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あらすじ
ウチの親って、絶対になんか変! と思っているあなたに贈る究極の毒親物語。私にとって、人生最大の悩みは両親でした……何気ない一言に浴びせられた罵倒、身に覚えのない行為への叱責、愛情のかけらもない無視、意味不明の身体接触。少女の頃から家庭で受けつづけた謎の仕打ちの理由を、両親を亡くした今こそ知りたい。驚愕の体験談を投稿の形で問いかけ、毒親から解放される道を示唆する「相談小説」。

 

ひと言
他の人の読書レビューを参考に、読んでみようと思って借りました。この本の最後に「本書の「投稿」はすべて事実に基づいています……」という言葉にドキッとしました。靴に刺さった釘、倒れてスイッチが入ったラジオがあってほんとうによかった。

 

 

集客力・視聴率は「いやに、より多くの人を躓(つまず)かせない状態におけるか」にかかっています。より多くの人が躓かずに眺めていられるものほど数字がとれる。幕が上がり(物語りが始まり)、「彼女の父は厳しかった」という短いナレーションのあとに、たとえば幸田露伴が登場すれば、多くの人は躓かない。しかし高田純次が登場したら? 躓くのではないでしょうか。多くの人は、いったん躓くと、開幕後の舞台はろくに見ず、ミスキャストではないかというアラ探しに興じはじめる。こうなってしまうと、取るに足らぬアラにも騒いで舞台からそっぽ向く。人気は出ない。数字を稼げない。長年にわたり多くの数字を稼いできたヴィジョン、あくまでも数字を稼ぐヴィジョンであるだけなのに、現実のすべての家族のサムネイルと化して、多くの人に誤解を与え続けているのではないでしょうか。厳しいお父さん。厳しいお母さん。厳しい家。
(初めての一等賞)

 

 

ほかにもいろいろと考えた末に、やはり「毒親」だと至リました。辰造氏も敷子氏も、各々の個性をもった一個人であり、各々の個性から最大限に、子を養う義務を遂行してくれたことに対するあなたの謝意。それは投稿から感じます。あなたが大人だから抱けるものです。……。ですが、やはり「毒親」ではないかと。なぜなら、この語は現時点で、もっとも普及しているからです。
早春の時期に鼻みずとくしゃみがとまらなくなる人が、以前からいた。なのに以前は「花粉症」という「ひとこと」がなかった。そのため「季節はずれの風邪」と誤診されたり、「いまごろ風邪をひく馬鹿」などと言われることがあった。症状の度合いは各々ちがっても、ともかくは「花粉症」という「ひとこと」が普及したことによって、コミュニケーションとして、ものすごくラクになった人は大勢いると思うのです。
(初めての一等賞)

 

 

高校二年のある夜。これまでの投稿と同じような、まったく意味不明の叱責を受けた私はカーッとなりました。夜更け。カーッとなった私は、台所からよく切れる刺身包丁を二本取り出し、食堂のテーブルに置きました。人を刺したり切ったりすると脂が刃に絡みついて切れなくなる、一人を殺すのが限界である、と何かで読んでいたので二本用意したのです。殺す。思いました。カーッとした私が真剣であったのは、裸足やスワッパではなく玄関に脱いでいた下靴に履きかえ、土足だったことにあらわれています。殺したあと逃げるためにです。この点では殺人未遂です。どう逃げるのか、何を持って逃げるのか何も考えていなかったので、この点では瞬間的な発火です。辰造の部屋のほうが食堂から近かったので、一本を持って暗闇の中を歩き出しました。ゴキブリが数匹、わらわらっと壁を動くのを満月が照らしましたが、虫など気にならぬほど感情が発火していました。
ところがズキッとする痛みが拇指球を走った。ゴミを捨てないわが家です。壊れかけた木箱が無造作に置いたままになっていたのを踏んだのです。釘が出ていました。履いていた下靴が、毎日通学に使っていた帆布の安物のスリップオンだったのでソールも薄っペらく、かんたんに釘が突き抜けたのです。(この靴、逃げられない。もっと走りやすい靴に履きかえて来なければ)カーッとなった状態ですから、咄嵯に考えたのはこんなことです。包丁を持ったまま、自分の部屋にもどり、体育の時間に使う陸上競技用の運動靴の入った袋を机のそばで手さぐりで探しました。「殺してやる」という衝動(錯乱)が、「電灯をつけてはいけない」と思わせていました。月明かりの部屋で袋を引っ張った。袋がラジオを倒した。現在のようなスマートなデザインではなく、小さなチップを上下させるスイッチのついたラジオは、倒れたはずみでスイッチが入った。これが私を正気にもどしました。
まず、人の声にとびあがるほどびっくりしました。びっくりしたのが気付薬を嗅がされたに似た効果とでもいうか、ハッとしました。他の部屋に洩れないよう、いつも小さな音量で聞いていたので、スイッチが入っても大音量だったわけではありません。道路の名前、ジャンクションの名前、渋滞時間などが静かにアナウンスされただけです。「交通情報でした」というやさしい女声のあと、ニュースを読む男声。短いニュースでした。「逮捕」「警察」という単語は、私を正気にもどしました。これはどの錯乱の直後ですから、道徳的に正気にもどったのではない。(あんなやつらのために牢屋に入ったら損だ)そう思ったのです。これまであんなに我慢してふりをしてきたのが水の泡になってしまうと。阿漕な沈着です。現実社会を何一つ知らない少年のエゴイズムです。
薄っペらソールを突き抜けた釘、ラジオの深夜ニュースという偶然が、私を救ってくれました。本当に救ってくれた。この日以降は、頭にカーッと血が昇ることはなく、登校前、学校から帰ってきたとき、夕食の支度をするとき、風呂から出たとき等々、日常生活のはしばしで、応接室を通過するたびに、私はピアノの上のねじ巻き式の時計を見つめました。
(緻密な脱出)

 

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あらすじ
桜田門外の変から13年。御駕籠回り近習として主君・井伊直弼を守ることができなかった志村金吾は、明治維新を経た後も、ひたすら仇を探し続けてきた。ついに見つけた刺客の生き残りは、直吉と名を変え、俥引きに身をやつしていた。明治6年2月7日、仇討禁止令が布告されたその日、雪の降り積もる高輪の柘榴坂で、二人の男の運命が交錯する――。
映画化原作「柘榴坂の仇討」をはじめ、幕末維新の激動を生き抜いた武士像を描く時代短篇集。

 

ひと言
レンタルDVDで「柘榴坂の仇討」を観ました。すごく心に残る映画で、志村金吾役の 中井貴一さん、佐橋十兵衛(直吉)役の 阿部寛さん、志村セツ役の 広末涼子さんたちの演技に泣かされぱなしでした。久石譲さんの音楽も心にしみる素晴らしいピアノだし、井伊直弼役が なんと中村吉右衛門さんです。
吉右衛門さん以外の配役は思いつかないし、金吾に慕われる掃部頭(かもんのかみ)を演じることのできる吉右衛門さんだから こんな感動的な作品になったんだと思います。1週間ほど前に借りて3回も観て泣いてしまいました。
その映画の原作が収められているのがこの本で、やっぱりどうしても原作を読みたくて借りました。40頁ちょっとの短篇で原作本もいいですが、映画を観ていないのなら是非おすすめしたいです。表題作の「五郎治殿御始末」もよかったです。

 

 

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この男は十三年の間、仇を探してきたのではないと直吉は思った。桜田御門の綿雪の中にずっと立ちつくしていたのだ。歩み出すことも、遁れることも、死ぬことすらもできずに、彦根橘の御駕龍のかたわらに、十三年の間ずっと立ちつくしていた。金吾の腕をすり技けて、雪の上に落ちた血の色の椿を握りつぶし、十兵衛は泣いた。自分もあの日からずっと、この椿の垣根のきわに座り続けていたのだと思った。
「佐橋殿――」まるで心のうちを読んだように、志村金吾は震えながら言った。「どうかそなたも、この垣根を越えてはくれまいか。わしも、そうするゆえ」柘榴坂の宵は、あの日と同じ綿雪にくるまれていた。
(柘榴坂の仇討)

 

 

「おのれ、折々の付け届けで、義理を売ったつもりでおりくさるのか」忠兵衛の顔色が変わった。腰を伸ばして祖父の胸倉を摑むや、忠兵衛は祖父の顔に火の出るような拳固をいくっも見舞った。「付け届けは賄などではねぁ。わしが食ってうまいものを、わしが敬っているお人に食っていただこうずと思ったんだわなも。礼儀でも義理かけでもねぁわえも。あなた様はそのような不浄なお気持ちで、わしの真心を食らいなさったのか。お侍とは、それほどに下衆であったのきやぁも」
たぶん祖父にはわかっていたのだろう。子供のわしですら、付け届けの何たるかはおぼろげにわかっておったのだからの。
桑名の参勤道中がのうなってからも、尾張屋は漬物や蟹や魚を持って、屋敷を訪ねてくれていた。それが商売ではないのは明らかではないか。……。
忠兵衛は言うだけのことを言ってしまうと、祖父の衿から手を離し、「どうぞご存分に」と首をさし向けた。……。
祖父は身を起こすと、うなだれる忠兵衛に向かって両手をついた。衿り高い桑名の上士であった祖父が、他人に平伏する姿をわしは初めて見た。「かたじけのうござる。この禿頭に免じて、ご無礼の数々、平にお許し下され。そこもとの真心、この岩井五郎治、よおくわかり申した。拙者がまちごうており申した」
(五郎治殿御始末)

 

 

「ご遺品を、預っております。お納め下さい」
 将校は軍服の懐深くに手を差し入れ、肌身はなさず持っていたにちがいない油紙の包みを、書状に重ね置いた。これで、将校が祖父とともに戦場を駆けたことは、明らかになったようなものだった。「お改め下さい、半之助君」わしを鼓舞するように、将校は少し笑った。「みなさまもご覧下さい。これが岩井五郎治殿の御始末です」おそるおそる、油紙を開いた。そこに見たものが何であるか、おまえにはわかるか。考えてみよ。五郎治は末期の力をふりしぼって、それをわしの元に届けてくれと、将校に頼んだにちがいなかった。本人の意思でなければ、そのようなものを遺品とするはずはないからの。そう。それは、祖父の禿頭にいつもちょこんと載っていた、あの笑いぐさの付け髷であった。わしは思わず噴き出し、そして、笑いながら泣いた。将校も忠兵衛も倅も、みな笑いながら泣いた。「なぜ、岩井様はこのようなものを」泣き笑いをくり返しなから、忠兵衛はようやく訊ねた。「わかりませぬ。是非にと頼まれれば、たとえ付げ髷でもいやとは言えますまい」わしにはわかったよ。あの爺様はの、みなに笑うてほしかったのだ。嘆きをことごとく、笑い声で被ってほしかったのだ。そしてもうひとつ――侍の理屈は、一筋の付け髷に如かぬと、わしに悟してくれたのであろうよ。侍の時代など忘れて、新しき世を生きよ、とな。
(五郎治殿御始末)

 

 

武家の道徳の第一は、おのれを語らざることであった。軍人であり、行政官でもあった彼らは、無私無欲であることを士道の第一と心得ていた。翻せば、それは自己の存在そのものに対する懐疑である。無私である私の存在に懐疑し続ける者、それが武士であった。武士道は死ぬことと見つけたりとする葉隠の精神は、実はこの自己不在の懐疑についての端的な解説なのだか、あまりに単純かつ象徴的すぎて、後世に多くの誤解をもたらした。社会を庇護する軍人も、社会を造り斉える施政者も、無私無欲でなければならぬのは当然の理である。神になりかわってそれらの尊い務めをなす者は、おのれの身命を借しんではならぬということこそ、すなわち武士道であった。
人類が共存する社会の構成において、この思想はけっして欧米の理念と対立するものではない。もし私が敬愛する明治という時代に、歴史上の大きな謬りを見出すとするなら、それは和洋の精神、新旧の理念を、ことごとく対立するものとして捉えた点であろう。社会科学の進歩とともに、人類もまたたゆみない進化を遂げると考えるのは、大いなる誤解である。たとえば時代とともに衰弱する芸術のありようは、明快にその事実を証明する。近代日本の悲劇は、近代日本人の奢りそのものであった。誰しも父祖の記憶をたぐれば、明治維新という時代がさほど遥かなものではないことに気付き、愕然とする。実はその愕きの分だけ、われわれはその時代を遠い歴史上の出来事として葬っているのである。

 

 

さほど遠くはない昔、突如として立ちはだかった近代の垣根の前に、とまどいうろたえながらとにもかくにも乗り越えた人々の労苦を、私はいくつかの物語に書いた。
(五郎治殿御始末)

 

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あらすじ
私はたとえ眠っていても、それでも恋人の電話だけはわかる――。客と「添い寝」をする仕事をしていた親友のしおり。彼女が死んでから二ヶ月、寺子はなぜか眠くて仕方のない日々を送っていた。人生に訪れる停滞した時、そして始まり。許されぬ恋のせつなさ、一途な愛が起こした奇跡を描く「白河夜船」他、「夜と夜の旅人」「ある体験」の”眠り三部作”。

 

ひと言
レンタルDVDで「白川夜船」という映画を見つけて、DVDを観る前に読もうと思って借りた本です。1989年に吉本ばななさんが発表した小説が26年も経った2015年に映画化されるなんて…。本を読み終えてDVDを借りにいきましたが貸出中でした。残念

 

 

ああ、何だかついさっき目が覚めたばかりみたいで、何もかもがおそろしいくらい澄んで美しく見える。ほんとうに、きれいだった。夜をゆくたくさんの人々も、アーケードに連なるちょうちんの明かりも、少し涼しい風の中に立ち、待ちどおしそうに真上を見ている彼の額の線も。そう思うと突然、何もかもが完璧すぎて涙がこみあげてきそうになった。見回す風景の中の、目に入るすべてが愛しく、ああ、目を覚ましたのが今ここでよかった。いつもは車がいっぱいのこの通りがこんなに広い空地になった、真ん中のところに2人で立ち、花火を待ち、うなぎを食べて、いっしょに眠ることのできる今夜を、こんなにはっきりした精神で観ることができて嬉しいと思ったのだ。まるで祈りのような気分だった。
――この世にあるすべての眠りが、等しく安らかでありますように。
(白河夜船)

 

早いもので今日は節分。尾張四観音では今年の恵方は甚目寺観音。

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自転車通勤でいつも前を通るので、今朝は出勤前にお参りして、恵方の福豆をいただきました。
今年も無事になんとか過ごすことができました。ありがとうございました。
明日からの一年もいい年でありますように♪。「鬼は外、福は内」
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第1回 マクドナルド総選挙の公約実現で1位のダブルチーズバーガーと2位のてりやきマックバーガーがパティやチーズが増量でお値段据え置きで各320円。お昼に近くのお店で2つを食べてきました。合計パティ5枚、圧倒的なボリュームです。もう動けないくらい食べ過ぎです。
2月7日(火)までなので挑戦したい人はお早めに。

 

 

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今日から2月。まだまだ寒いですが、お昼に職場の男4人で「徳川町 如水 西春店」の煮たまごラーメン塩+チャーシュー丼(980円)を食べに行ってきました。「如水 本店」はかなり並ばなくてはいけないのでお昼には無理ですが、ここならすぐに座れます♪。魚介系スープはさすが「如水」とてもおいしいです。今回初めてチャーシュー丼もいただきましたがこれもグッド!ごちそうさまでした。

 

徳川町 如水 西春店(食べログ)
北名古屋市宇福寺天神140

 

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あらすじ
苦しみ抜いた日々から再生を果たした著者が贈る、あなたの心を温める珠玉の物語。無職で病弱な弟と暮す50歳独身の姉。20年ぶりに田舎の実家に帰省したダメ男。じっちゃんと二人で生きる健気な中学生。人生がきらきらしないように、明日に期待し過ぎないように、静かにそーっと生きている彼らの人生を描き、温かな気持ちと深い共感を呼び起こす感動の物語。6年ぶり、待望の小説集にして最高傑作!

 

ひと言
本書には3つの作品が収録されていますが、明らかに表題作の「アカペラ」と後の2つ の文章が違うように感じました。最後の初出を見て勝手に納得?。
「アカペラ」は病気療養前の2002年1月、「ソリチュード」は復帰後の2007年10月、「ネロリ」は2008年。後の2つはさすが山本文緒、構成や文章もうまいし読ませます。
いつもは気になった文章に付箋を貼りながら読み進めていくのですが、引き込まれて読み終わって…、あれ!ほとんど付箋がない!どうしよう……。

 

 

「おじいちゃん、起きてよ。死ぬ前にあたしの話、聞いてよ」大きなシミのあるこめかみのあたりが、かすかにぴくりと動いた。「おじいちゃんが心配してた、可哀相な子供たちは、別に可哀相でも惨めでもなかったよ」
おじいちゃんがこの家にやって来てしばらくして、あたしは内緒でおじいちゃんから遺書の保管を頼まれた。ママが部屋を掃除するとき、あたしが車椅子を押しておじいちゃんと散歩に出ることが多くて、そのときにこっそり渡されたのだ。どうしてママたちに渡さないのかと聞いたら、自分の財産をママ以外の子供に譲りたいからそう書いてあるとおじいちゃんは言った。
(ネロリ)

 

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今日も寒い一日。寒い日はカレーうどんが食べたくなって、名古屋のカレーうどん発祥のお店と言われている「本店 鯱乃家」へカツカレーうどん ライス付(1050円)を食べに行きました。もう今から30年ぐらい前に職場の人に連れてきてもらって以来です。太めでモチモチのうどんにクリーミーなカレーが絡まっておいしいです♪。ごちそうさまでした。

 

本店 鯱乃家(食べログ)
名古屋市北区田幡2

 

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あらすじ
何でもします。あの絵を、《画家の夫人》を守るためなら。ゴッホにセザンヌ、ルノワール。綺羅星のようなコレクションを誇った美術館は、二〇一三年、市の財政難から存続の危機にさらされる。市民の暮らしと前時代の遺物、どちらを選ぶべきなのか? 全米を巻き込んだ論争は、ある老人の切なる思いによって変わっていく――。実話をもとに描かれる、ささやかで偉大な奇跡の物語。

 

ひと言
12月上旬に予約を入れたので、結構早くに読むことができました♪100頁ほどの本で少し物足りないかなとも思いましたが、ちょうど4月下旬に豊田市美術館(なぜ豊田からなのかと思いましたが、自動車つながりの姉妹都市で、トヨタも『守る』ために寄付をしたということです)から始まった「デトロイト美術館展」。

 

 

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その東京展(10月7日~1月21日)に本を間に合わせて、美術展に行った人、これから行こうという人に読んでもらい、デトロイト美術館のことをもっと多くの人に知ってもらいたい、という原田さんの強い想いがあったんだと思います。
もう少し早く、この本のことやデトロイト美術館のことを知って豊田か大阪に観に行けたらよかったなぁ

 

 

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マダム・セザンヌ、オルタンス。すみれ色の模様があるベージュのカーテンを背景にして座る彼女。どっしりとした構図なのに、どこかしら軽やかさを感じるのは、かすかに体を傾けて、いましも立ち上がりそうに見えるから。そして塗り残しのように画面の上下の色がかすんでいることによって、彼女の体が浮かび上がって見えるから。彼女が身につけている青いワンピース、決して華美ではなく地味な服装は、絹のドレスと宝石で着飾った貴婦人の肖像画よりも、はるかに親しみを覚える。それに、服の青は単純な青ではない。ほんのりとバラ色が混じって、まるで朝焼けの空をまとったようなやわらかさとすがすがしさがある。彼女の顔。いったいどうしてそんなに不機嫌なんだい?と思わず問いただしてみたくなるほど、むすっとして、つまらなそうな表情。けれど頬とくちびるに点ったバラ色は、青い服に溶け込んだバラ色と呼応して、やわらかでやさしげな雰囲気をもたらしている。鳶色の眼は、じっとこちらをみつめて動かない。小さな、ごく小さな光の粒が瞳の奥に宿ってふるえている。
DIAが所蔵するコレクションの中で、フレッドはこの作品がいっとう好きだった。
(第一章 フレッド・ウィル《妻の思い出》)

 

 

――あたしのお願い、ひとつだけ聞いてくれる? 最後にもう一度だけ、一緒に行きたいの。――デトロイト美術館へ。
……。……。
その日、ジェシカは、初めてDIAを訪問したときに着ていったダンガリーシャツとスラックスを着込んで、口紅をつけ、ほお紅をさして、目一杯おしゃれをした。ジェシカの身支度は、かつての職場の同僚、エミリーが整えてくれた。とってもきれいよ! とエミリーは、ジェシカとともに鏡を覗き込んでそう言った。きっとあなたのだんなも惚れ直しちゃうわよ。ねえフレッド?
車椅子を押して正面のエントランスヘ行くと、階段の下で美術館の男性職員が四人、待機していた。ようこそDIAへ、と彼らは、笑顔でふたりを迎えてくれた。そして車椅子を持ち上げて、入り口まで運んでくれたのだ。フレッドは胸がいっぱいになった。ありがとう、とひと言だけ告げて、あとは言葉にならなかった。《マダム・セザンヌ》の前に、車椅子のジェシカとともに佇んで、フレッドは、ほんとうに思わず、彼女、お前に似ているね、とつぶやいた。ジェシカは、《マダム・セザンヌ》をじっとみつめたまま、なんとも応えなかった。黙ったままで、いつまでも、いつまでも、絵をみつめていた。
――ねえ、フレッド、お願いがあるの。どのくらい経っただろうか、ジェシカがふいにかすれた声でつぶやいた。はっとして、フレッドは、なんだい? と前かがみになって妻のロもとに耳を寄せた。すると、ジェシカはこう言った。
――あたしがいなくなっても……彼女に会いに来てくれる?
彼女、あなたがまた来てくれるのを、きっと待っていてくれるはずだから。あたしも、待ってるわ。あなたのこと、見守っているわ。……彼女と一緒に、ここで。
フレッドは、体を起こすと、もう一度《マダム・セザンヌ》に向き合った。目の前がじわりとかすんでいく。マダム・セザンヌの不機嫌な顔がにじんで見えた。堪えきれずに流れる涙を、妻に気づかれたくなかった。フレッドは、声を殺して静かに泣いた。
その二週間後、眠るように、おだやかに、ジェシカは旅立っていった。
 ジェシカのなきがらに、フレッドは、彼女の人生の中で最初と最後にDIAを訪れたときに着ていた、あの青いダンガリーシャツを着せてやった。最愛の妻は、まるで朝焼けの空をまとっているようだった。
(第一章 フレッド・ウィル《妻の思い出》)

 

 

フレッド、僕は、まずあなたに感謝の言葉を告げたくて、誰よりも先にこのメールを打っている。一年半まえの夏、あの雨の日。「ロバート・タナヒル・コレクション」のカタログの著者に面会したいと言って、あなたが僕を訪ねてくれなかったら、僕はとっくにくじけてしまっていただろう。あの日、あなたが僕に教えてくれた話、聞かせてくれた言葉の数々は、追い詰められて苦しんでいた僕を解き放ってくれた。いまは天国に暮らす奥さんと、生前、一緒にDIAを訪ねてくれたこと。アートは友だち、美術館は友だちの家なんだと教えてくれたこと。いちばん気の合う友だちが、セザンヌの描いた《マダム・セザンヌ》であること。コレクションの売却は、ふるさとの家から友を追い出すことに等しい。だから、絶対にあってはならない。助けたいのです。――友を。
あのときの、あなたの真剣なまなざし。そして、ジーンズのポケットから取り出した一枚の小切手。僕は、あのときのあなたの寄付が、「グランド・バーゲン」の原点になったのだと信じている。あなたの寄付は、ささやかなものだったかもしれない。けれど、あなたの気持ちが、大河の最初の一滴となったことを、僕は決して忘れない。
フレッド。僕は、あなたのような市民がいるこの街、デトロイトを誇りに思う。
あなたがこの街にいてくれたことこそが、デトロイト美術館の奇跡なんだ。
ありがとう。
(第四章 デトロイト美術館《奇跡》)

 

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あらすじ
「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」
声の小さな皆川七海は、派遣教員の仕事を早々にクビになり、SNSで手に入れた結婚も、浮気の濡れ衣を着せられた。行き場をなくした七海は、月に100万円稼げるというメイドのバイトを引き受ける。あるじのいない大きな屋敷で待っていたのは、破天荒で自由なもうひとりのメイド、里中真白。ある日、真白はウェディングドレスを買いたいと言い出すが……。岩井俊二が描く現代の噓(ゆめ)と希望と愛の物語。

 

ひと言
先日読んだ「きみはいい子」のDVDを借りに行ったとき、同じおすすめのDVDとして横に並んでいた「リップヴァンウィンクルの花嫁」。黒木華、綾野剛、Cocco さん主演の3時間の映画でしたが、すごく心に残り 原作本を読みたくなって すぐに図書館に予約を入れた本です。
読み終えてYouTube で『何もなかったように』という曲を聞きました。当時ユーミンが飼っていた愛犬(シェパード)が死んで、その供養のために作った曲とのことです。

 

 

雰囲気を壊さないように真白は『何もなかったように』という曲を選んだ。

 

 

……。……。

 

 

人は失くしたものを
胸に美しく刻めるから
いつも いつも
何もなかったように 明日をむかえる

 

 

真白の歌唱力は人並みではあったが、人を惹き付ける魅力があった。歌い終えた真白に七海は拍手を贈った。「素敵な曲ですね」「前に誰かがリンクを送ってくれて。何回も聴いてたら覚えちゃった」「これは松任谷由実の荒井由実時代の曲で、四枚目のアルバム『14番目の月』の中の一曲ですよ」ピアニストが教えてくれた。「『14番目の月』……」と七海。「十二月の次の次ってことですかね。二月?」「いや、満月から十四番目月って意味なんですよ。新月って意味です」「シンゲツ!……シンゲツってなに?」と真白。「三日月でもない真っ暗な月のことですよね」と七海。ピアニストは頷いて、「つぎの夜から欠けてゆく、つまり消えて行く満月より、これからだんだん大きくなる新月の方がいいって歌なんですよ」
(第十四章 リップ・ヴァン・ウインクル)

 

 

『リップ・ヴァン・ウィンクル』はアメリカの小説家、ワシントン・アーヴィングの短編小説だった。リップ・ヴァン・ウィンクルという男がある日森の中に迷い込み、見知らぬ人だちと酒を酌み交わしているうちに眠ってしまい、目を醒ますとあたりには誰もいない。家に帰ると、アメリカはイギリスから独立し、妻は既に亡くなっていて、子供たちは大きくなっていた。寝ている間に二十年の歳月が過ぎていたという、浦島太郎のような物語だ。
(第十四章 リップ・ヴァン・ウインクル)

 

 

「あたしね、コンビニとかスーパーで買い物してる時にね……」真白の声は少しかすれていた。「……お店の人があたしの買ったものを、袋に入れてくれてる時にね、その手をじっと見つめてると、その手は、あたしのためにさ、せっせとお菓子やお総菜をさ、袋につめてるんだよ」「ははは、真白さんなんの話ですか?」見ると真白は眼に大粒の涙を浮かべていた。「あたしなんかのために。せっせと袋につめてるんだよ。そのお店の人がさ。こんなゴミみたいなあたしのためにさ。それ見てると胸がぎゅっとして来てね、苦しくなって、泣きたくなる。あたしにはね、幸せの限界があるの。これ以上無理って限界。たぶんね、そこらの誰よりもすぐに限界が来るの。ありんこよりちっちゃいの。その限界が。この世界はさ、ほんとは幸せだらけなんだよ。みんながよくしてくれるんだよ。宅配便のオヤジは重たい荷物をさ、あたしのここって言うところまで運んでくれるよ。雨の日に、知らない人がカサをくれたこともあったよ。でもあんまり簡単に幸せが手に入ったら、あたし壊れるから。だからせめて、お金払って買うのが楽。お金ってさ、そのためにあるんだよきっと。人のさ、マゴコロとかやさしさとかがさ、あまりにもくっきり見えたらさ、それはもうありがたくてありがたくて、人間は壊れちゃうよ。だからさ、それをみんなお金に置き換えてさ、そんなものは見なかったことにするんだよ。七海、そんな目で見つめないで。壊れそうになるよ」
真白の涙は止めどなく流れ、髪の毛を、枕を濡らした。七海はその涙を食い入るように見つめた。真白の言葉が全身に染み渡るようだった。不意に真白の表情が変わった。思い詰めたような抜き差しならない視線が、七海を貫いた。この人は、何か大きな闇を心に抱えている。七海は直観した。その闇を私は受け止められるのだろうか。いや、受け止められなくても。受け止めなければ。七海は素直にそう思えた。真白が言った。「あたしと一緒に死んでって言ったら?」……。
(第十九章 落日)