あらすじ
人に不用意に近づきすぎないことを信条にしていた大学一年の春、僕は秋好寿乃に出会った。空気の読めない発言を連発し、周囲から浮いていて、けれど誰よりも純粋だった彼女。秋好の理想と情熱に感化され、僕たちは二人で「モアイ」という秘密結社を結成した。それから3年。あのとき将来の夢を語り合った秋好はもういない。僕の心には、彼女がついた嘘が棘のように刺さっていた。
ひと言
「君の膵臓をたべたい」の住野 よるさんの本ということですぐに貸出の予約を入れました。前半の寿乃と楓の出会い、「モアイ」という秘密結社を作る P30 まではいいとして、そこからは 約300ページほどの本にする必要があるためにページを稼いでいるとしか思えない記述がダラダラと続く。最後70ページはまだ読めるが、間の200ページは要領を得ないし最後の伏線として必要とも思えない。どう見ても計100ページの内容を300ページにした本としか思えなかった。
「何が、理想のためだ。何が皆のためだ。お前はずっと、お前のためだけにしか生きてないくせに、僕はその巻き添えになった」 ずっと、言ってやりたかったのだと、本気で思った。 秋好だけじゃない。 誰も彼も、理想を語る。誰かのためだと優しさを語る。けれど、薄皮一枚はげば、そこに自らの欲望があって、打算がある。 秋好も、董介も、テンも、ポンちゃんも、川原さんも変わらない。 結局はみんな自分のためで、そこにあるものがなんだってよくて、そこにいるのが誰だってよくて、自己顕示欲やお金や性欲のために、人を利用出来る。 正義感を確かめる場所としてモアイを使うことも。 寂しくて、先輩を恋人の代わりに使うことも。 集まった友人達を就活の達具に使うことも。 側にいた後輩を性欲のはけ口に使うことも。 そしてきっと、 「お前は僕を、間に合わせに使っただけだ。誰でもよかったんだ。誰か自分を見てくれる人、その代用品に僕を使ったんだ」 いや、でも、秋好なら、ことここに至ってすら、まだそんな気持ちが、 「……そうかもしれない」 秋好は、僕の毒を全て飲み込んでしまったような、苦しみぬいた顔をして頷いた。 その顔が、いやに脳裏に焼き付いて。 何も聞こえなくなった。 秋好の唇が震えて動いているのは分かったけど、それだけだった。 耳を切り取られたのだと思った。それから胸や、腹も。空洞に風が通って、いやに寒気がした。 危機感に、襲われた。 差し迫った危機を、感じた。 足を切り取られる前に、この場を立ち去らなければならないと思った。 けれど、最後に言い残すべきことが何かある気がしたから。
「お前がいない方が幸せだった。きっと、みんなそうだ」 自分の声すら聞こえなかったけど、そんなことをまだ残された口で言えた気がする。頭も半分切り取られているみたいで、自分が言いたいことを言えてるのか分からなかった。残された目で、秋好を見て、僕は彼女に背を向けた。その顔が見たかったんだと、遠い昔に思っていたような気がしたけど、もうどうでも良かった。これで、僕と秋好の、別れとなった。
(P250)
体が震えていることに気づいた。心に吹き込む風の冷たさが、先ほどまでの比ではなかった。たまらなく寒いのに、一方で、全身が熱く、燃えて消えてしまいそうにも思えた。 分かる。 後悔と、恥だった。 背中を、汗が伝っていく。頭が急に、かゆく感じられて、掻き毟った。 なんて、遅いのだろう。 こんなに重要なことなのに、どうして今の今まで気が付けなかったのだろう。 今ようやく、気がついた。 秋好が傷つくのなんて、本当は見たくなかったんだ。
どうして、今さらだなんて、僕が一番知りたかった。 今までの怒りや憤りは嘘じゃなかったはずなのに、嘘のようにあっけなく、後悔と恥に姿を変えていた。僕は、自分が傷ついたことばかりを感じていた。 傷つけられたから、無視してもいい。傷つけられたから、壊してもいい。傷つけられたから、罵ってもいい。 相手を傷つけた時のことなんて、まるで考えていなかった。 それどころかきっと、僕は、秋好なら、受け止めてくれるとすら考えていた気がする。 全てを受け入れて、受け止めて、瓢々と笑ってくれるんだと勘違いしていた。 なんでだろうか。 なんで、僕のせいで傷つく秋好をきちんと想像出来なかったんだろう。出来ていれば、ためらえたはずなのに。 ためらえていた、はず……だろうか。 僕がそんな人間だったら、そもそも傷つけようと、思わなかったんじゃないか? 僕は、秋好の人格を、無視して、考え、行動を決めていた。 つまり、彼女を人間として見ていなかった。 記憶の中にある、形の決まった存在のようにして決めつけていた。傷つくはずのない、ただの記憶だけを見ていた。 秋好との関係を終わらせて、美化すればよかった、だなんてさっき思った。 終わらせて、美化していた。 現実の秋好を見ることを、僕がいつしか勝手に終わりにして、美化していた。そして勝手に失望した。友達だったはずなのになんて、そんな建前を使って。 変わらず、僕のことを友達だと思ってくれていた人を、傷つけようとし、傷つけた。なんの躊躇もせずに、自分と同じ傷を負ってほしいと思っていた。 どうして、僕はそんな考えを持った。 傷ついたからだ。傷つけられたからだ。 傷ついたから、傷つけていいなんて、はずがないのに。 やってみたら後悔と恥が残っただけだった。 そもそも、どうして僕は傷ついたのか。どこかでうすうす感づいていたんだ。自分が間に合わせに使われていたんじゃないかって。 否定してほしかったのに、秋好が肯定したから、傷ついた。 だけど、ようやく思い出す。秋好が、「違う」と言いかけて、やめたこと。 はっきりと否定出来る人間なんて、この世界にいないことを、あいつは分かっていたんじゃないか?
人は人を、間に合わせに使う。 誰しもが、誰かを必要な何かとして間に合わせに使う。 友達や、恋人や、家族や、後輩や、先輩や、上司や、部下や、それら何かしらに周りの人間達を間に合わせとして用いる。独りぼっちの人が同じく独りぼっちの人を友達にすることもそう。理解者のいない人が理解者を求める行為もそう。例えば病に倒れた人が寄り添ってくれる人を求めるのだってそうだ。 僕も、どこかでやっていること。 秋好に、董介に、川原さんに対してやっていたこと。 間に合わせに使われ傷ついたことが、相手を傷つけていい理由になんて、本当はならない。 そもそもが、傷つくようなことですらないのかもしれない。 必要とされたじゃないか。 僕だってきっと、声をかけてもらえて嬉しかったはずだ。 その瞬間の気持ちで十分たったはずだ。 間に合わせって、つまり、心の隙間を埋められたってことだ。 心の隙間に、必要としてもらえたってことだ。 空洞を埋められる人になれたってことだ。
今、僕の心に生じたような空洞を、埋めてもらえたらどれだけ救われるだろう。 それを出来たはずだったのに、僕は、友達を傷つけた。 なんて、ことだ。 昨日から響いていた秋好の声にとって代わり、今度は僕が秋好に放った言葉の数々が繰り返し思い出される。 僕は。 なんてことを。
(P275)
大人になった僕の、本心を差し出す。 「僕は今でも、後悔しています。偉そうに聞こえてしまうかもしれませんが、その後悔に気がつくことが出来て良かったとは思っています。誰かを傷つけたんだ、という後悔が、今でも自分の中に根付いて、出来る範囲でですが、人に対して誠実であろうという自分を作ってくれています。 誠実であろうと、思うことが出来ています」
本当に出来ているかは、自分では分からないけれど。 「もう二度と、あんなことをしたくない、大切な人を傷つけたくないと思ったことが、仕事においても日常生活においても、僕に大きな影響を与えた学生生活の中での出来事です。僕もまだ少しずつですが、大切な人達を傷つけない、居場所のような人間になれたらと、気恥ずかしい言い方になるんですが、思っています」
どうにか、始めた話をまとめることが出来た。 話してみて、初めて思ったことがあった。 僕はこの話をするために、ここに来たのかもしれなかった。 あれからを、過ごして来たのかもしれなかった。 学生達の顔色を窺いつつ、次の質問を促そうかと思い目線を上げた。そうして、目が合った。 彼女と、目が合った。 ずっと、巡回中の団体メンバーがいるだけなのだと思っていた。 学生達の後ろに立って観察している姿を、目の端で捉えて、疑わなかった。 目が合って、僕は呼吸を止めた。 相手は、ためらいがちに、一度頷いた。 僕を見たまま、唇を開きかけて、また閉じた。 参加する予定はないと川原さんから聞かされていた。 スーツ姿の彼女は、ただじっと僕を見ていた。
(P306)