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あらすじ
吉祥寺にある書店のアラフォー副店長理子は、はねっかえりの部下亜紀の扱いに手を焼いていた。協調性がなく、恋愛も自由奔放。仕事でも好き勝手な提案ばかり。一方の亜紀も、ダメ出しばかりする「頭の固い上司」の理子に猛反発。そんなある日、店にとんでもない危機が…。書店を舞台とした人間ドラマを軽妙に描くお仕事エンタテインメント。本好き、書店好き必読。

 

ひと言
読書好きの人のブログを参考に、読んでみようと図書館で借りました。とても読みやすく、先が気になって一気に読みました。この本に出てくる吉本ばななさんの『キッチン』。昔すごく話題になった本なのに、私は読んだことがないので、ぜひ今度借りて読んでみたいと思いました。渡辺麻友、稲森いずみさん出演のTVドラマ『戦う!書店ガール』のDVDも今度借りて観てみたいです。

 

 

一伸堂。いつも行く近所の本屋だった。辛いことや落ち込むことがあると、いつもきまってここに来る。……。
その日も、店主はいつものように穏やかに迎えてくれた。だけど、いつもと違うのは、珍しく自分から本を勧めてくれたのだ。『これ、面白かったから、読んでみない?』 当時、評判になっていた吉本ばななの『キッチン』たった。たぶん、いつもなら買わないタイプの本だ。装丁が少女趣味な気がしたし、すごく売れているという事実がなんだか嫌だった。若かったこともあって、当時はベストセラーになる本に対して反発を感じていた。ペストセラーになるということは、普段本を買わない人が好む本ということだから、自分のような本好きとは相容れないものだ、と思っていたのだ。……。
でも、いろんなことがどうでもいいや、と思えたのだ。おじさんが勧めるんだから、なんでもいい。だけど、それを読んで泣いた。家族を喪うことの悲しみ。孤独。癒しがたい空白感。絶望と、再生に向かう意志。そこに書かれていることは、これから自分に降りかかることだと思えた。作り話だし、どこか少女漫画のようだと思ったけれど、臆面もなく泣けた。母の病気の話を聞いた時は泣けなかった。ことの深刻さに、ショックで泣くこともできなかったのだ。だが小説なら泣ける。泣いて泣いて一晩中泣き明かして、そうしてすっきりした。泣いて気持ちを吐き出したことで、前に進める気持ちが湧いてきた。
大切な誰かを喪うことは、生きてる限り避けては通れない。哀しみも寂しさもきっと襲ってくるだろう。だけど、そうした感情を味わったからこそ得られる何かがきっとある。そこでできる絆もあるに違いない。たった一冊の小説が、自分の心を強くした。主人公が物語の中で手にするカツ丼は、自分にとってはこの本そのものだった。そして、母の病と向き合う覚悟ができた。残されたわずかな時間、できるだけ母に寄り添おうと思ったし、短い大学生活だとしても自分なりに楽しもうと思った。あとで「おもしろかった。これを読めてよかった」と、本の感想を言ったら、店主に「それはよかった。理子ちゃんが辛そうな顔をしていたので、趣味と違うかもしれないと思ったけど、ああいう本がいいんじゃないか、と思ったんだよ」と言われた。お見通しなんだな、と思った。そして、そんなふうに自分のことを気にしてくれる店主が嬉しかった。だから、仕事で辛い時、しんどい時は、この店に来る。来て何があるというわけじゃなくても、なんとなく安心する。あのゆったりした空間がほっとするのだ。なにより、ここが自分の仕事の原点だ。この店があったから、自分は書店員になろうと思ったのだ。『キッチン』という本に出会ったことで、自分の気持ちが救われた。自分もおじさんみたいに必要な人に必要とされる本を手渡す、そんな仕事がしたいと思ったのだ。(16)

 

 

文庫化に際して、理子が幼い頃から通っていた地元の本屋さんの語を書き加えていることにも最後に触れておきたい。他にも文庫化に際して手を入れた箇所は散見するが、この挿話が物語の奥行きを作っていることは見逃せない。一冊の本が人を救うことはある。カを与えてくれることはある――そう思うだけで、なんだかむくむくと元気が出てくる。碧野圭が本書で描こうとしたのは一つの書店の興亡ではなく、私たちと本を結び付けるそういう濃い繋がりなのではないか。そんな気がしてならない。(解説)

 

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あらすじ
『日本人にとって、「道徳」とは何か?』この問いに答えられる、親や教師はいるのだろうか。まず最初に大人たちが、真面目に考えた方がいい。現代日本に一石を投じる、国民的かつ普遍的道徳論。

 

ひと言
2018年、道徳を教科化? 道徳(マナー)は人まかせにするものでもなく、学校の授業で時間を割いて教えるものでもない。家庭での教育ももちろん大切であるが、地域の大人がその場その場で叱ったり諭して教えた方がいいし、そのほうが効果的だと多くの人が思っているにもかかわらず、それがいつも机上の空論で実践されない。知らない人に道を聞かれたり話しかけられても、一緒についていってあげてはいけません、無視しなさいと教える現代には無理な話なのだろう。

 

 

日曜日に家族で教会に行くのが普通な国では、わざわざ道徳教育なんてする必要はおそらくないはずだ。
日本にはそういうものがないから、わざわざ学校の授業で時間を割いて道徳を教えなくてはいけなくなる。神様が前提なら、道徳に説明はいらない。「神様がそういった」で、おしまいなのだが、日本ではそうはいかない。だから日本の学校の先生は、「いいことをすると清々しいよね」なんていわなくちゃいけない。
(第一章 道徳はツッコみ放題)

 

 

子どもの道徳教育でいちばん大切なのは、本音で話すことだと思う。あいさつをちゃんとしろとか、ゴミを捨てるなとか、老人に親切にしろとかいうのは、道徳というよりは単なるマナーの問題だと思うけれど、どうしてもそういうことを教えたいっていうのなら、それが人間関係を円滑にする技術だってことを正直に教える。あいさつすると気持ちがいいだなんて、下手な理屈をつけない方がいい。……。……。
ほんとうは、マナーなんてものは、授業で教えるよりも、子どもが何かをしでかしたときにその場で叱ったり、論すとかして教えた方がいい。その方がよほど確実に伝わる。街中で騒いでいる子どもがいたら、そこにいる大人が叱ってやればいい。電車でくたびれた年寄りが立っているのに、知らん顔で座っている子どもがいたら、席を譲りなさいといってやればいい。そういう意味では、むしろ、じいさんばあさんに道徳教育をするべきかもしれない。年寄りには、行儀の悪い子どもや若者を叱る責任がある。どうやって叱ったらいいかを、老人学校か何かで教えるのだ。そこら中のじいさんばあさんが叱るのが当たり前になれば、子どもたちのマナーは良くなるはずだ。だけど、さっきも書いたように、そういうマナーの問題よりももっと子どもたちに教えなくてはいけない大切なことがある。ほんとうに必要な道徳教育は、子どもたちにできる限りの真実を教えてやることだ。人間の抱えている矛盾や問題をごまかさずに、だ。
(第五章 人類は道徳的に堕落したのか?)

 

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あらすじ
「すぐやることの大切さ」を無意識に感じ取っている人が多いにもかかわらず、行動力が大事とわかっていても、なかなか行動できないもの。それはなぜか? 理由は、人間の心にブレーキをかけ行動力を下げてしまう3つの「不安」を感じてしまうから。口だけでなかなか行動できない人、考えすぎて行動にうつせない人…こんな先送り、先延ばしの自分を変えるにはどうしたらいいか?数多くの人々に行動力を高める指導をしている著者の独自のノウハウで、10秒で行動に移す方法と不安を消す方法を紹介する。

 

ひと言
いつも仕事などで「あれもやらないといけない、これもやらないといけない」というそんな つまらないこと くだらないこと を覚えていなければいけないのがイヤで、「すぐにやる」を心がけています。
これからも瞬時に判断した自分の判断力を信じ、やらなかったことを後で後悔することがないよう、失敗を恐れずに「すぐにやる」を心がけて日々を暮らしていきたいという気持ちを今一度確認させてくれる一冊でした。

 

 

「人間の行動の法則」
それはチャンスや情報が手に入った際、10秒の間に動くことができる人はすべてを手に入れ、10秒以上もの時間をかけても動けない人は何も手に入れられなくなる、ということです。といっても、10秒の間に行動しなくてもかまいません。情報が脳に入り、心が共感したとき、10秒で「やろう!」と決断ができる人だけが、すごい行動力を手にできるのです。ではなぜ、10秒で動くだけで、それほどの違いがでるのでしょうか? それは、行動に「慣性の法則」が働いているからです。行動し始めるときは力が必要になりますが、一度でも動き出してしまえば、そのあとは楽に動くことができます。
(はじめに)

 

 

人の行動力は、モチベーションが支配しているのではありません。行動力は「気分」で決まるのです。いくら「価値観」や「未来像」が明確であっても、「気分」が下がっていたら動けません。モチベーションが高かったとしても、気分が乗っていなければ、あらゆるやる気を失ってしまうのです。逆に、良い気分をキープできれば、行動したい、行動できると思えてきます。どんなに難しい壁があっても、チャレンジできるし、向き合えます。行動力を高めたければ、モチベーションだけでなく、「気分」もコントロールする必要があるのです。
(はじめに)

 

 

人のやる気の素は、大体3つに分類できるといわれています。これは慶応義塾大学の高橋悛介さんの分類を参考にしたものです。

 

 

① 上昇・達成系のやる気の素
  勝ちたい、上達したい、成長したい、達成したいという意欲
② 人間関係系のやる気の素
  感謝されたい、人と仲良くしたい、社交が大好きという意欲
③ プロセス志向系のやる気の素
  手順を守りたい、論理的でないと気が済まない、プロセスにこだわる意欲

 

 

多くの人はこの3つのやる気の素のうちどれかひとつが極端に強く、それ以外の2つはそれに比べて低いという傾向かあります。
(第4章)

 

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あらすじ
伝えられなかった言葉。忘れられない後悔。もしも「あの時」に戻ることができたら…。両親の離婚をきっかけに家出し、海を目指す少女の切ない冒険。交通事故で急逝した娘の代役として若作りをして成人式へ出席しようと奮闘する父と母。近くて遠く、永遠のようで儚い家族の日々を描く物語6編。誰の人生にも必ず訪れる、喪失の痛みとその先に灯る小さな光が胸に染みる家族小説集。
(2016年 第155回 直木賞受賞)

 

ひと言
表題作の「海の見える理髪店」情景が思い浮かぶような文章でとてもよかった。直木賞の受賞も納得。
「ありがとうございます。いまの自分があるのは、あなたのおかげです」高倉健さんを思わせるような言葉に、自分も健さんにそう言われたら もう、いつ死んでもいいと思うだろうなぁ。早いもので明後日、11月10日は高倉健さんの3回忌。もう亡くなって2年になるんだなぁ。今年もいももちを作ってお供えしよう。

 

 

【追記】11月10日 高倉 健さんにお供えした いももちとコーヒー

 

 

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妙な位置にある僕のつむじのところで、手が止まる。店主はひとしきり髪をまさぐってから、小さなため息をついた。何を言われるかと緊張したが、皺のひとつみたいな薄い唇から出たのは、僕の新しい髪型に関するいくつかの選択肢と提案だけだった。

 

 

以来、週に二度とはいきませんでしたが、月に一度は来てくださいまして。あの方の髪を最後に整えたのも私です。亡くなる半月前に、病院に呼ばれたのです。持てるだけの道具を持って飛んで行きました。あの方はいつもの丁寧な口調で、最後にこう言ってくださったのです。
「ありがとうございます。いまの自分があるのは、あなたのおかげです」
私はもう、いつ死んでもいいと思いました。こんな私でも、誰かに、そんなふうに言われるだけで、生きてきた甲斐があったというものです。
鏡、まぶしいですよね。申しわけありません。ドライヤーで仕上げをしたら、終わりますので。じつは西日がこの鏡の難点でして。いまの時期の日没近くにはなるべく予約を入れないようにしていたのですが、原田様のお若い声のご予約が嬉しくて、つい。
それにしても珍しい場所につむじがおありですね。ええ、つむじっていうのは、お一人お一人違います。いえいえ、変わるものではありません。こういう仕事をしていますから、違いはすぐにわかります。
最後までよく喋るジジイだとお思いでしょう。いつもじゃありませんよ。こんなことまでお話ししたのは、お客さまが初めてです。あなたにだけは話しておこうと思って。もう私、そう長くはないでしょうから。
それから店主はこう言った。頭の後ろの縫い傷は、お小さい頃のものでしょう。鏡の中の店主を見返した。逆光を浴びた顔は黒い影になって、表情がはっきりとわからなかった。その傷はね、ブランコから落ちた時のものですよ。河川敷の公園のブランコです。あそこは地面に石がごろごろしていましたからね。息子をそんな危ない場所で遊ばせたくない一心で、女房は親馬鹿だと笑いましたけれど、私、ブランコを買って、家の庭に置いたんです。ここの庭に古いブランコがありましたでしょ。あれは、もともとあったわけではなく、私が東京の家から持ってきたものなんです。
お母さまはご健在ですか、店主が聞いてきたから、ええ、と答える。店主が黙りこみ、ドライヤーの音だけになった沈黙を破って、僕は声をあげた。来週、結婚式があるんです。そして、まだ明かしていなかった、ここへ来た理由をごく手短に説明した。
僕の結婚式だ。その前に一度、いつもの美容室ではなく、きちんと床屋に行っておきたかった。それだけを語った。口の重い母親からではなく、自分で集めた噂話を頼りに、苦労してこの店を探しあてたことは黙っていた。
店主は逆光の中の黒い影になった顔で、おめでとうございます、と言ってくれた。僕は答えた。ありがとうございます。つけ足そうと思った、あとの言葉は、結局、喉の奥にしまいこんだ。……。
受け取ろうとしない代金を、どうにか支払って、僕は、古いアルバムを閉じるようにドアに手をかける。店主の声が背中に飛んできた。

 

 

あの、お顔を見せていただけませんか、もう一度だけ。いえ、前髪の整え具合が気になりますもので。
(海の見える理髪店)

 

11月5日、6日義父母の金婚式のお祝いに13名で嵐山へ一泊旅行に行きました。

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うちの家族4人と義父母の計6人を乗せたレンタカーのヴェルファイア。
室内が広いのでとても快適です。

京都南で降りて桂川沿いに走り、桂離宮の目の前の「中村軒」で名物の麦代餅(むぎてもち)(290円)と「山利商店」の白味噌のお雑煮(930円)をいただきます。

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1時の予約の苔寺(西芳寺)へ。拝観料はなんと3000円。外国人の方もたくさん訪れていて、みなさん小筆を持って頑張って般若心経を写経をされていました。写経後 すばらしいお庭を拝見させていただきます。

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2ページにわたる御朱印もいただきました。

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すぐ近くの鈴虫寺へ、40分ほど待って、ご住職の「鈴虫説法」を聞くことができました。
「人は未来へ行って何かをしてきたり、過去へ行って何かをやり直してくることもできず、唯々、現在を生きるしかできない存在です」という言葉が印象的でした。

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写真は鈴虫寺のHPより

幸福地蔵のお守りをいただきました。

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宿は阪急嵐山駅の目の前の「花伝抄」。
心憎いほどのサービスで、嵐山で大人気のお宿です。


宿で2人の妹たちの家族と合流し金婚式のお祝いをします。
料理もとてもおいしく、普通の大湯屋、歩いて2分ほどの外湯「風風の湯」それに自由に入ることのできる5つの貸切り風呂まであります。

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夜は風風の湯へ、朝は5時に起きて5つの貸切り風呂と大湯屋のすべてを制覇しました♪。
「虫はんと葉ぱはんが 来はったら のかしといて」
露天風呂には この京都弁の立て札と掬い網がおいてあり、ほっこりとした気分にさせてくれます。

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朝食までの時間、十三まいりで有名な法輪寺にお参りし、野宮神社と竹林の道を散策しようと渡月橋を渡ると、ラッキーなことに天龍寺の庭園の早朝拝観があり、迷わず拝観。
ほとんど人のいない静かな庭園を観賞することができました♪

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10時過ぎにチェックアウト。お母さんが歩くのが大変なので人力車をお願いし、それ以外は各自12時07分トロッコ嵯峨駅発のトロッコ列車に間に合うように嵐山を散策しながら歩きます。

前から行こうと決めていた「老松」に直行。嵐山店でしか食べられない本わらび餅(1296円)をいただきます。
なにこれ!というぐらいおいしいです。1つ240円も納得です。

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朝、時間がなくて行けなかった野宮神社と竹林の道を散策して、トロッコ嵯峨駅へ

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終点のトロッコ亀岡駅から保津川下り乗船場まで30分ほど馬車で移動します

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水量によって時間が変わる舟下り、今日は1時間50分ほどでした。

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終点の嵐山に近づいてくると、船外機付きの船が横付けしてきて並走し、おでんやあま酒などを買うことができます。冷えた体には熱いあま酒がとてもおいしかったです。

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遅い昼食を済ませて、各自おみやげを見たり自由に散策。渡月橋のたもとの、本場イタリアのジェラートの大会で3位になったこともある「新八茶屋」の嵯峨とうふのジェラート(350円)をいただきます。
豆乳ではなく有名な「森嘉」の豆腐を潰して作ったジェラートで、最高においしかったです♪

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帰りは京都縦貫自動車道の大原野ICから高速に乗ります。
2日目の馬車と舟下りは少し寒かったですが、お天気にも恵まれ、
みんなが揃った楽しい金婚式の記念の旅行になりました。
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今日のお昼は、ネットのニュースで見て食べてみたいと思ったガストの 特盛カキからドーーン(1187円)。
ガストにしては高い価格設定ですが、牡蠣が8個、唐揚げが4個も乗った丼です。牡蠣も大振りな広島産で、とてもサクサク ジューシーで美味しいです。それが8個も。ただし 1652Kcalもあります。自転車通勤でがんばって取り過ぎなカロリーを落とさなくっちゃ。
でも牡蠣を食ったという気分にさせてくれる大満足な、お腹がいっぱいになる丼でした♪ごちそうさまでした。

 

Cafeレストラン ガスト
名古屋市西区名西2丁目

 

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あらすじ
1944年、8月。ノルマンディーへの降下が、僕らの初陣だった。17歳で志願し、19歳で初めて戦場に降り立ったティモシー・コール五等特技兵こと「キッド」。背は高くて体格もまあまあ、しかし穏やかな性格で運動神経もない彼は、同年代ながら冷静で頭脳明晰なエド・グリーンバーグに誘われ、軍隊では「罰ゲーム」と蔑まれるコック兵となる。もっとも、空挺緒部隊所属の特技兵であるコックの仕事は、戦闘にも参加しつつ、その合間を縫って調理をこなすというハードなものだった。
(2016年 本屋大賞7位)

 

ひと言
マーケット・ガーデン作戦のことが出てくるとは思わなかったので読み終えてすぐ、映画「遠すぎた橋」のDVDを観ました。懐かしいなぁ1977年。この頃は高校生で映画に凝っていて、この映画2回も映画館に観に行ったなぁ。アメリカ第82空挺師団 第3大隊長クック少佐のレッドフォードもかっこよかったけど、アンソニー・ホプキンスが演じるイギリス第1空挺師団第1空挺旅団第2大隊長のフロスト中佐が最高。この映画を象徴するような役を見事に演じていっぺんにファンになったなぁ。戦い尽くして捕虜になって、イギリス軍が投下したチョコレートをドイツ将校から受け取るシーンの演技すごかったなぁ。

 

 

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続けて「史上最大の作戦」のDVDも観ました。「彼は死んで、俺は動けなくて、君ははぐれる。そんなものらしい。戦争はね」というセリフが印象的でした。「バルジ大作戦」「パットン大戦車軍団」もまた観たいなぁ。本の感想がどこかに飛んでしまったけど……(汗)。

 

 

時間を元に戻すことはできない。やってしまった行為は永遠に刻まれ、消えることはない。幼い頃、黒人たちを揶揄する落書きをしてしまった時のように、私はディエゴを傷つけ、結局許されることはなく、そしてエドの死を回避することもできなかった。敵兵も大勢殺した―― 一度など、降伏しているにもかかわらず、撃った。奪った命。救った命。貶めてしまった命。数え上げたらきりがないが、だからといって痛みが麻痺することはなかった。もし俺を心配してくれるなら、外の世界でがんばってくれ。もうこんなことが起こらないように。俺たちが戦場へ行かなくて済むように。殺すのも殺されるのも怖くないと呟いたエドは、そう続けた。けれども私は微力すぎて、大きな流れに抗うことはできない。人間は忘れる生き物だ。やがては明らかな過ちさえ正当化する。誰かが勝てば誰かが負け、自由のために戦う者を、別の自由のために戦う者が潰し、そうして憎しみは連鎖していく。この世は白でも黒でもない。灰色の世界だ。この曇天のように、気まぐれに濃淡を変えてしまう、陰惨で美しく、郷愁めいた灰色が、どこまでもどこまでも覆っている。しかし、それでもなお、私は祈らずにいられない。私は深く溜息を吐き、エドのメガネを机の抽斗にしまって、鍵をかけた。
(エピローグ)

 

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今日のお昼は、職場の男4人で四間道のお洒落なレストラン「月のうさぎ」に行きました。
電話で予約してあったので限定20食のうさぎランチ(980円)を食べることができました♪。
「はいからさんが通る」のような矢絣(やがすり)の着物姿の店員さんが20本のお品書きを丸めて糸でとめたものをくじのようにトレイに載せて持って来て、そのお品書きにウサギマークが入っているとランチ代が無料になるとのこと。残念ながら4人ともはずれでした。

 

男には少し量が少ないかなとも思いましたが、ヘルシーで品数も多く、雑穀米のご飯はおかわり自由で、水曜日のメニューのポークシチューもとてもおいしかったです。すごく落ち着いた雰囲気のお店で周りは女性客ばかりでした。一人で来なくてよかった(ホッ)。ごちそうさまでした。

 

 

月のうさぎ(食べログ)
名古屋市西区那古野1

 

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今池での人間ドックの帰り、ずっと、ずーっと行きたかった「ピエール・プレシュウズ」の覚王山店へ寄りました。
食べログで愛知県No1のケーキ屋さんです。お店の人気No1のモンブラン(496円)とイートインの人気No1のガトー・ジャポネ(756円)をテイクアウト。
今まで新栗が出るとレニエのナカツー(中津川モンブラン)を買いに走っていましたが、ピエール・プレシュウズのフランス産のマロンクリームと北海道産の純生クリームの味が見事にベストマッチしたモンブラン。なにこれ!見た目といい味といい すごく感動させてくれるモンブランです♪。

 

クリを感じたい、味わいたい のであればナカツーの方が上かもしれませんが、モンブランケーキとしてはこちらの方が上かもと思いました。
ガトー・ジャポネもとてもおいしく、特にやわらかくて味わいのあるスポンジは特筆ものです♪
さすがピエール・プレシュウズ。恐れ入りました。どれもとてもおいしいケーキでした♪

 

 

今度はイートインで生クリームとフルーツを増やしアイスを添えたガトー・ジャポネ・グルマン(覚王山店限定)やもっと他のケーキも食べてみたいです。ごちそうさまでした。

 

 

ピエール・プレシュウズ
名古屋市千種区丸山町3

 

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あらすじ
36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられるが…。「普通」とは何か?現代の実存を軽やかに問う衝撃作。
(第155回芥川賞 受賞)

 

 

ひと言
『コンビニエンスストアは、音で満ちている。』 第153回芥川賞の「火花」の書き出しも上手いなぁと思いましたが、この何気ないような書き出しで、コンビニの自動ドアが開いて、来客を知らせるチャイムが鳴り、読者をすぐにお店の中にいる気分にさせてくれます。
151頁ですぐに読めてしまい、読了後すぐは「はぁ…なにこれ?」という感想でしたが、このブログを書くための付箋の箇所を読みかえしていくと、「するめ」のように味が染み出してきます。
こんな多様な価値観が存在する現在、誰も「普通」とは何なのかが言えないのに、人は「普通でない」ことを恐れ、やっぱり漠然とした「普通」を求めてしまうのかなぁ。

 

 

 

教室で女の先生がヒステリーを起こして教卓を出席簿で激しく叩きながらわめき散らし、皆が泣き始めたときもそうだった。「先生、ごめんなさい!」「やめて、先生!」皆が悲壮な様子で止めてと言っても収まらないので、黙ってもらおうと思って先生に走り寄ってスカートとパンツを勢いよく下ろした。若い女の先生は仰天して泣きだして、静かになった。隣のクラスの先生が走ってきて、事情を聞かれ、大人の女の人が服を脱がされて静かになっているのをテレビの映画で見たことがある、と説明すると、やっぱり職員会議になった。「なんで、恵子にはわからないんだろうね……」学校に呼び出された母が、帰り道、心細そうに呟いて、私を抱きしめた。自分はまた何か悪いことをしてしまったらしいが、どうしてなのかは、わからなかった。父も母も、困惑してはいたものの、私を可愛がってくれた。父と母が悲しんだり、いろんな人に謝ったりしなくてはいけないのは本意ではないので、私は家の外では極力口を利かないことにした。皆の真似をするか、誰かの指示に従うか、どちらかにして、自ら動くのは一切やめた。(P11)

 

 

高校を卒業して大学生になっても、私は変わらなかった。基本的に休み時間は一人で過ごし、プライペートな会話はほとんどしなかった。小学校のころのようなトラブルは起きなかったが、そのままでは社会に出られないと、母も父も心配した。私は「治らなくては」と思いながら、どんどん大人になっていった。(P13)

 

 

横で立って袋詰めをしていた社員が、「古倉さん、すごいね、完璧!初めてのレジなのに落ち着いてたね! その調子、その調子! ほら、次のお客様!」社員の声に前を向くと、かごにセールのおにぎりをたくさん入れた客が近づいてくるところだった。「いらっしゃいませ!」私はさっきと同じトーンで声をはりあげて会釈をし、かごを受け取った。そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。(P20)

 

 

なぜコンビニエンスストアでないといけないのか、普通の就職先ではだめなのか、私にもわからなかった。ただ、完璧なマニュアルがあって、「店員」になることはできても、マニュアルの外ではどうすれば普通の人間になれるのか、やはりさっぱりわからないままなのだった。(P21)

 

 

あ、私、異物になっている。ぼんやりと私は思った。店を辞めさせられた白羽さんの姿が浮かぶ。次は私の番なのだろうか。正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人達に削除されるんだ。家族がどうしてあんなに私を治そうとしてくれているのか、やっとわかったような気がした。
なんとなくコンビニの音が聴きたくなり、……。(P77)

 

 

「何で無職の男を部屋に住まわせているんだ、共働きでもいいが何でアルバイトなんだ、結婚はしないのか、子供は作らないのか、ちゃんと仕事しろ、大人としての役割を果たせ……みんながあなたに干渉しますよ」「今まで、お店の人にそんなこと言われたことないですよ」「それはね、あんたがおかしすぎたからですよ。36歳の独身のコンビニアルバイト店員、しかもたぶん処女、毎日やけにはりきって声を張り上げて、健康そうなのに就職しょうとしている様子もない。あんたが異物で、気持ちが悪すぎたから、誰も言わなかっただけだ。陰では言われてたんですよ。それが、これからは直接言われるだけ」「え……」「普通の人間っていうのはね、普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ。でもね、僕を追いだしたら、ますます皆はあなたを裁く。だからあなたは僕を飼い続けるしかないんだ」(P115)