イメージ 1 
 
あらすじ
「この世界にアイは存在しません。」入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。ワイルド曽田アイ。その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる。ある「奇跡」が起こるまでは―。「想うこと」で生まれる圧倒的な強さと優しさ―直木賞作家・西加奈子の渾身の「叫び」に心揺さぶられる傑作長編!
(2017年本屋大賞 7位)

 

ひと言
2015年のシリア難民の問題に大きな関心を払わなかった日本にいる私たちは、その年の9月3日、一斉に欧州各紙で一面に取り上げられた、トルコの浜辺に打ち上げられたシリア難民のアイラン・クルディ(Aylan Kurdi)君(3歳)の遺体の写真を見た人も少なかったのかもしれません。

 

 

イメージ 2

(この写真を掲載することの是非については、今でもわかりません。ただそのままを載せることはできなかったのでぼかしを入れました。ただこの写真を見たことがない人には是非見て欲しいと心から思いました。他の写真も見てみたいと思う人は検索してみてください)

 

 

ただこの写真が英国、フランスをはじめとするEU各国のシリア難民受け入れ問題に深い衝撃を与えたことは間違いない事実です。そのとき私たち日本は?
これは何もしなかった、何もできなかった私たちに対する西 加奈子さんの魂の叫びであり、西 加奈子さんにとっては絶対に書かなければならなかった本だったのだと思いました。
「彼の名はアイラン・クルディ」

 

 

シリアで今この瞬間、誰かが死んでいる。彼らは自分のあずかり知らないことで、無残にも命を絶たれている。自分が大きな家で、こんなにも静かな暮らしをしているその間に。
「シリアから両親の元に来たことは、本当に幸せなことなんだと分かってる。でも、それ以上に……なんだかずっと……申し訳なかった。もちろん幸せ、本当に、私は幸せすぎるくらい幸せだよ。申し訳ないと思うことなんて傲慢だということも分かってる。でも、ずっと、誰かの幸せを不当に奪ったような気がしていて。」 「誰か?」 「そう。私の代わりに両親にもらわれるはずだったシリアの誰か。もしかしたら私がシリアに残っていたかもしれない。そしてその誰かが、私の両親の元で幸せに暮らしていたのかもしれない。私はその人の幸せを、もしかしたらその人の命も、奪ってしまったのかもしれない。」 「アイ。」 「ひどいこと言ってるのは分かってる。私は自分の環境に感謝すべきだし、幸せなことを幸せに思うべきだよね。」 「べき、ではないよ。感謝とか幸せって、努力して思うことではないんだよ。自然にそう思うことなんだから。アイがそう思えないのなら、無理に思うことない。」「でも、本当に思うの、幸せだって。私は本当に幸せ。でも、幸せって思えば思うほど……」「苦しいのね?」 ぐ、と喉が鳴った。私は「苦しい」と言っていいのだろうか。いわれのない、「本当の苦しみ」を苦しんでいる人たちがいる世界で?(2)

 

 

私には子どもは出来ないかもしれない。 この世界に、私の血を残すことは出来ないかもしれない。
「この世界にアイは、」
もし残すことが出来たとしても、その子は過酷な人生を歩むかもしれない。大人たちの狂った暴走に巻き込まれ、大切な人と引き離され、そして無残にも命を落とすかもしれない。アイランのように。彼の兄のように。亡くなったすべての人たちのように。
「この世界にアイは、」
でも、もし、水中を漂い、苦しみながら死んでいったアイランに、その兄に、死んでいったすべての人にもう一度会うことが出来たのなら、私はこう叫ぶだろう。
「生まれてきてくれてありがとう。」 私は全力で、全身全霊で、彼らの誕生を祝福するだろう。 それが世界に踏みにじられるものであっても、それでも私は祝福するだろう。
「生まれてきてくれてありがとう。」
何がありがとうだ、自分のこの惨めでおぞましい人生は何のためにあったのだと叫ばれても、唾を吐かれても、殴られても、それでも私は彼らを祝福するだろう。
生まれてきてくれてありがとう。
「この世界にアイは、」
息が続かなくなって、目を開けた。海面に浮かぶ前に、それを見た。 色とりどりの花びらが、自身の周りを舞っているのを、アイは見た。 それは先ほどミナと投げた花束かもしれなかったし、そうではないのかもしれなかった。赤い花びらは血液のように見え、手を伸ばすと大きくうねって、アイの手から逃れた。緑、ピンク、青、黄色、花びらは形を変え、からかうように何度もアイのそばを通り過ぎ、アイを、アイ自身を祝福した。
「この世界にアイは、存在する。」
私はここだ! 海中で、アイは叫んだ。苦しさは限界を超えていた。でも叫んだ。
私はここだ! アイはここにある!
両親に、ミナに、ユウに愛されたから私があるのではない。私はずっとあった。ずっと、ずっとあった。だから、私はここに、今ここにあるのだ。そして、そんな私を、この私を、両親が、ミナが、ユウが愛したのだ。先に私はあった。存在した。そして今も。
アイはここにある! 世界には間違いなく、アイが存在する!
誰に否定されても、やはり自身で信じられない瞬間があっても、それはあるのだ。ずっと。これからも、絶対に存在し続けるのだ。絶対に。
私はここだ!
(3)

 

イメージ 1
 
今日のお昼は、京都を中心に熟成肉のステーキを提供するお店を展開している「ステーキハウス 听(ポンド) 名駅店」へ一日10食限定の熟成黒毛和牛ステーキ重(980円)を食べに行きました。
前から食べてみたかったドライエイジングという熟成方法の脂身のない赤身のお肉は、とても柔らかくて980円とは思えないおいしさです♪。日によって数量が変わるということですが、今日は限定2食だった神戸牛のステーキ重(1980円)も食べてみたいです。

 

熟成肉ってこんなにおいしいんだと思わせてくれるおすすめのステーキ重でした。ごちそうさまでした。

 

 

 

イメージ 1 
 
あらすじ
もう二度と帰れない、遠きふるさと。学生、商人、エンジニア、それぞれの人生を抱えた男たちの運命は「戦争」によって引き裂かれた――。戦争小説をライフワークとして書く著者が、「いまこそ読んでほしい」との覚悟を持って書いた反戦小説集。戦後の闇市で、家を失くした帰還兵と娼婦が出会う「帰郷」、ニューギニアで高射砲の修理にあたる職工を主人公にした「鉄の沈黙」、開業直後の後楽園ゆうえんちを舞台に、戦争の後ろ姿を描く「夜の遊園地」、南方戦線の生き残り兵の戦後の生き方を見つめる「金鵄のもとに」など、全6編。

 

ひと言
表紙の写真を見て借りることを決めた本でした。表題作の「歸郷」と「鉄の沈黙」が心に残りました。東日本大震災や阪神淡路大震災、沖縄の慰霊の日など 他にも忘れてはいけない日々がたくさんありますが、「風化させない」ために読まなければならない小説だと思いました。

 

 

手を繋いで仰向いたまま、ふと、新橋のマーケットで心中した、復員兵と街娼のことを考えた。たぶん無理心中なんかじゃない。こんなふうに出会った男と女が、いっときの気の迷いでもなく、魔がさしたわけでもなく、納得ずくで死んだのだろう。 バッグの中には、折り畳みの肥後守が入っている。でも、男が納得してくれるのなら、梁から吊り下がれば手っ取り早い。 どちらが切り出しても答えは同じで、むしろ相手がそうと言い出してくれるのを、たがいに待っているような気がした。 死んでよ、庄ちゃん、と口にするすんでのところで、男が言った。「あんた、里はどこ」「あんたじゃないでしょうに」「ああ、そうか。もとい、アヤコさんの里はどこ」「信州よ。でも、松本じゃないから安心をし」 盆地に人が住まう長野県は、土地がちがえば他国も同じだ。「帰らんのか」 綾子はためらいもなく肯いた。「帰らんのか、それとも帰れんのか」「両方。親に売られたようなものだし、行方が知れなくたって探しもしないわ」 あんたと同じよ、と言ったつもりだった。 さあ、誘ってよ、庄ちゃん。「このさき生きてゆくのには、何か不都合があるか」 おいでなすった。死んで泣く人はいないか、と言っているようなものだ。「何もないわ。なあんにも。だって、生きてゆくことのほうが不都合じゃないの」 男は平たい胸がいっそう潰れるほどの、深い溜息をついた。 
夜汽車の汽笛が渡った。思いとどまれ、とでも言わんばかりに。 さっさと行くがいいさ。帰るところのある人間だけ乗っけて、とっとと行っちまえ。「あんたに頼みがある」「あんた、じゃないってば」 綾子は男の手をきつく握りしめた。しかし、男は名を呼ぶかわりに、思いがけぬことを言った。 「俺と一緒に、生きてくれないか」 聞きちがいではないと思ったとたん、男は神様みたいに強い力で、綾子の体を抱きしめてくれた。鯣(するめ)のように乾いた男の唇は、不幸の味がした。これだけからからにひからびていれば、嘘などつきようはない。 勇敢な男の一言を信じると、ふいにあたりの闇が払われて、眩い青空が瞼を被った。 悲しいんだか、嬉しいんだか、よくわからない。でも、たがいの心の奥深くに、帰るべきふるさとがあるのはたしかだった。 しがみついた庄ちゃんの体は、見知らぬ南洋の島の、潮風とお天道様の匂いがした。
(歸郷)

 

 

俺の手を探り、思いがけねえくらいの強い力で引き寄せながら、中尉は呻くように言った。 「あなたに、お願いがある」 それは軍人ではない、忘れかけていた教員の声だった。 「僕を、あなたの腹におさめて、国に連れ帰って下さい」 俺はその晩、まだ息のある中尉を背負って、遠く離れた谷まで捨てに行った。誰にも見つからねえ、煮炊きの煙も目につかねえ深い谷の底で、俺は中尉の願いを聞き届けてやった。
(金鶏のもとに)

 

 

「香田。唄いながら聞いてくれ」 「何だよ」 「俺は、ひとつだけ誇りに思う」 「しゃらくさいことは言いなさんなよ」 「いや、この死にざまだよ。戦死だろうが殉職だろうがかまうものか。俺は人を傷つけず、人に傷つけられずに人生をおえることを、心から誇りに思う」 「同感だ、沢渡。こんな人生は、そうそうあるものじゃない」 「スマイル。唄おう」 「言葉は、ないほうがいい」
(無言歌)

 

イメージ 1
 
今日は職場の人と この3月末に柳橋のマルナカ食品センターにオープンした「わだ泉」へお昼を食べにいきました。
第6回 Nago-1グランプリ第3位の醤油カツ丼(900円)+温玉(100円)をいただきます。ソースカツ丼ではなく珍しい醤油カツ丼で、醤油の味付けが絶品。ワサビをつけると味が締まりこれもグッド!最後はテーブルに置いてあるポットの出汁をかけてお茶漬けのようにしていただくのですがこれもとてもおいしいです。

 

守山区の大森に以前からある醤油カツ丼で有名なお店が柳橋にも出店してくれたおかげでおいしい醤油カツ丼がいただけました。ありがとう。ごちそうさまでした♪。

 

 

わだ泉 柳橋店(食べログ)
名古屋市中村区名駅4 マルナカ食品センター

 

イメージ 1 
 
あらすじ
あの日、3月11日。三陸の港町釜石は海の底に沈んだ。安置所に運び込まれる多くの遺体。遺された者たちは懸命に身元確認作業にのぞむ。幼い我が子が眼前で津波にのまれた母親。冷たくなった友人……。悲しみの底に引きずり込まれそうになりながらも、犠牲者を家族のもとへ帰したい一心で現実を直視し、死者の尊厳を守り抜く。知られざる震災の真実を描いた渾身のルポルタージュ。

 

ひと言
昨年の7回忌は青岸渡寺で祈りを捧げましたが、早く現地へ行って冥福を祈りたいと思いながらまた一年が過ぎ、せめて忘れないように本だけでもと思って3月に予約を入れたのですが、今になってしまいました。目を覆いたくなるような記述もあり、7年が経った2018年3月現在でもまだ 2539名の方が家族のもとに戻られずにいます。
つい先日、日本DMORT(ディモート)「災害死亡者家族支援チーム」というものがあることを知りました。

 

 

イメージ 2

日本DMORTは、2005年のJR福知山線脱線事故で系統的なトリアージが実施され、効果的な災害医療が行わましたが、その陰で黒タグがついた家族への心のケアが不十分であったとの反省から発足した団体です。
震災や津波で家族が行方不明であったり、亡くなられたり、まだまだ立ち直れない方々が少しでも心の平静を取り戻し、前を向いて一歩を踏み出せるよう心から願っています。
そして多くの犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

 

 

海上での捜索は一週間、二週間と過ぎていったが、生存者は一人も発見されず、海から引き上げたのは変色した遺体ばかりだった。当初、その多くが潮の流れが交じり合う潮目に瓦喋とともに浮かんでおり、男女ともに衣服が脱げて乳房や性器があらわになっていた。激しい津波にもまれているうちに下着や靴下まで剥がされてしまうのだ。雪の降るなか、漂流物にまみれて全裸で波に揺られている姿は痛ましかった。 さらに日数が経つと、遺体はよりむごたらしい姿になる。多くの遺体は漂流後何日かすると、肺にたまっていた空気がなくなるために、暗黒の海底に引きずり込まれるように沈んでいく。こうした遺体の一部は数週間して体内にガスが溜まって風船のように膨らみ、再び浮いてくる。それが海上保安官たちによって見つけられるのだ。 だが、実際一度海底に沈んだ遺体の多くは、魚に喰い荒されて沈澱してしまって浮かび上がらずに見つからない。三陸沖にはウニやスムスやヒトデといった腐肉を喰らう海洋生物がたくさん生息しており、それらがあっという間に目の球や皮膚をつついて穴を開けてガスを抜いてしまうからだ。
広大な海での捜索活動は、雪や雨の降るなかでも懸命につづけられた。陸と違い、海では波や潮の動きがあるため、一度徹底的に調べたところでも数時間後には新たな遺体が流れつく可能性がある。したがって百キロ以上にわたる範囲を何度も飽きるほど行き来して見回らなければならなかった。
(第二章 遺体搬送を命じられて)

 

 

勝は遺族たちの哀哭を間近で見聞きしながら遺体の口腔を調べ、所見を書き記していったが、次第にこんなことをして意味があるのだろうかという疑問に苛まれるようになった。歯科所見による身元確認は、ときとしてDNA型鑑定よりも有用であるともいわれている。だが、それは身元不明者のカルテや歯型のレントゲン写真が残っていて照合できてこそである。今回は津波によって歯科医院ごとそれらの資料が流されてしまっているため、歯科所見を出しても照合ができない可能性がある。―― 何もかも流されてしまったのだとしたら、今俺のやっていることは全部無駄に終わるんじゃないか。 何度もそんな疑念が脳裏をかすめた。だが、同時に勝はそれを口に出せば心を支えていたものが折れてしまうと直感していたため、喉もとで飲み込み、自分をだましだまし作業をつづけるしかなかった。……。……。
大槌中の体育館に置かれていた三十体の遺体のうち二十体は焼け焦げて激しく損傷していた。大勢の家族がやってきてそのなかから行方不明の肉親を探し回るものの、状態があまりにも悪くてなかなか見つけ出すことができない。所持品が焼け、顔が炭化していると、いくら身内でも判別をつけることが不可能なのだ。 工藤は肉親を見つけられずに帰っていく家族のやるせない顔を見るにつれ、どうにかしてこれらの歯科所見をしっかりと残さなくてはならないと思った。焼けた遺体には所持品も遺されていないことが多く、DNA型鑑定さえも難しくなる可能性がある。
そのときこそ、歯科の身元確認が力を発揮するはずだ。―― 待っていろよ。なんとか家族を見つけてあげるからな。 工藤は一心不乱に真っ黒になった遺体の唇をめくり、灰を落とし、歯を調べていった。いつの間にか、自らの被災を嘆く気持ちが薄れていた。今はとにかくつらい状況にある犠牲者たちのために全力を尽くしたい。それをつづけていけば自分にとっても新しい道が拓かれるのではないか。 そんな思いで工藤は黒焦げの遺体の歯をライトで照らしていった。
(第三章 歯という生きた証)

 

 

ふと気がつくと、三十代の夫婦が並んで立ち、床に置かれた赤ん坊の遺体の前で手を合わせていた。その幼い遺体には見覚えがあった。少し前に白髪の女性が毛布にくるんで、自ら抱きかかえ
て運んできた〈生後100日〉と書かれた赤ん坊だった。 祖母が警察に語った話では、あの日、母親は赤ん坊を抱いたまま津波に呑み込まれたのだという。彼女は必死に傍のものにしがみついて一命をとりとめたものの、赤ん坊だけは流されてしまい、後で遺体となって見つかったらしい。千葉はその子のために奔走して子供用の棺をなんとか用意できたばかりだった。 母親は死んだ赤ん坊の前にしゃがみ込み、その冷たくなった頬をなでながら、「ごめんね、ごめんね」と何度も謝っていた。若い夫も目を赤くしてうなだれていた。一度帰ったと思ってもまた数十分後には遺体の前にうずくまっていたりする。関係者は近づけずに遠まきに見守っている。千葉はいても立ってもいられなくなり、そっと夫婦のもとへ歩み寄った。隣にしゃがみ込んで手を合わせ、やさしい声で遺体に向かってこう言う。
「雄飛君、ママとパパが来てくれてよかったな。ずっと待っていたんだもんな」雄飛、それがこの赤ん坊の名前だった。 母親は赤く腫らした目で千葉を見つめる。夫が支えるように彼女の肩をつかむ。千葉は赤ん坊に向かってつづける。「ママは雄飛君のことを必死で守ろうとしたんだよ。自分を犠牲にしてでも助けたいと思っていたんだけど、どうしてもダメだった……雄飛君はいい子だからわかるよな」夫婦は真剣な顔で聞いている。千葉はさらに言った。 「雄飛君は、こんなやさしいママに恵まれてよかったな。短い間だったけど会えて嬉しかったな。また生まれ変わって会いにくるんだぞ」 母親はそれを聞いた途端、□もとを押えて泣きはじめた。子供のように声を上げて号泣する。夫も鼻水をすすりながら目をぎゅっと閉じる。千葉はそれを見ながら、どうか自分を責めずに生きてほしいと思った。
(第四章 土葬か、火葬か)

 

 

私は目を落とした。そのとき、棚の前に置かれた祭壇に、お菓子や花などが供えられていることに気がついた。″うまい棒″や″ワンカップ大関″が山のように並ぶ。身元がわかっていない遺体に対して、誰がご焼香をしに来るというのか。 惠應は私の視線に気がついたようだった。「それはね、近くに住む釜石の人たちがお祈りをしにきて供えてくれたものなんだよ」 「まったく見ず知らずの人たちが来たということですか?」 「そうだね。身元不明者の遺族、近所に暮らす被災者、ボランティアのスタッフ、いろんな人たちがここで、身元不明の遺骨に線香をあげてくれているんだ。毎日かならず何人かが手を合わせている」 これまで釜石で暮らす人々が故郷を愛し、隣人を肉親のように思い、過疎化した小さな町で支え合って暮らしてきたことを思い出した。 「身元不明の遺骨でも忘れ去られているわけじゃないんですね。こうやってたくさんの人に祈ってもらっている」 惠應はうなずいた。「そう。釜石の住人の多くが、未だに行方不明の親族や知人を抱えていて、日々彼らのことを思い出している。だからこそ、ここにやってきて、名もない遺骨のためにお祈りをしてくれているんだ。きっとそれは故人にとっても幸せなことのはずだ」 私はそれを聞いたとき、かつて安置所の前で千葉が身元不明の遺体を火葬場に送り出した後につぶやいていた言葉を思い出した。
―― 遺体は誰からも忘れ去られてしまうのが一番つらい。だからこそ、僕を含めて生きている者は彼らを一人にさせちゃいけない。 かつて安置所で千葉はその一心で毎日のように遺体の傍に寄り添い、手を合わせ、言葉をかけていた。いや、彼ばかりではない。医師の小泉嘉明も、遺体搬送班の松岡公浩も、歯科医師の鈴木勝も、そして惠應も、全員が安置所に集まり、遺体のために自分にできることを必死でやってきたのである。そして今、遺骨が寺院に納められることになり、今度は市民たちが彼らと同じように遺骨に花を供え、手を合わせ、語りかけるようになった。無数の人の思いが一つになって、釜石は新たな道を歩みはじめているのだ。 私は棚に並べられた遺骨を一つ一つ見ていった。供えられた花や果物の甘酸っぱい香りがしている、私は胸のなかでそっとつぶやいた。
みなさん、釜石に生まれてよかったですね。
(エピローグ 二カ月後に)

 

イメージ 1 
 
あらすじ
実業界の寵児で天才棋士――。 男は果たして殺人犯なのか! ? さいたま市天木山山中で発見された白骨死体。唯一残された手がかりは初代菊水月作の名駒のみ。それから4ヶ月、叩き上げ刑事・石破と、かつて将棋を志した若手刑事・佐野は真冬の天童市に降り立つ。向かう先は、世紀の一戦が行われようとしている竜昇戦会場。果たしてその先で二人が目撃したものとは! ? 日本推理作家協会賞作家が描く、渾身の将棋ミステリー!
(2018年 本屋大賞 2位)

 

ひと言
2018本屋大賞のノミネート10作が発表になった日の夜に予約を入れて本をやっと読むことができました。「盤上の向日葵」名探偵コナンの映画のタイトルみたいだなというのが読む前の第一印象。読み始めると非常に読みやすく、最初から物語に引き込まれ、560ページを1日ちょっとで一気読み。犯人探しのミステリーではないというのはすぐにわかりましたが、将棋の駒は死者へのリスペクトとして握らされた以外に思いもつかない何かどんでん返しがあるのか!と思ってワクワクして読みすすんでいきました。この結末でも裏切られた感は一切なく、読了感はとてもいいものでした。読み終えてAmazon のカスタマーレビューを見るとこの作品を「砂の器」と評された方がありましたが、そうだ だからこんなに引き込まれるんだと納得。自分としては本屋大賞は原田マハさんに取って欲しいなぁという気持ちが強かったですが、この本でもよかったなと思う一冊でした。映画化もされそうな話なのでそちらも楽しみです♪

 

 

本の装丁に、一枚の絵画が使われていた。見た瞬間、表紙から目が離せなくなった。絵を描いた画家は、フィンセント・ファン・ゴッホ。作品名は通称『ひまわり』だった。あとで知ったが、ゴッホは生涯、向日葵をモチーフにした絵画を十二点制作している。そのうち七点は、花瓶に挿したものだ。 その本の表紙に使われていたのは、十二輪の向日葵が花瓶に活けられたものだった。のちに、花瓶に活けた向日葵を描いた七つすべてを画集で見たが、一番好きだったのは、最初に目にした十二輪の向日葵だった。 装丁には、絵画の一部のみが使用されていた。本を手に取り編者のまえがきを読むと、あえてすべて載せなかったのは、なるべく原画に近い大きさで再現したかったからだ、と記されていた。 筆の跡がわかるほど厚く塗られた絵の具、幾重にも塗られた重い色彩、そこから見えてくる作者の喜びと苦悩、鬼才だったがゆえに課せられた波瀾に満ちた人生を知ってほしい、と編者は語っていた。 憑かれたようにページを捲り、装丁に使われている向日葵の絵を探した。 本のなかほどに、探し求めた絵はあった。絵の全体像と一部分の画像を用い、四ページにわたり説明されていた。 向日葵の全体像を見たとき、軽い眩暈を覚えた。悲しいような、懐かしいような、涙が零れそうな切なさだった。 

 

 

 

イメージ 2

ゴッホが描いた向日葵は、亡き母そのものだった。背景の白に近い浅緑は母の淡さで、カンヴァスの中央に咲く花は、母の美しさと重なった。そしてなによりも似ていたのは、薄暗さだった。向日葵という花のモチーフ、黄色い絵の具を主とした明るめの色調、花を引き立たせている淡い色の背景。それらだけを抜き取れば、陽の光のような輝きを持つ絵になるはずなのに、ゴッホが描いた向日葵は仄暗く、絵を明るくするはずの要素が逆に、絵の陰影を濃くしているように見えた。その逆転の変異が、いつも顔に笑みを浮かべていたのに、ひどく寂しげに感じた母の姿にそっくりだった。
そしてもうひとつ、ゴッホが描いた向日葵が強く心を惹きつけた理由があった。 筆のタッチだ。 ゴッホは絵の具を油で薄めず、筆に取るようにつけてカンヴァスに塗りつけた。筆は場所によっては暴力的で、別な箇所では繊細だった。向日葵の中央に至っては、筆を丹念に重ね、絵の具が盛り上がるほどの力強さで描かれていた。まるで、みっしりと織り込まれた手織りの絨毯のようだった。 一筆一筆、命を削るように塗り重ねたゴッホの筆の跡は、将棋を極めた名人の、一世一代の棋譜を思わせた。 真っ白いカンヴァスに、目の前にあるモチーフをどのように描くか、想像する。その作業は、棋士が盤上を見つめ、次の一手で五十手先にいかなる局面を導き出すかを構想する姿に似ていると思った。 本を棚に戻し、急いで財布を取り出した。アルバイト料が入ったばかりだったことを感謝した。なかには、本を買うと、帰りの電車賃がようやく残るだけの金が入っていた。 そのとき、たとえ帰りの電車賃が残らなかったとしても、財布の金で買えるなら本を購入していただろう。何時間かかろうと、歩いて下宿へ帰ればいい。食事などしばらく摂らなくてもいい。そう思えるほど、ゴッホの向日葵に魅せられた。
(第十一章)

 

 

イメージ 1 
 
あらすじ
主人公の小山内堅は八戸生まれ。東京で大学生活を送ったあと就職し、梢と結婚、不自由のない暮らしを送った。娘も生まれた。異変が起きたのは、娘の瑠璃が小学二年生のとき。一週間、高熱が続き、回復した瑠璃は大人びていた。それだけではない。知るはずのない昔の出来事を語り、往年の歌謡曲を口ずさんだ。
(2017上半期 第157回 直木賞 受賞)

 

ひと言
しばらく仕事が忙しくてなかなか本を読めませんでしたが、ふらっと行った図書館で予約なしに借りられた本です。直木賞よりも「このミステリーがすごい」の方が合ってるんじゃないかと思うくらい、けっこうグイグイと引き込まれて読ませてくれます。ただ瑠璃が頭の中でこんがらがってきて、「この瑠璃は…、えーっと… そうそう…」といった具合で、再読する必要があるなと思いました。

 

 

小一時間後、畳に広げたTシャツはそのままにして、ユニットバスのバスタブの中に立ってシャワーを浴びているとき、彼はいますぐにでもやっておくべきことを思いついた。広辞苑を引くことだ。 実家から持ってきた姉のおさがりの広辞苑第二版は本棚のいちばん下段に場を占めていた。 るりの項を指でたどると、瑠璃、とあった。 七宝の一。青色の宝石。 瑠璃も琉璃も照らせば光る。 ことわざの意味 ― つらまらぬものの中に混じっていても、すぐれたものは光を当てれば輝いてすぐにわかる。 これだけは絶対に忘れない、と湯上がりのバスタオルを腰に巻いた恰好で、青年は心に誓った。
(8)

 

 

あの人が命の字を忘れてしまったのは、度忘れのことが言いたいのではなくて、たとえば、当然としてそこにあることが当然とは思えなくなる、命の字が命に見えなくなる、正しい現実がしっくりしない、そういうことであるなら、「そっちだよ」と もしあの人が同意するなら、そっちの意味にかっちりあてはまるかどうかは別として、この自分には、辞書を引くとき必ず感じる現実との違和感があって、は行とま行の順番がいつも逆に思える。は行の言葉のあとにま行の言葉が来るのが、どうも自分の感覚にしっくりしない。
(8)

 

 

「アキヒコくん、あたしの名前はね、瑠璃の意味は宝石なんだよ。青い宝石」「知ってますよ」「じゃあこれわかる?」 彼女はふいに歩くのをやめ、街灯の下に立った。 バッグの中を漁って、表紙にボールペンを差した手帳を取り出すと、「あたしの漢字練習帳」だと説明してからひらいてみせた。 右側のページに、命の文字がずらりと並んでいた。そっちじゃなくてこれ、と指を差された左側のページにはこうかれていた。

 

 

みづからは半人半馬降るものは珊瑚の雨と碧瑠璃の雨

 

 

「意味わかる?」
(8)

 

 

「おれたちが生きているこの世界、現実はひとつでしょう? 幾通りも現実があったら、困りますよね、奥さん。ひとつしかない現実の、確固たるイメージによって、人の知覚体験は『支えられて』いるらしいです。だもんで、ひとつの現実の、イメージとうまく調和できない体験は『追放』される。つまり頭から否定される。なかったことにされる。読んだ本の受け売りですがね、まさにおれの記憶からこぼれ落ちていた事実はそれだと思うんです。おそらく、奥さんの身に起きたことも」 「あのね正木さん。ごめんなさい、言ってる意味がわからないわ」 「夢のお告げの話ですよ、奥さん」
(11)

 

イメージ 1
 
今日は家族で西尾に行く用事があり、お昼は前から行きたかった「我流」へ。ゴールデンウイークで大混雑でしたが、待ってる間に先に注文を聞きにきてくれるなどの工夫のおかげで20分ほどの待ちで済みました。
ぶっかけ温玉肉(温)800円にごぼう天(200円)をトッピングしていただきます。うまい!コシはそれほど強くはありませんが、いい味です。甘めのお肉もおいしいのですが、甘さが口の中に広がるごぼう天が絶品。

 

京都の「山元麺蔵」の土ゴボウ天を彷彿とさせるおいしさです。ごぼう天にして大正解。とてもおいしかったです。ごちそうさまでした♪

 

 

我流(食べログ)
西尾市下羽角町六反

 

イメージ 1
 
4月は仕事がとても忙しく お昼を食べに出たりする時間もありませんでしたが、仕事も一段落し今日は久しぶりに3月中旬にオープンした「ラーメン考房 平成呈」へお昼を食べに行きました。
以前、常滑の「ラーメン考房 昭和呈」で海老花塩麺をいただいたことがあるので、まぶし麺海老クリーム(1160円)をいただきます。海老の旨み、香りがダイレクトに伝わってくる とてもおいしい一杯でした。

 

次はやっぱり衝撃的に感動させてくれた海老花塩麺を食べてみたいです。ごちそうさまでした♪

 

 

 

3月31日 桜満開の京都。広沢池近くの「桜守」藤右衛門さんの桜と「嵐電」の桜のトンネルを観に京都へ行ってきました。

イメージ 1

朝 大阪の実家から久しぶりの阪急電車で京都へ、「西院駅」では嵐電1日フリーきっぷ(500円)が買えないため「四条大宮駅」へ行き、8時4分発の嵐電で桜を巡る旅のスタートです。

イメージ 2

先ずは混雑が予想される宇多野~鳴滝駅の「桜のトンネル」へ。まだ早いのかあまり混んでいなくて運転席の後ろから撮影することができました。

イメージ 3

大正末期、嵐電の北野線の開業を記念して植樹された「桜のトンネル」。電車の通過で満開を過ぎた桜が風で桜吹雪を巻き上げている素敵な写真を以前に観たことがあって ずっと観にいきたいなぁと思っていました。

イメージ 4

フリー切符のおかげで四条大宮→宇多野、鳴滝→宇多野→鳴滝駅 と電車の中から線路脇からと「桜のトンネル」を十分に堪能することができました。

イメージ 5

鳴滝駅から歩いて広沢池近くの「桜守」佐野藤右衛門さんの桜を観せてもらいに行きます。
ここは全くの私邸で、敷地内の立ち入りはご厚意によるもの。雑誌などで取り上げられると人がたくさん訪れすぎてご迷惑がかかるということで紹介されることはほとんどありませんが、知る人ぞ知る桜の名所です。 

イメージ 6

歌舞伎役者のように「植藤造園」の当主が襲名する藤右衛門。現在は16代目で日本全国を飛び回り桜を守り続けてくれる「桜守」です。私も4年前、藤右衛門さんの本 「桜守のはなし」「桜のいのち 庭のこころ」を読んでファンになり、いつかは訪れたいなぁと思っていた桜のふるさとです。

イメージ 7

私の好きな円山公園の枝垂れ桜や蹴上インクラインの桜、JR二条駅前の桜(円山公園の枝垂れ桜の二世)、遅咲きの仁和寺の御室桜 ……も代々の藤右衛門さんの尽力により今も美しく咲き続け私たちを楽しませてくれています。思い出に記念写真を撮ってもらいました。

イメージ 8

すぐ近くの市バス10 11 26 59号系統の始発の停留所「山越中町」から11系統のバスに乗り「角倉町」で降ります(桜の最盛期のため嵐山高架道路を通るルートに変更)ものすごい人!ものすごい外人!の数、ぶらっと渡月橋を渡ろうと思っていましたが断念です。

イメージ 9

「嵐電嵯峨駅」まで歩き、「車折神社駅」を降りてすぐ目の前の車折神社へ。

イメージ 10

1日乗車券の優待特典でおみくじが引けます 結果は凶。いつもはおみくじは引かないのに、タダだからと欲張って引いたからかなぁ 反省

イメージ 11

すぐ隣に芸能神社があって多くの有名芸能人が朱塗りの玉垣を奉納されていました。昨年話題になり紅白歌合戦にも出場した登美丘高校ダンス部も奉納されていました。

イメージ 12

再び北野線の「桜のトンネル」を通り、「御室仁和寺駅」からすぐの仁和寺へ。

イメージ 13

遅咲きの御室桜はまだつぼみが多かったですが所々美しく咲いていました。

イメージ 14

境内の桜は満開です。

イメージ 15

またまた「桜のトンネル」を通り「太秦広隆寺駅」へ。広隆寺は学生時代にも訪れたことがないお寺です。

イメージ 16

中学生の時「はんかしゆいぞう」「アルカイク スマイル」と覚えた記憶がある国宝第一号の弥勒菩薩半跏思惟像と初めてご対面です。国宝の不空羂索観音立像や千手観音立像も大きく見事でした。

イメージ 17

帰りは「西院(さい)駅」の「養老軒」に立ち寄り、お土産にフルーツ大福を買いました。

イメージ 18

「西院駅」から「四条大宮駅」に戻り、かなり遅いお昼になりましたが「ヤオイソ」のスペシャルフルーツサンド(864円)をいただき阪急電車で大阪の実家に帰省。

イメージ 19

結局嵐電に何回乗ったんだろうと数えてみると8回。1乗車220円で1760円 それが500円で済み、かなりお得で桜を十分満喫した嵐電で巡る旅でした。