あらすじ
2007年8月24日、深夜。名古屋の高級住宅街の一角に、一台の車が停まった。車内にいた3人の男は、帰宅中の磯谷利恵に道を聞く素振りで近づき、拉致、監禁、そして殺害。非道を働いた男たちは三日前、携帯電話の闇サイト「闇の職業安定所」を介して顔を合わせたばかりだった。車内で脅され、体を震わせながらも悪に対して毅然とした態度を示した利恵。彼女は命を賭して何を守ろうとし、何を遺したのか。「2960」の意味とは。利恵の生涯に寄り添いながら事件に迫る、慟哭のノンフィクション。
ひと言
2007年 報道番組で「名古屋闇サイト殺人事件」の誘拐現場の小学校の横断歩道橋が映ったとき「あっ、ここ通ったことがある」とすぐ身近で起こった凶悪事件にびっくりしたことを覚えています。その後も、お母さんの富美子さんの死刑嘆願署名活動での懸命な姿や、最高裁が検察側の上告を棄却し、堀慶末(よしとも)被告の無期懲役が確定したときのお母さんの無念さを訴える会見に涙がとまりませんでした。
新聞広告で「いつかの夏」という本が出たと知って、いつも利用している町の図書館と名古屋市図書館に検索をかけたのですが、町の図書館には現在も入っていないし、名古屋市図書館にも2冊しかなく読むことを先延ばしにしていました。4日ほど前、名古屋市図書館で検索するとありがたいことにほとんどの図書館が所蔵してくれていて23冊にもなっていました。
この本を読むまで殺害現場が、これもよく知っている愛西市の国道155号のレストラン天王の第二駐車場だったことも知りませんでした。1日ほどで読み終え、この本に紹介されている磯谷利恵さんのブログ
「なごやんの食道楽記」 を見ました。最後にアップされた記事として「2013.02.26 署名活動は終了します。ご協力ありがとうございました。」という記事が目にとまりました。
無期懲役の堀 慶末が1998年に愛知県碧南市の馬氷一男(いちお)さんと妻 里美さんの殺害で 2015.12.15に名古屋地裁で死刑判決を受けたことは書かれていませんでした。また最高裁でひっくり返されるかもしれないとの思いがあるのかもしれません…。
人が人を裁くことの難しさを一般市民の裁判員に押し付け、それも自分の評決によって人を殺すことになる死刑という判決を裁判員が下すというのはよっぽどのこと。裁判員の中にはそのことで精神や体調を崩す人も必ずいるだろう。そんな思いをしてまで評決した死刑という判決を「永山基準」があるから「判例主義」だからということで高裁、最高裁でひっくり返すのなら、なんのために裁判員制度を導入したのか。こんな制度やめてしまえ。
この本を読み終えて 磯谷利恵さん磯谷富美子さんのことを多くの人に知ってもらいたい。現在の司法制度のこと、犯罪被害者のことをもっと多くの人に考えてもらいたいと心から思いました。
磯谷理恵さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
拉致現場近くの小学校のフェンスには花が供えられ、いつからか手書きによるこんな紙が貼り出されるようになった。
″同じ地域に住みながら、あなたを助けられなくてごめんなさい。あなたの死を無駄にせず、ここから犯罪の撲滅を発信していきます。″
(第一章 アスファルトを這う花)
そのレストラン天王の国道を挟んで向かい側の第二駐車場が殺害現場となった。今はすべてが駐車場ではなく、半分は産業廃棄物処理場となっている。角の方がまだ駐車場として使われていて緑色のダンプカーが一台だけ駐められていた。 千種区自由ケ丘の瀟洒な住宅街から、このうら寂しい国道沿いの駐車場まで約二八キロメートル。十一時十分に拉致されて死亡推定時刻が午前零時四十五分なのでおそらく一時間近くは車で運ばれていたのだろう。ここで利恵は有無を言わせず殺されたのだ。
(第一章 アスファルトを這う花)
富美子の携帯電話に刑事からの連絡が入る。 「明日の朝、午前六時頃には」 利恵との対面の時間がようやく伝えられたのだ。 美穂子の目にはこのときの妹が、やはり壊れかけた人形のように見えた。湧き出てくる感情をまるで自ら遮っているかのように、色々なことをわざと自分に届かないようにしているように見えた。人間は本当に酷いことに直面すると、このようにして自分を防御するしかないのかもしれないと思い、またそんな事態の真っただ中にいる妹が不憫でならなかった。
(第十章 刻まれたメッセージ)
悲しむよりも、楽しかった思い出を大事にして、いつまでも忘れないでいようと思えるぐらいには、心が落ち着いてきました。美穂子が読むこの文章を聞いたとき。富美子の胸に雷に打たれたような衝撃が走った。これは遺言なのだ。間違いない。娘が私に向けた遺書なのだ。
「悲しむよりも、楽しかった思い出を大事にして」。利恵の書いたその一言一言が、富美子の胸に突き刺さった。
「お母さん、悲しんでばかりいないで。楽しかった思い出を大事にして。元気に生きてね」
富美子には利恵のその声が聞こえた。柔らかな優しい声。自分を励ましてくれている利恵。そのことが嫌というほどわかった。この言葉を心に刻み込んで生きていこう。そう決心し富美子は声も出さずに泣いた。
(第十一章 反撃)
三日間に及ぶ集中的な聴取が終わる。その最後の日は瀧の二十七歳の誕生日だった。瀧にはどうしても気になることがあった。少し迷ってはいたが、駄目でもともとという気持ちで検事に聞いてみた。利恵が犯人たちに伝えた贋(にせ)の暗証番号である。検事は一瞬「えっ?」という顔をして、部屋を出て調べに行ってくれた。「どうしてそんなことを聞くんだい?」ということだろう。そんな番号は誰一人気になどしていなかったからである。 検事は部屋に戻り瀧に伝えた。 「2960です」瀧は机を見つめ、考えた。 それは利恵が自分に伝えた最後のメッセージだ。 最後の問題だ。 すぐに答えは出なかった。ただ、何らかの意味がこめられていることは確信していた。 慎重に、十分近く考えただろうか。瀧は答えを導き出した。 「に・く・む・わ」「えっ?」と検事が叫んだ。「憎むわ。それが答えでしょう」その言葉を聞いて検事は部屋を飛び出していった。終えていた調書に書き加えるためだろうか。
三人の凶漢たちに取り囲まれ、散々な脅迫を受け刃物を突き付けられ。犯行に及んだ堀ですらとてもあの状況で嘘などつけるはずはないと言ったその場面で……。最後に告げた利恵の暗証番号は暗号であった。おそらく誰もが見過ごすに違いない。しかし彼ならば。彼ならばきっと解き明かしてくれるはずだ。自分の今の気持ちを。たった四つの数字にしか表すことのできない今の気持ちを……。 あの極限状態の中で利恵はその数字を探っていたのである。 暗証番号を言わなければ殺す。 五分間のカウントダウンの中であった。 堀に刃物を突き付けられ、体はガクガクと震えていた。「百円ショップで買った包丁だから五、六回刺さないと死なないな」と脅され太ももに突き付けられていた。おそらく自分はもう生きて帰れないと利恵は覚悟を決めた。自分にできることは母のための貯金を守ること。そして今の状況を何とかして恋人に伝えること。
「2960」
それを発したときが、利恵が死を覚悟した瞬間だったろう。 聴取がすべて終わったときに瀧はそれを尋ね、そしてその場で解き明かした。おそらく瀧が聞かなければその数字は何の意味もなくどこかへ消え去っていったことだろう。そんなことを気にする人は誰もいなかったからだ。 ぎりぎりのところで利恵の思いは通じた。 瀧は利恵の最後の無念の思いを知らせてやることができた、その責任を果たせたことに安堵し胸を撫で下ろした。
(第十一章 反撃)
法曹界には厳然とした永山基準というものがある。死刑適用に対する最高裁の判断で、それが長年判決の基準となっている。平たくいえば、殺人一人なら無期、二人は微妙、三人以上は死刑というものだ。司法はこのモンスターに囚われて多くの被害者遺族を苦しめてきた。一九六八年の永山則夫の犯行当時と現代では価値観も経済も道徳観も何もかもが違う。しかし裁判は判例至上主義のように、永山基準に戻っていく。まるでモンスターに鷲掴みされているようにだ。 現在の一般人の価値観と、箱庭に閉じ込められたような法曹界とのそれを少しでも均衡化するために二〇〇九年に裁判員裁判制度がはじまった。しかし二〇〇九年に起こった千葉県松戸市の荻野友花里さん殺害事件では、一審の裁判員が下した死刑判決を、何と二審で無期懲役に減軽するという信じられない事態が起こってしまった。被告は強盗事件や強姦事件を繰り返し、荻野さん殺害も刑務所を出てからわずか一ケ月半での犯行であった。 被告三人は控訴、検察側も川岸の無期懲役は不服として控訴した。 この判決はマスコミも大きく取り上げ話題になっていた。一人の女性裁判長か永山基準に挑んだからである。週刊誌等の評価は割れた。法曹界出身者からは、厳しすぎる不当判決という意見が多く、また識者や学者たちは判決の勇気を称えた。いずれにしても一人の被害者に対して二人に死刑判決が言い渡されるのは異例のことであった。
(第十二章 閉ざされた夏)