1月ほど前、TVのCMで、マイナンバーカードがWEB申請できることを知り、パソコンで申請をしました。

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4、5日前に交付通知書のはがきが届いたので、今日 役所へ受け取りに行ってきました。

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まだうちの自治体では、コンビニなどで住民票、印鑑登録証明書などの公的な証明書の取得に 対応していないということですが、そのうち利用範囲も広がってくると思います。
非常に簡単にWEB申請ができるので、マイナンバーカードをまだ作っていない人は、作ってみてはどうですか。

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今日のお昼は職場の人とノリタケの森の北東にある「グナグナカリー」へ行きました。選べるカレーをポークキーマにしたタンドリーフライドチキンセット(1500円)をいただきます。
言葉通り豚の挽き肉が程よい辛さでとてもおいしいです。タンドリーフライドチキンもカリッとジューシーでグッド!とても食べやすくおいしいカレーでした。ごちそうさまでした♪

 

グナグナカリー(食べログ)
名古屋市西区菊井1

 

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今日は久しぶりに上の娘が帰ってきたので、夜に家族4人で「つきのうさぎカフェ 満月のオムライス&パフェ」へ娘の好きなオムライスを食べに行きました。4つのオムライスを注文し、みんなで回していただきます。な、なにこれ!? う、うまい! お米は岐阜の「はつしも」、玉子も黄身の濃い「満月濃厚卵」を使用とのこと。今まで食べたオムライスの中でも1、2位の感動のおいしさです。

 

つきうさぎのオムライス(900円)は和風だしをご飯にかけて食べるひつまぶしのような独特な食べ方で、わさびを利かせて食べるとおいしさが増します。

 

 

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帆立小柱の桃色トマトクリーム(1100円)やヤリイカの明太子クリームソース(1250円)も濃厚で絶品

 

 

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太陽オムライス(880円)や、セットメニューのミニパフェもおいしかったです。ごちそうさまでした♪

 

 

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今日は用事で一宮へ行くことがあり、「グルマン ヴィタル 一宮店」のパンを買いに立ち寄りました。中区の長者町通の「長者町店」や、ひと月半ごとの「水汲み」のときに「垂井本店」に何回か行ったことはありますが、「一宮店」は初めてです。
どれもおいしそうなパンの中から時計回りに、イチゴのサンドイッチ(280円)、紫芋あんぱん(160円)、とろけるミルククリームパン(160円)、名物カレードーナツ(180円)、石窯メープルメロンパン(200円)【すべて税抜き】をいただきます。

 

どのパン屋さんもパン好きの人がお店を出しているとは思いますが、グルマンの垂井の本店などを見ていると、パンをおいしそうに食べるお客さんの笑顔が見たいがためにパン屋さんを造ったのかなぁと思えるほど素敵なお店で、とてもおいしいパンばかりです。いつもおいしいパンをありがとう。ごちそうさまでした♪

 

 

グルマン ヴィタル
一宮市丹陽町伝法寺字東流

 

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あらすじ
広島から神奈川の病院に実習に来た研修医の碓氷は、脳腫瘍を患う女性・ユカリと出会う。外の世界に怯えるユカリと、過去に苛まれる碓氷。心に傷をもつふたりは次第に心を通わせていく。実習を終え広島に帰った碓氷に、ユカリの死の知らせが届く。彼女はなぜ死んだのか? 幻だったのか? 圧巻のラスト20ページ! 驚愕し、感動する!!!
(2018年 本屋大賞ノミネート10作)

 

ひと言
この本は、題名と表紙の絵からライトノベルのような気がして、本屋大賞10作が発表になってから2、3週間後に予約を入れた本です。爽やかで微笑ましい恋愛小説的な要素と、この後どうなるの?!というミステリー感が相俟って2日ほどで読んでしまいました。本の帯にもあるように、圧巻のラスト20ページ!は驚愕はしませんでしたが感動しました。4月10日の大賞発表で書店員さんたちがこの本にどういう順位をつけるのか楽しみです。

 

 

院長の口調に、徐々に熱がこもっていく。
「終末医療は、『興味』なんて軽い気持ちでかかわれるものじゃない。患者は残された時間を必死に生きているんだ。医療スタッフも全力を尽くす義務がある。この病院で実習するなら、決してそれを忘れないように」

 

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今日のお昼は名古屋駅西 椿神社近くの「麺屋はやぶさ」へ 前から気になっていたオマール海老湯麺(950円)を食べに行きました。店内には東MaxやSKE48の色紙がずらりと飾ってあります。流行りのエスプーマ仕立ての海老の味と香りがたっぷりのおいしいスープ。さすがイタリアン出身のシェフが考案しただけあり、うまいだけでなく感動させてくれる、ラーメンの域を超えたイタリアンラーメンでした。是非他のメニューも食べてみたいです。ごちそうさまでした♪

 

麺屋はやぶさ(食べログ)
名古屋市中村区竹橋町

 

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あらすじ
時代の波に抗しきれず、「閉店が近いのでは?」と噂が飛び交う星野百貨店。エレベーターガール、新人コンシェルジュ、宝飾品売り場のフロアマネージャー、テナントのスタッフ、創業者の一族らが、それぞれの立場で街の人びとに愛されてきたデパートを守ろうと、今日も売り場に立ちつづける――。百貨店で働く人たちと館内に住むと噂される「白い猫」が織りなす、魔法のような物語!
(2018年本屋大賞ノミネート10作)

 

ひと言
あとがきにもあるように、我々のこどものころの楽しい思い出の中に必ず出てくる百貨店。服や靴は百貨店以外の量販店で済ますことが多いですが、地下の食料品売場や催事場での物産展は今もよく利用させてもらっています。なかなか行くことのできない地方の有名店のおいしい名物をいただくことのできる 私にとっては昔も今もワクワクさせてくれる夢の場所。どうか百貨店が今の人たちにも心に残る思い出の場所であり続けますように!

 

 

わたしは昭和の三十八年の生まれです。ある意味、百貨店のいちばん華やかな時代が記憶にある世代かも知れません。日曜日には家族でそこにお買い物に行って、屋上の遊園地で遊び、レストランでお子様ランチを食べ、地下のお菓子売り場でキャンディを買ってもらって帰った、そんな子どものひとりでした。
(あとがき)

 

 

いま日差しの中で、からくり時計の奏でる朝の音楽を聴きながら、左腕の時計に手を当てて、結子は瞑目する。肩に背に落ちる光の暖かさに、祖父のてのひらのぬくもりを感じながら。
「いいかい、結子。品物は大切に選ばれ買われ、贈られることで、いつか誰かの思い出になるんだ。物のかたちをした記憶になる。いつかその品物を買い、贈った誰かがいなくなってしまっても、物は長く、宇宙に残る。想いの結晶のように。 それは見えない魔法のようなものかも知れない。お客様自身も気づかない、ささやかな魔法。 百の品々、千の品々に息づく、星の光のような、静かな祈りのような魔法。わたしたちは、その想いを大切に包装し、お客様に手渡すんだ。わたしたち自身の想いも込めて」
幾百、幾千もの品々を。その魔法を。太陽と月と星の放つ光の中で。
(終幕 百貨の魔法)

 

 

「『お利ロくん』と『福の神ちゃん』が笑顔になって、正面玄関に戻ってきたとき、よかったなあと思いました。『福の神ちゃん』が薔薇の花束を抱えているのを見て、ああ福引き券がこの花束に化けたのかと、ならよかったと。――で、実はもうひとついいことがあったんです。次の日、花屋のバイトの子が、正面玄関まで、ぼくを訪ねてきたんです。素敵な笑顔で。『福引きの券をお客様にプレゼントした優しいサンタさんって、あなたのことですか?』って。『お利口くん』が、薔薇の花束を作って貰うときに、サンタクロースからプレゼントにもらった福引き券で当たりました、って話したらしいんですね。で、彼女はわたしに興味を持って、会いに来たらしいんです。――実はそれがきっかけで、彼女と話すようになりまして、つきあうようになり、結婚して、いまは我が家におります。もう大きい娘がいますが、変わらず笑顔がかわいいです。……と、そんなことがいいたいわけじゃなくて」
西原は、優しい笑みをロ元に浮かべた。「魔法なんて、ほんとうにあるものかどうか、いまもわたしはわかりません。ただ、あの一枚の福引き券には、みんなを幸せにする力があったんだなと思うんです。クリスマスには、優しい奇跡が起きる。この百貨店には魔法を使う描がいるのかも知れない――そう考えるのは素敵なことのような気がして」
帰りがけ、西原に夫妻は正面玄関で再会するだろう。西原にはあえて事情を話さないまま、その時間そこにいてくれるように頼んである。再会のその瞬間、彼らは互いに気づくだろうか。
(終幕 百貨の魔法)

 

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今日のお昼は「焼肉 椿山」へカルビ丼(1404円)を食べにいきました。
熱々の石鍋でおこげを作りながら混ぜていただきます。コチジャンをかけすぎて少しピリ辛が強くなってしまいましたが、とてもおいしいカルビにご飯の量もたっぷりでお腹いっぱいになりました。

 

とてもきれいな店内で、一人でしたがカップルシートに案内されました。これならカップルにもおすすめですが一人焼肉ランチも楽しめそうです。ごちそうさまでした♪。

 

 

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焼肉 椿山 2号店(食べログ)
名古屋市西区則武新町1

 

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あらすじ
1886年、栄華を極めたパリの美術界に、流暢なフランス語で浮世絵を売りさばく一人の日本人がいた。彼の名は、林忠正。その頃、売れない画家のフィンセント・ファン・ゴッホは、放浪の末、パリにいる画商の弟・テオの家に転がり込んでいた。兄の才能を信じ献身的に支え続けるテオ。そんな二人の前に忠正が現れ、大きく運命が動き出す。
(2018年本屋大賞ノミネート10作)

 

ひと言
1月18日の2018本屋大賞のノミネート作品が発表になってすぐ図書館に予約を入れた本で、やっと読むことができました。今回は日本人が好きなゴッホに焦点をあてた作品。読み終えて林忠正という人が本当に存在するのか調べましたが、パリで活躍した美術商として実在し、ゴッホとの交流がこの本に書かれたものなのか、これはフィクションなのかわかりませんでしたが、かなり史実に基づいた作品で、この後どうなっていくんだろうと読者をワクワクさせながらグイグイ引っ張っていく いつもながらの原田マハさんの感動のアート小説です。
願わくば、2018本屋大賞は原田さんに取ってもらいたいなぁ。書店員のみなさんよろしくお願いいたします。

 

 

「たゆたえども沈まず――って、知ってるか」 突然のことで、今度は重吉が目を瞬かせた。忠正は、ふっと笑みを目もとに浮かべた。「パリのことだよ」「………パリの?」「そう。……たゆたえども、パリは沈まず」 花の都、パリ。 しかし、昔から、その中心部を流れるセーヌ川か、幾度も氾濫し、街とそこに住む人々を苦しめてきた。 パリの水害は珍しいことではなく、その都度、人々は力を合わせて街を再建した。数十年まえには大きな都市計画が行われ、街の様子はいっそう華やかに、麗しくなったという。 ヨーロッパの、世界の経済と文化の中心地として、絢爛と輝く宝石のごとき都、パリは、しかしながら、いまなお洪水の危険と隣り合わせである。 セーヌが流れている限り、どうしたって水害という魔物から逃れることはできないのだ。 それでも、人々はパリを愛した。愛し続けた。 セーヌで生活をする船乗りたちぱ、ことさらにパリと運命を共にしてきた。セーヌを往来して貨物を運び、漁をし、生きてきた。だからこそ、パリが水害で苦しめられれば、なんとしても救おうと闘った。どんなときであれ、何度でも。  いつしか船乗りたちは、自分たちの船に、いつもつぶやいているまじないの言葉をプレートに書いて掲げるようになった。 ――たゆたえども沈まず。
パリは、いかなる苦境に追い込まれようと、たゆたいこそすれ、決して沈まない。まるで、セーヌの中心に浮かんでいるシテ島のように。 洪水が起こるたびに、水底に沈んでしまうかのように見えるシテ島は、荒れ狂う波の中にあっても、船のようにたゆたい、決して沈まず、ふたたび船乗りたちの目の前に姿を現す。水害のあと、ことさらに、シテ島は神々しく船乗りたちの目に映った。そうなのだ。それは、パリそのものの姿。 どんなときであれ、何度でも。流れに逆らわず、激流に身を委ね、決して沈まず、やがて立ち上がる。 そんな街。 それこそが、パリなのだ。
(1886年 1月 10目 パリ 10区 オートヴィル通り)

 

 

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愛すべきタンギー親父のために、また、画家フィンセントの個性を際立たせるために、テオはこの肖像画を特別なものに仕上げてもらいたいと考えた。 そのためには、アトリエや一般的な室内でポーズをとってもらうんじゃだめだ。この絵を見た人が、タンギー親父とは誰か、フィンセント・ファン・ゴッホとはどういう画家なのか、一目で理解できる特徴を盛り込まなければ。 テオは、ふと、特徴的な背景を演出することを思いついた。フィンセントが愛してやまない絵をタンギーの背景に飾る。フィンセントは、タンギーの肖像を描きつつ、その絵の模写も画中に盛り込むのだ。背景の絵として、何がもっともふさわしいか。――浮世絵以外には考えられなかった。 テオは、早速重古に相談した。自分たちの所有している浮世絵も飾るつもりだが、大柄で見栄えのする浮世絵を、一、二点でいい、「若井・林商会」から借りることはできないか。重吉は、その提案に興奮して、林さんに掛け合ってみると言ってくれた。 そして迎えた、制作の初日――。 「これでどうだい?」 すっかり準備が整った店内に、あらためてタンギーが現れた。つばが少し反り返った麦わら帽子を被っている。フィンセントとテオは、目を見合わせてうなずき合った。 「さあ、どうぞ親父さん。その浮世絵の壁の前にある椅子へ」 テオに促されて、タンギーは粗末なスツールに腰掛けた。その背後には六点の浮世絵が張り出されていた。歌川豊国、歌川広重、そして渓斎英泉。風景画と美人画。はっきりと明瞭な色面、大胆な構図。どれもが一級品の浮世絵である。「まるで日本のミカドのようだな」 浮世絵に囲まれて鎮座するタンギーを眺めて、ひと言、フィンセント、が言った。タンギーもテオも楽しげに笑った。
(1887年 6月上旬 パリ 9区 クローゼル通り)

 

 

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そして――。 箱の中に残された最後の一枚を、テオは取り上げた。なぜだろう、その一枚は特別なものだという予感があった。 息を止めて、包み紙を広げる。現れたのは、星月夜を描いた一枚の絵だった。 明るい、どこまでも明るい夜空。それは、朝を孕んだ夜、暁を待つ夜空だ。 地球を含む星ぼしの自転、その軌跡が白く長くうねり、夜空にうずまく引き波を作っている。太った三日月は煌々と赤く輝き、空を巡る星たちぱ、やがて朝のヴェールの中へと引き込まれていく。
その中にあって、わずかも衰えずに輝きをいや増すただひとつの星、明けの明星。アルピーユの山肌を青く照らし、静かに眠る村落に光を投げかける。 かくも清澄な星月夜、けれどこの絵の真の主人公は、左手にすっくりと立つ糸杉だ。 緑の鎧のごとき枝葉を身にまとい、空に挑んでまっすぐに伸びるその姿は、確かに糸杉だった。けれど、糸杉ではなかった。それは、人間の姿、孤高の画家の姿そのものだった。 孤独な夜を過ごし、やがて明けゆく空のさなかに立つ、ただひとりの人。 ただひとりの画家。 ただひとりの、兄。 テオは、止めていた息を放った。涙があふれ、頬を伝って落ちた。 ――兄さん。……僕は。 僕は、もう長いこと待っていたんだ。……この一枚を。 星月夜の絵を、テオはそっと胸に抱きすくめた。 新鮮な油絵の具のにおいがした。なつかしい兄のにおいだった。
(1890年 5月17日 パリ 12区 リヨン駅)

 

 

「……不思議なものですね」 橋の中ほどに佇んで、暮れなずむ空のさなかにぽつんと浮かび上かっているエッフェル塔を眺めなから、重吉が独り言のようにつぶやいた。
「あの塔、できたばかりの頃は、鉄骨が醜いとか風景が汚されるとか、散々市民に悪態をつかれていたのに、いまじゃもう、あれがなかった頃の風景を思い出せないくらいだ」 「そういうものさ。パリという街は」 忠正が、応えて言った。 「見たことがないものが出てくると、初めのうちは戸惑う。なんだかんだと文句を言う。けれどそのうちに、受け止める」 浮世絵も、印象派も、そうだった。 きっと、いつか、そうなるのだろう。……フィンセント・ファン・ゴッホも。そして、林忠正も。 重吉は、心のうちに念じた。 そうなればいい。いつかきっと、そうなるように。 残陽が光の帯を引いて、川向こうに落ちていく。ずっと遠くの空で、宵の明星が輝き始める。 橋の中ほどに佇むふたりの影が、宵闇に沈んでいく。セーヌは滔々と、とどまることを知らず、橋の下を流れ続けている。
(1891年 5月中旬 パリ 9区 ピガール通り)

 

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あらすじ
2007年8月24日、深夜。名古屋の高級住宅街の一角に、一台の車が停まった。車内にいた3人の男は、帰宅中の磯谷利恵に道を聞く素振りで近づき、拉致、監禁、そして殺害。非道を働いた男たちは三日前、携帯電話の闇サイト「闇の職業安定所」を介して顔を合わせたばかりだった。車内で脅され、体を震わせながらも悪に対して毅然とした態度を示した利恵。彼女は命を賭して何を守ろうとし、何を遺したのか。「2960」の意味とは。利恵の生涯に寄り添いながら事件に迫る、慟哭のノンフィクション。

 

ひと言
2007年 報道番組で「名古屋闇サイト殺人事件」の誘拐現場の小学校の横断歩道橋が映ったとき「あっ、ここ通ったことがある」とすぐ身近で起こった凶悪事件にびっくりしたことを覚えています。その後も、お母さんの富美子さんの死刑嘆願署名活動での懸命な姿や、最高裁が検察側の上告を棄却し、堀慶末(よしとも)被告の無期懲役が確定したときのお母さんの無念さを訴える会見に涙がとまりませんでした。
新聞広告で「いつかの夏」という本が出たと知って、いつも利用している町の図書館と名古屋市図書館に検索をかけたのですが、町の図書館には現在も入っていないし、名古屋市図書館にも2冊しかなく読むことを先延ばしにしていました。4日ほど前、名古屋市図書館で検索するとありがたいことにほとんどの図書館が所蔵してくれていて23冊にもなっていました。
この本を読むまで殺害現場が、これもよく知っている愛西市の国道155号のレストラン天王の第二駐車場だったことも知りませんでした。1日ほどで読み終え、この本に紹介されている磯谷利恵さんのブログ 「なごやんの食道楽記」 を見ました。最後にアップされた記事として「2013.02.26 署名活動は終了します。ご協力ありがとうございました。」という記事が目にとまりました。

 

 

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無期懲役の堀 慶末が1998年に愛知県碧南市の馬氷一男(いちお)さんと妻 里美さんの殺害で 2015.12.15に名古屋地裁で死刑判決を受けたことは書かれていませんでした。また最高裁でひっくり返されるかもしれないとの思いがあるのかもしれません…。
人が人を裁くことの難しさを一般市民の裁判員に押し付け、それも自分の評決によって人を殺すことになる死刑という判決を裁判員が下すというのはよっぽどのこと。裁判員の中にはそのことで精神や体調を崩す人も必ずいるだろう。そんな思いをしてまで評決した死刑という判決を「永山基準」があるから「判例主義」だからということで高裁、最高裁でひっくり返すのなら、なんのために裁判員制度を導入したのか。こんな制度やめてしまえ。

 

 

この本を読み終えて 磯谷利恵さん磯谷富美子さんのことを多くの人に知ってもらいたい。現在の司法制度のこと、犯罪被害者のことをもっと多くの人に考えてもらいたいと心から思いました。

 

 

磯谷理恵さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

 

 

 

拉致現場近くの小学校のフェンスには花が供えられ、いつからか手書きによるこんな紙が貼り出されるようになった。
″同じ地域に住みながら、あなたを助けられなくてごめんなさい。あなたの死を無駄にせず、ここから犯罪の撲滅を発信していきます。″
(第一章 アスファルトを這う花)

 

 

 

そのレストラン天王の国道を挟んで向かい側の第二駐車場が殺害現場となった。今はすべてが駐車場ではなく、半分は産業廃棄物処理場となっている。角の方がまだ駐車場として使われていて緑色のダンプカーが一台だけ駐められていた。 千種区自由ケ丘の瀟洒な住宅街から、このうら寂しい国道沿いの駐車場まで約二八キロメートル。十一時十分に拉致されて死亡推定時刻が午前零時四十五分なのでおそらく一時間近くは車で運ばれていたのだろう。ここで利恵は有無を言わせず殺されたのだ。
(第一章 アスファルトを這う花)

 

 

富美子の携帯電話に刑事からの連絡が入る。 「明日の朝、午前六時頃には」 利恵との対面の時間がようやく伝えられたのだ。 美穂子の目にはこのときの妹が、やはり壊れかけた人形のように見えた。湧き出てくる感情をまるで自ら遮っているかのように、色々なことをわざと自分に届かないようにしているように見えた。人間は本当に酷いことに直面すると、このようにして自分を防御するしかないのかもしれないと思い、またそんな事態の真っただ中にいる妹が不憫でならなかった。
(第十章 刻まれたメッセージ)

 

 

悲しむよりも、楽しかった思い出を大事にして、いつまでも忘れないでいようと思えるぐらいには、心が落ち着いてきました。美穂子が読むこの文章を聞いたとき。富美子の胸に雷に打たれたような衝撃が走った。これは遺言なのだ。間違いない。娘が私に向けた遺書なのだ。
「悲しむよりも、楽しかった思い出を大事にして」。利恵の書いたその一言一言が、富美子の胸に突き刺さった。
「お母さん、悲しんでばかりいないで。楽しかった思い出を大事にして。元気に生きてね」
富美子には利恵のその声が聞こえた。柔らかな優しい声。自分を励ましてくれている利恵。そのことが嫌というほどわかった。この言葉を心に刻み込んで生きていこう。そう決心し富美子は声も出さずに泣いた。
(第十一章 反撃)

 

 

三日間に及ぶ集中的な聴取が終わる。その最後の日は瀧の二十七歳の誕生日だった。瀧にはどうしても気になることがあった。少し迷ってはいたが、駄目でもともとという気持ちで検事に聞いてみた。利恵が犯人たちに伝えた贋(にせ)の暗証番号である。検事は一瞬「えっ?」という顔をして、部屋を出て調べに行ってくれた。「どうしてそんなことを聞くんだい?」ということだろう。そんな番号は誰一人気になどしていなかったからである。 検事は部屋に戻り瀧に伝えた。 「2960です」瀧は机を見つめ、考えた。 それは利恵が自分に伝えた最後のメッセージだ。 最後の問題だ。 すぐに答えは出なかった。ただ、何らかの意味がこめられていることは確信していた。 慎重に、十分近く考えただろうか。瀧は答えを導き出した。 「に・く・む・わ」「えっ?」と検事が叫んだ。「憎むわ。それが答えでしょう」その言葉を聞いて検事は部屋を飛び出していった。終えていた調書に書き加えるためだろうか。
三人の凶漢たちに取り囲まれ、散々な脅迫を受け刃物を突き付けられ。犯行に及んだ堀ですらとてもあの状況で嘘などつけるはずはないと言ったその場面で……。最後に告げた利恵の暗証番号は暗号であった。おそらく誰もが見過ごすに違いない。しかし彼ならば。彼ならばきっと解き明かしてくれるはずだ。自分の今の気持ちを。たった四つの数字にしか表すことのできない今の気持ちを……。 あの極限状態の中で利恵はその数字を探っていたのである。 暗証番号を言わなければ殺す。 五分間のカウントダウンの中であった。 堀に刃物を突き付けられ、体はガクガクと震えていた。「百円ショップで買った包丁だから五、六回刺さないと死なないな」と脅され太ももに突き付けられていた。おそらく自分はもう生きて帰れないと利恵は覚悟を決めた。自分にできることは母のための貯金を守ること。そして今の状況を何とかして恋人に伝えること。
 「2960」
 それを発したときが、利恵が死を覚悟した瞬間だったろう。 聴取がすべて終わったときに瀧はそれを尋ね、そしてその場で解き明かした。おそらく瀧が聞かなければその数字は何の意味もなくどこかへ消え去っていったことだろう。そんなことを気にする人は誰もいなかったからだ。 ぎりぎりのところで利恵の思いは通じた。 瀧は利恵の最後の無念の思いを知らせてやることができた、その責任を果たせたことに安堵し胸を撫で下ろした。
(第十一章 反撃) 

 

 

法曹界には厳然とした永山基準というものがある。死刑適用に対する最高裁の判断で、それが長年判決の基準となっている。平たくいえば、殺人一人なら無期、二人は微妙、三人以上は死刑というものだ。司法はこのモンスターに囚われて多くの被害者遺族を苦しめてきた。一九六八年の永山則夫の犯行当時と現代では価値観も経済も道徳観も何もかもが違う。しかし裁判は判例至上主義のように、永山基準に戻っていく。まるでモンスターに鷲掴みされているようにだ。 現在の一般人の価値観と、箱庭に閉じ込められたような法曹界とのそれを少しでも均衡化するために二〇〇九年に裁判員裁判制度がはじまった。しかし二〇〇九年に起こった千葉県松戸市の荻野友花里さん殺害事件では、一審の裁判員が下した死刑判決を、何と二審で無期懲役に減軽するという信じられない事態が起こってしまった。被告は強盗事件や強姦事件を繰り返し、荻野さん殺害も刑務所を出てからわずか一ケ月半での犯行であった。 被告三人は控訴、検察側も川岸の無期懲役は不服として控訴した。 この判決はマスコミも大きく取り上げ話題になっていた。一人の女性裁判長か永山基準に挑んだからである。週刊誌等の評価は割れた。法曹界出身者からは、厳しすぎる不当判決という意見が多く、また識者や学者たちは判決の勇気を称えた。いずれにしても一人の被害者に対して二人に死刑判決が言い渡されるのは異例のことであった。
(第十二章 閉ざされた夏)