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昨日から始まったJR高島屋のハワイフェア2018。17年連続『ハワイBESTバーガー賞受賞』の記録を更新中のお店「テディーズ ビガー バーガー」がイートインできるということで食べに行きました。
20分ほどの待ちで ダブルチーズバーガー(ドリンク・ポテト付)(2214円)をいただきます。一口食べただけで、何これ!という感動のおいしさです。パティの柔らかさ、ジューシーさ、異次元のおいしさです。
まだ行ったことのないハワイですが、残りの人生で行けるかどうかわからないし、少し高いけど評判のバーガーを食べてみたいと思って出かけました。

 

食べに行ってほんとうによかった♪と思えるハンバーガーでした。
感動をありがとう。ごちそうさまでした♪。
 
テディーズ ビガー バーガー
134 Kapahulu Ave, Honolulu, HI 96815 Waikiki Grand Hotel

 

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あらすじ
恋する想いは、今も昔も変わらない―あの紫式部や在原業平のみやびな“恋うた”をもとに、千年の時を超えて、加藤千恵がつむぎだす22篇の愛のかたち。出会いのときめき、別れの痛み、恋と友情のもどかしさ…ハニー&ビターで、とびきりせつない恋愛小説。

 

ひと言
図書館で何気なく手に取って読んでみて、新古今の恋の歌が紹介され、それにまつわる現代的なショートストーリーがあり、最後は著者の歌で締める という展開が面白いと思い借りました。ショートストーリーはもう少し長めでもいいかなと思いましたが、思わずニヤけてしまいそうな胸キュンなストーリーで楽しく読ませてもらいました。〆の著者の歌もよかったです。

 

 

会いたい、と彼は何度か言ったけれど、誰かに言わされているみたいに聞こえた。出会った頃からそうであるように、彼の恋人はあくまでも仕事や忙しさであって、その合間を塗りつぶすための存在として、わたしかいるのではないかと思えるのだった。ハンバーグのつなぎみたいな。わたしは肉ではなく、パン粉たった。
(第一話 あの人を待つこともなく)

 

 

玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする   式子内親王
[訳] 私の命が終わるというのなら、いっそ今すぐに終わってほしい。これ以上生きていたら、あなたへの恋心をひた隠しにしていることに耐えきれなくなってしまいそうだから。
(第十一話 揺らしたら溢れてしまう)

 

 

きのふまで逢ふにしかへばと思ひしをけふは命の惜しくもあるかな  廉義公[藤原頼忠]
[訳] 昨日までは、命と引き換えにしてもあなたに逢いたいと思っていた。けれど念願かなってあなたと逢った今日は、命が借しくなっています。

 

 

「そういえば」 「うん」 窪田くんは、なかなか続きを切り出さない。どうしたの、と言おうとしたあたしの顔を見ながら、彼が発した言葉を、あたしはすぐに飲み込むことができなかった。 「もしよかったら、付き合おうよ」 ようやくつながった意味に、あたしはあまりにもびっくりしてしまって、そういえばって言い方は変じゃない、と笑った。ごめん、と窪田くんも笑った。 「よかったら、だけど」 繰り返して、こっちを見る窪田くんの声は、ほんのわずかに震えている。あたしは黙ってうなずいた。まじで、と彼が言う。自分の目の前に置かれた白い器を見た。タコライスは食べ終えたけど、トマトソースが貼りついている。あたしはずっとこの光景をおぼえているのだろうなと思った。 「めちゃめちゃ緊張した」 ようやく顔をあげたあたしを見て、彼はそう言って笑った。熱いものがこみあげていく。信じられないと思ったけど、現実だとわかっていた。奇跡みたいな現実。 「嬉しい」 あたしは言った。目の前にいるこの人と、行きたい場所がたくさんあって、したいことがたくさんある。きっとこれから始まっていく。少しずつ現実になる。あたしは彼と百年恋愛したい。

 

 

死んでもいいなんて真っ赤な嘘だった 君と一緒に生きていきたい
(第十五話 君と一緒に生きていきたい)

 

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今日は土用の丑(今年は7月20日、8月1日)のちょうど1カ月前ということで、うなぎを食べに職場の人と mozo へ行きました。フードコートの「牧原鮮魚店」で1日限定30食の鰻まぶし丼(880円)をいただきます。久しぶりのうなぎ!!おいしいのですが 一切れ(まあ大きめだけど)なので何か物足りないです。
今年の土用の丑の日には、おいしい鰻がたくさんたくさん食べられますように☆☆☆

 

牧原鮮魚店 mozoワンダーシティ店(食べログ)
名古屋市西区二方町 mozoワンダーシティー 3F

 

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今日は一日早い父の日で、久しぶりに家族4人で 私の希望の「かつみや」へ夕食を食べに行きました。
上みそかつ定食(1780円)をごちそうしてもらいます。注文を受けてから豚肉をブロックから切りだし、スジ切りも丁寧なため少し時間がかかりますが、その分とてもカツが柔らかいです♪。さらっとした甘めの味噌だれともとてもよく合っておいしいです。ごちそうさま、父の日のいいプレゼントになりました♪

 

かつみや(食べログ)
あま市七宝町鷹居2

 

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あらすじ
「遊行」とは、先入観やこだわりを捨て、自由な感性で生きること。「遊行」は、何気ない毎日を特別にする。生きるのが楽になる。人生の終盤を迎えた著者が、自身も悩みつつ見つけた、人生の切り開き方・考え方をエピソードや、名言などから紹介していく。いい言葉は、いい人生を生みだし、いい人生は、いい言葉を生みだす。

 

ひと言
鎌田さんの本は以前読んで、いい印象だったので借りました。自分では「がんばらない」は読んだと思っていたのに、2012年に「あきらめない」を読んだ記録がこのブログに残っていました。たぶん、このブログを始める前に読んだんだと思いますが、全く記憶にありません(なんちゅうこっちゃ)。鎌田さん、ごめんなさい。もう一度借りて読み直してみます。

 

 

古代インドの聖人は、人生を四つの時期に区切りました。バラモン教やヒンズー教の古い法典では、次のように人生を区切っているのです。それは「四住期」といわれています。

 

 

「学生期」は生まれてきた命が、学び成長する時期です。ありあまるパワーが外に向かい、大切な人生の土台をつくります。複雑で難しい時期でもあります。ときには内へ向かいすぎ、自分を壊してしまうこともある危険な時期です。
「家住期」は学んだ土台をステップにして、成然していく過程です。この時期に家族をつくり、家をつくる。人によっては会社、組織をつくり、リアルな世界に根を張ります。
「林住期」は老年を迎えていく時期で、森や林に隠棲しながら、人間とは何か、生きるとは何か、さまざまな「人生の問題」を、解決しようとする時期です。哲学的で内向きです。目には見えない心の世界のことも考えます。沈思黙考。「静」を感じさせます。
「遊行期」は死の準備の時期、人生の締めくくりの時期ともいわれています。
(1章「遊行」を意識すると生きるのが楽になる)

 

 

好奇心は人間を成長させます。人類の歴史の中で、常に新しいものをつくりだす源泉は好奇心です。 好奇心は若い時代特有のものではありません。いくつになっても好奇心はもち続けられるし、それがあれば、人間は元気になれる。
「好奇心」「陽気でいること」「人間は負けるようにはつくられていない」
この三つを忘れなければ、どんな絶望に出合っても、人生をおもしろくつくり直すことができるのです。
(1章「遊行」を意識すると生きるのが楽になる)

 

 

「へこんでみる」とは自分の弱さに気づくこと。弱さを隠さなければ、素直に自然に生きられます。依存症の人に限らず、苦しくなったときには強がらず、泣きたいときには泣くこと。そうやって感情を解放すれば、人は立ち直り、のびのびと生きられるはずなのです。
(2章 「弱い自分」「ダメな自分」「適応できない自分」でも生きぬける)

 

 

スタンフォード大学卒業式の祝辞で、アップル社創立者の一人スティーブ・ジョブズはこう語っています。
「あなた方の時間は限られている。だから、本意ではない人生を生きて時間を無駄にしないでほしい。他人の考えに溺れるあまり、内なる声がかき消されないように。何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気をもつこと。あなたの心や直感は自分が何をしたいのか知っているはずだ」
(5章 「遊行」とは、「愛の海」に還っていくこと)

 

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ステーキランチを食べた帰り、あの化粧品のメナードが手掛けるパン屋さん「ブランシャス」へ寄りました。ここは 火・木・土曜日の12時からしか開かないお店で、なかなか時間が合わずに行けなかったお店です。化粧品の会社だけあって多くの種類のパンになんとコラーゲンペプチドが入っています。そのせいか女の人が次から次へと訪れています。

 

人気のブールのチーズとレーズン(各430円 なんとコラーゲンペプチド3000mg これがすごいのかどうかわかりませんが……)とフレンチトースト(190円)、ドゥブル ノア(230円 クルミ生地のパンに練乳クリームをサンド)をいただきます。とてもモチっとしておいしく、後味がとてもいいパンでした。くせになるかも…。ごちそうさまでした♪

 

 

ブランシャス
名古屋市西区鳥見町2

 

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今日はKITTE名古屋の地下に自転車を停めて、すぐ北のビルの1階の「肉が旨いカフェ NICK STOCK 名古屋駅前店」のサービス サーロインステーキランチ【1日10食限定】(1080円)のお昼です。もちろん1000円のサーロインなのでめちゃくちゃおいしいわけはありませんが、それなりにおいしいです。ごちそうさまでした。あっ、トッピングで極太ソーセージを追加するの忘れた!。

 

次は話題のブレンドコーヒーの料金に100円プラスで本格的なハンバーガーが食べられるという480円のモーニングセットを食べてみたいです。ごちそうさまでした。

 

 

 

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金山の出張が少し早めに終わったので、東別院までぶらぶら歩き、きなこのかき氷で有名な「柴ふく」で黒柴金時ミルク(黒蜜・きなこ・小豆・ミルク)(890円)をいただきます。メディアにもよく取り上げられるだけあって、ここのきなこのかき氷は天下一品。結構な量のかき氷でしたが、もう一杯食べれそうというぐらいの感動のおいしさです。ごちそうさまでした♪。願わくば職場や自宅からもう少し近ければなぁ…

 

柴ふく(食べログ)
名古屋市中区大井町1

 

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今日は一日金山へ出張。お昼は仕事関係の人と「ひろしま本店」へ広島焼きを食べに行きました。スペシャル(豚肉・玉子・いか・たこ・海老・帆立)のそば入(1200円)をいただきます。いろいろな具材がこれでもかというぐらい口の中に広がりとてもおいしいです。でもやっぱり本来のお好み焼きは豚とキャベツの甘さで食べるもの。次は豚肉・玉子のそば入(750円)にしよっと。ごちそうさまでした。

 

ひろしま本店(食べログ)
名古屋市中区金山1

 

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あらすじ
いじめを苦に自殺したあいつの遺書には、僕の名前が書かれていた。あいつは僕のことを「親友」と呼んでくれた。でも僕は、クラスのいじめをただ黙って見ていただけだったのだ。あいつはどんな思いで命を絶ったのだろう。そして、のこされた家族は、僕のことをゆるしてくれるだろうか。

 

ひと言
図書館の重松 清さんの棚で「あっ この本読んだことがない」と見つけた本でした。背表紙には Teens のシールが貼ってありました。やっぱりこの本は中学生や小学校高学年の子どもに読んでもらいたいよなと思いました。読み終えてすぐスウェーデンの「スクーグスチルコゴーデン」を調べてみました。とても素敵な「森の墓地」で、重松 清さんもここを訪れ「十字架」というタイトルの本を書こうと思うぐらい感銘を受けたんだろうなぁと思うと、自分も行ってみたいなぁという気持ちになりました。
 
ひとを責める言葉には二種類ある、と教えてくれたのは本多さんだった。 ナイフの言葉。 十字架の言葉。 「その違い、真田くんにはわかる?」 大学進学で上京する少し前に訊かれた。僕は十八歳になっていて、本多さんは三十歳だった。 答えられずにいる僕に、本多さんは「言葉で説明できないだけで、ほんとうはもう身に染みてわかってると思うけどね」と言って、話をつづけた。
「ナイフの言葉は、胸に突き刺さるよ」「……はい」「痛いよね、すごく。なかなか立ち直れなかったり、そのまま致命傷になることだってあるかもしれない」でも、と本多さんは言う。「ナイフで刺されたときにいちばん痛いのは、刺された瞬間なの」 
十字架の言葉は違う。「十字架の言葉は、背負わなくちゃいけないの。それを背負ったまま、ずうっと歩くの。どんどん重くなってきても、降ろすことなんてできないし、足を止めることもできない。歩いてるかぎり、ってことは、生きてるかぎり、その言葉を背負いつづけなきやいけないわけ」 どっちがいい? とは訊かれなかった。訊かれたとしても、それは僕が選べるものではないはずだから。 代わりに、本多さんは「どっちだと思う?」と訊いてきた。「あなたはナイフで剌された?それとも、十字架を背負った?」僕は黙ったままだった。しばらく間をおいて、本多さんは「そう、正解」言った。
(第二章 見殺し)

 

 

ユーラシア大陸をいったん東の端まで横断したあと、シベリア鉄道で今度は東から西へ渡る。ヨーロッパの各地を巡って、最後はスウェーデン ――『スクーグスチルコゴーデン』とあった。 聞いたことのない名前だった。 「ここって、有名なのか?」 「わたしは知らなかったけど……」 紙が挟んであったのが、まさにそのスクーグスチルコゴーデンを紹介したページだった。
『森の墓地』という意味らしい。ストックホルム郊外の森がまるごと墓地になっていて、礼拝所や火葬場もある。解説文によると、世界的に有名な建築家が設計して、風景と墓地との調和は芸術作品とさえ呼ばれているのだという。
芝生の丘に、大きな十字架が立っている。 青空を背景にしたその十字架は、色は沈んだ灰色だったが、サイズが大きいからか、よけいなレリーフや装飾がなにもないからなのか、墓地に立つ十字架とは思えないような明るい雰囲気だった。それでいて、まわりになにもない丘のてっぺんなので、ぽつん、とひとりぼっちの寂しさもある。
(第四章 卒業)

 

 

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「きょうだいいるんだっけ」「いえ、一人です」 「じゃあ、親父さんとおふくろさんのほうが寂しがってるんだ」 「なんか、新婚時代に戻ったとか言ってますけど」 ははっ、と田原さんは笑って、「強がるんだよ、親は」と言った。僕も、それは少し、思う。 「寂しさってのは、両方で分かち合うものじゃないんだ。自分は寂しがってても向こうはそうでもなかったり、その逆のパターンだったり……。片思いみたいなものだよ。だから、寂しいっていうのは、相手がそばにいないのが寂しいんじゃなくて、なんていうか、そばにいない相手が、自分が思うほどには自分のことを思ってくれてないんじゃないか、っていうのが寂しいっていうか……その寂しさが寂しいっていうか……」 よくわからなくなっちゃったな
(第六章 別離)

 

 

「俊介くんの親父さんも、最初は裁判も考えてた。ただ、おふくろさんのほうがな……」 知ることを拒んだ。 俊介がこんなにもひどい目に遭わされて、こんなにもつらい思いをして、苦しみ抜いたすえに死を選んだというのを、受け容れたくない。知れば認めるしかないから、知りたくない。俊介は親に心配をかけたくないから、いじめられていることを最後まで言わなかった。ならば、いま親がすべてを知ってしまったら、あの子が一人でじっと耐えてきた意味がなくなる。 「耳をふさいで、目をつぶったんだ」
(第六章 別離)

 

 

ひとの記憶とは、川のように流れているのではない、と僕は思う。
一つの出来事や一人の人間にまつわる思い出が、川に流されるように少しずつ遠ざかって忘れ去られていくのなら、話は簡単だ。でも、実際には、思い出は波のように打ち寄せては退いていく。じゅうぶん遠ざかったと思い込んでいた思い出が、不意に、ぞっとするほどなまなましく追ってくる。手に持っていたはずのものが、波にさらわれるようにいっぺんに遠くまで運ばれてしまう。海は凪いだときもあれば時化(しけ)たときもある。潮の満ち干だってある。それを操り返しながら少しずつ思い出は沖へ運ばれていき、水平線の向こうに消える。そのとき、ようやく僕たちは一つの思い出を忘れ去ることができるのではないか?
東京に来て二年目の夏、サユはそれまでになくフジシュンの記憶に苦しめられていた。岸辺にはもう戻ってこないと思っていたフジシュンの思い出が、激しい勢いで打ち寄せてくる。潮は満ちている。波はどんどん高くなる。このままだと溺れてしまう。 じっとやり過ごせ。いまなら言える。しばらくたてば、嵐は収まり、潮も引いていく。いまなら、きっとサユもそれがわかるはずだ。 でも、僕たちはまだ若く、もろかった
(第六章 別離)