つめたくてとてもおいしい水でした。

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この後、権兵衛トンネルを抜けて木曽福島へ行く予定でしたが、シャトルバスなどで思いのほか時間がかかったので、予定を変更して高遠を散策することに…。
JRバス高遠駅近くの「みすゞ」で遅いお昼の ソースカツ丼(850円)をいただきます。
カリッとしたカツに ソースとキャベツがとてもよくあっておいしいです♪

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TVや雑誌などでよく見る桜の桜雲橋を思い浮かべながら 高遠城址公園を散策します。

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伊那市のHPのサクラです。とてもすてきな公園で、いつか満開の高遠桜を観に来たいなぁと思いました。

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絵島囲み屋敷を見学して、信州高遠温泉「さくらの湯」へ
昨年、泉質部門第1位を獲得した岐阜の「池田温泉」のような トロトロつるすべの湯に大満足です。

夕食も高遠のそば屋さん「華留運(ケルン)」。焼き味噌を溶いた味噌ダレに辛味大根おろしで食べる高遠そば かきあげ(1200円)。自家製のクルミのつけ汁もおいしかったです。

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家でも辛味大根おろしでそばを食べたくておみやげにスーパーで辛味大根2本を買いました。
今回も楽しい3人旅でした♪
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仕事で知多の野間へ行くことになり、地図で見ると前から行きたかった県内屈指の人気ラーメン屋さん「昭和呈」が車で10分ほどのところです。もうこれは行くっきゃないでしょう。
開店30分ほど前に到着、一番乗りでした。究極人気No1の究極海老花麺・塩(1220円)をいただきます。まずスープを一口、「なに!これ!!」海老の旨み、香り、コクのすべてがギュッと濃縮された今まで食べたことのないラーメンです。もう言葉で表せない超感動のラーメンでした。
「ごちそうさまでした」というより、こんなおいしいラーメンを「ありがとうございまいした」。