あらすじ
「この世界にアイは存在しません。」入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。ワイルド曽田アイ。その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる。ある「奇跡」が起こるまでは―。「想うこと」で生まれる圧倒的な強さと優しさ―直木賞作家・西加奈子の渾身の「叫び」に心揺さぶられる傑作長編!
(2017年本屋大賞 7位)
「この世界にアイは存在しません。」入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。ワイルド曽田アイ。その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる。ある「奇跡」が起こるまでは―。「想うこと」で生まれる圧倒的な強さと優しさ―直木賞作家・西加奈子の渾身の「叫び」に心揺さぶられる傑作長編!
(2017年本屋大賞 7位)
ひと言
2015年のシリア難民の問題に大きな関心を払わなかった日本にいる私たちは、その年の9月3日、一斉に欧州各紙で一面に取り上げられた、トルコの浜辺に打ち上げられたシリア難民のアイラン・クルディ(Aylan Kurdi)君(3歳)の遺体の写真を見た人も少なかったのかもしれません。
2015年のシリア難民の問題に大きな関心を払わなかった日本にいる私たちは、その年の9月3日、一斉に欧州各紙で一面に取り上げられた、トルコの浜辺に打ち上げられたシリア難民のアイラン・クルディ(Aylan Kurdi)君(3歳)の遺体の写真を見た人も少なかったのかもしれません。

(この写真を掲載することの是非については、今でもわかりません。ただそのままを載せることはできなかったのでぼかしを入れました。ただこの写真を見たことがない人には是非見て欲しいと心から思いました。他の写真も見てみたいと思う人は検索してみてください)
ただこの写真が英国、フランスをはじめとするEU各国のシリア難民受け入れ問題に深い衝撃を与えたことは間違いない事実です。そのとき私たち日本は?
これは何もしなかった、何もできなかった私たちに対する西 加奈子さんの魂の叫びであり、西 加奈子さんにとっては絶対に書かなければならなかった本だったのだと思いました。
「彼の名はアイラン・クルディ」
これは何もしなかった、何もできなかった私たちに対する西 加奈子さんの魂の叫びであり、西 加奈子さんにとっては絶対に書かなければならなかった本だったのだと思いました。
「彼の名はアイラン・クルディ」
シリアで今この瞬間、誰かが死んでいる。彼らは自分のあずかり知らないことで、無残にも命を絶たれている。自分が大きな家で、こんなにも静かな暮らしをしているその間に。
「シリアから両親の元に来たことは、本当に幸せなことなんだと分かってる。でも、それ以上に……なんだかずっと……申し訳なかった。もちろん幸せ、本当に、私は幸せすぎるくらい幸せだよ。申し訳ないと思うことなんて傲慢だということも分かってる。でも、ずっと、誰かの幸せを不当に奪ったような気がしていて。」 「誰か?」 「そう。私の代わりに両親にもらわれるはずだったシリアの誰か。もしかしたら私がシリアに残っていたかもしれない。そしてその誰かが、私の両親の元で幸せに暮らしていたのかもしれない。私はその人の幸せを、もしかしたらその人の命も、奪ってしまったのかもしれない。」 「アイ。」 「ひどいこと言ってるのは分かってる。私は自分の環境に感謝すべきだし、幸せなことを幸せに思うべきだよね。」 「べき、ではないよ。感謝とか幸せって、努力して思うことではないんだよ。自然にそう思うことなんだから。アイがそう思えないのなら、無理に思うことない。」「でも、本当に思うの、幸せだって。私は本当に幸せ。でも、幸せって思えば思うほど……」「苦しいのね?」 ぐ、と喉が鳴った。私は「苦しい」と言っていいのだろうか。いわれのない、「本当の苦しみ」を苦しんでいる人たちがいる世界で?(2)
「シリアから両親の元に来たことは、本当に幸せなことなんだと分かってる。でも、それ以上に……なんだかずっと……申し訳なかった。もちろん幸せ、本当に、私は幸せすぎるくらい幸せだよ。申し訳ないと思うことなんて傲慢だということも分かってる。でも、ずっと、誰かの幸せを不当に奪ったような気がしていて。」 「誰か?」 「そう。私の代わりに両親にもらわれるはずだったシリアの誰か。もしかしたら私がシリアに残っていたかもしれない。そしてその誰かが、私の両親の元で幸せに暮らしていたのかもしれない。私はその人の幸せを、もしかしたらその人の命も、奪ってしまったのかもしれない。」 「アイ。」 「ひどいこと言ってるのは分かってる。私は自分の環境に感謝すべきだし、幸せなことを幸せに思うべきだよね。」 「べき、ではないよ。感謝とか幸せって、努力して思うことではないんだよ。自然にそう思うことなんだから。アイがそう思えないのなら、無理に思うことない。」「でも、本当に思うの、幸せだって。私は本当に幸せ。でも、幸せって思えば思うほど……」「苦しいのね?」 ぐ、と喉が鳴った。私は「苦しい」と言っていいのだろうか。いわれのない、「本当の苦しみ」を苦しんでいる人たちがいる世界で?(2)
私には子どもは出来ないかもしれない。 この世界に、私の血を残すことは出来ないかもしれない。
「この世界にアイは、」
もし残すことが出来たとしても、その子は過酷な人生を歩むかもしれない。大人たちの狂った暴走に巻き込まれ、大切な人と引き離され、そして無残にも命を落とすかもしれない。アイランのように。彼の兄のように。亡くなったすべての人たちのように。
「この世界にアイは、」
でも、もし、水中を漂い、苦しみながら死んでいったアイランに、その兄に、死んでいったすべての人にもう一度会うことが出来たのなら、私はこう叫ぶだろう。
「生まれてきてくれてありがとう。」 私は全力で、全身全霊で、彼らの誕生を祝福するだろう。 それが世界に踏みにじられるものであっても、それでも私は祝福するだろう。
「生まれてきてくれてありがとう。」
何がありがとうだ、自分のこの惨めでおぞましい人生は何のためにあったのだと叫ばれても、唾を吐かれても、殴られても、それでも私は彼らを祝福するだろう。
生まれてきてくれてありがとう。
「この世界にアイは、」
息が続かなくなって、目を開けた。海面に浮かぶ前に、それを見た。 色とりどりの花びらが、自身の周りを舞っているのを、アイは見た。 それは先ほどミナと投げた花束かもしれなかったし、そうではないのかもしれなかった。赤い花びらは血液のように見え、手を伸ばすと大きくうねって、アイの手から逃れた。緑、ピンク、青、黄色、花びらは形を変え、からかうように何度もアイのそばを通り過ぎ、アイを、アイ自身を祝福した。
「この世界にアイは、存在する。」
私はここだ! 海中で、アイは叫んだ。苦しさは限界を超えていた。でも叫んだ。
私はここだ! アイはここにある!
両親に、ミナに、ユウに愛されたから私があるのではない。私はずっとあった。ずっと、ずっとあった。だから、私はここに、今ここにあるのだ。そして、そんな私を、この私を、両親が、ミナが、ユウが愛したのだ。先に私はあった。存在した。そして今も。
アイはここにある! 世界には間違いなく、アイが存在する!
誰に否定されても、やはり自身で信じられない瞬間があっても、それはあるのだ。ずっと。これからも、絶対に存在し続けるのだ。絶対に。
私はここだ!
(3)
「この世界にアイは、」
もし残すことが出来たとしても、その子は過酷な人生を歩むかもしれない。大人たちの狂った暴走に巻き込まれ、大切な人と引き離され、そして無残にも命を落とすかもしれない。アイランのように。彼の兄のように。亡くなったすべての人たちのように。
「この世界にアイは、」
でも、もし、水中を漂い、苦しみながら死んでいったアイランに、その兄に、死んでいったすべての人にもう一度会うことが出来たのなら、私はこう叫ぶだろう。
「生まれてきてくれてありがとう。」 私は全力で、全身全霊で、彼らの誕生を祝福するだろう。 それが世界に踏みにじられるものであっても、それでも私は祝福するだろう。
「生まれてきてくれてありがとう。」
何がありがとうだ、自分のこの惨めでおぞましい人生は何のためにあったのだと叫ばれても、唾を吐かれても、殴られても、それでも私は彼らを祝福するだろう。
生まれてきてくれてありがとう。
「この世界にアイは、」
息が続かなくなって、目を開けた。海面に浮かぶ前に、それを見た。 色とりどりの花びらが、自身の周りを舞っているのを、アイは見た。 それは先ほどミナと投げた花束かもしれなかったし、そうではないのかもしれなかった。赤い花びらは血液のように見え、手を伸ばすと大きくうねって、アイの手から逃れた。緑、ピンク、青、黄色、花びらは形を変え、からかうように何度もアイのそばを通り過ぎ、アイを、アイ自身を祝福した。
「この世界にアイは、存在する。」
私はここだ! 海中で、アイは叫んだ。苦しさは限界を超えていた。でも叫んだ。
私はここだ! アイはここにある!
両親に、ミナに、ユウに愛されたから私があるのではない。私はずっとあった。ずっと、ずっとあった。だから、私はここに、今ここにあるのだ。そして、そんな私を、この私を、両親が、ミナが、ユウが愛したのだ。先に私はあった。存在した。そして今も。
アイはここにある! 世界には間違いなく、アイが存在する!
誰に否定されても、やはり自身で信じられない瞬間があっても、それはあるのだ。ずっと。これからも、絶対に存在し続けるのだ。絶対に。
私はここだ!
(3)
























