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お盆の清水寺の千日詣りの帰りに 高島屋 京都店のお店に立寄りました。2012年グリコの高級店として阪急百貨店うめだ本店での販売当初はかなり話題になり、けっこう並ばなければ買えないお菓子でしたが、すんなりと買うことができました。
シュガーバター(500円)と抹茶シュガー(500円)を購入。
基本 大阪でしか買えないので大阪みやげとしてはいいかも。

 

バトンドール
大阪市北区角田町 阪急うめだ本店

 

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今日はグルメの師匠に教えてもらった一宮の「大光楼 本店」へ家族で夕食を食べに行きました。
ちゃんぽん(850円)と皿うどん(850円)を注文し、みんなでいただきます。+300円で大盛にできるのですが、普通でも容器もデカく、かなり大盛です。まずはちゃんぽんのスープをいただきます。うん、美味しい♪。さすが師匠うまいお店を知ってるなぁと感心しながら、次は皿うどん。多めのお酢をかけて食べるのが好きなのですが、まずはそのままで。お酢をかけると味が締まりやっぱりこちらの方が好きかも…。

 

テーブルにある「長崎生まれの 金蝶ソース」というウスターをかけると、何 これ!というぐらい味が変わりめちゃくちゃ美味しいです。
すごく気になったのですが麺の量が多そうなので今回はパスした肉飯やスタミナ飯を次は食べたいです。ごちそうさまでした♪

 

 

大光楼 本店(食べログ)
一宮市丹陽町伝法寺角野

 

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あらすじ
40歳で職場結婚した国会議員を待っていた、不妊治療の高い壁。間断ない検査、憂鬱な服薬・注射、そして恐れていた緊急入院…。32歳の若さで国政に飛び込み、37歳で戦後最年少大臣に就任した女性が赤裸に綴る。すべての働く女性に贈る、勇気ある告白。

 

ひと言
私と同じ学年である野田聖子さん。41歳のときに不妊治療を始め、体外受精14回、流産1回を経験。アメリカ人女性の卵子提供を受け、2011年 50歳で「真輝」くんを授かった。でも、以前観たドキュメンタリー番組で、お腹にいるときから障害があることがわかっていて、その子を生むための野田さんの決意のような本だと思っていました。
奥付には2004年12月。こちらを先に確認すればわかったのに…。 この本は、野田さんの不妊治療への取り組み、「ねお」という名前までつけた新しい命が流産で……を書いた本でした。
野田さんの出産については、ネットでは いろいろな意見が書かれていて、特に女性の意見はきびしいものが多かったです。いろいろなことを考えさせられる本でした。

 

 

世の中の多くの男性が当時の夫と同じか、それ以下の知識しか持ち合わせていないのではないでしょうか。これが不妊治療に取り組む夫婦にとって、一つの大きな障害なのです。 無知識、そのことから生まれる偏見。今でも不妊治療に取り組む多くのカップルが、どこか負い目を感じながら、コソコソとしているのではないでしょうか。何も隠れてする必要などないのに、なぜか後ろめたさを感じてしまう。周囲の人にも気軽に相談できない。日々の治療の負担、そして焦りに加えて、このことがさらにストレスとなって襲い掛かってくるのです。 
(第三章 治療)

 

 

二時間ほど、私は少子化について精一杯、持論を述べました。
「生命を大事にしてください。子供を産める時期というのは限られています。卵を作り出せる年齢も限られています。だから、子供が欲しいと思った時に、もうできないということだってあるんです。それはとても不幸なことです。本当に生命は大切な、貴重なものなんです。若いからといって、安易に中絶に走る前に、その生命の尊さをまず考えてみてください」 果たしてこの日、私は一体、誰に講演していたのでしょうか。学生に向けてちゃんと話していたのか、それとも自分自身に……。
(第六章 再生)

 

 

不妊治療、妊娠、そして流産を経て、私は変わったと思います。自分では乗り越えられない壁かあることを知り、挫折を知ったこと。口では偉そうに少子化、少子化と騒いでいたわりに、本当の意味では現場の苦労を何も知らなかった。経験するということの重要さを再認識したこと。そして何より、生命の尊さを自分自身の肌で感じられたこと。
(第六章 再生)

 

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あらすじ
勉強が嫌いで、周りからどう思われているかばかりを気にして毎日生活している隼人。さらに、些細な出来事がきっかけで、仲の良かった友達との関係がもつれ、孤立することになってしまった。ある日、自分の部屋に帰ると、そこには見慣れぬ物体が。それは、長期間不在になる父親が残していったロボット・ユージだった。ボクハ、キミにアイを伝えるために、生まれた。自分らしく生きる勇気をくれる、感涙の書き下ろし長編

 

ひと言
図書館のティーンズのコーナーで見つけました。表現や作者が伝えたいことが、ちょっとわかりにくいかなとも思いましたが、
あらゆる人に、『こうしてくれ』と期待し『自分ならこうする』という思いが無意識のうちに、『その通りに動け』という相手への期待になる。 その期待が裏切られるからイライラする。最初から期待しない。今日一日を誰かに頼らないで、いい一日にすると自分で決めて行動する。
という言葉にはハッとさせられました。多くの人に、とりわけ青少年に読んでもらいたい本でした。 

 

 

「ユージ、他の人が自分の気持ちをわかろうとしてくれないで、たまらなくイライラするときって、どうすればいいの?」 隼人は、力なく聞いた。 「最初カラ期待シナイコト」 「はあ?」 隼人は、予想外の答えに拍子抜けした。 「愛が大事だ」に近い前向きな答えが返ってくると思っていたのに、返ってきたのは「期待しない」とは……。 「期待バカリシナイ。今日一日、誰カニ頼ラナイデ、いい一日にスルト決メル……」 「誰かに頼らない?」 隼人は怪訝そうな表情で、ユージを見返した。今日をいい日にするのに、自分が誰かに期待したり、誰かに頼っているつもりなど隼人にはなかったからだ。 「誰かに頼ってるつもりなんてないけど……」 「自分ではキヅカナイウチニ、人間ハ会う人会う人ニ、いろんなコトヲ期待シテル。怒りっぽい人や、イライラしている人ホド、誰かに頼ッテ生キテル」 「どういうことだよ」 「スーパーで並んだレジの列の進みが遅イと感ジタコトアル?」 「ある……けど」 「急いでいるトキニ、列の一番前のオバアサンガ、ポイントカードを探すタメニ財布を調べたり、一通り探したアトデ、今度はバッグから別のポーチを取り出して、カードを探し始メタリ、ようやく見ツカッタラ今度は小銭ヲきっちり払オウトシテ、小銭入れカラー枚一枚硬貨を取り出し始メル……そんなオバアサンがいることを想像シテミテ。そうヤッテル間ニモ、隣の列は一人、二人と会計を終エテドンドン流レテル……どう?」「どうって……そりゃあ誰だってイライラするでしょ。さっさとやれよって思うよ」 ユージは音を立てながら首を横に振った。 「誰だってジャナイ。イライラするのは、相手に期待シテル人ダケ」 「期待?」 「そう。並んでいるトキニあらかじめカードを用意シテオクコトヤ、小銭が取り出しヤスイヨウニ準備シテオクコト、もっと言えば、自分の列の方が速く流レルコトヲ、無意識のウチニ目の前のオバアサンに対しても、レジ係の人にも期待シテル人だけがイライラする。その期待が裏切られるカラ。もし、最初カラそのオバアサンに、ナニモ期待してイナケレバ、イライラすることもナイし、怒ることもナイ」 「そんなことが起こってイライラしない人なんているの?」 「イル。誰かに会ったトキニ、相手に何をどこまで期待スルカハ、一人ひとり違ウ。 知ってる人カラ見知らぬ人に至るマデ、あらゆる人に、『こうしてくれ』と期待スル度合いが高い大人もイル。ベースになっているのは『自分ならこうする』という思い。それが無意識のうちに、『その通りに動け』という相手への期待になる。 そういう人は、朝奥さんにイライラして、子どもにイライラして、通勤デハ他の車や、電車ナラ同じ車両に乗った他の乗客にイライラする。職場デハ、上司にも部下にも、得意先の要求にもイライラするし、帰りも同じようにあらゆるコトにイライラして一日を生キテル。それが、『自分の幸せを出会うすべての他人に頼り切っている行為』ダト気づかない。無意識に行ッテル。そんな人ハ人生ガ、朝から晩までイライラして、怒りながら過ぎていく。 デモ、一方で、人に期待スル度合いが低い人もイル。
そんな人は、家族だろうが、見知らぬ人だろうが、周りの人が自分の期待通りに動いてクレナイカラといって、イライラしたり、怒ったりはシナイ。自分の一日の幸せは、誰かに頼って作り出すモノデハナク、誰にも頼らず自分で作り出すモノダということを知ッテル。 隼人もキット、無意識のウチニ、会う人に、自分に対して『こうして欲しい』と期待シテルンダと思う。 デモそれって、会う人会う人に頼って生キテルッテコト。その人たちが、自分の望み通りの行動をトッテクレテ初めて『いい一日』になるってコトは、隼人の一日が、いい一日になるかならないかが、隼人ニヨッテではなく、周囲の人にヨッテ決マッテル。 だから最初カラ期待シナイ。期待シテモ、残念ながら、その期待とは無関係に他人は動く。期待しているコトと反対のコトヲわざとする人もイル。だから、最初カラ期待シナイ」 「期待しない……か。なんだか希望のない言葉だな」 「最初はそう感じるノモ無理ハナイ。デモ、最初カラ出会う人に期待シナイと決めて一日を過ごすようにナルト、今日という一日を、いい一日にするのは難しくないトイウコトがわかるようにナル。それに、期待してないと、案外、周囲の人はイイ人が多いって気づくのカモ」
(自分さえ楽しければ)

 

 

この前の幸ちゃんからの返信の中にあった「親が子どもの強さを信じて待ってあげた部分だけが子どもの伸びしろだと思う」っていう言葉、すごく感動したし共感した。でも、子どもの強さを信じて苦しみを自分で乗り越えるのを見守るって考えている以上に大変なことだね。こっちが泣けてきちゃう。
(夢から逃げない)

 

 

「こんな言葉があるよ」 ユージの胸のiPadに文字が表示された。
「君子の学は通ずるが為に非ず。窮するも困しまず、憂うるも意衰えず、禍福終始を知りて心惑わざるが為なり …… 荀子」 隼人は詰まりながらも、声に出して読んだ。 「何これ? どういう意味?」 「君子というのは、立派な人とか、人格者という意味。立派な人になろうとする人にとって勉強というのは、出世をしたり、高い地位を得るためのものではないって言ってるんだ」 「それが、『君子の学は通ずるが為に非ず』……?」 「そう。次に、人生において追い詰められるような状況がやってきたとしてもたじろいだりしない……」 「窮するも困しまず……」 「そして、逆境に陥ったり自分に不利な状況が重なったりしても、やる気を失わないで……」 「憂うるも意衰えず……」 「嬉しいことや、苦しいことは、どちらかだけがやってき続けるワケじゃなく、いつも表裏一体で循環しているという人生法則を理解して、心があっち行ったり、こっち行ったりしないようにする …… そのために勉強は使うんだぞ、という言葉なんだ。ドウ?」「どう? って言われても……よくわからないけど、そうならないようにするために、勉強するんだと思ってた」 「そうならないようにってどういう意味?」 「将来、追い詰められるような状況がやってこないように……とか、逆境に陥ったりしないように……とか、勉強しないと、そうなっちゃうよって言われてきたような気がするから」 「まさにその通り。たくさんの人が、勉強は、出世をしたり、より安定した仕事に就くためにするモノダと思ってる。同時に、そういう職業に就けたら、追い詰められるような状況や、逆境とか、自分に不利な状況を、回避できると。でも実際には違う。どれだけ勉強しても、追い詰められる状況はやってくるし、逆境だってやってくる。そんなことは、勉強をたくさんしてきた人に聞いてみなくても想像すればわかる」 「勉強しても将来困るなんて誰も教えてくれないじゃん」 「勉強をしてもしなくても、人間の人生には、いろんなことが起こるよ。 ときには逃げ場がなく追い詰められるようなこともあるだろうし、逆境に陥ることもあるだろうし、何で自分ばっかりと思ってしまうような不幸な出来事が続くことだってある。ホラ、今の隼人みたいにね。それは、すべての人の人生に平等にある。だけどそのときに、たじろいで勇気をなくしてしまったり、心がヘナヘナになって力が入らなくなったり、絶望して明るい未来を夢見ることができなくなってしまったりしたら、それこそ生きていく気力すらなくしてしまう。そういうときこそ、心を強く持たないと幸せになんてなれない」 「そのために勉強がある……ってこと?」 「そう、そんなときに心が負けない、そんな人になるために、どんなときも心を強く、明るく、美しく保つために勉強はある。だから、どれだけ勉強ができて、いい成績を取って、いい高校に進学しても、『窮する』ことがあった瞬間に『意衰える』ような人のままなら、勉強の役割を果たしたことにはならない。だからユージー言った。逃げない奴になりたければ勉強から逃げない人になれって」 隼人の勉強に対する価値観は、この夏休みに大きく変わり始めていた。 そのことが自分でもわかった。
(楽しむコツ)

 

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あらすじ
幸せのレシピ。隠し味は、誰かを大切に想う気持ち。うつくしい高台の街にある小さな洋菓子店で繰り広げられる、愛に満ちた家族の物語。香田陽皆(こうだ・ひな)は、雑貨店に勤める引っ込み思案な二十八歳。地元で愛される小さな洋菓子店「スイート・ホーム」を営む、腕利きだけれど不器用なパティシエの父、明るい「看板娘」の母、華やかで積極的な性格の妹との四人暮らしだ。ある男性に恋心を抱いている陽皆だが、なかなか想いを告げられず……。(「スイート・ホーム」) 他、稀代のストーリーテラーが紡ぎあげる心温まる連作短編集。

 

ひと言
えっ これ原田 マハさん?なんか有川 浩さんの本を読んでいるような錯覚に陥りました。この本ももちろん素敵な話の本なのですが、原田 マハさんにしか書けないあの素晴らしいアート系の小説を読みたいなぁ。よろしくお願いします。

 

 

電動式泡立て器をボールに突っ込む私の手元を見て、父が言う。 「ああ、そうやない。角度が悪い。もっと、ボールに対して泡立て器を直角にせんと」 「粉の振い方が甘い。もっとていねいに、サラサラになるまでやるんや」 なんだかんだと口を挟む。けれど、決して手出しはしない。特別な人にプレゼントする特別なケーキ。だから自分が手出しするわけにはいかないんだと、わかっているみたいな。 「お父さん、ゆうべ、寝るまえに言うてたよ。ケーキ作りたいなんて一度も言わへんかったあいつに、ケーキを作りたい気持ちにさせる誰かがおるんやなあって」 静かな声で母が言った。冬のひだまりを集めたようなおだやかな微笑みが、その頬に浮かんでいた。 「みんな、あんたを応援してるねんで、陽皆ちゃん。顔上げて、行っといで。あんたの、大好きな人に会いに」
(スイート・ホーム)

 

 

私たちは、星のきらめく夜空の下へと歩み出した。バニラとバターの甘い香りと、生い茂る青葉の香りの中をバス停へと歩いていく。最初の角を曲がるとき、ふと、昇さんが足を止めた。そして、振り向いた。 青い闇の中に、白く浮かび上がるガラスの箱、「スイート・ホーム」。閉店時間をとっくに過ぎた店には、明かりか灯っていた。そして、店のドアの前に、ぽつりと立つ人影。 父だった。その右手が、白いパティシエ帽を外した。こちらに向かって、ていねいに、深々と、白髪まじりの頭を下げた。
またどうぞ、お越しください。お待ちしております。 
そして、どうか。どうか――どうか。―― 陽皆を、娘を、よろしくお願いします。 
うつくしい一礼にこめられた、言葉にならない言葉。 昇さんは、遠くの父に向き合うと、父よりももっと深く頭を下げた。私もまた、頭を下げた。その拍子に、また、涙がぽつんと落ちた。涙のしずくは、プロムナードの石畳に、にじんで消えた。
(スイート・ホーム)

 

 

どうにかこうにか、掲示板の前にたどり着いた。 私の番号、私の番号、番号、番号……。 どきどき、どきどき、どきどき、どきどき、全身に心臓の音が鳴り響いて、そして……
…… あ ――。「あった ―― っ!」 思わず、叫んだ。近くにいた知らない受験生と、やった、やった! と叫びながら、一緒になって飛び跳ねた。 すぐにお母さんにメールした。合格したよ、と打って、送信……の直前に、打ち直した。春がきました! 「送信」ボタンを押した。と、びっくりするくらいすぐに、メールが返ってきた。 いちばんめの季節の到来、おめでとう! そして、いま。 私は、「スイート・ホーム」に向かっている。 スキップしてしまいそうなほどに軽やかな足取りで。ちょっと冷たい春風が、ほてった頬に心地よい。お母さんからの「由芽合格」の一報を受けて、香田さん一家が、急きょお祝いのスイーツパーティーを開いてくれることになったのだ。 バス停から、キンモクセイの木があるお店までの道のり。駆け出しそうな気持ちを抑え、ゆっくり、ゆっくり、確かめるように歩いていく。
あの角を曲かれば、ほんのりと、バニラの香りが漂ってくるはずだ。きらきらした宝石みたいなスイーツ、大好きなケーキの花が咲く「スイート・ホーム」は、もうすぐそこにある。
(めぐりゆく季節 いちばんめの季節)

 

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あらすじ
享保13年、将軍徳川吉宗の希望で、中国から船に乗せられ、「ぞう」が日本へきた。幼いころから絵が好きだった忠兵衛は、「ぞう」を自分の目で見たくてたまらなくなり…。京都の青物問屋「枡屋」の長男として生まれた若冲が「奇想の画家」として世に出るまでの少年時代を描く。

 

ひと言
2016年の生誕300年でブームになった若冲。以前、澤田瞳子さんの本を読んだのですが、今回、図書館のティーンズのコーナーにあったこの本が目に留まりました。表紙の絵は若冲ではないのですが、とても象がかわいらしくて借りました。涅槃図の逸話も楽しかったし、伏見稲荷の漬物屋の話もよかったです。若冲の絵をこの目で観てみたいなぁ。若冲展 名古屋に来て欲しいなぁと思いました。

 

 

忠兵衛は、井戸の水を汲もうと境内へ出た。そして、水差しの腹に文字が書いてあるのに気がついた。そこには、見なれた大典の字で、
去濁抱清 縦其瀧落
人盈若冲 君子所酌
と、記されていた。 それは、中国の老子が詠んだ句の一部を書いたものだった。
お代のかわりに、水差しに書いてくださいと、売茶翁がいっていたことを思い出した。 大典はちゃんと約束を果たしていた。大きな器は 空っぽのときには 何の役にも立たないものに思えるが いざそこに水を満たしはじめると 底知れぬほど大きなことに気づく 忠兵衛は、その雄大な句に心を打たれた。
相国寺から帰ったあとも、句のことが忘れられなかった。忠兵衛は、句を思い出しながら紙にしたためた。 そしてもう一枚には、句の中の二文字を取り出して、「若冲」と、書いた。 大きな器に尽きることなく水があふれ出すかのように、忠兵衛の絵を描きたいという気持ちもあふれ出していた。
(6 水差しの句)

 

 

西陣大火のおり、三代目源左衛門がそうしたように四代目忠兵衛も、厳太や真と共に、避難している人々ににぎり飯と漬物をくばった。 大典のいる相国寺の境内にも、逃げのびてきた人々が身を寄せ合い、雨露をしのいでいた。ほこりにまみれた手を伸ばし、食べものを受けとる人々の間を歩きながら、忠兵衛は思った。自分はたまたま生きているだけだ。 災いにあわなかったのは偶然でしかない。 もしも、つぎにまた災禍が起き、その時には桝屋が災禍をのがれられなかったとしたらどうするのだろうと、忠兵衛は思った。 もしも死ぬようなことになったらどうするのだろうと思った。 何があるのか、いつ死ぬのかわからないのが人の一生だ。 そして、忠兵衛の身のまわりのすべての生き物たちも、それは同じだ。 人よりもなおいっそう、いつ死ぬのかわからないものかもしれない。 そう思うと、どんな生き物も愛おしい 描きたい。 生あるものの命のはとばしりを、この手で描きつくしたい。 天上からの光に打たれたような、これまでにないほどの強い思いが、忠兵衛の体をつらぬいた。 絵を描くのだ。 同じ時代を生きている絵師たちも、黙々と絵を描いていた。一人ひとりが何を考えて生きているのかは知るよしもない。だが、災禍がつづく日々にあって、どの絵師も、絵を描くことをやめていない。 それは忠兵衛の心をなおも熱くさせた。
(6 水差しの句)

 

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 「とんぼ」のお鮨を堪能した後は、これも前から決めてあった、名古屋名物の『鉄板イタリアンスパゲッティ―』の元祖と言われるお店「ユキ」へ。もちろん 元祖鉄板イタリアンスパゲッティー(650円)をいただきます。うん コレコレ!ちょっと昔に食べたようななつかしい味で鉄板の周りに渡した玉子とよく合っておいしいです。大阪人の家にはたこ焼き機があるように、名古屋人の家にはだいたいこの鉄板スパの鉄板があるとのこと。今度この鉄板セットを買って家でも作ってみよ。ごちそうさまでした♪

 

ユキ(食べログ)
名古屋市東区葵3

 

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今日はグルメの師匠とお店の前で待ち合わせて、2人ともが行きたかった新栄の「鮨屋とんぼ」へお昼を食べに行きました。立ち食いの7席のみのお店で、基本的に前のお客が全部出払ったら次の7~8人が入るような形で、だいたい20分~30分で入れ替わります。にぎりランチ上 11貫+巻物1本+赤だし(1620円)をいただきます。カウンターに置いてある白い小さな札を出して好きなネタを追加して食べることもできますが、あまり長居をするとまだまだお店の前に並んでいるお客が入れなくなるので、追加を何貫か頼みたいところですが我慢。

 

評判通りのとてもおいしいお鮨♪で、今度はゆっくりと追加も頼みながら食べに来たいなぁと思いました。ごちそうさまでした。

 

 

鮨屋とんぼ(食べログ)
名古屋市中区東桜2

 

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今日は家族で新栄に用があり、夕食に前から行きたかった「tokyo miso style IKEDA」へラーメンを食べに行きました。3人でみそ(800円)しびれみそ(850円)漁醤丸(830円)をいただきます。どろっとした濃厚なのにマイルドな みそスープがとてもおいしいです♪。レアなチャーシューや茎わかめや油揚げといったどちらかといえば珍しい具材もグッド。このみそ病みつきになりそう。小ライスも頼めばよかったかも。ごちそうさまでした♪

 

tokyo miso style IKEDA(食べログ)
名古屋市中村区畑江通7

 

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あらすじ
74歳、ひとり暮らしの桃子さん。おらの今は、こわいものなし。
結婚を3日後に控えた24歳の秋、東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように、故郷を飛び出した桃子さん。身ひとつで上野駅に降り立ってから50年――住み込みのアルバイト、周造との出会いと結婚、二児の誕生と成長、そして夫の死。「この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で、ひとり茶をすすり、ねずみの音に耳をすませる。捨てた故郷、疎遠になった息子と娘、そして亡き夫への愛。震えるような悲しみの果てに、桃子さんが辿り着いたものとは

 

(第158回 芥川賞 受賞)

 

 

ひと言

 

 

まず、2017年 文藝賞を最年長で、2018年 芥川賞を史上2番目の高齢で受賞した若竹千佐子さんに拍手を送りたい。私より6歳上の63歳、55歳でご主人に先立たれ、悲しみに沈む若竹さんに「どこにいても寂しいんだから、外に出ろ」と小説講座を勧めた息子さん。やっぱり小説が好きで、人生の折り返しを過ぎてから書くことを志した人々にとっては何よりの励みになった受賞だと思います。
賢治が「永訣の朝」でローマ字で記した(Ora Orade Shitori egumo)。もう言葉をも超越した、心から湧き上がってくる「音」。少し読みにくかったけれど、若竹さんの東北弁の文章に作者の強い意志を感じることができました。
読んでいて、先日のお盆に帰省したときのお袋のことがこころに浮かびました。

 

 

直美、聞いでいるが。 直美は母さんが見も知らない男に金を渡してしまったのは、正司への偏頗な愛情のせいだと思っている。だども、それは違う。違うのだ、直美。 それが贖罪だと言ったら、おめはんは驚くだろうか。 直美、母さんは正司の生きる喜びを横合いから手を伸ばして奪ったような気がして仕方がない。母さんだけでない。大勢の母親がむざむざと金を差し出すのは、息子の生に密着したあまり、息子の生の空虚を自分の責任と嘆くからだ。それほど、母親として生きた。母親としてしか生きられなかった。 直美、母親は何度も何度も自分に言い聞かせるべきなんだと思う。 自分より大事な子供などいない。自分より大事な子供などいない。 自分がやりたいことは自分がやる。簡単な理屈だ。子供に仮託してはいけない。仮託して、期待という名で縛ってはいけない。 二缶め、また飲んだ。飲むたびになぜだか愉快な気分になっている。山姥か。山姥だ。 もう誰からも奪うことがない、奪われることもない。風に吹かれて、行きたいところに行く。休みたいところに休む。もう自由だ、自由なんだ。
だいたい、いつからいつまで親なんだか、子なんだか。親子といえば手を繋ぐ親子を想像するけれど、ほんとは子が成人してからのほうがずっと長い。かつての親は末っ子が成人するころには亡くなってしまったそうだけど、今の親は自分の老いどころか子の老いまで見届ける。そんなに長いんだったら、いつまでも親だの子だのにこだわらない。ある一時期を共に過ごして、やがて右と左に分かれていく。それでいいんだと思う。 それでもちゃんと覚えているのだ、大事だということを。
とろんとした目で桃子さんはうなずく。 目に映じているのは母ちゃんの姿である。 帰るに帰れなかった故郷、許されて帰ったのは父の葬儀のどぎだった。結局兄も都会に出て所帯を持って、広い家に母ちゃんひとりが取り残されだ。ひと回りもふた回りも小さくなって、もう何の役にも立たないと嘆いていたが、なんの、桃子さんにしてみればあの頃の母に一番力づけられる。あの後あの家で独り二十三年生ぎだ。母にできたことは自分もできると思いたい。でも母ちゃんにはやっぱりかなわない。空に献じてまた飲んだ。
(2)

 

 

体が引きちぎられるような悲しみがあるのだということを知らなかった。それでも悲しみと言い、悲しみを知っていると当たり前のように思っていたのだ。分かっていると思っていたことは頭で考えた紙のように薄っぺらな理解だった。自分が分っていると思っていたのが全部こんな頭でっかちの底の浅いものだったとしたら、心底身震いがした。 もう今までの自分では信用できない。おらの思っても見なかった世界がある。そごさ、行ってみって。
おら、いぐも。おらおらで、ひとりいぐも。
切実は桃子さんを根底から変えた。亭主が今ある世界の扉が聞いたのだ。笑うだろうか、今声が溢れる。様々な声が聴こえるのだ。桃子さんが望めば、いや桃子さんが予想だにしないときでさえ、声が聴こえる。亭主の声だけでない、どこの誰とも分からない話し声が聴こえる。今はもう、話相手は生きている人に限らない。樹でも草でも流れる雲でさえ声が聴こえる、話ができる。それが桃子さんの孤独を支える。桃子さんが抱えた秘密、幸せな狂気。桃子さんはしみじみと思うのだ。悲しみは感動である。感動の最たるものである。悲しみがこさえる喜びというのがある。……。……。
亭主が亡くなってからというもの、現実は以前ほどの意味を持たなくなった。こうあるべき、こうせねば、生きる上で桃子さんを支えていた規範は案外どうでもいいものに思えてきた。現実の常識だの約束事は亭主がいて、守るべき世界があってはじめて通用する。 子供も育て上げたし。亭主も見送ったし。もう桃子さんが世間から必要とされる役割はすべて終えた。きれいさっぱり用済みの人間であるのだ。亭主の死と同時に桃子さんはこの世界とのかかわりも断たれた気がして、もう自分は何の生産性もない、いてもいなくてもいい存在、であるならこちらからだって生きる上での規範がすっぽ抜けたっていい、桃子さんの考える桃子さんのしきたりでいい。おらはおらに従う。どう考えてももう今までの自分ではいられない。誰にも言わない、だから誰も気づいていないけれど、世間だの世間の常識だのに啖呵を切って、尻っぱしょりをして遠ざかっていたいとあのときから思うようになった。
(4)